第8話『部屋割り』
結局、エミリアとジードにさんざん止められたのでカチコミは延期することにした。
冷静になって考えると確かに今日行くのは厳しい気がする。
エミリアの手料理で空腹は満たせたけれど、まだまだ体力の回復には至らず本調子には程遠かった。
「それで、王子はこれからどうするおつもりですじゃ?」
「どうするって?」
「ワシらの生活を脅かす者どもを退けて頂けると言うのは分かりました。つまり、この村に滞在することになるのでしょう」
「そのつもりだ。つーか他に行くとこないし」
「その間の住まいをどうしようかと思いましてな。帝国の王子どのをお泊めできるような施設は、この村にはありゃせんし……」
「んだよ、ケチケチしないでこの家に泊めろよ」
「そうしたいのは山々ですが……ここは狭く、急ごしらえで空き部屋がございませんので」
「エミリアと一緒の部屋でいいぞ。今はやりのルームシェア」
「ふぉっふぉっふぉ。ベッドまでシェアされては困りますゆえ」
「村を救ってやるって言ってるんだから、孫と一緒に寝るくらい許せよジジイ」
「まだ救って頂いた訳でもなければ救えるかどうかも不確定ですし、そもそも村をお救いいただいた程度で孫の貞操の危機を見逃すわけにはまいりませんからのぉ〜」
この点においてはジードも全く譲らない。
喧々諤々とはこのことで、この俺になかなか鋭い眼光を飛ばしてくる。
この気の強さで悪党どもと交渉すればよかったのにと思うが、エミリアが絡まないとからっきしなんだろうな。
「あの……私の部屋で寝るのであれば、もうひとつベッドをどこかの家から借りてきましょうか?」
「ほーら、エミリアはいいってさ」
「エミリアぁっ! お前は一体何を言っとるんじゃあっ!?」
「で、ですがおじいさま。他にお泊めできる部屋もうちにはないですし……あとはおじいさまの部屋で寝て頂くしか」
「ワシは死んだばあさんとしか寝らんと決めとるんじゃ」
「なら、もうエミリアの部屋しかないじゃないか。ジジイは一人、俺たちは二人。これで決まり」
「ならぬっ! それはなりませぬぞぉっ!!」
「大丈夫ですよおじいさま、フィーアさまはひどいことをする人ではありません。もちろん、一緒のベッドでは困りますけど……同じ部屋で寝るくらいでしたら」
そう言って恥ずかしそうに微笑むエミリア。
何と言うか、本当に彼女は天然が過ぎる。
会ったばかりなのにそんなに信用されるとこっちの気が引けるじゃないか。
「……ジード。俺が言うのもなんだが、あんたの孫は隙がありすぎるぞ」
「ワシが言うのもなんですが……分かっていただけますか、この苦労」
「何をコソコソ話してるんですか?」
今まで俺が関係を持ったイケイケな女の子とは全然タイプが違う。
エミリアって、悪い男に出会ったらすぐに騙されちゃいそうだな。
もしも帝都みたいな大都会に生まれていたら、彼女の人生は非常に危ういものになっていただろう。
当然だが、俺は決してエミリアを騙すような悪い男ではない。
悪い男ではないが──ま、ここはジードの顔を立ててやるか。
「いいや。裏に馬小屋があったから、俺はそこで寝る」
「急にえらく粗雑な場所を選びますのぉ……」
「いくらなんでもそういうわけにはいきません、フィーアさま!」
「ここ数日野宿が続いていたから、もはや屋根があれば構わないんだ」
「いやしかし……それはさすがにあり得ません。王族の方を馬小屋に泊めるなどできませぬ」
「ん、じゃあエミリアの部屋な」
「それはならんと言っておるじゃろうがっ!!」
「じゃあ俺がエミリアの部屋に寝て、エミリアがジードの部屋。そしてジードが馬小屋ってのはどうだ」
「却下じゃ却下! 年長者をなんだと思っておる!」
「あぁ? ついにタメ口になりやがったなこのクソジジイ!」
「ちっと剣の腕が立つくらいでいい気になるんじゃないわ! お主など、今日の夕飯に絶対誘ってやらんからな!」
「ざけんな、食わせろ! 俺はここしかタダ飯が食えるとこがねーんだよ!」
「やーめーてーくーだーさーいっっ!!!」
いつまでも俺たちの話はまとまらなかった。
しだいに俺とジードの空気も険悪になってきたし、このぶんだと早々にこの村を追い出されるかもしれない。
それは色々な意味で困るので回避したいが、今のところ有効な解決策が見つからない。
「全くもう……たかが寝る部屋のことくらいで大喧嘩しないでください!」
「しかしじゃのぉ」
「……こうするのはどうでしょう。フィーアさまには隣のテトラの家でお休みいただくと言うのは」
「おぉ、うっかりしておった。そう言えばあそこは空いとるのぉ!」
「テトラ?」
「えぇ……先ほど話した、罪人たちと揉めた末に亡くなってしまった若者の名ですじゃ」
「えー……死人の家かよ。化けて出てきたらどうするんだ」
「その時はぜひ私を呼んでくださいね。テトラとは色々と話したいことがありますから……」
「そこ、そいつの両親が住んでるんじゃないのか」
「いいえ。私同様、テトラは幼いころに両親を亡くしているんです。ですから、大きくなるまではおじいさまが色々な援助を行ってました……」
「そういう由で、エミリアとテトラは兄弟同然に育ったのですじゃ……全く、大人しい子だと思っていたのにどうしてあのような無茶をしたのか……」
「ふーん……」
テトラ、ねぇ。
ジードに助けられて育ったみたいだから、困っていたジードを助けてやりたかったんだろうか?
まっすぐな性根の若者だったのは想像に難くない。
だが、肝心の強さが足りなかったのも言うに及ばずだ。
「私、フィーアさまが休めるようにテトラの家を掃除してきます。それまでの間、この家で待っててください」
「ああ、それなら俺も出ようかな。少し村の様子を見てみたい」
「村をですか?」
「こんな狭い家でジジイと二人きりなんて耐えきれないからな」
「気持ちいいほどはっきり言いますのぉ」
「色々とこの場所に興味もある。みんなで頑張って作り上げた村なんだろ」
「はい。それはもう、一生懸命に働きましたぞい」
「俺が守るのがどんな村なのか、しっかり見ておかなくっちゃな」
「フィーアさま……はいっ、よろしくお願いします!」
「ふむ……本当にありがたいことです」
「ハゲは頭を下げるな。眩しいんだよ」
「王子……照れておりますな?」
「うるせえ」
「ふふ、気を付けて!」
俺の嫌味を聞いても、ジードは深々と礼をしたままだった。
こうしてエミリアはテトラとやらの家を掃除に。
俺は村と言うか、守るべき女の子と守らなくていい女の子を選別するためにジードの家を出た。