表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/32

その12の1「機士学校と妹」




 契約の日から、10年以上が経過した。



ヨーダイ

「…………」



 ヨーダイは、背の高い美少年に成長していた。


 その美貌は、王国一と言っても過言では無い。


 彼が持つ、虹色の髪は長い。


 前髪が邪魔にならないように、髪留めで押さえてあった。


 虹髪を持つ者は、髪を切らない。


 そういうしきたりが有った。


 今、ヨーダイは、ダンジョンを歩いていた。


 背には、巨大なリュックが見える。


 普通のリュックの数倍の体積を持つ、特別製だ。


 見た目どおりに重い。


 その中には、ダンジョン攻略用のアイテムなどが入っていた。


 ここは王都の東に有る、迷宮都市のダンジョンだ。


 今は機士学校の、ダンジョン実習の時間だった。


 クラスメイトとパーティを作り、ダンジョンに挑む。


 レベルを上げ、機士としての腕を磨く。


 そういう時間だった。


 ヨーダイは、パーティの荷物持ちだ。


 普通のパーティに、荷物持ちなどという役割は無い。


 悪い意味で、ヨーダイは特別だった。


 ヨーダイの前を、3人の男女が歩いていた。



リンレイ

「…………」



 その中の1人、剣を持つ少女が振り返った。


 ヨーダイの妹、リンレイだ。


 リンレイの髪は、艶やかな黒色をしていた。


 茶猿族は、茶色の髪を持っているのが普通だ。


 だが、一言に茶色といっても、それには個人差が有る。


 栗色のような明るい色から、暗いこげ茶色まで。


 人によって、様々な髪色をしていた。


 リンレイの髪は、ほとんど黒色と言って良い。


 黒鳥族の、平均的な髪色に近かった。


 リンレイには、猿の尻尾も無い。


 幼い頃に、事故で失くしてしまったらしい。


 日本人の美少女のようだ。


 ヨーダイはリンレイの容姿に対し、そんな印象を抱いていた。


 彼女は学校では、派手なドレスを着ている。


 だがダンジョンでは、地味な冒険者スタイルの服装をしている。


 このような服装は、彼女の趣味では無い。


 だが、ダンジョン攻略のためには、仕方の無いことだった。


 日本の学校で言えば、体育の時間だけ、芋ジャージを着るという行為に近い。


 今はヨーダイたちも、似たような服装だ。


 リンレイは、ヨーダイを見ながら口を開いた。



リンレイ

「にいさまってば、本当にノロマね」


リンレイ

「まるで亀さんみたい」


リンレイ

「腐っても人間なんだから、もっと早く歩けないのかしら?」


リンレイ

「ダンジョン実習の時間は、限られてるんだから」


リンレイ

「あんまりにいさまがノロマだと、攻略に支障が出ちゃうわ」



 リンレイはヨーダイのことを、好き放題に言った。


 ヨーダイは、リンレイの兄だ。


 そして、王位継承権を持っている。


 側室の子ではあるが、立場は低くは無い。


 だがヨーダイは、リンレイから、奴隷のような扱いを受けていた。


 リンカと交わした契約のせいだ。


 望まずとも、リンレイに服従してしまう。


 命に関わるような命令なら、拒むことも出来る。


 だが、リンレイもさすがに、そこまでの命令はしてこない。


 結果としてヨーダイは、リンレイのワガママのほとんどを、聞き入れるハメになっていた。


 リンレイは、契約のことを知らない。


 だが、これまでの経験から、ヨーダイが自分に逆らわないことを知っていた。


 だから彼女はヨーダイに対し、良いように振舞っていた。



ヨーダイ

「……申し訳ありません。リンレイさま」



 このときも、ヨーダイはリンレイに対し、頭を下げることしか出来なかった。


 もっとも、契約が無かったとしても、ヨーダイが強く出られたかどうかは分からない。


 リンレイに反意を示せば、母のリンカに伝わる可能性が有る。


 ヨーダイは、人畜無害だ。


 忠実なる下僕だ。


 リンカに対しては、そう思わせなくてはならない。


 それを考えると、どちらにせよ、リンレイには服従せざるをえなかった。



リンレイ

「口先で謝るより、行動で示しなさいよ」


リンレイ

「このままだと、ヴァイスシバフのパーティとの差が、ますます開いてしまうわ」



 テルヒ=ヴァイスシバフは、リンレイたちの同級生だ。


 優等生で、文武に優れる。


 リンレイたちは、ダンジョンの攻略速度において、テルヒたちに遅れを取っていた。


 プライドの高いリンレイにとっては、面白くないことだった。



ヤミヅキ

「あの……」



 パーティの仲間、ヤミヅキが口を開いた。


 彼女は、クロキクロウ伯爵家の令嬢だ。


 ヨーダイの婚約者でもある。


 これは、ゲームの設定と同様だ。


 ヤミヅキは、長い黒髪を持つ、控えめな性格のお嬢様だ。


 その髪色は、リンレイと良く似ている。


 並んで歩く2人は、姉妹のようにも見えた。


 1つの大きな違いとして、ヤミヅキは、背中に大きな翼を持っていた。



ヤミヅキ

「荷物を減らした方が、良いのではないでしょうか?」


ヤミヅキ

「少ない荷物を分担して持った方が、ダンジョンの攻略速度も上がるのでは?」


リンレイ

「あのねえヤミヅキ」


リンレイ

「婚約者だからって、あんまりにいさまを甘やかすのは、止めてもらえるかしら?」


リンレイ

「その程度の荷物、戦士のクラスであれば、持てないとおかしいのよ」


リンレイ

「それをにいさまが、虚弱貧弱無知無能だから……」


ヨーダイ

「…………」


ヨーダイ

(戦士じゃ無いけどな)



 ヨーダイは、半年ほど前の出来事を、思い返すことになった。




 ……。




 迷宮都市に出発する前。


 ヨーダイは、リンカの部屋に呼び出されていた。



ヨーダイ

「お呼びですか。リンカさま」



 ヨーダイは立ったまま、椅子に座るリンカに声をかけた。



リンカ

「成人式はどうだった?」


ヨーダイ

「つつがなく終了いたしました」



 この日は4月1日。


 成人式の日だった。


 神殿で行われる式に、ヨーダイたちも出席した。


 式は何事もなく終了し、ヨーダイは城に戻ってきていた。


 そこをリンカに呼び出されたのだった。



リンカ

「スキルはどうだったのかと聞いているのよ」


リンカ

「それが分からない無能ではないでしょう?」



 成人式の日に、人は加護を授かる。


 クラスとスキルの力だ。


 ヨーダイは例外的に、既にクラスの力を得ていた。


 だが、スキルを授かってはいなかった。


 この日ようやく、ヨーダイは、スキルを授かったことになる。


 スキルは、強力な武器になる。


 反逆の芽になるのではないか。


 リンカは、それを警戒しているようだった。



ヨーダイ

「『俯瞰マップ』というスキルを授かりました」



 ヨーダイは、正直にスキルのことを話した。


 魔導契約が有る。


 リンカに歯向かうのは難しかった。



リンカ

「あら。レアスキルね」



 リンカはそう言いながらも、安心した様子を見せた。


 『俯瞰マップ』は、希少なスキルだ。


 索敵に使えるこのスキルは、部隊指揮などに有用だ。


 だが、直接攻撃には使えない。


 今のヨーダイが手に入れたところで、リンカの脅威にはならなかった。



ヨーダイ

「そのようです」


リンカ

「おめでとう」


ヨーダイ

「はい。ありがとうございます」


リンカ

「来週には、もう迷宮都市ね」


ヨーダイ

「はい」


リンカ

「輝かしい学園生活の始まりね」


ヨーダイ

「はい」


リンカ

「きちんと無能にふるまわないとダメよ?」


ヨーダイ

「分かっています」



 ヨーダイはリンレイに、王位を譲る手筈になっている。


 ヨーダイの無能さを広めるのは、その下準備の1つだった。


 リンレイが王位を継ぐことは、正当だ。


 ヨーダイが王になるのは、間違っている。


 国民に対し、そう思わせるための手段だった。



リンカ

「そう? ちゃんと出来るか心配ねえ」


リンカ

「あなたは地が優秀だから、ボロが出ないか心配だわ」


リンカ

「そうだ!」


リンカ

「あなた学校だと、戦士ってことにしなさい」


リンカ

「授業中に、魔術は使っちゃダメ」


リンカ

「賢者だってこと、クラスメイトにバレてもダメよ」


リンカ

「分かったわね?」


ヨーダイ

「はい。了解しました」



 こうして、ヨーダイの学生生活には、大きな枷がはめられたのだった。




 ……。




 結果。


 ヨーダイは、戦力にならない無能として、荷物持ちをさせられていた。


 だが、賢者であるヨーダイには、たいした力も無い。


 荷物持ちとしても、リンレイの期待を下回っていた。



ヨーダイ

「…………」


ヤミヅキ

「本人が出来ないことを、無理に強いるのは、いかがなものでしょうか?」


リンレイ

「私が間違っていると言うの? たかが伯爵家のくせに」


ヤミヅキ

「……いえ」



 王女と伯爵令嬢では、立場に明確な差が有った。


 ヤミヅキの立場では、リンレイに強く出ることは難しい。



ヤミヅキ

「差し出たことを申してしまい、面目ありません」



 ヤミヅキは頭を下げた。



リンレイ

「行くわよ」



 リンレイは、ダンジョンの通路を、先へ進んだ。


 ヤミヅキも、それに続いた。


 少し遅れ、ヨーダイも後を追った。


 そこへ、もう1人の仲間であるピカードが、話しかけてきた。



ピカード

「災難だね。君も」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ