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その13「いじめと帰宅とシャワー」




ヨーダイ

「…………」



 ヨーダイは、ブリーメルを無視し、先へ行こうとした。


 スベルキーの進路を変え、ラセンホーンを迂回しようとした。


 だが……。



ブリーメル

「躓いたぁ!」



 わざとらしく大声で言いながら、ブリーメルは機体を操った。



ヨーダイ

「ぐっ……!?」



 ラセンホーンの右足が、スベルキーを襲った。


 スベルキーの機動性では、それを避けるのは難しかった。


 つま先が、スベルキーを打った。


 圧倒的な体重差が有る。


 スベルキーは、軽々と吹き飛ばされた。


 そして、地面を転がっていった。



ヨーダイ

「ぐううっ……!」



 少し転がると、スベルキーは停止した。


 その茶色い機体は、訓練場の土にまみれていた。



ヨーダイ

「…………」



 シャドウキャスターは、単独で立ち上がることも出来る。


 ヨーダイは、スベルキーを起き上がらせた。



コンジ

「お前ら!」



 教師のコンジが、2人を怒鳴りつけた。



ブリーメル

「っ……」


コンジ

「模擬戦がしたいなら、コースから出てやれ!」



 生徒同士の揉め事など、本来であれば、教師が止めるべきものだ。


 だがコンジには、2人を止める気は無いようだった。


 普通の生徒同士の喧嘩なら、彼も止めただろう。


 しかし、ヨーダイは、有名な無能王子だ。


 国家の恥だ。


 だからコンジは、ブリーメルを止めなかった。


 そして、教師が黙認するということは、推奨しているのと変わりが無い。


 身分の低い生徒が、第1王子をいじめることを、教師が推奨する。


 そんな狂った環境が、出来上がっていた。


 リンレイに王位を継がせるため、リンカは国の雰囲気を操作した。


 愚かな者たちは、雰囲気に動かされた。


 そして、国民の多くは愚かだった。


 もはやヨーダイには、王子としての尊厳など、存在してはいなかった。



ヨーダイ

「…………」


ブリーメル

「おや。先生のお墨付きが出たな」


ブリーメル

「コースを出ようぜ。バカ王子」



 ブリーメルは、ラセンホーンの親指で、コースの外を指差してみせた。


 逆らったところで、結果は大差無いだろう。


 そう思ったヨーダイは、おとなしくスベルキーを歩かせた。



ヤミヅキ

「止めないと……」



 黒い機体、テンガイノワールのコックピットに、ヤミヅキの姿が有った。


 テンガイノワールは、背中の翼で飛行が可能な、軽量型のシャドウキャスターだ。


 頭部はカラスの形をしている。


 機動力と引き換えに、装甲が薄いという欠点を持っていた。


 ダイチランザルやラセンホーンと比べ、1メートルほど背が低い。


 格闘には向かない機体だった。


 スベルキーは、そんなテンガイノワールとは、比較にならないほど小さい。


 ヤミヅキは、ブリーメルを止めるために、機体の向きを変えようとした。



リンレイ

「やめておきなさい」



 リンレイが、ヤミヅキを止めた。



ヤミヅキ

「えっ……」


ピカード

「お兄さんいじめられてるけど、良いの?」



 それを見ていたピカードが、口を挟んだ。



リンレイ

「にいさまは、この国の第1王子よ」


リンレイ

「あの程度のこと、自力でなんとかしてもらわないと、困っちゃうわ」


ピカード

「そう」


ピカード

(あの程度と言うには、体格差が有りすぎるように見えるけどね)


ピカード

(栄えある機士学校の教師が、王子へのいじめを黙認するなんて)


ピカード

(本当にこの国は、救いようが無いな)


ピカード

(ドブ臭くて、鼻が曲がりそうだ)




 ……。




ブリーメル

「ほらほらどうしたぁ!?」



 ラセンホーンの足が、スベルキーを打った。


 スベルキーは吹き飛ばされ、転がっていった。



ヨーダイ

「う……」



 機体が強い衝撃を受ければ、中の操縦者も、無事では済まない。


 ヨーダイは苦痛を受け、呻いていた。



ブリーメル

「つまんねえなあ。手応え無くてよ」


ブリーメル

「腕の1本でももいで、終わりにしてやるか」


ヨーダイ

「…………」


テルヒ

「やめろ」



 ブリーメルの機体を、白い剣が阻んだ。



ブリーメル

「あ?」



 ブリーメルは、剣の持ち主を見た。


 それはテルヒの機体、サンクラウマだった。


 馬の頭部を持つ、白いシャドウキャスターだ。


 脚力に優れ、素早い走行が可能な機体だった。



テルヒ

「意地をかけた決闘なら、黙って見ていようかとも思ったが……」


テルヒ

「これではただの弱いものいじめだ」


テルヒ

「これ以上、見過ごすわけにはいかん」


ブリーメル

「……ッ。分かったよ」



 テルヒは伯爵子息で、優等生だ。


 彼の並外れた成績に、クラスメイトたちはいちもく置いている。


 歯向かうには、分が悪い相手だった。



ブリーメル

「じゃあな。王子さま」



 ブリーメルは、テルヒとの諍いを避けた。


 素直にコースへと戻っていった。


 それを見て、テルヒは剣を、腰の鞘に収めた。



ヨーダイ

(テルヒ=ヴァイスシバフ……)


ヨーダイ

(主人公になり損ねた男か)



 ヨーダイは、そう思いながら、サンクラウマを見上げた。



テルヒ

「王子、だいじょうぶですか?」


ヨーダイ

「ああ。平気だ。助かった」


テルヒ

「機体の方は?」



 ヨーダイは、スベルキーを立ち上がらせた。


 そして、全身を動かしてみせた。


 弱い機体だが、頑丈さだけは有るようだ。


 不具合は見当たらなかった。



ヨーダイ

「とりあえずは問題無い」


テルヒ

「そうですか。それでは」



 ヨーダイが無事なのを確認すると、テルヒは走行訓練に戻っていった。


 少し遅れて、ヨーダイも訓練に戻った。




 ……。




 授業時間が終わった。


 シャドウキャスターを預けるため、生徒たちは、学校の格納庫に向かった。


 ヨーダイは、自身に割り当てられたスペースで、スベルキーを下りた。



リンレイ

「…………」



 そこに、ドレス姿の少女が立っていた。


 リンレイだった。


 制服姿の生徒たちの中で、彼女の赤いドレスは、鮮烈な輝きを放っていた。



リンレイ

「王族にあるまじき醜態ね」



 開口一番、リンレイはそう言った。



リンレイ

「どうしてあの程度のヤツが、やっつけられないのよ」


ヨーダイ

(性能差が有り過ぎるだろうがよ……)



 ダイチランザル、18メートル級に乗せてくれれば、俺だって。


 ヨーダイはそう思ったが、口には出さなかった。


 ヨーダイは、リンレイのしもべだ。


 この程度のことでは逆らわない。



ヨーダイ

「……申し訳ありません」



 素直に頭を下げた。



リンレイ

「次は勝ちなさいよね」


ヨーダイ

「努力します」


ヤミヅキ

「ヨーダイさま。お怪我はありませんか?」



 ヤミヅキが近付いてきて、そう言った。



ヨーダイ

「ああ。だいじょうぶだよ」



 ヨーダイは、微笑んで答えた。



ヤミヅキ

「念のため、治癒術をかけておきますね」



 ヤミヅキは、ヨーダイに触れた。


 そして、呪文を唱えた。



ヤミヅキ

「いやし風」



 薄緑色の風が、ヨーダイの体を癒やしていった。


 ヨーダイに、目に見えた傷は無い。


 だが、体をしたたかに打っている。


 回復呪文はありがたかった。


 ヨーダイは、自身の体の痛みが、癒えていくのを感じた。



ヨーダイ

「ありがとう」


リンレイ

「たいした怪我もしていないのに、大げさじゃないの?」



 リンレイは、ヤミヅキを睨みつけた。



リンレイ

「ホームルームに遅れてしまうわ。早く来なさい」


ヨーダイ

「はい」



 操縦訓練は、この日最後の授業だった。


 あとは、午後のホームルームを終えれば、帰宅時間となる。


 ホームルームはすぐに終わった。



ヤミヅキ

「ヨーダイさま。さようなら」


ヨーダイ

「ああ。また明日」



 クラスの教室で、ヨーダイはヤミヅキに、別れの挨拶をした。



リンレイ

「行くわよ」


ヨーダイ

「はい」



 ヨーダイは、学生鞄を2つ持った。


 1つは自分の物で、もう1つはリンレイの物だった。


 学校指定の、黒のショルダーバッグだ。


 ヨーダイはそのバッグを、左右の肩に1つずつかけた。


 そして、リンレイと2人で、校舎を出た。


 2人は青空の下に出ると、学校の敷地内に有る、猫小屋へと向かった。


 猫小屋は、大きな窓の有る、日当たりの良い建物だ。


 猫が過ごしやすいように、最大限の配慮が為されていた。


 2人が猫小屋に入ると、何匹もの猫が、戯れているのが見えた。


 その中の1匹、黒いサーベル猫が、ヨーダイに気付いた。



カゲトラ

「みゃあ」



 猫はヨーダイに駆け寄ってきた。


 それはヨーダイの愛猫、カゲトラだった。



ヨーダイ

「お待たせカゲトラ。帰ろうか」


カゲトラ

「みゃあ」



 カゲトラの背には、鞍が見えた。


 ヨーダイは、猫の鞍に跨った。


 リンレイも、ヨーダイの後ろに跨った。


 リンレイが乗る瞬間、猫は少し嫌そうな顔をする。


 リンレイからは、その表情は見えなかった。


 リンレイはヨーダイの腰に抱きついた。


 2人が座ると、猫は走り出した。


 猫は、乗り手の気持ちを汲んで走る。


 露骨な命令は不要だった。


 猫は猫小屋を出た。


 さらに、学校の敷地を出た。


 街を駆け、高級住宅街に有る民家へと駆けた。


 その民家は、ヨーダイたちが住む家だ。


 機士学校には、学生寮が存在している。


 だが、リンレイは、寮暮らしを嫌がった。


 それで近くに家を借り、ヨーダイと共に住むことになった。


 家の敷地に入ると、猫は足を止めた。


 2人は猫から下りた。


 そして、猫と共に玄関を通った。


 出迎える者は居ない。


 ヨーダイとリンレイの2人暮らしだ。


 メイドの1人すら居なかった。


 国を継ぐ王女の暮らしとしては、無用心が過ぎる。


 だが、リンレイのわがままで、それが通っていた。


 ヨーダイは靴を脱ぎ、玄関の奥の廊下に立った。


 そして、下駄箱の上から、ドライヤー型の魔導器を手に取った。


 それをカゲトラの脚に向けた。



カゲトラ

「みゃ」



 魔導器の先端から、風が吹き出した。


 この魔導器は、『ねこきれい』という名前だ。


 猫の足を綺麗にしてくれる。


 足が綺麗になると、カゲトラは廊下に上がった。


 ヨーダイは、鞄を2つ持ったまま、2階へと上がった。


 リンレイの鞄を、リンレイの部屋に。


 自分の鞄を、自分の部屋に置いた。


 そして1階に戻り、リビングに入った。


 リビングのソファには、リンレイが腰かけていた。


 少し離れた位置では、カゲトラが寝転んでいた。



リンレイ

「にいさま」


リンレイ

「今日はダンジョン実習が有ったから、シャワーを浴びたいわ」


ヨーダイ

「分かりました」



 2人は1階にある、風呂の脱衣所へと移動した。



リンレイ

「…………」



 リンレイは、脱衣所で棒立ちになった。


 ヨーダイが、リンレイの服に手をかけた。


 1枚ずつ丁寧に、リンレイの服を脱がせていった。


 リンレイを全裸にすると、ヨーダイは、上着と靴下を脱いた。


 そして、シャツの袖と、ズボンの裾をめくった。


 次にヨーダイは、浴室の扉を開けた。


 するとリンレイは、浴室に入っていった。


 ヨーダイは、彼女に続いて浴室に入った。


 リンレイはシャワー前の椅子に座った。


 ヨーダイは、シャワーヘッドを手に取り、お湯を流した。


 そして、お湯に手で触れ、適温なのを確かめた。


 魔導給湯器によって、湯温は一定に保たれていた。



ヨーダイ

「頭は洗いますか?」


リンレイ

「ええ。お願い」


ヨーダイ

「失礼します」



 ヨーダイは、リンレイにシャンプーハットをかぶせた。


 ピンク色の、お花を模した物だ。


 そして頭の方から、リンレイの全身にお湯をかけていった。


 リンレイの髪が水で潤うと、ヨーダイはシャンプーを泡立てた。


 そしてその泡で、リンレイの頭を洗った。


 シャンプーを洗い流すと、次は体を洗うことになった。


 リンレイの全身で、ボディソープを泡立てた。


 丁寧に全身を洗うと、ボディソープの泡を洗い流した。


 シャワーを止めると、ヨーダイは、脱衣所に移動した。


 そこからバスタオルを持ってきて、リンレイの体を拭いた。


 さらにバスローブを着せ、リビングへと戻った。


 リンレイは、バスローブ姿のまま、ソファに座った。


 ヨーダイは、ドライヤーを手に、リンレイの髪を乾かしていった。


 魔導器なので、精霊の作用により、ただの熱風を浴びせるより早く乾く。


 髪が乾くと、ヨーダイは着替えを持ってきた。


 そして、ゆったりとした部屋着を、リンレイに着せた。


 リンレイの身だしなみが整うと、ヨーダイはキッチンに向かった。


 キッチンは、リビングダイニングのすぐ隣に有った。


 ヨーダイは冷蔵庫を開け、中身を確認した。



ヨーダイ

「リンレイさま。夕食のリクエストは有りますか?」



 ヨーダイが尋ねた。


 2人の夕食を作るのも、ヨーダイの仕事だった。



リンレイ

「おいしければ何でも良いわ」


ヨーダイ

「分かりました」


リンレイ

「けど、ピーマンは入れちゃダメよ」


ヨーダイ

「はい」


ヨーダイ

「夕食の買出しに行ってきます」


リンレイ

「寄り道をしてはダメよ?」


ヨーダイ

「はい」


ヨーダイ

「行くぞ。カゲトラ」


カゲトラ

「みゃー」




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