第6話『村ごとの流刑』
「グワッ、グワッ、んぐんぐ、ゲホッ! ふんがとっと、水、エミリア、水ぅッッ!!」
「落ち着いて食べてください! 誰も取ったりしませんから!」
「悪い悪い」
久方ぶりの食事を前にして、落ち着けと言われても無理がある。
目の前には、温かく優しい味付けのじゃがいもスープ。
そして村人が命がけで取って来たと言う猪肉のステーキ。
他にも、この数日間食べたい食べたいと願っていたが、見るだけだった川魚のソテー。
そして2度と食べることなどできないと思っていた焼き立てのパン。
驚いたことに、レタスやトマトのサラダまで出てきた。
こうした野菜までこの島には自生しているのだろうか。
しかも野菜にはバジルの風味を効かせたドレッシングまでかかっている。
俺はてっきり、この島の人間はたき火で魚でも焼いて食って──要は、ある種の原始的な生活を送りながら──生きてるのかと思っていた。
しかし、こんな地の果てでも人々は至極まともな食事をとっているようだ。
そのカラクリが気になるが、今はとにかく食欲を満たすことが先決。
「エミリア、お代わりっ!」
「は、はいっ。少々お待ちください」
「うーむ。すごい食欲じゃのう」
「4日もメシ抜きならだれでもこうなるぜ、じいさん。本当に死ぬとこだった」
「そのような極限状態にも関わらず孫娘を救っていただくとは……本当に感謝いたしますぞい。おぉ、ワシの名はジードと申します」
「ジード、頭を下げるとハゲ頭が眩しい。新手のいやがらせか?」
「ほーっほっほっほ、まっこと愉快なお方じゃあ!」
目の前にいるのはエミリアの祖父だと言うジジイだ。
なかなか深みのある人物なようで、俺の口撃にも動じず愉快そうに笑っている(多少、その口の端がヒクついていたが)。
彼女が一人暮らしじゃなかったのが悔やまれるが、まあ仕方がない。
エミリアに抱えられるようにして連れてこられた場所は、大きくはないが村として体裁がしっかりと整っていた。
井戸はあるし、煉瓦造りの家も立ち並んでいる。
パッと見ただけでも100、いやそれ以上の人間がここに住んでいることが分かった。
流刑地でもあるに関わらず村には子供たちの姿がたくさんあった。
その子供たちは俺のような客人が珍しいのか、入り口のドアの隙間から幾人も鈴なりにのぞき込んでいる。
いや──別に俺が珍しい訳じゃないのかも。
俺は、エミリアと悪党のおっさんの会話を思い出していた。
「お待たせしました。パンのお代わりです」
「……やっぱり、いいや。待っている間にハラいっぱいになっちまった」
「あら……そうなんですか?」
「あぁ。もったいないから外から覗いてるガキどもに食わしてやれ」
「まぁ……! あなたたち、お客様の前で行儀が悪いですよっ」
エミリアが一喝するが、子供たちは散っていかない。
相当、このパンを食べたいのが見て取れた。
中には小さいが顔立ちの整った女の子もいる。
この子に栄養が足りなくて貧乳に育ってしまったら世界の損失になるし、食べさせないという手はない。
「いいさ。ほら、持って帰れ。つーか別に俺のじゃないけど」
「ほう……」
「くれてやってもいいか? ジード」
「ええ、構いませんですじゃ」
ドアの外の子供にパンを手渡してやると嬉しそうにお礼を言って次々に去って行った。
やっぱり俺ではなく、焼きたてのパンが目当てだったんだな。
「すみません……各家庭に、必要な分の配給は行っているはずなんですが……」
「子供は動き回るから腹も減るんじゃろう。配給の量を増やせればよいが」
「配給? ここでは国から配給があるのか?」
「いえ、国ではなくワシらが行っているだけです。食べ物を管理し、働きに応じて分け合い、そうしてこの地で力を合わせて生きているのですじゃ」
「へぇ……働きに応じてってのは?」
「狩りや漁だけが仕事じゃありませんからな。ここには被服職人もおれば、鍛冶職人もおる。大工もおれば煉瓦職人もおりますゆえ」
「そしてその全員が犯罪者なのか。うまいこと人材が揃ったもんだ」
「ち、違いますっっ! 私たちは決して犯罪者じゃありません……!」
「どういうことだ。罪人の島なんだろ、ここは」
「ふぅーむ、その辺の話をするとちと長くなりますが……」
「構わない。聞かせてくれ」
さっき叩き斬ったおっさんがいるから、この島に罪人がたくさん存在することは疑いようもない。
むしろあんな人間しかいないと思っていたのに、この村は様子が違う。
ここはエミリア同様、善良そうな人間がいるだけだった。
もちろん、何人か色っぽい人妻や可愛い子がいたのも嬉しい発見だ。
「ワシらはクルト王国の人間です。その辺境のネーフェという村で、貧しくも平和に暮らしておりました」
「あぁ、あんたらはクルト王国出身だったのか」
「はい。ヴァート・ウルガン帝国の属国として庇護を受けておりました……」
クルト王国は、帝都からかなり北側に存在する属国の一つだ。
国民性は概して平和で、国として特にめぼしいものはなく、どちらかというと貧しい。
それでも属国としておく必要があったのは、北方の敵国との緩衝地帯として価値があるからだ。
「ご存知でしょうが、クルト王国は北のバルトロ公国から執拗に戦を仕掛けられており……。その都度、帝国に兵を派遣していただき難を凌いでおりました。聞けばあなたは、その帝国の第4王子のフィーア・ラズヴァートさまであられるとか……」
「嘘みたいだろ。でも本当なんだな、これが」
「その剣の紋章を見れば、由緒正しきラズヴァート家の人間であることは分かります。別に疑ってはおりませんぞ」
「そりゃ話が早くて助かるわ」
「して、そのような方がどうしてこんな島に?」
「毎日まいんち遊び散らかしてたら、家を追い出された」
「は?」
「嘘みたいだろ。でも本当なんだな、これが」
「は、はぁ。やたらと厳しいお家柄のようで……そんなこともあるんですかのぉ」
「俺の母親は平民出の妾だったからな。由緒正しき血筋にみそっかすの俺の存在は邪魔だったんだ」
「そんなのひどいです!」
「うおっ!?」
ここまで黙っていたエミリアだったが、急に怒り出した。
いきなり大きな声を出されると心臓に悪いから本当にやめて欲しい。
「由緒ってなんですか? お母さまが誰であれ、生まれたフィーアさまには関係のない事じゃないですか!」
「王族じゃ、由緒……神聖が大事なんだよ。良い血筋のもの同士で結ばれ、優れた子孫を残す。そういう考え方だ」
「そんなの、……私、納得いきません」
「まぁ、俺は王宮にも帰らず遊んで暮らしてたからな。こんなロクデナシが生まれたってことは、その考え方も正しいだろ」
「……王子は、ただ居心地の悪い場所に帰りたくなかったのではないですかのう。違いますか?」
「あのなじいさん、俺の事はいいんだよ。さっさと話を続けろ」
「ふぉっふぉ、これは失礼しましたな……」
これだから年よりは嫌だ。
豊富な人生経験で、的確に心理を見抜いてくる。
「……それで、帝国に兵を派遣していただいたのは良いのですが我が国の戦費までは当然負担してくれません。かかった戦費のぶん、我々の支払う税がそのまま増額となりました」
「まぁ、そうなるだろうな。戦争には莫大な金がかかる」
「いつしか、ネーフェの村のものの中に税を払いきれんものが出てくるようになりました。当時村の長を務めていたワシは、国に言われただけの税金が集まらずに困り果てました」
「その苦労で今みたいに脳が透けるほど禿げたんだな。可哀そうに」
「ほっほっほ、残念ですがこれは家系ですぞぉっ!?」
「あの、フィーアさま……おじいさまは、私が子供の時にはもう髪の毛がなくて。だから本当だと思います」
「エミリアっ! お主も言うようになったのぉっ!?」
「ご、ごめんなさい」
「悪かった。真面目に聞くよ」
話が重いから、ちょっと場を和ませてやりたかったかっただけなのに。
ちょっとイジリが過ぎたみたいで、ジードがマジ切れしかけてしまった。
「お国に何と言われましても、払えんものは払えません。税の支払いをお待ちいただくか、税をそのものを安くしていただかなければ」
「……ちなみに他の村や町は?」
「我ら同様、苦しんでおられました。ですから、ワシは長たちと話し合い、代表として国王へ陳情をしたのですが……」
「陳情したら、どうなった。税は安くなったのか」
「いいえ……ネーフェの村人の全員、この島への流刑となりました」
「……見せしめか」
「おそらく、そういう事ですのう」
国民は支払いが苦しい。
かと言って、税金は下げられない。
だから……払わないならこうなるぞ、と脅す。
クルト王国も、帝国に負けじと鬼畜じゃないか。
「そうして我々は3年ほど前にこの島にやってきました。幸いだったのは、暮らしや仕事に必要な家財や道具類、それに野菜の種、豚や牛などいくらか家畜も連れてくるのが許されたことです」
「なるほど。それなら村総出で引越、のどかな開拓生活ってとこか」
「もちろん嫌がる者もおりましたが、その処遇を喜ぶものがほとんどでした。なんせあれほど我々を苦しめた税の支払いがなくなるのですから」
「ふーん……」
これで最低限、ここが村として機能してそうな理由が分かった。
俺みたいに着の身着のまま放り出されたんじゃキツイが、道具や家畜を持ち込み、自活できる状態なら話はかなり違ってくる。
道具とスキルと材料があれば、衣類を作ることも、煉瓦を焼いて家を建てることもできる。
おそらく、この島にはそれが豊かにあるのだろう。
ネーフェの村人たちはこの地に来て税の支払いから解放され、のどかな生活を送ることに成功した。
──訳じゃない、と思われる。
「我々は、生活を向上させようと努力しました。作ったものはここではすべて自分たちのものになります。そう思えば農作業も苦にならず、次々に森を拓き、田畑を作りました」
「そうして少しずつ豊かになっていった……ってか」
「しかし我々は忘れていたのです! ここがもともと罪人の島である、と言うことを……」
「……」
エミリアは唇をかみ、ジードは悔しそうに拳を握った。