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6. 手作り弁当

 次の日の昼休み。


 校庭のベンチでわずかな日差しを頭上に受けながらぼんやりしていると、向こうから田宮が手提げかばんをぶらぶらさせながらやってきた。


「お前、お昼ごはんは?」


 相変わらず直球をついてくる田宮に、わたしはもう苛立ちを感じなかった。少し苦笑しながら「節約してるから食べないだけ」と答える。給食のないうちの中学校では半数以上が家から弁当を持参し、残りは学食だったり仕出し弁当を注文する。お金のないわたしは弁当派だ。そして昨日の無駄遣い分を取り戻すためには昼食を一回抜くくらいのことはしなくてはいけなかった。


 リードを買えないと打ち明けた以上にシビアな話に、さあどう出るかと田宮を見上げる。すると田宮は「だと思った」と意外なほど淡々と受け止めた。


「だったらこれ、一緒に食ってくれるよな」


 そう言って断りもなくベンチに座ると、わたしとの間に重量感のある弁当箱をどんと置いた。


「……お重?」

「うち、弁当箱一つしかないから」


 二段重ねのお重の中身はさながら運動会のように心浮かれるものばかりだった。からあげ、たこさんウインナー、卵焼き。ミニトマトにブロッコリー。そして、おにぎり。


「遠慮するなよ。俺が作ったんだし」


 断りを入れようとしたわたしを制するように、田宮が割り箸を投げてきた。あわてて受け止めたところで「たまに見かけてたんだ」と、自分はおにぎりを手に取りながら田宮がぼそっと言った。「お前がここで昼飯も食べずに座っているところ」


 そう言われてわたしがまず思ったこと、それは「今度からは別の場所で過ごそう」ということだった。田宮に見られていたということは、他にも誰かに見られていたはずだ。それは恥ずかしいからではなく、面倒くささによる思考だった。なぜならわたしは誰からも同情されたくなかった。それにこうして昼食を恵んでもらいたくもなかった。


 昨日、おばあさんに自分が話したことをあらためて実感する。いくら喉から手が出るほど欲しいものでも「親しくもない人」に「理由もなく」贈られたくはないのだ。この二つがそろった時、初めて贈り物はその価値を発揮するのだ。


 いつまでも弁当に手を付けないわたしを尻目に、田宮は黙々とおにぎりをほおばっていく。


「俺、料理が趣味でさ」

「え。なに?」

「料理が趣味なの」


 ぺろり、と親指についた米粒をなめながら田宮が言った。あっという間におにぎり一個を完食している。


「うち、父一人子一人だから、親父しか食べてくれる人がいなくて。だけど親父以外の人に食べてもらうのはちょっと恥ずかしいから、お前が食べてくれるとすげえうれしい」

「恥ずかしいって……もうそういう時代じゃなくない?」

「ああ。男だからってことじゃなくて、その、ほら。好きなことを打ち明けるのってなんだか恥ずかしくない?」


 そう言った田宮は確かにちょっと恥ずかしそうで、物珍しさについじっと見てしまった。


「やめろよ」


 とっさに田宮が腕で顔を隠す。だけど隠しながらも、もう一方の手でお重をわたしに押し付けてきた。


「とにかく食えって。ちなみに食材は余ってたものを使っただけだから気にするな」


 訊けば、昨日から父親が突然出張に出かけてしまい、事前に買い込んでおいた食料が冷蔵庫の中にまだいっぱいあるのだという。


「冷凍庫も普段からぱんぱんだからとっておけなくてさ」


 そこまで言われるとさすがに食べてもいいような気がしてきた。それに今ここでわたしが食べなければ残ったものは廃棄されてしまうことになる。わたしは田宮と「親しくはない」。だけど今、食べる「理由はある」。


 割り箸をひらき、おずおずと卵焼きに手を伸ばす。卵焼きだなんて、ここ何年も食べていない。ママには卵を巻くような気持ちの余裕はなく、わたしも自分で作ってまで食べたくもなかったから。


 一口かじると、口内に香ばしい出汁の香りが広がった。


「……おいしい」


 思わず口元を押さえていた。


「よっしゃ!」


 隣で田宮が小さくガッツポーズを決めた。


「こんなに手の込んだ卵焼き、食べるの初めて。……これ、ほんとに田宮が作ったの?」

「もちろん。卵焼きは前から研究してて、これは桜井さんっていう料理家の人がネットで公開しているレシピを参考にしたものなんだ」


 おいしく作るコツは……と、田宮が饒舌に語り始める。そのご機嫌な様子に、わたしはしばらくぽかんと口をあけていた。


「……ん? なんだよ」


 さんざんしゃべり倒した田宮がようやくわたしの異変に気がついた。


「だって。こんなにしゃべれる人だって知らなかったから。しかも」

「まだ何かあるのか」

「田宮ってけっこうかわいいんだね。うん、一生懸命なところがかわいい」

「はあ?」


 田宮が大きな動作で後ろに下がった。


「俺、男なんだけど」

「えーと。男だってかわいい時はかわいいんだよ。知らないの?」


 でもこれ以上からかうのもかわいそうに思えたから、まだ何か言いたげな田宮を無視してからあげをほおばった。


「うわ! これもおいしい!」


 衣はサクサク、肉はジューシー。まさに理想のからあげだ。


 気づけば夢中で食べていた。そんなわたしのことを田宮は目を細めて眺めていたが、やがてわたしにならうかのようにがつがつと食べ始めた。



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