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帝国を追放された第4王子、流刑地で無双しながらスローライフを送る  作者: 黒酢一杯
第二章 追放された王子はスローライフを送る
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第10話『誰のせいでもないはずなのに』


 「ヒグマに遭ったら背を向けるな。あいつらは必ず逃げるものを追っていく」


 「あっそ」


 「殺す気が無いなら、決して手負いにもするな。向こうはそれを殺意と取ってマジになる」


 「あっそ……」


 ──フィーア王子は、さっきからあんまり役に立ちそうにないヒグマのうんちくを語っている。


 アタシはあれから目の前で起きたことを整理するのに精いっぱいで、そんな話は頭に入ってこなかった。


 今はもう、アタシを襲ったヒグマはいない。

 いないというのは目の前にいないという意味じゃなく、この世に存在しないという意味だ。


 王子は魔法を使い(なんでか知らないけど、得意なんだって!)、巨大なヒグマを一撃で吹っ飛ばし──。


 でも、それだけじゃあのケダモノは死ななかった。

 少し弱りはしたけれど、起き上がって今度は王子の方に襲い掛かった。


 襲い掛かられても表情ひとつ変えない王子。

 不安そうな顔ひとつ見せない──ニッキ、だっけ?──従者。


 何よこいつら、アタマおかしいんじゃないの。


 立ち上がったヒグマは王子の身長の倍はある。

 その巨体に向かって、王子は腰の剣を抜き、鋭く振り上げた。


 次の瞬間、ヒグマの前足がドサリとあっけなく落ちた。


 もう一度、王子がつまらなそうに剣を振るう。


 後ろ足が二本とも()()()


 四肢を失ってダルマとなったヒグマは大量に失血し、断末魔の叫び声を上げる──事すら叶わなかった。

 うるせえんだよと言った王子がヒグマの太い首を斬り落としたからだ。


 アタシの死闘は一体なんだったのか。

 信じられない光景を目の当たりにし、開いた口がふさがらなかった。


 何これ、何これ、ナニヨコレ──。


 斬ってるのはチーズケーキじゃなくてヒグマよ、ヒグマ。


 この帝国の王子は人じゃなく絶対にバケモノだ。

 ああ、だからラズヴァート家を追い出されたんだ。


 そう考えるとすごく納得できた。


 頭がくらくらして、目の前が真っ暗になった。


 そして気づけば、アタシはそのバケモノの背に背負われてしまっている。


 もしやこのまま村に連れ戻されて折檻されるのか?

 アタシの人生最大のピンチはこれから始まるのかもしれない。


 今すぐ逃げ出したいのはやまやまだけど、ダメージを負った体がいう事を聞いてくれなかった。


 「この島で暮らすなら、ヒグマの習性くらい覚えとけ。聞いた話じゃ、アレよりももっとデッカイのが出るらしいぜ」


 「うるっさいなぁ……」


 「まじめに聞いた方が良いっスよ」


 腰ぎんちゃくのニッキが神妙な顔でささやいた。

 アタシは王子だけじゃなく、この男も信用してない。


 だいたい喋り方が妙だ。

 舎弟キャラを売りにしてるって感じ?

 何でもかんでもオッスオッスって一体何なのよ。


 「小便漏らすくらい怖かったんだろ? もう無謀な真似すんなよな」


 「っ、うるさいっ! だいたい、なんでそんなヒグマにくわしい訳?」


 動物博士かっての。

 それとも王子は動物好きというキャラを売りにしていくつもり?


 しかし、王子の答えは私の想像を超えたものだった。


 「昔、ヒグマと無理やり戦わされたことがあるんだ」


 「はぁ? どこで」


 「コロッセオで。帝都に住んでたなら知ってるだろ」


 「コロッセオって……もしかして罪人になったから? 剣奴だったの?」


 「罪人としてじゃない。オヤジが俺の力を計るためにやらせた」


 「訳わかんない」


 「俺が8歳の時だ。もう10年は昔の話だな」


 「はぁっ!?」


 ますます言っている意味が分からない。


 実の親が、自分の子供の力を計るためにあんな猛獣と戦わせる?

 しかも8歳のお子ちゃまに。


 そんな事ってある?

 だってそんなの死ぬに決まってるじゃん。

 いやいや、それはおかしいよ。


 「はぇ〜……鬼畜っスよ、王子のお父さん」


 「それは間違いない」


 「でも、8歳でも勝ったんっスね。その頃からそんなに強かったんっスか?」


 「全身ズタズタにされて、殺されかけたよ。もちろん最後は勝ったけど」


 「……」


 嘘くさぁい。


 そう言ってやろうと思ったけど、王子の後頚部に引き攣れた古い傷跡が見えた。

 そこから下は服に隠れて見えないけど、ずっと背中まで続いてそう。


 話が本当だとしたら8歳のフィーア少年はヒグマとの戦いの最中に逃げたんだろうか。

 逃げたところでコロッセオの中に逃げ場は無い。


 それが危険で無意味な行為と知っていても、恐怖に抗うことができず──。


 ……話が本当だとすれば、だよ。

 アタシほどじゃないにしてもだよ。

 この名だたる放蕩王子は、思ったより過酷な人生を歩んでいるのかもしれない……。


 「そんな話はどうでもいい。それよりお前、どうする」


 「アタシ? どうするって、何をよ……」


 「まだ盗みを続けるのかって話」


 「するよ。それしかした事ないし、他の事はできる気しないから」


 「もしもそうなら、おぶっているオマエをこのまま捨てていく」


 「勝手にすれば?」


 「ヒグマよりもひでぇケモノもいるって話だぜ。出会ったら今度こそお陀仏だな」


 「っ、待ちなさいよ! 勝手に助けておいて、あげく捨てるなんておかしいじゃん!」


 「おかしくない。じゃ、またな」


 「待ってよ! ちょっと待ちなさいっ!」


 「ぐぇっ!?」


 本当に捨てていかれそうだったので、王子の首にスリーパーホールドを決めた。


 今のアタシは腰が抜けて歩けないし、体力も限界だ。

 せめて安全な場所に連れてってもらうまでは、このままおんぶしてもらわなくっちゃ。


 「あんまり密着するとオッパイが当たるぞ。大して膨らんでないその寂しいヤツが」


 「う、うるさい!」


 「捨てて欲しくないなら盗みはやめろ。そんな事しなくても、あの村では生きられる」


 「盗むったって、そもそもこの島じゃ大したものは無いっスよ。換金もできないっス」


 「……だってアタシ、それしかしたことないんだもん」


 「ざけんな。それ以外のことをしようとしなかっただけだろ?」


 「……それ以外、全然させてもらえなかったんだもんッッッッ!!」


 「急にでかい声を出すんじゃねーよ!」


 知った風な口を聞くからムカついて、思い切り耳元で怒鳴ってやった。


 「アタシの事、なんにも知らないくせに! 何よ、王子だからって偉そうな口聞くな〜っ!」


 「鼓膜が破れるからやめてくれ……あと、暴れんな」


 「孤児院を出て、どっかでフツーに働こうと思ったよ。でもダメだった! 誰もアタシの事なんか雇ってくれなかった……!!」


 「ふーん、なんで」


 「孤児の評判が悪すぎるから。汚い格好して歩いて、モノを盗んだりして町の人に迷惑かけてたから!」


 「そりゃお前らが悪いじゃねーか」


 「孤児院で食べ物が出なかったんだもん! 服だってくれなかった! お風呂にだって入れてもらえなかった! お前らなんかにお水や薪は勿体ないって言われた!」


 「……そうか」


 「そんな施設を野放しにして、これって国が悪いでしょ! 王子にだって責任あるんだよ! 王族としてのつとめを果たしなよ! 国民みんなが幸せに暮らせるように考えてよ!」


 「……」


 「働けないなら盗むしかないじゃん! お金が無いんだから。生きようと思ったら、誰かに迷惑かけなきゃ生きられない人間もいるんだよッッッ!」


 「かもな」


 「盗んだから謝れって、そっちが先にアタシに謝ってよ! 王族がいい加減だから、帝国がデタラメな戦争ばかりするから、アタシはこんな島に流されたんだ!」


 「悪かった」


 「っ……」


 怒りを爆発させる私に対し、フィーア王子は落ち着いていた。

 背中でギャーギャー喚くアタシを振り向きもせず、淡々と。


 淡々と静かに、でもはっきりと──謝った。

 正直言って、面食らってしまった。


 「そういう施設があるのは知ってた。俺は国政に携わってなかったから、そこにどれだけ予算を割き、どういう運営をしていたかは知らない」


 「……し、知らなかったで通す気?」


 「無知だったことも詫びる。知ってたら、俺にも何かできる事があったのかもな」


 「……」


 ……何よ、これ。

 そんなに素直に謝るとは思わず、アタシは二の句が継げなかった。


 「……ヴァート・ウルガン帝国の内情は、実は火の車なんだ。だから孤児院とか、そういう生産性の無いところにしわ寄せがいきやすいんだろう」


 「……王子のお父さんが戦争ばかりしてるからでしょ!」


 「戦争は他国の領土と資源を奪うためだ。オヤジは、それがのちの帝国の繁栄につながり、国民を豊かにすると信じてる」


 「だから、今の国の現実を見ないわけ?」


 「老眼が進んでるんだ。オヤジには、近くの物が見えてない」


 「……それってだめじゃん」


 「ああ、だめだな、全然」


 王子はどこか自嘲するような笑い方をした。

 家族として色々思うところがあるのかなぁ……。

 なんて思ってみたりした。


 バカみたいに強いだけのバカ王子だと思っていたけれど、少しは話の分かる人間なのかもしれない。


 「もうすぐ村に着く。お前は一体どうするつもりなんだ?」


 「……分かんない。今はもう、なんか疲れた……」


 「なら寝ろ。答えは後で聞いてやる」


 「……教会には行かないでよ。あそこには帰らない」


 「はぁ? ってもお前、他に家がねーだろ」


 「知らない。オヤスミ」


 「おい、こら!」


 死ぬ物狂いで戦って、思いっ切り怒りをぶつけたら眠くなってきちゃった。


 それに、おんぶってすごく気持ちいい。

 誰かの背中って温かい。


 今夜のアタシのベッドは、もうここでいい。


 「……どうするっスか?」


 「エミリアに頼んでみるか……この小便ったれの着替えも必要だし」


 王子たちが何か話していたけれど、睡魔に襲われたアタシの耳には入らない。


 今はただ、この心地いい背中から離れたくない。

 遠い昔、アタシがとても小さかった頃──まだ家族が生きていた頃。


 お父さんにおんぶされた事を思い出していた。


 あの時も、確かこんな感じだった。


起きていたら0時ころに次話更新するかもしれません。

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[一言] おや、絆されてしまう?
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