第14話『盗人少女の評判は』
「……わあ、見てよ。レタスの芽が出てきてる!」
「頑張ったっスね。ここまで来ればもう一息っス」
農作業を始めた日から、いったい何日経ったこととだろう。
何日目かは分からないが、とある朝の事だった。
畑にはたくさんのプリティーな双葉がひょっこり芽を出しており、不毛の地かと思われたこの畑に緑の彩りを与えてくれていた。
「発芽までが一番大変な作業っス。もう少しすれば、美味しい葉レタスが収穫出来るっスよ」
「昨日まで何にもなかったのに、すごいなぁ」
「パット、よく見てみるっス。王子が世話したところよりパットの世話したところの方が、発芽率が抜群にいいっス」
「本当だ。……つーか、あんだけ蒔いたのに少なすぎじゃない?」
確かに俺の世話したエリアの発芽率は非常に悪い。
下手をするとパットの半分しか芽が出ていない。
芽が出るまでの水やりにもコツが必要らしく、手先の器用なパットはすぐにそのコツを飲み込んだ。
俺は水はあればあるだけ良いだろうと思ってじゃばじゃば水を注いでいたのだが(ニッキはすでに俺に農作業を熱心に教えようとしなくなっていた)、どうやらそれが裏目に出たらしい。
パットに自信を持たせるためにわざとやったんじゃないかと好意的に解釈する人間もいるだろう。
残念ながら、素でやってこの有様だ。
「フフフ。この勝負はアタシの勝ちだね」
「所詮は愚民の仕事だ。王族の俺には向いてない」
「頑張れば頑張っただけ、植物は応えてくれるっス。パットの頑張りがレタスにキチンと通じたんスよ」
「うんうん。可愛いなぁ〜、レタスの芽って……。よしよし、王子のとこなんかに生えなくて良かったね〜」
よほど双葉が愛らしいのか、ツンツンつついて語り掛けている。
農作業は辛い仕事だが、日々の頑張りがこうして結果として可視化されるのは良い。
やりがいというものがあるとすれば、パットはそれを存分に感じているに違いなかった。
「……王子」
「言っとくが、過酷な環境で生えて来た芽こそ俺が育てるにふさわしい。そう思ってあえて……」
「レタスの話じゃないっスよ。……やっぱり、違うんじゃないスか?」
「何の話だ」
「パットが村の人の物を……っス」
「それ、違うだろ」
ジードのところに村の人間が来て、物が盗まれると訴えたのは数日前の事だ。
ある日村はずれに住む老夫婦のところから、農作業に使うクワがなくなった。
不思議に思って隣の家にクワを借りに行ったら、その家からは馬具がなくなっていた。
こりゃおかしいって事でさらに隣の家に行ってみたら、台所から包丁が消えていた。
その隣の家からは風呂桶が消え、その隣の家からは鉢植えが消えた。
なくなるのは正直言って、市場価値で言うとしょうもないものばかり。
だが、ここで以前のパットの犯行を思い出してほしい。
あの時もパットはしょうもないモノばかり盗んでいた(俺のルアーはしょうもなくないけどな)。
本人曰く盗みの腕を落とさないためだとか、暇つぶしにと言っていたが、類似点があると言えばある。
そして──人や資源や生産能力が限られているこの地ではどんなものでも貴重品だった。
それに盗んだ人にとっては大したものじゃなくても、盗まれた方にとっては思いのほか大切なものだったって事もある。
当然、以前も同様の事件を起こしたパットが疑われてしまった。
ジードはそんな村人たちに、何かの間違いだからもっとよく探せと諌めた。
相変わらず甘い村長というか、何と言うか……。
しかし今回は俺もジードの意見に賛成だった。
さすがにパットは風呂桶を盗んで満足するほどバカじゃないし、農作業に興味を持ったからと言って、人様のクワを盗むほど暇でもない。
エミリアによれば、仕事をした夜は帰ってたらふくメシを食い、風呂に入ったらあとはグースカ寝てるらしい。
盗みなんてものは気力と体力と時間が有り余ってるから為せる技であり、畑を耕したり、ミツバチの世話に追われているパットが行うのは無理がある。
ジードの説得に一応は村人も納得し、反省もし、帰途に就いたものの──その犯人は、いまだに見つかってない。
謎が深いと言えば謎が深い事件ではある。
「でも、となると誰が盗んだんスかね……」
「今んとこ、動物が持ってったってのが一番可能性が高いな」
「それは……苦しいっスね」
「あるいは罪人か」
「それも妙っス。罪人ならもっとましなものを持って行くっス」
「だよな」
「二人とも、くっちゃべってないでそろそろ働きなよ。水やりは朝の涼しいうちにやらないとダメなんでしょーが!」
「はいはい……」
「まあ、今のパットが盗むってのよりは可能性高そうっスけど」
考えても分からないことを考えても仕方がない。
現時点では、この事件がこのまま風化するのを祈るばかりだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
だが、それからまた少しの時が過ぎ──。
またも村から物が盗まれる事態が起きた。
しかも今度は『村の中のしょうもない』ものではない。
銀細工や鉱物加工を行っている彫金職人の家からアクセサリーが消えた。
開店準備中のレストランの貯蔵庫からとっておきの食材が消えた。
甘味処懺悔から砂糖の瓶が消えた。
養蚕家のところから絹が消えた。
どれもこの村で価値の高いものであり、風呂桶やクワとは話のレベルが違ってくる。
一度はジードの説得を受け入れた村人も、今度は黙っていなかった。
その先鋒隊はクラウディアで、ある日の夜。
被害に遭った村人と共にジードの家に押しかけて来た。
「……いいかい村長。あの子はね、ビョーキなんだよビョーキ!」
「病気、とはどういう事じゃ?」
「それが欲しくて盗むとか、そういう話じゃないんだよ。理由は無しに、モノを盗まなくちゃいられない性質なんだ」
「しかし、盗んだとしたら何処にあるんじゃ? 無論ここには無いし、他にそんな大量の物をどこへ隠すんだね?」
「知らないよ、そんな事。村はずれのどっかに隠してるんじゃないの?」
自分がこの村に連れて来た女の子が迷惑をかけていると感じているせいで、クラウディアの口調は厳しい。
幸いにもパットはフラッと公衆浴場に出かけており、この家にはいなかった。
「しかし、あの娘が真面目に働いているのをお主らも見たじゃろう? 今まさにパットは変わろうとしておるんじゃ」
「信用ならないね。ひと月にも満たない程度真面目に働いたくらいで」
「クラウディアや。お主らはその半分の期間で村人の信頼を勝ち得たではないか」
「そ、それは……私たちは努力したつもりだよ!」
「パットだって、努力しておる。その努力をワシ以外にも見たものがおるはずじゃ」
「私は見ました! パットは毎日早起きして頑張ってます……」
「俺も見てたっス」
ニッキとエミリアが口を開いた。
もしかしたらエミリアが一番そばでパットを見守っているのかもしれない。
同じ家に住み、話し相手になり、時には料理を教え、休日には一緒に出掛け──。
家族とも友達とも言えない関係だが、良き理解者として存在し続けた。
ニッキに至っては、飽きっぽいパットをうまく誘導しながら親切丁寧に仕事を教え続けた。
こいつは何より、妹がいたせいか扱いがうまい。
この二人がいなければ、パットはここまで頑張ってこれなかったかもしれない。
「どうじゃ、クラウディア」
「……たったの二人だけじゃないか。しかもお仲間の」
「……私も見ていたよぉ。そんなに付き合いが深い訳じゃあないけどねぇ」
「あんた、誰だよ急に」
「『甘味処懺悔』のエルドナートだよ! 王子はちっともうちの店に顔を出してくれないねぇ」
「ずっと気にはなってる。チケットが貯まったら必ず行くつもりだ」
「頼んだよ。帝国の王子様の評価を頂きたくってウズウズしてるんさぁ!」
そう言ってガハハと笑う。
この恰幅の良いおばさんが、例の甘味処を仕切っているらしい。
正直、あんたは甘いもの食ってる場合じゃねーぞという体形をしているので、将来病気にならないことを祈るばかりだ。
「パットの話だよね。あの子、盗人だったそうだけどいい子じゃないか。エミリアやリーゼとよくうちの店に来てくれるんだ」
「店に来るからいい子なのか?」
「来るだけじゃない、いつも人の倍も食べてくよ! 何を食べても美味しい、美味しいってそりゃあもう大騒ぎ! あんなに食べっぷりがいい子は初めてさぁ!」
「はい。パットはエルドナートさんのスイーツが大好きなんです」
そういう意味でいい子か。
まあ、自分の作ったものを喜んで食べてくれたら、嬉しくなるに決まってる。
「今日はパットお姉ちゃんはいないのって、子供によく聞かれるんだ。大人にも、あの子が帝都にいた頃の武勇伝を聞きたいって客が大勢いるよ」
「エミリア。あいつ村でそんな話をしてんのか」
「は、はぁ。自慢できる話じゃないと思うんですが……まるで何かの物語みたいで、子供たちにとても好評です。将来は盗賊になりたいという子もちらほら」
「ふぉっふぉっふぉ。それは勘弁してくれんかのう」
パットの奴がいつの間にか人気の語り部と化していた。
平和なネーフェで育った村人にとって、さぞかし刺激的で面白い話に感じるだろうな。
本人のあずかり知らぬところで、甘味処の集客に一役買っているみたいだ。
「そもそも店に来ればスイーツ食べ放題なのに、砂糖を盗んでくのは妙だよねぇ? スイーツをほっといて、砂糖を盗んでベロベロ舐めるのかい?」
「想像するとあまりに狂ってるな……」
「私はパットの仕業じゃないと信じてるよ。ねぇ、デルフィネスもそう思うだろう?」
「ええ、そう思います」
エルドナートに話を振られたのは、彫金職人のデルフィネス。
ネクとは少し違うが、いかにも繊細な作業が得意そうな風貌をしている。
「彼女はエミリアさんに連れてこられて以降、時々私の店に来ては品物にダメ出しをしていくんです……こんなのセンスが悪くてダサくて、帝都じゃ絶対に売れないって。田舎のネーフェだから手に取る人がいるだけだって」
「めっちゃくちゃひどい事をズケズケ言われてんな」
「ごめんなさい、デルフィネスさん……」
「それが良いのです! 今や、彼女は私の師匠のようなものです。私はパティリッツァ師匠から帝都の流行の最先端を教わっています。師匠が満足するものを私が作れたら、チケットと交換すると約束してくれました!」
「それでは、現時点でお主の店から盗んでいくはずもないのう。気に入るものがひとつもないんじゃから」
「はい村長。私もそう思っております」
パットは、盗みのさいに証拠を残したくないからアクセサリーは身につけないと言っていた。
その禁を破るという事は、もう盗みはしないという気持ちのあらわれなのではないか。
それはともかく、以前の犯行から察するに……少しでも可愛いとか奇麗とか欲しいとか思わなければパットは暇つぶしでも盗んだりしない。
しかし、なんなんだパティリッツァ師匠って。
「酒場のマスターはどうじゃ? パットが盗みをすると思うか?」
「俺はそうは思わんよ! おとといから、リーゼと共に開店の仕込みを手伝ってくれているんだ。そいでそれを自分が一番に店へ来て食べるんだと。自分がこれから食べるものを自分で盗むってのは、さすがに道理に合わねえと思うがねえ」
「ゼスはどうじゃ? お主のところは絹を盗まれたようじゃが……」
「パットちゃんは、自分でも育ててみたいと言うから蚕と桑の葉を譲ったが……蚕が可愛いそうだ! だから盗むなら、絹よりも蚕の方だな。ヒャッヒャッヒャ!」
「蚕ってあの気持ち悪い奴か」
「まあ、アレは好き嫌い分かれるっスね」
パットは不潔な孤児院からのスラム育ちのせいか、虫に対する耐性がとてもとても強い。
あんな芋虫もどきを可愛いと言い、養蜂だけじゃなく養蚕にも興味を持ちだしたらしい。
案外、俺の知らないところで村人と打ち解けていたことが分かった。
最初は人見知りしがちだが、パットはとても好奇心の強い女の子だ。
そして結構、天真爛漫なところがある。
打ち解けさえすれば、そういう面も見せてくれる。
少なくともここにいる村人は、パットが盗みで生計を立てていたことをそんなに気にしていないように見える。
それはパットという女の子が村に受け入れられはじめている証拠だ。
「な、なんだよアンタたち。今日は村長にパットの苦情を言いに来たんじゃないか!」
「苦情は言いに来ましたよ。セトが滅んで以降、少し平和ボケが過ぎるんじゃないかと言いに来たのです」
「こういう事がある以上、また以前のように毎夜見張りを立てねぇとなぁ。村長なんだから、ちゃんと仕切ってくれよ」
「むぅ……確かに。少し、対応が遅かったかもしれん」
「ラズヴァート様も。我らの上に立つものとして、我々の暮らしを守っていただかないと!」
「すまんすまん」
「私たちはね、パットに対する苦情を言いに来たんじゃないよ、クラウディア! それだけは勘違いしないでおくれよ」
「……本気? どこまで人がいいんだか……呆れたね」
話を聞けば、パットへの苦情を言いに来たのはクラウディア一人だけだった。
他の村人は様々な理由から、パットの仕業じゃないと信じている。
話が思った方向に進まず、クラウディアはため息をついた。
イライラしながらも、少しだけホッとしているようにも見えた。
別にクラウディア自身もパットを特別憎く思っている訳じゃないのだろう。
接点が少なく、最初の印象が最悪だったせいで、まだ色々と誤解しているだけだ。
「早速、今夜から見張りを立てよう。最初は誰がいいかのう」
「今日は俺とニッキがやる。いいなニッキ」
「了解っス」
「いいのですか? ニッキもフィーアさまも、お仕事でお疲れなのではありませんか?」
「見張りくらいなんでもねーよ。代わりにチケットをくれ」
「それは構いませぬが……いきなりで申し訳ありませんのう」
「王子的には、農作業よりも楽だからやりたいんだと思うっス。で、明日はゆっくり寝たいんスよ」
「人の心を読むんじゃない」
「まぁ。フフ、そんな事だろうと思いました!」
という訳で、見張りだ。
確実に動物じゃない盗人がいると分かった以上、犯人を見つけないとな。
最初に風呂桶やら馬具やらを盗んでいったロジックが気になるが、それは犯人を捕まえれば分かることだ。
「……ところで、パットの奴は? ずいぶん長風呂だな」
「そうじゃのう。さすがにもう戻ってきても良い頃じゃが……とっくに公衆浴場もしまっておる」
いつの間にか宵の口がとっくに過ぎ、なんならもう眠ってもいい時間。
今や規則正しい生活を送り、早寝早起きが身上のパットがいつまでも帰ってこなかった。
「……まさか、今の話を聞かれてしまったわけじゃないですよね?」
「最後まで聞いてりゃ、パットにとって素敵な話だったって気付くだろ」
「最初の方だけ聞いてたとか……」
「……」
「……」
「……」
…………………………。
……全員が沈黙してしまった。
「……フン。本当はやっぱり、コッソリ盗みでもしてるんじゃないの?」
「クラウディアさん! ……フィーアさま」
「分かってる。ニッキ、行くぞ」
「はいっス!」
何か話を変に誤解して、変な事を考えなければ良いのだが。




