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その10「無能王子」




 メイドが扉を開いた。



ヨーキ

「失礼します」


ヨーダイ

「失礼します」



 ヨーダイたちは、リンカの部屋へと入った。


 最後に入室したメイドが、扉を閉めた。


 ぎぃ。


 蝶番が、鈍い音を立てた。


 中に入ると、ヨーダイは、室内の様子を見た。


 リンカの私室は、ヨーキの部屋よりも広かった。


 何人もの兵士が、リンカを警護していた。


 世話役のメイドの数も、片手の指では足りない。


 ヨーキとは、扱いの格が違うようだった。


 リンカは大きな丸テーブルのそばで、椅子に腰かけていた。



ヨーダイ

(ちょっと物々しいな)


ヨーダイ

(メイドの数も段違いだ)


ヨーダイ

(これが第2王妃と国王代理の差か)


リンカ

「2人とも、座りなさい」



 リンカが言った。


 お願いでは無く、ただ勧めているのでも無く、命令しているようだった。


 国王代理であるリンカには、2人に命令する権利が有る。


 2人には、逆らう理由は無い。


 ヨーキは、リンカの向かいに着席した。


 ヨーダイは、ヨーキの隣に座った。


 そして、リンカを観察した。


 リンカの髪は茶色い。


 腰からは、猿の尻尾が伸びている。


 茶猿族だ。


 ヨーキやヨーダイと、同じ種族だった。


 美人だが、温厚なヨーキに比べると、眼光が強い。


 令嬢らしいロングヘアのヨーキに対し、リンカの髪は、活動的なショートヘアだった。


 リンカが身にまとったドレスは、ヨーキのものよりも手間がかかっている。


 ヨーキの格好が、みすぼらしいというわけでは無い。


 だが、リンカのものと比べると、明らかに質素だった。


 服装にも、立場の格というものは出るらしかった。



ヨーキ

「このたびは、お招きいただきまして……」


リンカ

「堅苦しい挨拶はいいわ」


リンカ

「それよりも、お話を聞きたいわ」


リンカ

「ねえ、ハガネ」



 なぜかリンカは、招待したヨーキではなく、ハガネに声をかけた。


 ヨーダイは、それを不思議に思った。


 だが何も言わず、黙って様子を見守った。


 母の大事な社交だ。


 自分が下手を打つわけにはいかない。


 ヨーダイは、そう考えていた。



ハガネ

「…………」


リンカ

「王子のお勉強の調子はどう?」


ハガネ

「……それなりに、つつがなく」



 質問に答えたハガネの表情は、なぜか暗かった。


 ハガネは、ヨーダイの後方に立っていた。


 ヨーダイからは、彼の表情は見えなかった。



リンカ

「あら。そう」


リンカ

「誰が嘘ついて良いって言った?」



 リンカの視線が、ハガネを刺した。



ハガネ

「っ……」


ハガネ

「王子は……とても優秀です」


ハガネ

「1から10を学び、特に算術において、特筆すべき才能を見せています」


リンカ

「そう。優秀なのね。あなた」


ヨーダイ

「……お褒めの言葉、ありがたく存じます」


ヨーダイ

「ですが、リンレイ様は、自分など及びもつかない神童だと聞き及んでおります」


リンカ

「そう……」


リンカ

「実はね」


リンカ

「あの子、言われてるほど、頭が良く無いのよ」


ヨーダイ

「……はい?」



 リンカの発言は、ヨーダイにとって、寝耳に水だった。


 リンレイはヨーダイと比べ、遥かに優秀だ。


 皆がそう言っているのを聞いた。


 それをいまさら、何を言っているのだろうか。



リンカ

「いちおう、4歳にしては賢いわ。けど、しょせんはその程度」


リンカ

「それをニンジャに命令して、天才だってことにしてもらったの」


リンカ

「噂をね、流させたの。国中にね」


リンカ

「逆にね、あなたのことは、愚鈍なバカ王子ってことにさせてもらったわ」


リンカ

「そういうことにしておかないと、色々と不都合が出るでしょう?」


リンカ

「あなたから王位を貰うのに」


ヨーダイ

「何を言って……」




リンカ

「殺しなさい」




ヨーダイ

「えっ……?」


メイド

「…………」



 メイドの手元が煌いた。


 最初から部屋に居たメイドでは無い。


 そのメイドは、ヨーキの世話役だった。


 ヨーダイとも、仲が良いメイドだ。


 そのはずだった。



ヨーキ

「うっ……!」



 うめき声と共に、ヨーキが倒れた。



ヨーダイ

「母上!?」



 ヨーダイは、ヨーキに駆け寄った。


 ヨーキは横向きに倒れていた。


 体の左側が、天井に向く倒れ方だ。


 ヨーキの左腕に、ナイフが刺さっているのが見えた。


 ヨーダイは、慌ててナイフを引き抜いた。


 そして、呪文を唱えた。



ヨーダイ

「いやし風!」



 ヨーキは、緑色の風に包まれた。


 少しずつ、ヨーキの傷が塞がっていった。



リンカ

「あら……」


リンカ

「王子が治癒術を使えるなんて、聞いていなかったけど?」


ハガネ

「……申し訳ありません」


リンカ

「けど、残念」


リンカ

「暗殺用の刃物には、毒が塗ってあるものよ」


リンカ

「せっかくの回復呪文だけど、その女は、やがて死ぬわ」


ヨーキ

「うぅ……」


ヨーダイ

(毒……!?)



 治癒術を受けても、ヨーキは苦しそうな顔をしていた。


 毒の話は、真実だ。


 ヨーダイは、そう判断した。



ヨーダイ

(だったら……!)



 ヨーダイは、ポケットから薬瓶を取り出した。


 フタを開け、瓶の口を、ヨーキの口に当てた。



ヨーダイ

「母上……! 飲んでください……!」



 ヨーダイは、瓶の中身を、ヨーキの口の中へ、流し込んでいった。


 ヨーキは液体を飲み込んだ。



ヨーキ

「ぅ……」



 ヨーキの表情が、和らいでいった。



リンカ

「……解毒ポーション?」


リンカ

「どうして王子が、そんな物を持っているのかしら?」


ハガネ

「……王子は城を抜け出して、ダンジョンに行っていました」


ハガネ

「ポーションは、そのときに手に入れた物です」


リンカ

「聞いてないけど?」


ハガネ

「申し訳ありません」


リンカ

「それにしても……」


リンカ

「……今日という日に、ぐうぜんに解毒ポーションを持っていた?」


リンカ

「怖い子供ね。思った以上に」



 ポケットに解毒ポーションを入れている子供など、普通は居ない。


 ヨーダイは、異常だった。


 リンカはヨーダイを見る目を、細めざるをえなかった。



ヨーダイ

「お前……」



 ヨーダイは、見開かれた目をリンカに向けた。


 その瞳からは、明確な怒りが見て取れた。



ヨーダイ

「こんなことをして……タダで済むと思っているのか……!?」



 4歳の子供に睨まれても、リンカは揺るがなかった。



リンカ

「済むわよ」



 平然と、そう言ってみせた。



ヨーダイ

「え……?」


リンカ

「利発なように見えても、4歳の子供なのね」


リンカ

「良い? 今の私の立場は、国王代理」


リンカ

「最高権力者である国王と、同等の権利を持っているわ」


リンカ

「側室の1人くらい、簡単に始末できるのよ」


ヨーダイ

「そんなバカな……!」


ヨーダイ

「母上は、公爵家の出だぞ……?」


ヨーダイ

「いくら国王だからって、理由も無しに殺めて良いわけが無い……!」


リンカ

「やっぱり子供ね。少し安心したわ」


ヨーダイ

「は……?」


リンカ

「良い? 坊や。罪というのは、作れるのよ」


リンカ

「その女が乱心して、私を傷つけようとした」


リンカ

「だから処罰した」


リンカ

「それで通るの」


リンカ

「それよりも、もっと穏便な方法も有るわ」


リンカ

「今、疫病がはやっているでしょう?」


リンカ

「その女は、運悪く疫病にかかり、運悪く病死した」


リンカ

「それで済むの」


リンカ

「国家における、万能のパワー」


リンカ

「それが権力というものよ」


リンカ

「そしてあなたは、私の権力を、脅かそうとしている」


ヨーダイ

(疫病……? まさか……)



 ヨーキ=ビストスズは、疫病で死んだ。


 ヨーダイは、前世において、ゲームのテキストでそれを知った。


 だが……。



ヨーダイ

(母上が病で亡くなったというのは、ゲームのキャラが言っていただけだ)


ヨーダイ

(本当は、これが真実なのか?)


ヨーダイ

(母上は本当は、この女に……)


ヨーダイ

「けど……」


ヨーダイ

「どうして母上を……!?」


リンカ

「あら。分からないの?」


ヨーダイ

「分かるかよ……!」


リンカ

「王子。あなたはこの国の、王位継承権を持っているのよ」


ヨーダイ

「バカにするな……! それくらい知っている……!」


ヨーダイ

「王位が欲しいなら、俺を殺せば良いだろう……!」


ヨーダイ

「どうして母上を狙ったんだ……!」


リンカ

「いくら私でも、継承者を殺せば、カドが立っちゃうのよね~」


ヨーダイ

「いまさら外面を気にするのか?」


ヨーダイ

「病死に見せかけて、殺すことも出来るんだろう?」


リンカ

「そういうわけにもいかないのよ」


ヨーダイ

「…………?」


リンカ

「だから私は、あなたを壊すことにしたの」


リンカ

「壊して、飼いならすことに」


リンカ

「けど、母親というのは、子供の拠り所になるものでしょう?」


リンカ

「だから、子供を壊したかったら、まずは母親から壊さないと」


リンカ

「そうでしょう?」


リンカ

「さあ、とどめを刺して」


メイド

「……はい」



 さきほどナイフを投げたメイドが、無表情で答えた。


 その手には、2本目のナイフが握られていた。


 メイドはゆっくりと、ヨーキに近付いてきた。


 ヨーキに死が迫っていた。



ヨーダイ

「っ……!」


ヨーダイ

(俺のせいで……母上が殺される……?)


ヨーダイ

(油断していたのか? 俺は)


ヨーダイ

(ゲームのシナリオ上の悲劇だけを、回避出来れば良いと……)


ヨーダイ

(この世界が現実だということを、深く考えていなかった)


ヨーダイ

(現実の王宮だったら、この程度の陰謀、良く有ることじゃないか……)


ヨーダイ

(けど……)


ヨーダイ

(こんなのあんまりだろう……!?)


ヨーダイ

(俺は……どうしたら……)



 ヨーダイは迷い、周囲を見た。


 前方には、兵士やメイドの姿が見えた。



ヨーダイ

「誰か助けて……!」



 誰も彼も、リンカのしもべだ。


 誰も、ヨーダイに答えなかった。


 ただ立って、ヨーダイたちの様子を見ていた。



ヨーダイ

「人殺しだぞ……?」


ヨーダイ

「人殺しなのに……」


ヨーダイ

「誰か……誰か……」



 救いを求め、ヨーダイは振り向いた。



ハガネ

「…………」



 そこに、ハガネが立っていた。


 2人の目が合った。



ヨーダイ

「あ……」


ヨーダイ

「ハガネ……たすけて……」



 ヨーダイは、ハガネにすがった。


 ハガネはずっと、ヨーダイを手助けしてくれた。


 ある意味では、ヨーキよりも親しい相手だ。


 ヨーダイは、ハガネのことをそう思っていた。


 だから、今回も、なんとかしてくれるのではないか。


 そう思い、すがった。



ハガネ

「王子……」


ハガネ

「……申し訳ありません」



 ハガネはヨーダイを、拒絶した。



ヨーダイ

「っ……」


ヨーダイ

「お前もなのか……」


ハガネ

「…………」


ヨーダイ

「楽しかったのに……」



 ヨーダイは、絶望した。


 眼前の光景は、封建社会ではよくあることだ。


 最も地位の高い者に、周囲の者は服従する。


 よくある、人の習性だ。


 ハガネがしたことは、人間らしい行いだとすら言えた。


 理屈で考えれば、おかしい事など何も無い。


 ヨーダイは、ハガネたちのことは、仲間だと思っていた。


 絆が有ると思っていた。


 それが幻だったなどと、認めたくは無かった。


 理屈で冷静に飲み込むことなど、不可能だった。



ヨーダイ

「敵なのか……!」



 ヨーダイは、涙を流しながら、ハガネを睨んだ。


 だが、ヨーダイの憎しみなど、周囲の連中にとっては、何の意味も無い。


 ハガネは依然動かない。


 そして……。



メイド

「…………」



 メイドが短刀を手に、ヨーキに迫っていた。



ヨーダイ

「やめろ……!」



 ヨーダイは、メイドとヨーキの間に立った。


 そして両腕を広げ、ヨーキを庇ってみせた。



メイド

「王子。危険ですから、おどきください」



 メイドは少しだけ、悲しそうな顔をした。


 それに気付く余裕は、今のヨーダイには無かった。



ヨーダイ

「やめてくれ……」


ヨーダイ

「リンカ様! 王位ならお譲りします!」


ヨーダイ

「俺に出来ることなら、何でもします!」


ヨーダイ

「靴を舐めろというなら、舐めたって良い!」


ヨーダイ

「だから……」


ヨーダイ

「母上の命だけはお助けください……お願いします……」



 ヨーダイはそう言って、深く頭を下げた。



リンカ

「そう……」




リンカ

「けど、ダメよ」




 子供の涙。


 それは往々にして、大人たちの心を打つ。


 揺らす。


 そんなもの、リンカ=ビストスズにとっては、何の意味も無かった。






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