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第9話『酒場へのお誘い』


 ──賑やかな帝都で暮らしていた俺から見て、ネーフェはこぢんまりとした村だ。


 村の真ん中に皆が使用するであろう井戸があり、敷石の敷きつめられた広場となっている。

 そこから放射状に路地が伸びて家が立ち並んでいた。


 やはり商店の類がないのが見た目寂しく──これでドレスを飾る仕立て屋とか武器屋とか宿屋とかが並んでいたら、ここが地の果ての島の中だとはだれも思わないだろう。


 井戸の広場ではまさしく井地端会議よろしく幾人かの主婦が立ち話をしている。


 その中の一人が俺の存在に気づき、目が合った。


 「どーもどーも」


 「っ……!?」


 「んぁ?」


 俺と目が合った瞬間、顔色を変えて会話を中断、急ぎ足で去って行った。

 あふれ出る俺の気品で田舎者をビビらせてしまったのかと思ったが、すぐに合点がいった。


 「罪人、か……」


 この地においては、村人じゃないイコール流刑になった罪人だ。

 今の反応を見ると、ふだんからこの村の人間を虐げている奴らの仲間だと思われたかも。

 なら、勘違いされて集団リンチされる可能性もあるな。


 もちろんそんなものはあっさり返り討ちにしてやるのだが、いつまでたっても男どもが得物をもって飛び出してくることはなかった。


 全く、チキンな奴らめ。


 俺は広場に仕付けられていたベンチに腰を下ろし、少しのんびりさせてもらうことにした。

 ここにいれば誰かが水を汲みに来るだろうし、話を聞くこともできるだろう。

 もう村の構造はだいたい分かったし、特に見るべきものもなさそうだ。


「あー……いい天気だな」


 ぼんやりと村を囲む山の斜面を眺める。

 山は美しい緑に覆われ、それがはるか遠くの山脈まで続いている。

 その上にある紺碧の空は、帝都よりもはるかに広く美しい。


 全く、あくびが出そうなくらい平和だ。

 俺はその退屈な景色を、悪くない気分で眺め続けていた。

 遭難状態だったときはなんとも思わなかったが、確かにこの島は自然豊かで美しい。


 親父が言うには『夏は暑く、冬は寒い』そうだが、ルネッサ地方なら気候もたいがい温暖だろう。


 罪人どもは、こんな美しく暮らしやすい場所に連れてこられたんだから、せめて心機一転して真面目に暮らすべきだ。

 それがこんな場所でも人に迷惑をかけて生き続けると言うのだから、やっぱりバカは死ななきゃ治らない説は正しい気がする。

 少なくとも俺が罪人ならば、モノを盗んだり人を殺めたりすることはやめ、素直に償いの日々を送るだろう。


 あ、さっきぶっ殺したのはノーカンで。


 「ねえ、ちょっと」


 「あ?」


 「そこでぼけーっとしてるお兄さん。あんたがフィーア王子様?」


 「そうだけど……?」


 突然、声を掛けられた。

 振り返るとそこには若い女性が立っている。

 井戸に水汲みに来たのかと思ったが、そういう感じでもなさそうだ。


 「すっごーい! 私、ホンモノの王子さまって初めて見るかもー!」


 「なんだお前は」


 「あ、私リーゼロッテ。リーゼでいいよ」


 「なんで俺が王子だと知ってる」


 「さっき、用事があって村長のとこに行ったのよ。そしたらエミリアがいないからエミリアは〜って聞いたら死んだテトラの家を掃除してるっていうじゃん。なんでって聞いたらなんと帝国の王子様と知り合ってこの村に来てるって言うからさ、私は村長がいよいよ心労がたたってボケたのかなぁって思ったのでもねそう言ったら村長がゆでだこみたいに真っ赤になって怒って追い出されちゃって本当に頭に来ちゃうよねそれで私エミリアに話を聞きに行ったのよそしたら」


 「何となく事情は分かったから、ちょっと落ち着け」


 「あ、ごめんね」


 ペロッと舌を出すリーゼロッテという女の子。


 口をはさむ暇もない怒涛のマシンガントークだったが、つまりエミリアの友達で彼女に話を聞いたのだろう。


 エミリアの友達と言うだけあって、彼女は顔立ちが整ったおさげが愛らしい女の子だった。

 美人はブスを友達にする習性があるというが、彼女たちにはその法則は当てはまらなかった。


 「へぇ〜。うんうん、確かに服装は王子様っぽい。でもなんかうっすら汚いよ?」


 「数日サバイバル生活だったんだ。あとで洗濯してもらう」


 「目の色がとっても不思議。それも王子様だから?」


 「これは王族は関係ない。母親譲りだ」


 「ふぅ〜ん。あ、ねねね、この剣ってすごく高そう! 買ったらいくらするの?」


 「王宮専属の錬金術師と鍛冶師が鍛えた剣だから、カネを出しても買えないと思うぞ」


 「うわぁ〜、ヤバっ! えっぐいねそれ」


 リーゼはなんとも元気な女の子だった。

 女が3人そろえば姦しいと言うが、この子は一人でもうるさい。

 ただし愛嬌が抜群なせいか全く憎めない。


 うむ、リーゼはこの村で守るべき女の子のリストに加えても良いだろうな。


 「島流しになったときにはもう私の人生終わりだな〜って思ってたんだけど、生きてればいい事あるね。なんたって目の前にホンモノの王子様!」


 「そんなに喜んでもらえて光栄だが、流刑になったから今では元、王子だ」


 「なんで流刑になったの?」


 「王族としての務めも果たさずに酒飲んだり、女と遊んだりしてたから」 


 「ふぅ〜ん。王子様ってお酒が好きなんだ」


 「まあな。もう飲めないのが無念すぎるが……」


 「お酒あるよ? 夜になんないとお店開かないけど」


 「何っ!? こんな流刑地に酒場があるのか!?」


 「そ、そんなに立派なものじゃないけど……村の人の息抜きも大事だからって、村長が作ったの」


 おおっ。

 ものすごくいい村長じゃないか、ジード。

 確かにこんな地でも……いや、こんな地だからこそ息抜きが大事だ。

 ハゲても村長、人心を掴む手法をわきまえている。


 「……って言っても、せいぜいヤシの実酒とかその程度だろ?」


 「そんなことないよ。ジン、ウォトカ、ラム、ワイン……あ、最近エールも作れるようになったんだ」


 「甘ショウガ入りのエール、ある?」


 「もちろんあるよ。美味しいよね、あれ」


 素晴らしい。

 エールすら兼ね揃えてるこの島は、もはや全てがこと足りている。

 ネーフェの村人の優秀さには驚嘆するほかない。


 「私、夜は酒場で働いてるの。良かったら王子様も来てよ!」


 「もしかしてリーゼ……すでに俺に惚れたか?」


 「ううん、全然。面白そうな人とか事件は大歓迎ってだけ」


 「おいこら、俺は退屈しのぎかよ」


 「だって〜……うらわかき乙女がこんな島に3年もいるんだよ? も〜日々退屈に決まってんじゃん」


 「まあ、気持ちは分からんでもないが……」


 リーゼは刺激に飢えているようだ。

 そりゃ、若者がこんなところにずっといたら退屈するだろうし無理もない。

 村の状況を考えれば退屈してる場合じゃないと思うが、それはリーゼよりも賢くて年長の人間が考えるべき問題だ。


 「王子の住んでる帝都の話とか、いっぱい聞きたいなぁ。私、待ってるからね!」


 「行くのはいいが、俺は素寒貧だぞ。そこってタダで酒が飲めるのか?」


 「お金なんかこの島じゃ必要ないし、いらないよ。ただし、飲んだらたくさん働くっていうルールになってるんだけどね」


 「なるほどな。そういうことか」


 「そ。飲んだ分は働いて返す」


 「だが俺は働いてない」


 「でもこれからは罪人たちからこの村を守ってくれるんでしょ?」


 「そんな話まで聞いてるのか……」


 「それならたぶん好きなだけ飲めるんじゃない? 王子さまはすっごく強いって、エミリアがそう言ってたよ」


 「すっごく強いかは知らんが、王族としてそれなりの手ほどきを受けてる」


 「なら大丈夫だね。ネーフェの村はこれから安泰!」


 「どうかな。ただ追い払うだけならまだしも、もし全面的に攻めてこられたらひとたまりもないと思うぜ」


 「えーっ、なんか話が違うっ。強いって言ってたのに」


 「村人を守りながら戦うんじゃ話が違う。この村はやや東西に長い。その両端から同時に来られたら俺が二人いても対応困難だ。どこもかしこも隙だらけだ」


 「えっ、来たばっかなのにもう村を見て回ったの?」


 「一応、守るっていう約束したからな……物見の高台もないのにはたまげたぜ」


 ジードは戦争を意識して村づくりをした訳じゃないだろうし、ここではただ住めれば良かった。

 しかし今後のことを考えたら多少の改善が必要だ。

 観察の結果、残念ながらネーフェの村は攻めるに易く、守るに難い脆弱な拠点だということが分かってしまった。


 「なるほどね、高台かぁ〜。考えたこともなかったなぁ」


 「苦労はするだろうが、いずれはそれに加えて外壁も作った方が良いだろうな」


 「そんなのよじ登ってくるんじゃないの?」


 「登ってる間は隙だらけだから好きなだけぶっ殺せるぞ」


 「あはは、そんなこと軽く言わないでよ〜」


 「登る前に射ち殺せるように、外壁に狭間を作るんだ。そうすりゃ向こうからは射れないが、こっちからは好きなだけ矢を射れる」


 「へぇ〜……何だか王子ってすごい。なんでそんなこと知ってるの?」


 「いや、城作りの常識だから」


 「村長に教えてあげた方がいいよ、それ。きっと真剣に聞いてくれると思う」


 「ま、忠告はさせてもらうが……時間も手間もかかるから。また悩んでハゲが進行するかもな」


 「……どうでしょうかのぉ。ここまで来たら、もはや抜ける毛も少ないですからのぉ」


 「おぉっ!?」


 「そ、村長!?」


 いつの間にか、ジードが立っていた。

 気配を消して俺の後ろを取るとは──このハゲ、なかなかできるじゃないか。


 「リーゼはべちゃくちゃと何をしておるっ。さっさと野良仕事に行かんか! 働かざる者食うべからずじゃぞっ!」


 「はぁ〜い。じゃ王子、また夜ね」


 「おう」


 ジードに一喝されても気にする風でもなく、手をひらひらさせてリーゼは去って行った。

 彼女はエミリアとタイプこそ違えど、底抜けに明るくていい子だ。

 あんな子が住む村が、悪党どもに虐げられて暮らすのはやはり間違っている。


 「さて、王子どの。テトラの家の掃除が終わったそうですぞ」


 「お、そうか」


 「……すでに村を見て回って下さったのですな。ありがたい助言、早速検討させていただきますゆえ」


 「可能な限り急いだほうがいい。ドンパチは始まる時は突然始まるからな」


 「うむ……頼りにしてますからのぉ」


 ここまで村づくりを行ってきたジードだが、俺の話を素直に聞いてくれた。

 俺なりに真面目に村を見て回ったことで少しは信頼が得られたのかもしれない。


 「それと王子、今夜の事ですが」


 「ああ、実は……酒場があるって言うからそこに行こうかと思ってるんだ」


 「それは都合がいいですな。実は王子を歓待させて頂くべく、酒場で宴を催すことにしたのですじゃ」


 「今は食い物が足りてないんだろ? 無理すんなよ」


 「今のうちに村人に王子を紹介しておかなければ色々と面倒でのう。すでに不審者が村に入り込んでいると苦情が来ておりまして……」


 「そんなこともあるかと思った」


 「そういう事情もあり、村中の主だった大人に来ていただいて盛大に執り行います。それに……」


 「それに?」


 「正体不明になるまで酔って寝て頂いた方がエミリアも安全ですからのう。ふぉっふぉっふぉ」


 「そういうことかよ」


 どうも、そっち方面の信頼はまるっきりないようだ。

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