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その14「買い物とクラスメイト」



 カゲトラと共に、ヨーダイは家を出た。


 ヨーダイは、カゲトラに跨った。


 カゲトラは走り出した。


 高級住宅街を離れ、商業区へと向かった。


 なじみの食料品店の前で、カゲトラは足を止めた。


 ヨーダイは、カゲトラの背から下りた。


 そして、外にカゲトラを残し、店内に入った。


 飼い猫というのは、それなりに清潔なものだ。


 入店禁止というわけでは無い。


 だが、サーベル猫は図体が大きい。


 ダガー猫よりはスリムだが、それでも場所を取る。


 手早く買い物を済ませたいなら、1人の方が身軽だ。


 ヨーダイは、必要な物をさっさとカゴに入れ、会計を済ませた。


 そして、レジの奥の台で、カゴの商品を袋に移した。


 そのとき、声をかけられた。



カッツ

「なあ、アンタ」


ゲア

「噂の無能王子様だろ?」



 話しかけてきたのは、2人の若い男だった。



ヨーダイ

「否定はしないが、何だ?」


カッツ

「ちょっとツラ貸してくれよ」


ヨーダイ

「…………」



 2人に連れられて、ヨーダイは店を出ることになった。


 入店に使った出入り口とは、別の出口から外に出た。


 おかげでカゲトラを、店に置いてくることになった。


 ヨーダイは、ひとけの無い小道に、連れ込まれてしまった。



ヨーダイ

「それで? 用件ってのは?」



 ヨーダイは尋ねた。


 ガラの悪い男に絡まれたというのに、動揺は見られなかった。



カッツ

「べつに、大したもんじゃねえさ」


ゲア

「貧しい俺たちに、ちょっと小遣いを恵んでくれねえかなと思ってな」


ゲア

「慈善事業をやるのも、王族の務めだろう?」


ヨーダイ

「王子をゆする者が居るとは、世も末だな」


ヨーダイ

「王族は、国家の象徴」


ヨーダイ

「それを守るのが、国民の務めだと思うんだが」


カッツ

「べつに、手荒なことをするつもりはねえさ」


カッツ

「黙って金さえ出してくれりゃあな」


ヨーダイ

「重罪だぞ。お前たち」


ゲア

「重罪? 重罪だって?」


ゲア

「王国の恥、無能王子を、何の法律が守るって言うんだ?」



 普通の国であれば、王子を害することなど許されない。


 この国は、普通の国では無かった。


 無能王子は悪だ。


 悪を攻撃することは許される。


 そんな共通認識が、いつの間にか出来上がっていた。


 王子をカツアゲするという、前代未聞の光景が、当然のように生まれてしまう。


 ヨーダイ自身、この国の狂気に慣れていた。


 実はヨーダイは、王子扱いされないことが、嫌いでは無い。


 彼の前世は日本人だ。


 封建社会など、古臭いと思っていた。


 この国の中央に居るのは、リンカという悪女だ。


 リンカは権力を行使し、自分の我を通している。


 ヨーダイは、あの女が嫌いだった。


 あの女と同様の権力など、欲しいとも思えなかった。


 自分に権力が無いことに、一種の爽快さを抱いていた。


 王家などクソ食らえだ。


 そう思っていた。


 とはいえ、意味無く害されることを、受け入れたわけでは無い。


 王子扱いされないことと、人未満の扱いを受けることは、別問題だ。


 みすみすやられるつもりは無かった。



ヨーダイ

「お前たち、ロクにダンジョンで稼げない、下級冒険者といったところだな」


ヨーダイ

「その程度なら、誰かに守られる必要も無い」


カッツ

「ぬかせ! この無能が!」



 ごろつきの片割れが、ヨーダイに殴りかかった。




 ……。




 2分後。



カッツ

「う……」


ゲア

「ぐぁ……ぁ……」



 ごろつきたちは、その2人ともが、地面に倒れていた。



ヨーダイ

「今日のことは、黙っておいてくれよ」



 ヨーダイは、小型の杖を懐にしまった。


 3歳の頃から愛用している杖だ。


 今のヨーダイが使うには、少し小さい。


 だが、その小ささ故に、隠し持つことが容易だった。


 ヨーダイは学校では、賢者であることを隠さなくてはならない。


 大型の杖を、持ち歩くわけにはいかない。


 この杖の小ささは、ありがたかった。



ヨーダイ

「無能王子に負けたなんて言えば、お前たちも立場が無いだろう」


カッツ

「無能じゃ……無いじゃねえかよ……」


ヨーダイ

「無能さ」


ヨーダイ

「第1王子ってのはな、お前らとは、求められるレベルが違うんだよ」



 ヨーダイは、2人を残し、立ち去ろうとした。


 そのとき……。



セイラ

「何をしているの?」



 小道の入り口の方から、女の声が聞こえてきた。


 ヨーダイが向かっていた方角だ。


 ヨーダイは、女と対面する形になった。



ヨーダイ

(こいつは……)


セイラ

「あなたは……」



 そこに居たのは、ヨーダイが見知った人物だった。



ヨーダイ

(セイラ=グリーンウナバラ。ゲームの主人公の1人)


ヨーダイ

(まさかこんな所で出くわすとはな)


ヨーダイ

(まあ、学校で顔を合わせてはいるんだが)



 セイラは、緑兎族の少女だ。


 頭頂部から、長いウサミミが伸びている。


 毛の色は、薄緑色だ。


 服装は、学生服だった。


 スカートの後ろからは、丸いしっぽが飛び出していた。


 彼女は、グリーンウナバラ伯爵家の令嬢だ。


 『聖女』と呼ばれる有名人でもあった。


 ヨーダイとはクラスメイトで、ただの顔見知りといった関係だった。



セイラ

「ヨーダイ=ビストスズ王子。こんな所で何をしているの?」



 セイラは、気の強そうな目つきで、ヨーダイをじっと見つめた。


 そして、ヨーダイの後ろに倒れるごろつきを見た。



セイラ

「あの人たちは……?」


ヨーダイ

「実は俺も、さっき来たところなんだ」


ヨーダイ

「事情は分かんねーけど、怪我してるみたいだから、助けてやってくれよ」


ヨーダイ

「頼んだぜ。聖女さま」



 ヨーダイには、真実を話すつもりは無かった。


 とっとと立ち去る。


 それが正解だと思い、セイラとすれ違おうとした。



セイラ

「待ちなさい」



 早足で去ろうとしたヨーダイを、セイラが呼び止めた。



ヨーダイ

「……何だよ?」


セイラ

「あの2人、あなたがやったんじゃないの?」


ヨーダイ

「ありえないだろ?」


ヨーダイ

「俺が無能なのは、お前も知ってるだろ」


ヨーダイ

「2人相手に、無傷で勝てるわけが無い」



 ヨーダイは、弱い。


 ダンジョン実習では、妹の足を引っ張ってばかりいる。


 そんな噂が、学校中に広まっていた。


 ほとんどの生徒は、それを事実として認識していた。



セイラ

「それでも、あなたは冒険者よ」


セイラ

「そこいらの一般人には負けないはず」


ヨーダイ

「おいおい。俺がやったって根拠でも有るのかよ?」


ヨーダイ

「お前ら、俺は関係無い。そうだよなあ?」


カッツ

「ああ……」


ゲア

「王子様は……関係無いぜ」


ヨーダイ

「ほら。こいつらもそう言ってる」



 なんとも悪役らしい絵面になった。


 そう思い、ヨーダイは苦笑した。


 セイラの眉がひそめられた。



セイラ

「…………」


ヨーダイ

「もう行って良いか?」


セイラ

「証拠が無いんじゃあ、仕方ないわね」


ヨーダイ

「まだ疑ってるのかよ」


セイラ

「そうね」


ヨーダイ

「なんでそうなるかねえ?」


セイラ

「それは、あなたが王族だからよ」


ヨーダイ

「王族に、恨みでも有るのか?」


セイラ

「そうだと言ったら?」


ヨーダイ

「俺もだ」


セイラ

「え……?」


セイラ

「どういう意味……」


ヨーダイ

「そいつらの怪我、とっとと治してやれよ」



 そう言い残して、ヨーダイは去った。



セイラ

「…………」


セイラ

「あなたたち、傷を見せて」


カッツ

「……どうも」




 ……。




 ヨーダイは、食料品店の前に戻った。


 そして、カゲトラに話しかけた。



ヨーダイ

「待たせたな。カゲトラ」


カゲトラ

「みゃ」



 遅い。


 カゲトラの表情が、そう言っていた。



ヨーダイ

「ごめんて」



 その後、カゲトラと共に、ヨーダイは帰宅した。



ヨーダイ

「ただいま帰りました」



 ヨーダイはカゲトラと一緒に、玄関扉を通った。



リンレイ

「にいさま。遅い」



 たたきのすぐ奥の廊下に、リンレイが立っていた。


 リンレイは、腰に手を当てて、前かがみの姿勢になり、ヨーダイを睨んでいた。



リンレイ

「寄り道はダメ」


リンレイ

「そう言ったはずなのだけど?」


リンレイ

「にいさまの頭では、そんなことも覚えられないのかしら?」


ヨーダイ

「寄り道はしていませんよ」


リンレイ

「嘘ね」


リンレイ

「ただ食材を買いに行くだけで、こんなに時間がかかるわけが無いでしょう?」


ヨーダイ

(こんなにって……)


ヨーダイ

(いつもよりも15分くらい遅れただけなんだが)


ヨーダイ

「本当に、寄り道では無いですよ」


ヨーダイ

「ただ、途中で声をかけられたので」


ヨーダイ

「少し話をしていたら、遅くなってしまいました」


リンレイ

「声を? 誰と話したの?」


ヨーダイ

「さあ? 俺のファンですかね」


リンレイ

「にいさまに、ファンが居るわけが無いでしょ」



 第1王子ともなれば、ファンくらいは居るものだ。


 実際、神童と名高いリンレイには、大勢のファンが存在する。


 とはいえそれは、普通の王族の話だ。


 ヨーダイは、嫌われ者の無能王子。


 ファンなど居るはずが無い。


 リンレイは、そう決めつけていた。


 ヨーダイも、彼女の意見に賛成だった。



ヨーダイ

「それじゃあクラスメイトとかですかね」


リンレイ

「それじゃあって何よ? 正直に話しなさい。命令よ」


ヨーダイ

「嘘はついていませんよ」


ヨーダイ

「買い物の後で、クラスメイトに声をかけられました」


リンレイ

「クラスメイト?」


ヨーダイ

「セイラ=グリーンウナバラです」


リンレイ

「あの聖女が?」


リンレイ

「どうして彼女が、にいさまなんかに声をかけるの?」


ヨーダイ

「俺のことが嫌いみたいですよ。彼女は」


リンレイ

「……そう?」


リンレイ

「嫌いな相手にわざわざ声をかけるなんて、変わり者ね」


ヨーダイ

「そのようですね」


リンレイ

「……良いかしら? にいさま」


リンレイ

「お買い物の途中で無駄話をするのは、立派な寄り道よ」


ヨーダイ

「そうなのですか?」


リンレイ

「そうなのです」


リンレイ

「次からは、途中で声をかけられても、すぐに帰ってくるように」


リンレイ

「にいさまは私の従者なんだから、役目を忘れられては困るわ」


ヨーダイ

「分かりました」


ヨーダイ

「この次からは、リンレイさまの仰るとおりにします」


リンレイ

「そうしなさい」


ヨーダイ

「夕食の準備をしますね」



 ヨーダイは、たたきから廊下に上がった。


 そしてキッチンに移動し、夕食を作り始めた。




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