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第7話『王子様のジャスティス』


 「新たな暮らしへの意欲も高く、村人は努力を重ねました。力を合わせて井戸を掘り、家を建て、畑を耕しました。この島の豊かな自然の恵みが我々を助けてもくれました」


 「そんなに恵まれてるかぁ? 俺はこの数日、コオロギやオタマジャクシを食べて生き抜いてきたんだが」


 「こ、コオロギ……!? そんなものを食べなくても、ここでは網を放ればいくらでもお魚が獲れるんですよ。それに弓を射れば、鹿だって」


 「残念ながら俺は網も弓も持ってない」


 「まぁ! いくら強くったって、ちゃんと移住計画を立ててから来ないとダメです」


 「なんせ急だったもんでね。取るものも取らずにって感じで」


 「ふふ……何だかおかしいです。フィーアさまってとっても豪快な性格なんですね!」


 「ふぉっふぉっふぉ、違いないのぉ〜」


 なぜか感心しているエミリアたちだった。

 別に豪快だから手ぶらで来たわけじゃなく、有無を言わさず飛ばされただけなんだが。


 「食べ物だけじゃありませんぞ。煉瓦の材料となる粘土、質の良い材木、それに砂鉄の採れる山や川……島を探索すると、そうしたものが豊富にあることがわかったのですじゃ」


 「へぇ、ネーフェの村は製鉄までできるのか?」


 「たたら踏みの職人がおりますゆえ。おかげで農具の補充が容易に行え、開墾が捗りましたぞ」


 「だろうな」


 言うまでもなく鉄は木や銅よりも強度が高く、農作物の生産量を増やすにはまず鉄の農具の量産が必須。

 ネーフェの村人たちは、俺が思うよりもはるかに高いレベルでの自給自足生活を送っているようだ。


 「そうして少しずつこの島での生活にも馴染み、暮らしぶりが安定し始めたある日……流罪になったという者たちが村を訪れたのです」


 ジードの声のトーンが重くなる。

 どうやら話がいよいよ本題に入るらしい。


 「もちろん我々にも、彼らが犯罪者であることは分かっていました。しかし飢え死にしそうなものを見て見ぬふりするという手はありません」


 「なんでだよ。放っておけばいいだろ、そんなもん」


 「ふぉっふぉ。今思えば王子の言う通りでしたのぉ……彼らは、こんな地であっても人間らしい暮らしを送る我々を見て驚いておりました」


 「その人たち、最初はそれなりに礼儀正しかったんですよ。喜んで私たちの差し出した食べ物を口にしてました」


 「それなりに、ねぇ」


 餓死しそうなところを救ってもらって『それなり』の応対か。

 エミリアのニュアンスからして、腐った性根を隠しきれていなかったことが透けて見える。

 ぜひとも俺の礼節を見習ってほしいものだ。


 「それで、どうなった。食うだけ食って帰っていったのか?」


 「いえ。彼らはどうして我々がここで内地と同じような暮らしをしているのか気になっているようでした。ですから、包み隠さず教えてやったのです」


 「なんでだよ。言う必要ないだろ、そんなもん」


 「境遇を話すくらい構わんと思ったのですじゃ……」


 「ここに必要な道具や人材が揃ってることが包み隠さずバレるじゃねーか。寄生されるぞ」


 「むろん、それは避けようと思いました。村に罪人が居座っては、村人も困ります」


 「村人が困るから……ジードはどうしたんだ?」


 「彼らがよそで自活できるよう、分かる範囲で島のことを教えました。良い材木が獲れる場所、砂鉄が採れる山、漁業に向いた海や川などを」


 「おいおい、そんなことを話したら……」


 「はい……村人たちと、島の資源をめぐっていざこざが起きるようになりました」


 大きくため息をつくジード。

 なんだかこっちまでため息をつきたい気分になってくる。

 いくら何でも人が良すぎだと思うのは俺の性格がねじ曲がっているからだろうか?

 善良な村長でしかなかったジードは、流刑になるほどの悪党がどんなものが分かってなかったらしい。


 「話し合いがうまくいくような相手じゃなかっただろ」


 「ええ……残念ながら。揉め事のあげく我が村の若者が一人、犠牲になりました」


 「……殺されたのか?」


 「無念です……あれは本当に良い若者でした。ワシの愚かさが殺したようなものじゃ」


 拳を握るジード。

 エミリアは瞳に浮かんだ涙を拭っている。

 

 ここはさっき人を斬り殺したばかりの俺が、悠々と人様の家に上がり込んで飯を食える土地なのだ。


 誰も罪を裁くことはできないし、裁かれもしない。

 罪人にとっちゃ、流刑地どころかまるで楽園だ。


 「法のないこの地では、最終的にものごとを決めるのは暴力です。それはネーフェの村にはほとんど無縁のものでしたゆえ……」


 「それで結局、何もかも取られたのか?」


 「良い漁場も、山も、みな彼らのものと言うことになりました。あれだけ懸命に耕した田畑も、いつしか奪われてしまいましたのじゃ」


 「村には鉄もあるし男もいるのに、なぜ戦わない。暴力と無縁とか言ってる場合かよ」


 「しかし、罪人たちはその数を徐々に増やしておるのです。もし戦いになったとしたら、勝ち目は薄いでしょう」


 「何人くらいいる?」


 「この村のすぐ近くに集落を作り、およそ70人ほどの罪人が居を構えております」


 「70か……」


 このネーフェの村の規模が、家の数から推測してざっと100人。

 人口比が分からないが、標準的な家族構成を想定し……戦える男が20から30。


 一人一殺を徹底してもぜんぜん届かないから、それはそれは悲惨な戦いになるだろうな。


 「今じゃワシらは奴らのために作物を作り、上納し……その余りを分け合っているようなものですじゃ……」


 「その余りじゃ全然足りないから、エミリアが交渉してたのか。罪人の誰かが野生の猪が食べたーい! てか?」


 「え、えぇ……そうだと思います」


 「断ったら色々と面倒くさそうだしな」


 たちの悪い連中に目をつけられてしまったものだ。


 昔俺が読んだ小説に「ニッポン」という架空の国が舞台のものがあった。

 その中に出てくる「ヤクザ」という存在に近い迷惑さを感じる。


 「今ワシらはこの地を捨てるべきなのかと思っているところなのです。幸い、この島は広大ですじゃ。だからやつらから離れ、他に住みよい地を探すべきではないのかと……」


 「この島にいる罪人がそいつらだけならそれでもいいが、帝国中から悪党どもが集まってる島なんだ。どこへ逃げてもいつかは同じような目にあうと思うぜ」


 「むぅ……確かにのう」


 流刑になったものが何人いるか知らないが、70人ちょいってことはないだろう。

 ラウバーン大陸の国はほとんどがジャムシード教を信仰し、死罪が推奨されていない。

 だからよほどの悪人でも死罪にならずに流刑となる可能性が高い。


 つまり……その10倍とか、下手したら100倍はいたりして。

 食い物を分ければ大人しくしてくれる連中なら、もしかしたらまだ可愛い方かもしれない。


 「可哀そうだが、ここにとどまっている方がまだ安全かもしれないぜ。もっとキチガイめいた悪党がどこにいるか分からないし」


 「えぇ……しかし、要求はエスカレートする一方なのですじゃ。知っての通り、エミリアもひどい目に逢うところじゃったし……」


 「大丈夫。とりあえずここに俺がいる限り、二度とエミリアには手を出させない」


 「わぁ……ありがとうございますっ、フィーアさま!」


 「おぉ、何という力強いお言葉じゃろう!」


 「エミリアの心と体はこのフィーア・ラズヴァートが頂く。安心しろ」


 「ちっとも安心できませんぞ王子ぃっ!?」


 「あ、あのっ! もちろん御冗談ですよね……?」


 「もちろん本気……いや、冗談だジード」


 「ふぉっふぉっふぉ……ワシは上流階級の冗談に慣れておりませんでなぁ……」


 ジードの目がマジでキレかかってたのでとりあえず冗談と言うことにしよう。

 エミリア攻略にはまずこのジジイが大きな障壁になりそうな予感がするのだった。


 「さて、王子の冗談はさておきじゃ……そう、要求がどんどんエスカレートしていっておるという話でしたな」


 「食いもんじゃ飽き足らず、今度は何を欲しがってるんだ」


 「それは……村のおなごです。それだけは長として断じて許容できるものではありませぬわい」


 「何ィ……?」


 「ですから、村娘を差し出せと……年が14を超えたものから順に寄こせと言うのです」


 「駄目だな、そいつは駄目だ。絶対に許せねぇな」


 「ええ、許されざることですじゃ。ですからワシはそれだけはと……」


 「ジード、なぜそれを早く言わない。そういうことなら話は別だ」


 「別と言いますと」


 「今すぐ俺がその悪党どもを殲滅してくる。集落の場所を教えろ」


 「フィーアさま!?」


 「いや、ですからそこにはかなりの人数がおるんですわい!」


 「何人いようが関係ねーよ。俺一人で十分だ。いいからさっさと教えやがれっっ!!」


 「王子どの、まずは落ち着いてくだされっ!!」


 前途有望な村の若者が殺されようが、作物を搾取されようが知ったこっちゃないが、女まで奪うと言うのなら話は別だ。


 (可愛い)女はすべて俺のものであるべきで、ここに来るまですでに何人か目星をつけている。


 罪人たちの薄汚れた欲望が、とうとう俺のジャスティスに火をつけちまったよ。




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