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4. プレゼント選び

「今年のプレゼントもそろそろ買いに行かないと」


 そんなことをおばあさんが言いだしたから、「だったら今から一緒に行こうよ」と、鼻につめていたティッシュを抜いて強引に外に連れ出した。わたしも買いたいものがあるんだ、と嘘をついて。


 夕方になる直前の商店街を、木枯らしに吹かれながら、おばあさんの小さな歩幅に合わせて歩いていく。おばあさんのくたびれたショートブーツをわたしのくたびれたローファーが追いかけていく。


 さえない街の、さえない商店街。さえない二人組。それでもクリスマスはここにもちゃんとあった。街灯や店先を飾る、ぱっとしないモールやツリー。まだ灯されていないイルミネーションの無骨な配線。スピーカーから流れるノイズまじりのクリスマスソング。どこかノスタルジックな、次元の違う別世界のような、そんな不思議な空気がただよっている。


「お嬢さんみたいな若い人が面白い店ではないですよ?」


 時折思い出したように同じことを繰り返すおばあさんは、わたしをそこに連れていくことに本心から申し訳なさを感じているようだった。でも毎年そこでプレゼントを購入していると聞けば、どんな店か気になるのも道理だろう。


「わたしもプレゼントを買いたかったからいいの」

「ですが……」

「こっちの方に一度来てみたかったのも理由だから」

「そうですか。ならよかった。あ、あそこです」

「へえ。あそこがおばあさん御用達のお店なんだ……って、ほんとにあそこなの?」


 ひっそりとたたずむその店は、自分ひとりでは決して入らないような、そんな独特の圧を感じる店だった。たとえるなら、そう――冷やかしお断り、お金のない人お断り。そんな圧を。


 だけどおばあさんは意に介することなく漆黒に塗られた重い木製のドアを開けた。


 ちりん、とドアベルがかわいらしい音で鳴る。


 腰が引けた状態で、わたしはおそるおそる店内をのぞいた。だが。


「……うわあ」


 いい意味で予想を裏切る内装を目にした途端、わたしは感嘆のため息をこぼしていた。


「素敵なお店……」


 真冬だというのに、室内には温もりがふんだんに満ちていた。


 壁や床に使われている無垢材はオレンジがかった電球によって照らされ、柔らかな光をまとっている。窓には分厚い生地のカーテンがかけられ、その下では薪ストーブが威勢よく燃えている。陳列棚に並べられている商品もどれもセンスがいいものばかりだ。そして高そうでもある。


「いらっしゃいませ……って、鳴川なるかわ?」


 レジに座っていた人が手元にやっていた顔を上げ、名を呼ばれ、それでようやく知人がいることに気づいた。


「……うわ。最悪」


 つい鼻にしわが寄る。


「あら。お知り合いですか」

「あ、うん。えと、同じ部活の田宮くん」


 正確には同じ部活だった田宮くん、だが。


 水曜日は部活のはずなのに今日は特別に休みなのだろうか。そんなことを考えていると、おばあさんは嬉しそうに田宮くんに近づいていった。


「あなたは昭三さんのお孫さん?」

「いいえ。田宮昭三は俺の大おじさん、祖父の弟です」

「そうなんですね。ところで、今日は昭三さんは?」

「囲碁会に。どうしてもはずせない用事があるとかで。あの」


 部活ではいつもきっぱりはっきり言う田宮くんが、なぜか口ごもった。


「あなたは……いえ、お客様はサンタクロースになりたい方ですか?」

「どうしてそれを?」


 おばあさんの目がまんまるに見開かれた。


「あの。大おじさんに頼まれているんです。自分が不在の時にお客様が来たらきちんと対応するように、と」

「そうだったんですか」


 おばあさんはにっこりと笑うと、「それじゃあお店の中を見させてもらいますね」と陳列棚の方へと向かった。


「……なんであんたがここにいるのよ」

「それはこっちのセリフだ」


 二人きりになるや、お互い素が出た。そう、実はわたしと田宮くん――ううん、こいつは呼び捨てで十分だ――は吹奏楽部で犬猿の仲として知らない者はいないのである。


「お前、あのお客様とどういう関係なんだよ」

「祖母と孫だとは思わないわけ?」

「あのお客様のことは大おじさんから聞いてる。お前のような孫がいないこともな」

「それって」


 その言い方にぴんときた。


「……もしかして、おばあさんがプレゼントをあげたい人のことも知ってるの?」


 驚くわたしに、逆に田宮の方が驚いた顔になった。


「お前も知ってるのか?」


 二人、しばらく黙って見つめ合った。


「……ねえ。贈ることのできないプレゼントを買うのってむなしくないのかなあ」


 レジ台に背を預け、田宮に背を向け、気づけば思っていたことを口に出していた。


「受け取ってもらえないってわかってるのにさ……」


 視線の先ではおばあさんが真剣な顔をして贈り物を吟味している。悩ましそうにあれを手にとり、これを手にとり、また同じものを手にとったりを繰り返している。


 プレゼントの数だけ、おばあさんはこの作業を繰り返してきたのだ。そう思ったら、胸にずんとくるものがあった。


「それに相手からはなにももらえないんだよ……?」

「お前は?」


 急にたずねられ、意味がわからなかった。


 振り向くと、田宮は意外なほど真面目な顔つきをしていた。


「お前もむなしかったりするの?」


 普段のわたしなら、問われた瞬間、田宮のことを無視するなり突き飛ばすなりしたと思う。ふざけんな、と。何も知らないくせにわたしに干渉しようとするな、と。実際、田宮はこの夏から部活をさぼりだしたわたしをしょっちゅう問い詰めてきた。「勝手に休むと迷惑だ」「お前みたいなやつがいたら来年の大会で金をとれない」と。最後には「練習に来ないなら部活をやめろ」と脅してきた。だからやめてやった。遠慮のないビンタをかまして。


 でもなぜだろう。ここが学校ではないからか、制服を着ていないからか。理由はわからないけれど素直な気持ちを吐きだしていた。「むなしい」と。


「パートリーダーの田宮には言っておくべきだったけど、うち、リードを買う余裕もなくなっちゃって。だから部活をやめたの」


 そして「ごめん」と頭を下げた。


「多分部活のみんなに田宮のこと誤解されてるよね。でもわたし、田宮がみんなの前でああ言ってくれたから、だからやめることができたの。もう限界だったから」


 誰もが知ってる童謡に影響されて始めた、クラリネット。猫の次に胸にあたためてきたわたしの夢は、中学で叶ったけれども持続させることはできなかった。


「うち、父親がずっと入院してて、それでもうお金がなくて……」


 でもママにはこれ以上リードが欲しいとは言えなかった。うちが金欠なことは十分すぎるほどわかっていたから。かといって他の誰かに弱音を吐くわけにもカンパしてもらうわけにもいかず……泣けないわたしは、田宮に怒りをぶつけることでようやく部活から逃げ出すことに成功したのだった。


「ほんとにごめんなさい」


 冷静になれば、誰が悪者かはわかりきったことだった。


「わたしのこと、仕返しに殴ってもいいよ」

「もういいよ」


 田宮がわたしの話を遮った。


「俺こそごめん。もっとお前のことを理解しようとするべきだったのにひどいことを言った」

「いいの。田宮のおかげでやめることができてほんとに助かったから」


 それは本心からで、田宮はしばらく納得できない顔をしていたけれど、やがて不承不承といった感じでうなずいた。


「でもさ。それでお前はいいの? ほんとはクラリネット続けたかったんだろう?」

「いいも悪いもないよ。無理なものは無理、それだけのことだから。あ、おばあさん! いいもの見つかった?」


 にこにこ顔で近づいてくるおばあさんに、わたしは無理やり笑顔を作ってみせた。


「はい。これです」


 そう言っておばあさんが見せてくれたものは真っ白なストールだった。


「わあ。素敵」

「でしょう?」

「うん。レイコの毛並みみたい。すごくいい」

「レイコって?」


 横から割り込んできた田宮に「おばあさんの猫」と答える。


「へえ。このストールみたいな毛並みなら、絶対きれいな猫だな。……あ、すみません。お客様に」


 田宮が小さく頭を下げた。


「ではこちらはいつものようにお任せでお包みさせていただきますね」

「あら。昭三さんから聞いているんですね」

「はい」

「ではいつものようにお願いします」


 会計処理を済ませると、しばらく考えた田宮はストールを柔らかそうな紙でくるみ、シルバーのラッピングバッグにつめた。そして最後に袋の口を柔らかな金のシフォンのリボンできゅっと結んだ。その手際のよさは、田宮のクラリネットの運指を彷彿とさせた。わたしの右隣が定位置だった田宮の運指は、いつだって細やかで繊細だった。そしてここぞという時にきりっと動くことができるのだ。


「このような感じでどうでしょうか」

「とてもいいわ。ありがとうございます」


 オレンジ色のライトの下で、シルバーのプレゼントバッグが無数の星をまとったかのように光り輝いている。小さなラメがプレゼントバック全体にちりばめられているのだ。


 思わず見ほれていたら、「お嬢さんは?」とたずねられて目が覚めた。


「え? わたし?」

「お嬢さんもプレゼントを買いに来たのでしょう? 何かいいものは見つかりましたか?」

「あ、うん。あったよ」


 本当はプレゼントをあげたい人なんていなかったから、レジ台の上、適当に目についたロリポップの束の中から一本抜き取る。真っ白なステッキに赤いストライプが巻かれている、まさにクリスマスといったものを。


「これにしようと思って。えーと、二百円、だよね。はい」


 二百円あればあれもこれも買えるのにと、断腸の思いで硬貨をトレイに載せる。よく見たらロリポップはわたしの苦手なハッカ味で、いよいよがっかりした。


「ではそろそろ帰りましょうか。暗くなってきましたし」

「はーい」

「あ、ドア開けます」


 田宮が席を立った隙に買ったばかりのロリポップを束の中に戻す。そしてわたしはおばあさんのことを追いかけた。



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