その15の2「ナンパ男と背負い投げ」
セグ
「うるせえ……!」
無能王子ごときに、説教されるいわれは無い。
そう思ったのだろうか。
セグは怒気を増して、ヨーダイを睨みつけた。
セグ
「テメェなんかに舐められてたまるかよ……!」
セグ
「俺と決闘しろ! 無能王子!」
ヨーダイ
「仕方ないか……」
王子と決闘など、許されることでは無い。
だが、ヨーダイが相手なら許される。
皆がそういう風に思っていた。
だから、許されてしまう。
ヨーダイは、決闘を受けることにした。
適当に負けてやれば、相手の気も済むだろう。
無能王子を演じるという、ヨーダイの役目にも沿う。
ヨーダイ
「その決闘、受けよう」
セグ
「剣を持ってこい」
ヨーダイ
「場所は?」
セグ
「校庭で良いだろう」
ヨーダイ
「分かった」
ヨーダイは、ロッカールームで剣を取り、校庭に移動した。
校庭には、既にセグの姿が有った。
マゴコロや、リンレイの姿も有る。
物好きな見物人も、そこに集まっていた。
醜聞が広まるのは、ヨーダイにとっては望むところだ。
それ自体は問題無かったのだが……。
セグ
「俺が勝ったら、マゴコロは俺とデートだからな!」
ヨーダイ
「はぁ?」
セグが、妙な条件を提示してきた。
ヨーダイ
「俺とお前の決闘だろう。どうしてそうなる」
セグ
「お前がデートの邪魔をしたからだ!」
ヨーダイ
「???」
ヨーダイには、セグが何を言っているのか、理解できなかった。
決闘とは、個人のプライドを賭けて行うものだ。
本人の同意も無しに、第三者を巻き込んで良いわけが無い。
ヨーダイ
「決闘は受けてやる。だが、デートは……」
セグ
「いくぞ!」
セグは闘志を漲らせ、前に出た。
その両手には、長剣の柄が握られていた。
ヨーダイ
「っ……!」
ヨーダイ
(ルールの確認も無しか。イノシシが……)
ヨーダイは、慌てて抜刀した。
セグ
「うらあっ!」
セグはヨーダイに斬りかかった。
ヨーダイは、自身の剣でそれを受けた。
ヨーダイ
「ぐっ……!」
ヨーダイのクラスは賢者だ。
後衛職だ。
対するセグは、明らかに前衛職だった。
前衛職と後衛職では、パワーに圧倒的な差が有る。
クラスレベルは、ヨーダイの方が上だろう。
だが、クラスの特性の差は、少しのレベル差でどうにかなるようなものでは無い。
セグのパワーを受けて、ヨーダイの体が浮いた。
ヨーダイは転び、すぐに立ち上がった。
体勢は崩れたが、手傷は無い。
セグの追撃は無かった。
技量が甘いのか、ヨーダイを甘く見ているのか。
ヨーダイ
(勝ち目は薄いが……このまま負けるのはまずい……)
ヨーダイは体勢を立て直したが、心中には焦りが有った。
勝っても負けても、ヨーダイには良くないことが起きる。
いったいどうすれば……。
マゴコロ
「無理はしないで」
迷うヨーダイに、マゴコロが声をかけた。
マゴコロ
「私はだいじょうぶだから」
ヨーダイ
「ありがたい言葉だな……」
ヨーダイ
(そう言われると、余計に負けられなくなってしまうものだ)
ヨーダイは、覚悟を決めた。
そして、剣を鞘に収めた。
セグ
「ギブアップか?」
ヨーダイ
「いや……」
ヨーダイ
「お前ごとき、素手で相手をしてやる」
ヨーダイ
「来い」
くいくいと。
ヨーダイは、セグに手招きをした。
セグ
「ふざけやがって……!」
セグ
「余裕ぶったままくたばりやがれ!」
セグは、突きを放った。
斬りつけと比べ、突きは加減が難しい。
学生の決闘で使うには、少し過激な技だった。
ヨーダイ
「…………!」
ヨーダイは、セグの突きから逃げなかった。
セグ
「な……!?」
セグの剣が、ヨーダイの右胸に突き刺さった。
深く。
ヨーダイは、自身の体を犠牲にして、セグの利き手を掴んだ。
セグ
「お前ごときの力で……!」
ヨーダイ
(雷神掌)
ヨーダイは、心中で呪文を唱えた。
セグ
「ぐがっ!?」
ヨーダイの手のひらから、雷の魔術が放たれた。
密着から放たれるこの魔術は、杖無しでも、十分な威力を誇る。
そして、手のひらに限定された魔術は、周囲の観客には見えなかった。
雷を受け、セグは失神した。
だが、これで決着というのは、ヨーダイには困る。
あくまでも決め技は、物理的なダメージでなくてはならない。
意識の無いセグを、ヨーダイは背負い投げした。
セグ
「…………」
セグの体が、地面に叩きつけられた。
セグは動かない。
とっくに失神している。
だが、周囲の人々には、投げで意識を失ったように見えただろう。
「王子が勝ったぞ……!?」
「マグレだろ?」
「王子の方が重症だし……」
ヨーダイ
「ぐっ……」
ヨーダイは、胸に刺さった剣を抜いた。
内臓は外しているが、重傷と言って良い。
治療を怠れば死ぬ。
とっとと回復呪文を唱えたいところだ。
だが、観客の目が有るので、それは不可能だった。
ヤミヅキ
「ヨーダイさま……!」
痛みに苦しむヨーダイに、ヤミヅキが駆け寄ってきた。
ヨーダイ
「手当て、頼んでも良いか?」
ヤミヅキ
「はい。ただちに」
ヤミヅキは、ヨーダイに触れた。
ヤミヅキ
「癒やし風、三連」
ヤミヅキは呪文を唱えた。
治癒術が発動した。
ヨーダイの傷が、塞がっていった。
ヨーダイ
「…………」
傷は癒えた。
だが、痛みは残った。
治癒術は万能では無い。
ヨーダイは、痛みを顔には出さなかった。
治療を終えたヨーダイに、マゴコロが近付いてきた。
マゴコロ
「……ごめんなさい。私のせいで」
ヨーダイ
「別に、お前のためじゃねーよ」
マゴコロ
「だったらどうして……?」
ヨーダイ
「ああいうナンパ野郎が、個人的に嫌いなんだよ」
マゴコロ
「…………」
マゴコロ
「ありがとう」
マゴコロは、薄く微笑んだ。
その首には、紐付きの空き瓶がかけられていた。
ヨーダイ
「大事にしまっとけって言ったろ」
マゴコロ
「ごめんなさい。それは出来ない」
マゴコロ
「これは、目印だから」
ヨーダイ
「ふ~ん?」
ヨーダイ
「今日俺が絡んだのは、たまたまだからな」
ヨーダイ
「次は自分でなんとかしろよ」
マゴコロ
「うん。そうする」
ヨーダイ
「それじゃ」
ヨーダイは、剣を収めるために、ロッカールームに帰ろうとした。
リンレイ
「決闘をして良いなんて、私が言ったかしら?」
リンレイの声が、ヨーダイの足を止めた。
ヨーダイ
「いえ」
ヨーダイ
「あのような下衆を放っておけば、お目汚しになるかと思いまして」
リンレイ
「たしかに目障りではあったわね」
リンレイ
「けど、にいさまは私の召使いなの」
リンレイ
「許可を得てから動くのが、筋というものでしょう?」
ヨーダイ
「申し訳ありません」
リンレイ
「……まあ、勝ったみたいだから、今回は許してあげるわ」
ヨーダイ
「はい。ありがとうございます」
ピカード
「ねえ」
いつの間にそこに居たのか。
ヨーダイの耳に、ピカードの声が触れた。
ヨーダイ
「何だ?」
ピカード
「君があいつを投げる前に、あいつの体が震えたように見えたけど……」
ヨーダイ
「運良く、肘のツボでも押してしまったのかもな」
ヨーダイ
「無我夢中だったから、詳しくは分からん」
ピカード
「ふ~ん……?」
ピカード
「まあ、肘は痛いからね」
ヨーダイ
「ああ。痛いんだ」