第12話『団らんの主役は』
「我が家の食卓も賑やかになってきましたね」
「ふぉっふぉっふぉ。そうじゃの〜」
一日の仕事を終えた俺たちは、いつもどおりジードの家で夕食を頂くことにした。
今日からこの食事の輪に、不良少女パットも入る。
パットは平静を装って食事を待っているが、どことなくソワソワしていて、おそらく居心地が悪いと感じている。
それはジードやエミリアに原因があるのではなく、コイツが人見知りだからだと推測する。
だが俺はあえてフォローはしない。
なぜなら、人は誰もが例外なく人見知りだからだ。
ま、慣れりゃなんとかなるだろ。
「しかし、王子どのもパットもよう頑張ったのう。農作業は辛かったじゃろうに」
「地獄の苦しみを味わってきたぞ」
「別に頑張ったわけじゃなく、やれって言われたからやっただけ」
「向いてないって言って、一日で投げ出す人もいるんですよ。特に村の若い女の子とか」
「ふ〜ん。根性ないね」
「うむ、さすが帝都で苦労してきただけ事はある。少し見習わせなければならんわい」
「仕事も丁寧で、飲み込みが早いっス。地頭が良いのかもっス」
「ま、まーね……」
「照れんなよ」
「照れてない!」
褒められるような生き方をしてこなかったせいで、全然褒められ慣れてないなコイツ。
ジードたちの言葉に反応し、しっかり顔を赤くしていた。
だが、それはとても良いことだと思う。
当たり前のことながら、頑張ったら褒めるべきだ。
肯定されることで人は伸びるもの。
今日という日をあんまり頑張らなかったとみなされた俺は、なんにも褒められなかった。
これじゃ俺という人間は伸びないぞ、お前ら。
「でもお前、あんだけ働けるんなら最初から真面目にやれよ。ジードに紹介してもらってたんだろ」
「だって、一日で飽きちゃったんだもん」
「飽きたって……一日で? 一体おじいさまに何の仕事を紹介されたんですか?」
「粉挽き」
「粉挽き?」
「そ。石臼の前に座って、麦を粉にするの」
「楽そうでいいじゃねーか」
「一日いっぱいそれだよ! 朝から晩まで、一人でぐるぐるぐるぐる臼を回すの。他にすることは一切ナシ。一日行って、もうヤダってなっちゃった」
「おいジード。どんな拷問だよ」
「何かの刑罰みたいっス」
「い、いやワシは……最初は少しでも楽な仕事が良いかと思ったんですが。一人なら気も使わんじゃろうし」
「パットには少し向いてなかったようですね……」
想像しただけで気が狂いそうな単調な仕事だった。
盗人というスリル満点な労働をしていたパットにはよほど退屈な作業だっただろう。
明らかに配置ミスだが、ジードの責任を問うのはさすがに気の毒すぎるか。
「しかしじゃのう、そうならそうと言ってくれれば良かったんじゃ。他にも働く場所はある」
「だって……働いたって、アタシ達には報酬がないんでしょ? それならどこで働いても一緒じゃん」
「そうなのですか? おじいさま」
「……その件に関しては、クラウディアがのう。村に置いてもらえるだけでありがたいから、報酬なぞいらないと言うんじゃ」
「ずいぶん謙虚だな」
「正当な報酬じゃからと言っても聞いてくれん。まあ、ここでの暮らしに必須なものでもないし、心変わりした時にまとめて渡せば良いかと思っていたんじゃが……」
「必須じゃなくても、タダ働き同然じゃやる気なくすッスよ」
ジードの発行しているチケットがないと、おおよそ娯楽とは程遠い生活を送ることになる。
この村ではチケットがないと酒場にも通えないし、スイーツとも銀細工とも交換できない。
クラウディアの考え方は謙虚で、とても美しい。
だけどパットのように、不満を持つものもいる。
どちらが正しいと決められるものでもないし、それが余計に話をややこしくしていた。
しかし、話を聞く限りパットは最初のうちは一応真面目に働こうと考えてたフシがある。
それがいろいろな要因が重なって駄目になり、そのせいで教会での居心地も悪くなった。
クラウディアたちはパットとはかなり年が離れているし、お互いに心の内を打ち明けるほど親しくもなれなかった。
そしてストレス解消に村の人のものを盗んだ……のかどうかは、俺には分からない。
いずれにしても、更生の余地が無くはなさそうに感じる。
「結局アタシはここの村人よりも立場が低いってことだよね。ドロボーだし、よそ者だから仕方ないけどさ」
「……何やらワシの考えが足りず、不愉快な思いをさせたようじゃ。この通り、許してはくれんか」
「っ、べ、別に。今更怒ってなんかないよ!」
自嘲するパットに、真摯に頭を下げるジード。
その見事にハゲ上がった頭頂部が眩しかった。
どうにかしてイジってやりたかったが、そんな空気じゃないからやめた。
それよりも晩メシはまだか、晩メシは。
「もう少し真剣に考えるべきじゃったんじゃ。お主らのことも、村のことも。本当にすまなかったのう」
「いいよ。別に……」
「ニッキや、今日の分のチケットは渡してあるかのう」
「まだっス。すぐ渡すと王子が酒場に行っちゃうからやめてくれって、エミリアさんにきつく言われてたんで」
「この野郎いくら言っても出しやがらねぇんだ」
「言葉が汚いですよ、フィーアさま」
「王子どのはいいから、パットには今すぐ渡しておくれ」
「いや、良くないんだが」
「はいっス。今日一日、お疲れさまでしたっス、明日も頑張るっス」
「いらないよ。別に欲しいモノないし」
「ニッキ、俺にもよこせ」
「そういう問題じゃないっス。これはパットが今日一日頑張った証っスから」
「……じゃ、取っとく」
「ニッキ、俺のチケット」
「ふぉっふぉっふぉ。今は欲しい物がなくとも、そのうち何か見つかるじゃろうしな」
「おい、俺の」
「自慢じゃないですけど、この村にはとても可愛い服も、きれいなアクセサリーもあるんです。そのチケット、パットが思っているよりもずっと価値があると思いますよ」
「……」
なんだこいつら、急に俺の言葉が届かなくなったぞ。
グレちゃおうかな、もう。
「パットは女の子っスからね。エミリアさんに連れてってもらって見に行けばいいっス」
「ん〜正直、今は服とかあんまり興味ない」
「では、やはり装飾品かのう。ピアスやブレスレットもあるぞい」
「アタシ、そういうの身につけないようにしてるんだ。もしも盗みの現場で落っことしたりしたら、証拠になっちゃうし」
「な、なるほどのう……」
何ともパットらしいひどい理由だった。
しかし、欲しい物のない人生もつまらない。
この村にパットが満足するものはないだろうか?
少し考えた結果、1つ見つかった。
「……お前、こないだネクの作ったナイフ盗んでただろ。あれは本当に欲しかったんじゃないのか?」
「ん? あ、そーだね。すごく切れ味が良さそうだったから」
「あれは相当な業物で、値をつければおそらくお前が盗んだもの全てより高額になる。どうせならアレと交換すればいい」
「そうなの!? それってチケット何枚必要?」
「なんとネクの言い値は、一本がチケット2枚だと」
「……そのネクって人、頭悪い? それとも相当なワザモノって話がうそ?」
「そういうわけじゃないんじゃがのう。なんせ、戦闘用ナイフなぞ欲しがるものが村におらんのじゃ」
どれだけ切れ味の良いナイフでも、需要がなければ価値はない。
そしてネクはチケットを貯めることにてんで興味がないようなので、破格のレートで交換ができてしまう。
「しかし、ナイフなどと交換とは……ネクは喜ぶでしょうが」
「パットはナイフの達人なんだ。ヒグマには勝てなかったが、襲ってきたオオカミは4匹殺ってた」
「何よ、まさかそこから見てたの?」
「俺はオオカミの死体を見ただけだけど。お前だろ?」
「まーね」
おそらくセトの村に転がっていたであろうナイフを、パットはいつも腰にぶら下げていた。
あのボロナイフで良くもあれだけ綺麗な傷口をつけられると、俺は密かに感心していた。
「ほほう、まさかパットに武術の心得があるとはのう!」
「心得ってほどのものじゃないけど……自己流だし」
「自己流というのもすごいです。村の男性もよくオオカミの被害にあっているというのに……しかも、4匹も!」
「う、うん! ナイフだけは自信あるんだ。強くなくっちゃ、スラムでは生きられなかったから」
「たくましいのう、パットは。どんな風にオオカミを倒したんじゃ?」
「えーっとね、それはねー」
「ご飯を食べながら話を聞きましょう。ちょうどポトフが出来上がりました」
「やっとか……」
「帝都ではどんなやつと戦ったッスか? やっぱり縄張り争いとかあるんスよね?」
「そりゃね。バチバチやってたけど、一対一でアタシに勝てるのはいなかったかなぁ」
「縄張りって? どこで誰が盗むとか、決まりがあるんですか?」
「あるある! それぞれ決められたエリア以外で盗んじゃいけないんだよ。そうしないと、食べていけない盗人が出てくるから」
「うーむ。盗み稼業は共産主義的じゃのう。仁義というヤツかのう……」
「でも、守れない人も多そうです」
「やっぱり貴族の家から宝石とか盗むんスか? セキュリティがヤバそうッスけど」
「去年入ったかも。でもね、あれは本当に大変だったんだけど……って、長くなるよ」
「不謹慎ながら、面白そうな話じゃ。ぜひとも聞かせておくれ」
「う、うん。あのね」
……何つー話で盛り上がってるんだ。
裏稼業のアレコレを得意げに語るパットと、それを熱心に聞く三人。
自分に興味を持ってほしくない人間はいない。
15歳の少女なんて、そんな人種のカースト最上位の存在だ。
それを知ってか知らずか、みんなパットを今日の団らんの主役に置き続けた。
おかげで夕食が終わる頃には、すっかりパットの表情は打ち解けたものになっていた。
とりあえず、この家に住むことは問題なさそうかな。
ところでだ。
俺のチケットは?




