10. クリスマスの朝
田宮と別れたわたしはスーパーに寄った。そしてアパートに戻ってクリスマスディナーを作った。実際はディナーなんて大それたものではないけど。ポテトサラダにコンソメスープ。チキンの照り焼き。それとイチゴのフルーツサンド。レシピは田宮にラインで送ってもらった。朝、夜勤から戻ってきたママに少しでも喜んでもらいたくて。
クリスマスについて、プレゼントについてわたしは誤解していたようだ。クリスマスは大人がセッティングするもので、子供は祝い、楽しめばいいものだと。か弱い子供のわたしは何もしなくてもいいのだと。でも違った。大人にだって祝う気持ちにならない時があるし、子供にだってできることは何かしらある。ママが疲れているなら、わたしが祝えばいい。わたしがプレゼントをあげればいい。見返りなんていらない。プレゼントしたいと思えるこの気持ちこそが大切なのだ。そのためにはまず、贈る相手に心を寄せること。
そう――誰だってサンタクロースになろうと思えばなれるのだ。
その夜、田宮からもらったロリポップを枕元に置いて眠ったわたしの夢にレイコが現れた。ただし白猫ではなく人間の姿で。
ありがとう、とレイコは言った。
『ありがとう。お母さんとあの人をつなげてくれて』
『ありがとう。わたしのプレゼントをお母さんに届けてくれて』
『わたしもね、サンタクロースになりたかったの』
次の日の朝。まだママは戻っていないから一人で朝食をとった。とても気持ちのいい、さわやかな朝だった。窓の外には一面、真っ白な雪景色が広がっている。昨晩のうちにけっこう降ったみたいだ。
と、窓の下、見覚えのある真っ赤なミニクーパーが停まっていることに気づいた。まだ来たばかりなのだろう、窓をあけると排気ガスのにおいが二階の高さにまで届いた。そして車の前には昭三さんに肩を抱かれて泣いている悦子さんがいた。
かすかな予感を胸に抱きながら外に出る。
「……あ。お嬢さん」
近づくわたしの気配に気づき、悦子さんが泣きはらした顔をあげた。その腕には白いストールにくるまれたレイコが――白猫のレイコがいた。一面の雪にも負けないくらい真っ白なレイコが。
「寿命だったんだよ。レイコはきっと天国で幸せに暮らしてる」
昭三さんがなぐさめるたびに、悦子さんは泣きながらうなずいている。
「……そっか。サンタクロースになりたかったのは悦子さんだけじゃなかったんだね」
「え?」
「ううん、なんでもない」
クリームパンみたいなレイコの前足がストールからはみだしていたからそっと触れてみる。あんなに温かかった足からはもうぬくもりは感じられなかった。
メリークリスマス。
心の中でそっとつぶやいた声は誰にも届かなかったけれど、わたしはもう一度同じ言葉をとなえた。メリークリスマス、と。
完