第5話『この世で見たくないものトップ3』
「うぉおおぉお俺の、みみ耳みみみ耳ぃいいいい〜〜っっ……!!」
おっさんはそぎ落とされた耳を抑えてのたうち回っている。
動いたら首チョンパって言ったのに……まぁ、たぶんすっごく痛いだろうからこれくらいは大目に見てやるか。
本当に俺と言う人間の優しさときたら、ラウバーン大陸を駆け巡るわ。
「そこの女、エミリアって言ったな」
「は、はいっ!」
「少し聞きたいことがある。下がって待っててくれないか」
「え、あ、えっと……はい……」
エミリアは状況を理解しきれていないようだが、それでもスゴスゴと下がって木の陰に身を潜めた。
走って逃げても当然な状況なのに、それをしないで俺に言われたとおり待っている。
何と言うか、天然なのか素直な性格なのか……。
まあエミリアのことは後にして。
「こんのクソガキがぁ〜!! 畜生、痛ぇっ……!!」
「おいおい、そんなダガーひとつで俺に勝てると思ってるのか?」
「うるせえっ!!!!」
アドレナリンが出て痛みが薄れたのか、おっさんは懐からダガーを取り出して臨戦態勢を取った。
その構えからして何の戦闘訓練も受けていないのは明白だ。
連続強盗犯か、それとも連続強姦犯か……せいぜいコイツの罪はそんなところだろう。
「はぁ、はぁ、痛ぇ……ガキがぁ、殺す、殺してやるっ……!!」
「おっさん、そう言いつつかなりビビってるようだが……人を斬ったことはあるのか?」
「あるに決まってんだろうが。だからどうしたっっ!!」
「どうせ不意打ちや無抵抗の人間ばかりだろ? 路上で後ろからとか、慰み者にした女とか……そうして盗んだり、犯したり」
「あぁっ!?」
目を向いて逆上するおっさん。
反応を見る限り、図星のようだ。
「正直言って俺はアホみたいに腹が減ってるし、歩き詰めで疲れてる。今すぐ土下座してエミリアに謝罪すれば両手と片目、それと陰茎の切断だけで許してやる」
「ふ、ふざけんじゃねぇっ! 何様のつもりだぁ?」
「寛大な心で、お前の体を半分残してやるって言ってるんだ。不満か?」
「てめぇみてぇな小僧にやられっぱなしでいられるかよぉっ!」
おっさんっはダガーを握り締め、俺に向かって突進してきた。
だが、その動きはひどく遅い。
あくびが出そうなくらいに遅すぎる。
次々に腕を振るい、鋭利な刃物がひゅんひゅんと鼻先を掠めるが、ぎりぎりを見極めてその斬撃を回避する。
思えば、こうして真剣での勝負はトロイス兄貴とやって以来だ。
俺は幼い頃から腕の立つ兄貴から剣技の訓練と称していじめ同様のしごきを受けてきた。
たぶん兄貴は隙あらば妾の子である俺を殺そうと思っていたし、真剣での模擬試合で実際に何度も殺されかけた。
あー、何だか思い出したらめちゃくちゃムカついてきたな。
「はぁはぁ、すばしっこい野郎だ……クソがぁっ!!」
「おっさん、出血ヤバくね? 早く帰って治療した方がいいぞ」
「てめぇが斬ったんだろうがっっっ!!」
「そりゃおっさんが女の子にひどいことをしようとしたからだ」
「てめぇにゃ関係ねぇっ!」
「あげく、俺に向かって汚いケツを見せた。何よりもそれが一番苛ついた」
「それもてめぇが勝手に見たんだろうがっ!?」
「俺がこの世で見たくないものトップ3を教えてやろう。男の性器、男の尻、そして男の乳首だ。どれが1番とかじゃなく全部嫌いだ」
「んなこと知るかっっ!」
「これが女になると不思議なもんで、この世で見たいものトップ3になる」
「て、てめぇ頭がオカシイんじゃねえのか……?」
「余談が過ぎたようだな。とにかくお前を婦女暴行未遂、公然わいせつの罪で告発する。帝都なら50万ディール以下の罰金ないし5年以下の服役ってとこか」
「るせえ。ここに法はねぇ」
「なら、俺がおっさんを叩っ斬っても何の咎もないんだな。安心したぜ」
「う……おっ……!? ぎゃああああああああっ!?」
瞬時に懐に潜り込む。
潜り込んだと同時に俺の剣がおっさんの左手の肘から先を切り落とした。
鮮血が噴き出すが、休んでいる暇はない。
剣を返して二の太刀を走らせる!
ダガーを持ったおっさんの手が、ダガーを握ったまま地面に落ちた。
ロクに手入れもしていなかったのに、この剣の切れ味は抜群だ。
まるで豆腐でも切るみたいに人体が切断されていく。
「手が……うぉおお俺の手がぁああああっ!!」
「……なんで手を切り落としてやったか分かるか? あんたの手癖が悪すぎるからだよ。手が、悪いんだ」
「ぐぁああ痛ぇえええええ、うわあああああああっっ……!」
「手があるから女に手を出すし、人様のモノを盗もうとする。これで更生できるだろ」
「うぉおああ……あぁあ……あ……あ……」
「これに懲りたら、もう女の子にひどいことをしちゃダメだぞ。分かったか?」
「……あぅ……」
「俺もまあ、これまで数々の女の子を泣かせてきてしまったからあまり大きな口はたたけないが……しかし乱暴を働いたことは一度もない」
「……ぁ……」
「泣かせてきたってのは、恋愛のもつれっていうか何つーか……でも、アフターフォローは忘れなかったつもりなんだけどなぁ」
「……」
「それに、形としてはお別れってことになっても今でも連絡を取り合う子もいるし。そういう子とも、たまにはメシに行ったりもする」
「あの……」
「言っとくが、セフレって訳じゃないぞ。たいていはセックスしないで家に帰すよ。そういう時、俺って落ち着いたな〜って思うんだけど」
「あ、あのっ!!!!」
「なんだ、エミリアか。危ないから下がってろって」
「お説教の相手は、もうお亡くなりになってるみたいです……」
「えっ」
いつの間にかおっさんはピクリとも動かないただの肉塊と化していた。
どうやら出血多量で死んでしまったらしい。
まあ両手をスッパリ斬り落とされたんだから、そりゃそうか。
「あの、助けて頂いてありがとうございました……」
「おう」
「でも、助けて頂いてこんなことを言うのもなんですけど、ちょっとだけやりすぎのような気も……」
「ついな。君のような美しい女の子が酷い目にあうのが許せなかったんだ」
「そ、そんな事を言われましても……!」
「怖かっただろ。まったく、とんでもない奴がいたもんだぜ」
「はい……でも、すぐに助けて貰えましたから」
「あーあ、服が破れてる。……俺のマントを羽織ると良い」
「きゃっ……! はしたないところを見せてすみません……」
もじもじと顔を赤らめ、マントを羽織るエミリア。
うーん、マジで可愛いなこの子……。
この地での新しい乳候補の一番はエミリアにしようと心に決めた瞬間だった。
「もう少し言い訳をさせてもらうと、自分の不幸な境遇にストレスがたまっててな。悪党なおっさんで解消させてもらった」
「ストレスですか?」
「ああ、なんせもう4日もろくにメシを食ってなくって……うぉっ」
「だ、大丈夫ですか!?」
一仕事を終えたとたん、急に体から力が抜けた。
倒れこみそうになる俺を、重いだろうにエミリアが支えてくれた。
女の子特有の甘くて良い匂いがする。
おっさん同様に押し倒してあんなことやこんなことをしたいとこだが、しかし今は性欲よりもはるかに切実な欲求がある。
「顔色が悪いです……本当に大丈夫ですか?」
「なぁ……会ったばかりで悪いが、なんでもいいから食わしてくれないか」
「わ、分かりました。すぐ近くに私の住む村がありますから、一緒に行きましょう!」
「サンキュー、エミリア」
重いだろうに、エミリアは優しく肩を貸してくれた。
俺は地面に落ちている猪肉と麦を持って行くのを忘れなかった。
いますぐにかぶりつきたいが、たぶん料理してもらった方がはるかに美味しいだろうから我慢する。
「が、頑張ってくださいね。本当にあと少しですから……」
「悪い。重たくって仕方ないだろうが、本当に歩けないんだ」
「いいえ平気です……えっと……」
「何だ?」
「ごめんなさい。まだあなたのお名前を伺ってませんでした」
「俺はフィーア・ラズヴァート」
「はい、フィーア・ラズヴァートさんですね。……フィーア。フィーア……ラズヴァート……ラズヴァート……?」
「一応この帝国の王子だった。以後よろしく」
「えぇっ!」
「ぐはっ……!?」
「あぁっ!? ごめんなさいっ!」
驚いて飛びのくエミリア。
そのせいで俺は力なく地面に転がってしまった。
あー……腹減った。