第11話『みんなで野菜を育てよう』
「……医者によれば、怪我ではなく疲労が過ぎたようです。念のため打ち身の薬を貰っておきました」
「そいつは良かった」
「今は私のベッドで静かに眠ってます……よほど疲れたんでしょうね」
「グリズリーに襲われたのなら、そりゃそうじゃろう」
色々と考えたが、やっぱりパットはジードの家に運ぶしかなかった。
おかげでこの村一番の(注・二番目はいない)医者にも来てもらえたし、薬も貰った。
これで問題が片付いたわけではなく、むしろこれからが本題だ。
「しかし王子どのの強さは健在ですのう。グリズリーすら簡単に倒してしまうとは!」
「後で村人に死体を取りに行かせよう。肉と毛皮は使えるだろ?」
「ええ、ええ。食糧が増えて助かります。内臓も良い薬になりますし」
「フィーアさま、さすがです!」
「不覚ながら一生ついていきたいと思ったっス。カッコ良かったっス!」
「あっそう」
「む? ……お疲れですかのう」
「いや全然」
「なんだか元気がないですね。もしかして熱でも?」
「元気だよ。別にいつも通りだろ?」
「いや、いつもだったらこういう時『崇めよ、称えよ愚民ども』とか言うじゃないっスか」
「言わねーよ!」
俺がそんなこといつ言った。
この小説を最初から見返してみろってんだ。
……うーん、どっかで近いことは言ってるかもしれない。
「もしかして、パットの言ったことを気にしてるんスか?」
「ちげーよ」
「パットの言ったことって何ですか?」
「アタシがこうなったのはお前のせいだ的な。王子のお父さんの国の治め方が良くないから、帝都の孤児だったパットが辛い目に逢ったって話みたいスけど……」
「まぁ! そんなのフィーアさまには関わりないことだと思います!」
「うむ……それは少し的外れかと思うがのう」
「……」
違うと言ったが、本当はニッキの言ったことが当たっていた。
親父の国の治め方がどうとかいう話じゃない。
俺が国庫の金をちょっぴり拝借し──まぁ、横領とも言うが──。
王族としての務めも果たさず、自分の娯楽のために湯水のように使った。
あのカネを正しく使えば、パットのような人間は生まれなかったかもしれない。
そういう意味では確かに俺にも責任の一端はある。
俺が何も考えずに浪費した分、間接的に苦しむ人間が存在したのだ。
それはやっぱり、どう考えても気分の良いものではなかった。
「なぁ、パットの事を決めようぜ。これから住むところとか」
「……教会がだめなら、しばらくこの家に住まわせるしかありませんな。のう、エミリア」
「私は構いませんよ。パットが嫌がらなければの話ですけど……」
「エミリアさんの傍にいれば色々と人として学ぶことが多いと思うっス。賛成っス」
「まあ、ニッキったら嬉しい事をいってくれるのね」
「そうだな、あいつは育った環境が悪すぎた。ジードやエミリアの傍なら、もしかしたら変われるかもしれない」
「ふぉっふぉ、ずいぶん気にかけるようになりましたのう」
「……まさか、何か二人でおかしなことをしてないでしょうね?」
「おかしなことって何だよ」
「別に。何もないならいいですけど」
ジトっとした目で見てくるエミリアだった。
夜の森の中でヒグマと出会ったというのに、おかしなことを起こすヒマがあるかっつーの。
「住むところが決まったのはいいとして……仕事はどうしますかのう」
「それは俺が責任持って見てやる。明日からパットと一緒に働こうと思う」
「フィーアさまとですか?」
「丁度いいだろ」
「えええええ、王子だけじゃなくパットもっスか……!」
「何か不満かよ」
「真面目に働いてくれそうな人が一人もいないっス」
「大丈夫ですよ。フィーアさまはやる時はやってくれます」
「やらない率が高そうなのが不安なんスけど……」
「パットはだいぶ跳ねっ返りのようですからな。確かに王子くらいの猛者でないと監督できないかもしれませんのう」
「俺のような気高い人間の傍にいれば、学ぶこともあるだろうし。家ではエミリア、外では俺が生きた道徳の教材となるって寸法だ」
「……」
「……」
「……」
「ニッキとジードはいい。俺はせめてエミリアにだけは『そうですね』と言ってほしかった」
「っ、はいっ! そそそ、そうですねっ!」
もういいって。
俺の考えた『不良少女更生大作戦』はあまり賛同を得られた感触が無かった。
ただ俺は、個人的感情からパットという女の子をもう少し真人間にしてやりたくなったのだ。
それが罪滅ぼしになるとは思えないが、少なくともこの村で穏やかに暮らすことは可能になるだろう。
こうしてパットを真人間にする環境は整った。
本人は何も知らず、他人のベッドでスヤスヤ寝てる。
……よくもまあ、自分の不幸な境遇を俺のせいにしてくれやがったな。
責任取って、キッチリ更生させてやるから覚悟しておけよ。
「で、俺のする仕事って何だっけ?」
「一応、畑仕事を予定してるっス」
「だるっ……! マジかよお前」
「やる前からダルいとか言わないでくださいっス!」
俺が最後までもつかどうかが、一番の不安要素だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日──。
村はずれの畑に佇む、珍妙な三人の姿があった。
一人はよろず屋のせがれで、名はニッキ・ラウドルップ。
犯した罪は殺人。
一般常識を準拠枠とすれば情状酌量の余地おおいに有り。
一人は帝都の盗人少女で、名はパティリッツァ、通称パット。
犯した罪は窃盗・住居侵入・詐欺・器物損壊・傷害・無許可売春未遂。
諮問の末に更生の余地なしと判断。
一人は何とヴァート・ウルガン大帝国の王子様。
フィーア・ラズヴァートこと俺。
犯した罪は放蕩並びに国庫金横領(俺としては、少し借りただけのつもりだ)。
裁判も何もなくこの島にすっ飛ばされた剛の者。
こんな三人でせっせと野良仕事をしようというのだから、無謀にも程がある。
「……ちょっと。アタシまだ体中が痛いんですケド」
「医者が怪我なしって言ってるんだ。この際甘やかさんぞ」
「しかも、何なのこれ。畑?」
「そうっス。今日からここで二人には作物を育ててもらうっス」
「つまんなそう。ヤダ」
「つまんなそうだな。そんなことして何が面白いんだ」
「面白いとかじゃなく、仕事っスよ仕事!!」
天気は快晴。
こんな日和に昼までベッドでゴロゴロしてたらさぞかし気持ちが良いだろうな。
しかし残念ながら今の時刻は朝の6時と言ったところだろうか。
日の出とともにエミリアに叩き起こされ、ニッキにこんな村はずれに連れてこられ、ブーたれた顔をしたパットと共に麦わら帽子を被っている。
「真面目に働かないと、預かってるチケットは渡せないっスよ。王子は酒場で一杯やりたいんっスよね」
「はいはい」
「パットもつべこべ言わず、まずは経験するっス。人の物を盗むよりもずっとやりがいがあるっスよ」
「……どうだか」
なんだかんだ言って逃げずにここに来たパット。
昨日酷い目にあったばかりのせいか、多少はこの跳ねっ返り少女も大人しい。
「ニッキはよろず屋のくせに農作業に詳しいのか?」
「この村に来てから色々と教えてもらったっス。やってみるとかなり奥が深いっスよ」
「例えば?」
「そうっスね……例えば、今日は二人に葉レタスの種をまいてもらうんスけど……」
「これか。パットも持て。早速やってみよう」
「はいはい、こうね。ハイ終わり。今日の作業終了〜」
「最後まで人の話を聞いて欲しいっス!」
「言われたとおりに種まいただろ」
「まだ何も言ってないッス。植物によって、種の適切なまき方が違うんス。深くまくのもあれば、そうでないのもあるんスよ」
「じゃあ、葉レタスってのはどうするのよ」
「浅くっス。それでその上からそっと土をかぶせるっス。ひとつひとつが近すぎてもダメっスよ。遠すぎてもダメっス。均等に、丁寧にやっていくっス」
「げーっ、面倒くさいなぁ……」
パットと並んで、中腰でひとつずつ種をまいていく。
今まで見たことがなかったが、レタスの種というのはハナクソみたいに小さい。
これをつまんで植え、土をかぶせ、つまんでは植え……また土を被せ。
大した運動でもないのに汗がにじみ、一列が終わるころには腰が痛くてたまらなくなった。
何だこれ。
一体何の地獄なんだ、これは。
しかも適度にニッキのダメだしが入り、その都度やり直しをさせられる。
「王子、深すぎっス。もっと浅くないと太陽の光が届かないっス」
「へいへい」
「パットは土をギュッと押さえすぎっス」
「だって、強く押さえないと風で飛んでいきそうじゃん!」
「土が硬くて酸素が行き渡らないと種が成長しないっス。ちょうどいい塩梅を覚えるっス」
「むぅ〜……難しい……。しかも、やっぱりつまんない」
「それに関してはパットに同感だ。お前、俺に恨みでもあるのか?」
「そーだそーだ! 人にいちばんつまんない仕事させてるでしょっ!」
「二人とも、肥溜めから臭い肥しを持ってくるっスか? それとも荒れ地の開墾から始めてみたいっスか?」
「……ヤダ。それはパス」
「そもそもレタスってのがやる気が起きんぞ。メインのおかずにならねーじゃねーか」
「ハンバーガーにちょっと多く入ってると嬉しいだけだよねー」
「でも、レタスが無いと寂しいっスよね?」
「無いのはちょっと困るが……」
「それッス。レタスはちょっとの幸せを提供してくれる素敵な野菜っス。二人にはちょっとの幸せをかみしめて欲しいんスよ」
「意味わかんない」
「たくさんの幸せの方がいいじゃねーか、バカかお前。なぁパット」
「そーだよ。ニッキのバーカ」
「あーもう! いいからやるっス! 口よりも手を動かすっス! 次の列!」
ついにニッキがキレた。
これ以上怒らせると面倒くさそうだから、俺とパットは黙々と作業を続けた。
しかし、アレだな。
始める前にパットは文句を言ってたくせに、やり始めるとキッチリ働き続けている。
俺よりもペースが速く、いつの間にか差がつき始めている。
しかも、土の被せ方が雑になっているようにも見えない。
「遅いっスよ、王子。パットに負けてるっス」
「分かってるよ」
「パットはなんだかんだ言って上手じゃないっスか! きっと手先が器用なんっスね」
「まーね。アタシって盗人だったし、鍵開けとか、スリとか手先が命だから」
「クソみたいな特技を得意げに語るな」
「ふふん。そんなこと言って、悔しいんでしょ」
「楽しそうじゃないっスか、パット。誰かと一緒に汗を流すのはやっぱりいいもんっスよ」
「別に。楽しいまで来てない」
「あっそっ……ス」
楽しいまで来てない、か。
確かに作業自体は単調で、面白くもなんともない。
これは一人でやってたら本当にツラい。
「いいっスか。そもそもレタスって言うのは冷涼な気候を好むっス。今がギリギリなんス」
「うんちくはいいからお前も働けよ。そろそろ殺すぞ」
「言ってることが物騒すぎるっス! 言っとくけど今は俺が上司っスよ!」
「火弾ッ!」
「危ないじゃないっスかッッ!! 本当に死ぬっス!!」
「うわー、すごい。もう一発撃ってみて」
「火弾ッッッッ!!!」
「だーーーーーーっ! そんな事してたらチケットあげないっスよ!?」
「……二人とも、アタシより子供だなぁ」
仕事というのは、本当に大変だ。
だけど何となく分かったことがある。
仕事というのは、雑談したり、真面目にしてみたり、ふざけたり、そんな事をしながら何となく頑張るものだ。
どれだけ大変でも、気の置けない仲間がいれば続けられる。
初めてパットが笑う顔を見た俺は、コイツにはそういうものが一番必要なんじゃないかと思った。
多分、コイツは今少し楽しいと思っている。
──俺は全然、楽しくないけどな!




