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帝国を追放された第4王子、流刑地で無双しながらスローライフを送る  作者: 黒酢一杯
第二章 追放された王子はスローライフを送る
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第9話『ある日森の中熊さんに出会った』

 

 帝都のコロッセオで、人間とヒグマとの戦いを見たことがある。


 その戦いは、もはや戦いなんて言うものじゃなかった。


 ヒグマはいくら剣を突き立てても怯まないし、そもそも毛皮が厚くてロクに刺さらない。

 腕一本が人間の胴体みたいに太く、それを振るうだけで人ひとりが簡単に吹き飛んだ。


 図体が大きいくせに動きも素早くて、人間の身体能力をはるかに凌駕している。


 倒されてしまえばあっけなく鋭い牙と爪の餌食となってしまう。


 剣奴として戦っているのは、たいていは重罪人だった。

 死罪を免れる代わりにコロッセオで猛獣と戦い、勝てば恩赦が受けられる。


 もちろん、勝てる人なんてほとんどいない。


 ひらたく言うとただの公開処刑であり、人びとはそれを見るためにコロッセオに足を運び、高額な入場料を払う。


 つまり、何の役にも立たない罪人を使った国のお金稼ぎってこと。


 残酷だけど良くできたシステムだと思う。


 「まさか、アタシがそれをやらされるとはね……参ったなぁ……」


 「ゥウ……!」


 オオカミから垂れ流される血の匂いに寄って来たのかもしれない。

 空腹が過ぎるのか狂気の目をして、ケダモノ本能全開って感じ。


 その小さく光る眼がまっすぐにこちらを見つめている。


 こんな大きなヒグマ相手に、アタシの持つ二本のナイフが通用するだろうか。

 答えは、考えるまでもなくノーだ。


 「くッ……お肉は惜しいけど……これは無理ッ!!!」


 背中を向け、脱兎のごとく駆け出した。

 ハナから勝ち目のない勝負をするほどアタシは愚かな人間じゃない。


 幸い、足の速さには自信があった。

 こちらも伊達に毎日盗みで生計を立ててたわけじゃないんだからね。


 コロッセオで見たヒグマは確かに動きが速かったけど、アレは人間に殺すための訓練を積んでいたからだと思う。


 森の中は障害物も多いし、夜だし、そんなに速くは動けないっしょ。


 「グォアアアアアッッッッッ!!」


 「って、なんで追いかけてくるの〜〜〜ッ!!!」


 なぜかヒグマは逃げるアタシを猛然と追いかけて来た。


 そんな走って来なくったって、お腹が空いたならオオカミちゃんの肉を食べればいいでしょ!

 せっかく置いてきてあげたのに、そっちの方は目もくれなかった。


 しかも、走る速度が異常に速いッ……。


 藪だの小枝だのは何のそので、大きな体を揺らして一直線に駆けてくる!

 アレ……アタシよりも断然速くね?


 「グァッッ!」


 「ひゃああッ!?」


 追いつかれそうになったところで前足の一撃が飛んできた。

 すんでのところでジャンプして躱し、転がってすぐさま再び駆け出した。


 走りの勝負は分が悪いのはよく分かった。


 じゃあ、どうする?

 どうやってこの巨大なケダモノをやり過ごす?


 考えろ、考えるのよパット。

 こんなところで死んでたまるもんか。


 ネーフェの村に助けを求める?

 ……そりゃ無理ね。

 こんなアタシの事なんか見捨てるに決まってる。


 考えること数秒、ぽくぽくぽく、ちーん。

 よし、閃いた。


 「ふふん、分かった。分かっちゃったもんね!」


 アタシは手近にある丈夫そうな木に登った。

 雨どいをつたって貴族の家に盗みに入った事もあるから、この程度の事はお茶の子さいさい。


 サルのごとくあっという間に樹上に到着し、悠々と安全を手に入れた。

 高いところで待機してりゃ、そのうちヒグマも飽きて立ち去るっしょ。

 これほど木の幹に太さがあれば、まさか木ごと倒すこともできないはずだ。


 「やーい、バーカバーカ! そんなにアタシが食べたきゃ登ってきな」


 「フゥ、フゥ……ウゥ……!」


 「……って、嘘でしょ!?」


 眼下にあるヒグマの巨体がスルスルと木登りを開始。

 四肢を上手に使い、その動きは信じられないくらいスムースだった。

 速く走れて木にも登れるとか、そんなのもう逃げ場がないじゃない。


 「くっそー! こっち来るなッ! あっち行って!!」


 「ガッ! グォッ! オオオオオオッ!!!」


 上にいるアタシがケリをいくら見舞ってもビクともしない。

 それどころかこの攻撃はただヒグマをいら立たせ、興奮させるだけみたい。


 でも、こっちにはまだナイフってものがある。


 どれだけヒグマが硬く頑丈でも、目は急所のはずだ。

 思い切って木を飛び降りがてら、黄色く光る目にナイフを一閃!


 「やった! えへへ、どうだ、見たかッ!!」


 「グァ……アアアアア……!!」


 片目を奪われ、手負いになったヒグマは悶絶する。

 アタシならもしかしてコロッセオのヒグマにだって勝てたかもね。

 ならこの島に流されるより、恩赦の可能性にワンチャン賭けてた方が……。


 「ォオ……オァアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」


 「げッ!?」


 なんて声で叫ぶのよ。

 悶絶したと思ったのも束の間、地鳴りみたいな唸り声を上げだした。

 手負いにしたことで、かえって本気で怒らせたみたいだ。


 ナイフでの攻撃の代償に無理な態勢で降りたものだから、受け身を取り切れずアタシは足を少しひねってしまった。

 これじゃもうさっきのようには走れない。


 だけど、すでにヒグマの片目は奪っている。

 すなわち遠近感が失われ、攻撃の精度は少し落ちるはずだ……。


 「グォ、オオオオオオッ!!」


 「きゃああああああッッ!!」


 ……ちくしょう、そう来たか。


 遠近感だとかそんなもの、一切関係なかった。

 ヒグマはただアタシにその巨体をぶつけて来たのだ。


 その猛突進をよけ切れず、アタシの体はあっさりと吹き飛ばされた。

 辛うじて腕や足でガードしたものの、体中に衝撃が響く。


 だけどこのまま寝っ転がってたら、アタシはこのヒグマの餌になってしまう。

 よろよろと立ち上がってはみたものの、体のどこにも力が入らない。

 たったの一撃で戦闘不能なほどのダメージを追ってしまった。


 「くぅう……こんな場所で、一人ぼっちで……死んでたまるかッ……!!」


 ボロボロの体で二本のナイフを構え、ヒグマと対峙した。


 どんなに絶望的な戦いであっても、アタシは最後まで諦めない。

 だって今まで、どんなピンチだって自分一人で凌いできたんだ。


 子供の頃に孤児院でイタズラされそうになった時も、パンを盗んで町の人に囲まれた時も、別の盗人と縄張り争いをした時も、逃げて、戦い、知略の限りを尽くして凌いだ。


 今回だって絶対に凌いで見せる。


 罪人にだって、罪人なりに誇りがある。

 その誇りだけが二本の足を支えていた。


 だけどそんな誇りを、このケダモノが考慮してくれるはずがなかった。


 「ガアアアアアアアアッ!!」


 「ぎゃっ!」


 再び繰り返された突進を、今度は辛うじて避けることができた。

 でも避けるのが精いっぱいで、ぐらついたアタシの体はあっけなく転がった。


 そのアタシにヒグマが覆いかぶさった。


 「どけよッ!! オマエなんかを乗せるほど、アタシの体は安くないんだよッ!」


 「フゥ、フゥッ……!」


 「くっそー……! うっぷ、臭いっ……!!」


 ヒグマの生臭い涎がだらだらと顔に掛かった。


 のしかかられて、体を押さえつけられて全く動けない。

 ヒグマはその牙でビリビリとアタシの服を引き裂いた。

 アタシを食べるのに邪魔だから?


 胸が露出するまで肌をさらされ、まるでレイプされているみたいな屈辱を味わわされて、恐怖と惨めさで涙があふれた。


 近くで見ると、この獣の目にはまるで感情が感じられない。

 それはただの殺人マシーンであり、体のどこから食い破ろうかと思案している。


 恐ろしさに体がすくみ、脱力した股間からオシッコがちょろちょろ漏れた。


 「フゥ、フゥ……グゥウァ……!」


 「や、やめて……もう許してよ! アタシが一体、何したって言うの……!?」


 色々と悪い事はしてきたけれど、少なくともこのヒグマに対して悪い事はしていない。

 それともこれが今まで犯した私の罪に対する罰?

 誰にも知られず、夜の森の中で、一人ぼっちで獣に食い殺されることが?


 アタシはただ、自分なりに精いっぱい人生を生きて来ただけなのに。


 こんな結末ってアリ?


 「ガアアアアアアッ!!」


 「くッ……!?」


 牙をむき出しにしたヒグマの顔面が迫る。

 アタシは恐怖に顔を背け、観念して目を閉じた。


 終わりだ。


 美少女盗賊・パティリッツァの人生はここで幕を閉じるんだ。

 次に生まれてくるときは……そうだなぁ、お金持ちの家に生まれてみたい。


 帝国始まって以来の放蕩王子と言われるフィーア王子のような人生が一番良い。

 そしたらお腹いっぱいご飯が食べられるし、誰かからお金や物を盗まなくても楽々暮らしていける。


 そして舞踏会で素敵な王子と出会い、恋に落ちるなんてのはどうだろう。

 あの島流しにされたバカ王子みたいのはごめんだけどね。


 次こそは神様、そういう人生をこのパットちゃんに与えてください……。


 「グォオオオオオオオッッ!?」


 「うわぁっ!?」


 突然飛んできた眩い火球がヒグマを吹き飛ばし、いきなり体が軽くなる。

 訪れるはずの最期の瞬間は訪れず、毛皮が焼ける不快なにおいがあたりに漂った。


 今のは──何、何なのよ!?


 「おぉーーっ、さすがっス! まさか一発っスか!?」


 「毛皮を燃やすと勿体ねーな。きっとアレ、冬は着るとあったかいぞ」


 なんともこの状況に似つかわしくない、のんびりした声がした。


 声のする方向を振り向くと──。


 「……お、王子様……!?」


 「ジードいわく、クマ鍋はいい出汁が出るらしい」


 「……はぁ?」


 「ん〜、楽しみっスね」


 「パット。ルアーを盗んだことを謝れば、お前にも食わしてやる」


 なんでか分からないけど、バカ王子と、その従者がいた。


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