3. 小さなクリスマスツリー
「私はサンタクロースどころか、家族をもつ資格すらないんです。人を愛せない私にはそんな資格はないんです」
しばらく涙を流していたおばあさんだったが、やがてぽつぽつと語り始めたのは、隣に住んでいるだけのほぼ他人、しかも中学生のわたしに話すにはかなりシビアなものだった。
おばあさん、なんと高校在学中に子供を産んでいるのだそうだ。だけど当時の状況からして、子供の父親と結婚することも、自分ひとりで子供を育てることも不可能で、両親の強い勧めもあり、子供は養子に出してしまったのだという。
「子供の顔は生まれた直後に一瞬見えただけでした」
情がうつらないように、でも一目も見られないのはかわいそうだから……そんな配慮があったらしい。
だけどその一瞬でおばあさんの心に子供の存在が住み着いたという。それはもう強固に。
「とてもかわいい女の子だったんです」
だけど……それ以来おばあさんはその子に会えていない。会う方法がないという。その子が今どこでどんな風に暮らしているのかも、どんな姿かたちになっているのかも知らないそうだ。……実は名前すら知らないのだとか。
出産後、高校に通う気力がなくなってしまったおばあさんは、中退し、実家を出て働き出す。ちなみに子供の父親とは妊娠発覚後に縁を切っている。
初めての給料を手にしたのはクリスマスだった。
給料袋を入れたポーチを胸に、いつも通る商店街を歩いていたおばあさんは、封筒と便せんを求めて雑貨屋に入った。面白みのないシンプルなそれらをレジに持っていくと、レジには元同級生が座っていて、おばあさんとの再会にひどく驚いたそうだ。
だけどおばあさんの目は元同級生ではなく、レジ前に並べられていた小さなクリスマスツリーに釘付けになったのだという。
「どうしてもそのツリーがほしくなったんです。おもちゃみたいなとっても小さなそのツリーが、まるで生まれたての赤ちゃんのようで」
衝動買いをしたツリーは手のひらの上にちょこんと載るくらいの、ほんとうに小さなものだった。それを元同級生がきれいな包装紙とリボンで包んでくれたのだそうだ。
「それがこれです」
プレゼントの山の隅、ひときわ年季の感じられる箱をおばあさんが指さした。
「このとおり、持ち帰っても開けられなかったんです。こんなにきれいに包んでもらったかわいいツリーですから、自分で楽しむよりもあの子にあげたい、そう思ったんです」
あの子とは――言われなくてもわかる。
そしてここに積まれたたくさんのプレゼントをおばあさんが誰にあげたいと思っているのかもはっきりとわかった。
クリスマスツリーの入った箱を枕元に置いて眠ったおばあさんは、その日、不思議な夢を見たそうだ。サンタクロースになって『あの子』に会いに行く夢を。それほどまでに幸せな気持ちで朝を迎えられたのは初めてのことだったという。
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