第7話『欲しいからじゃなく、ただ盗む』
クラウディアたちの住む教会は、俺とニッキがよく釣りをしている川沿いにある。
先に述べた通り神父はここに常駐しておらず、普段は家畜の世話をして過ごし、結婚式とか葬式とか、洗礼式の時に活躍するという寸法だ。
そんなことは今はどうでも良くて、ジードとクラウディアの後を追うのが先。
「着きましたね、フィーアさま」
「中を覗いてみようぜ」
「な、なんかドキドキするっス。ここって女の人がたくさん住んでるんっスよね?」
「その通り。風呂場はどこだ。まずはそこを覗こう」
「二人とも今ふざけましたね?」
「確かに俺はふざけたが、ニッキはガチで興奮してた」
「もう。ニッキは真面目な人だと思ってたのに、見損ないました」
「なんで俺が一番怒られてる感じなんスか……?」
「さあ」
会話の流れって恐ろしいな。
「私がコッソリ覗きます。私がいいというまで二人とも中を見ちゃダメですよ」
「了解っス」
「はいはい」
エミリアがコッソリとドアを開け、中を覗き見た。
正直、開ける前から隠しきれない人の気配が感じられた。
そして、どことなく漂う不穏な気配も──。
「ふむ……それで? クラウディアは何と?」
「……だから私は、どこで手に入れたのって聞いたんだよ。働きもしないのに、こんなものを持ってるのはおかしいじゃないかって」
「パティリッツァ、これは一体どういう事なんじゃ?」
「村の人に貰った」
「ほう、貰ったか……それは誰からじゃ?」
「……知らない。もう忘れちゃった」
「ふざけるのもいい加減におしよ!!」
クラウディアが怒りを叩きつけるように、神父の机をバンッと叩いた。
そこまでされてもパティリッツァ……パットは意に介している様子が無い。
ずっとつまならそうな顔をして佇んでいるだけだ。
他の女たちは、その様子を遠巻きに見つめている。
「……パットや、村人から貰ったというのであれば、それは構わんよ」
「じゃ、それでいーじゃん」
「貰ったにしては、ずいぶん大量じゃ。30枚はある」
「たくさん貰ったんだもん」
「このチケットにはワシの花押が必要なんじゃよ……花押があって、初めて村の中で使える決まりになっておる」
「……ふーん」
「まずは、紙漉き職人の家で作ってもろうてな。……このチケットには花押がないのう」
「じゃ、その人に貰った」
「ウソ言ってんじゃないよ! その家から盗んできたんだろう!!」
……なんか、アレだな。
思ったよりも事は重大そうだ。
事態を把握したエミリアもニッキも不安げな顔をして俺を見る。
しかし、俺の辞書に後退という文字はなかった。
中途半端に知ってしまうよりは、すべてを知ってしまった方が良い。
要するに、パットはあのチケットを製造元から盗んだのだ。
おそらくはあれを持っていれば、この村の中で楽な暮らしができると知って。
「その手があったか……やるなぁ、アイツ」
「王子、さすがに不謹慎っスよ」
「盗ったとしてもおじいさまの花押がないと使えませんよ」
「花押は俺がジードに借りてきて押すわ」
「頭いいっスね、王子! 誰が押したかは関係ないっスもんね」
「おう。これで完全犯罪成立だな」
「もう……いくらフィーアさまでも貸さないと思いますけど!」
「しっ! エミリア、声が大きいぞ……」
俺たちが教会の外でアホな会話をしている間も、中の空気はどんどん悪くなっていく。
ジードは明らかに困り果てているし、クラウディアはカンカンに怒ってる。
「どっかから1枚くすねたってのとは訳が違うよ。人様の家に上がり込んで、それじゃあまるで泥棒じゃないか!」
「パットよ、そうなのかい? もしもそうだとしたら、本当に困ったことじゃのう……」
「……知らない」
「まだとぼける気? じゃあ、あんたが地下室にしまい込んでたこれは何なの!」
「ッ……!」
「これ、この村の中から全部盗んだ物なんだろう! しらを切るのもいい加減にしな!」
そう言ってクラウディアが小さめの長持をひっくり返すと、ドドッと大量の物が床に落ちた。
かわいらしいお人形。
きれいな銀の手鏡。
年季の入ったマグカップ。
ぼろぼろの火打石。
鋭い切れ味のしそうなピカピカのナイフ。
その他、ガラクタ交じりの小物が山ほど。
盗って来たとしたらこの村のありとあらゆる年代の人間から盗んでる。
戦利品を見る限り、たぶんネクのところもやられてるな。
それに──。
「あーーーーーーーーッ!! 俺のトモ釣り用のルアーがあるじゃねーかッ!」
「あーーーーーーーーーーッッ!! 私のお気に入りの髪飾りッッッ!!」
「二人とも! しーーーーーっスよ!!!」
「な、なんじゃあ!?」
「やべっ」
「なんだい? ……王子様、あんたも来てたのかい」
ずっと探してたルアーがこんなところにあるとは思いもよらず、つい声が出てしまった。
まさか俺の私物にまで手を出そうとはパットの奴め、不届き極まりない。
「やれやれ、エミリアとニッキまで……一体何をしとるんじゃ」
「ごめんなさい。つい気になってしまって……クラウディアさんも、ごめんなさい」
「いいよ。うちのパットが迷惑かけちまったみたいだし……これ、あんたのかい?」
「はい。良かった、見つかって……」
「……この妙な魚のおもちゃは、王子のかい?」
「それはおもちゃじゃない。俺の大事なものだ」
「そうなのかい? とにかく返すよ……他の物も、どうにか持ち主を見つけて返さないと……」
「ワシは村長じゃ。モノを見ればどれが誰の物かはだいたい分かるわい」
「そんな事よりだ。パット、よくも俺のルアーを盗みやがったな」
「ルアー?」
「魚釣りに使うんだよ。テロスが俺のために作ってくれたんだ」
「ふーん。アタシはただ、きれいだと思ったから『拾った』だけだよ」
「拾った?」
「川沿いに箱ごと落ちてた」
「落ちてるわけねーだろ! 箱の中に大事にしまってたんだよ!」
「大事なものなら、肌身離さず持ってればいーじゃん。あの時王子様は遠くで釣りしてて、帝都じゃあんなの盗まれてトーゼンだよ」
こ、このガキめ……!
まさか俺が口で言い負かされるとは。
冷静になれば反撃もできるだろうが、頭に来て何も浮かばない。
悔しい、悔しすぎる。
「パット、とうとう認めたね。やっぱり盗んだんじゃないか!」
「まーね。アタシ、もともと生業が盗人だし?」
「だしって、あんた……!」
この若さで盗みが仕事か。
どんな生い立ちか、推して知るべしと言ったところだな。
「私の髪飾り……どこかに忘れ物として置いてありましたか?」
「公衆浴場で会った時。エミリアって結構おっぱい大きいよねー。うらやましいなー」
「む、胸の話ではありません!」
「そう、そんな話はどうでも良い。パットや、どうしてこの村で盗むのじゃ? ここにあるものを見れば、ほとんどがお主に必要なものではなかろうに……」
「別に。ルアーとか別に欲しくなかったけど、ただ何となく」
「何ぃ」
「王子どのはそれはそれは一生懸命探していたんじゃぞ。ルアーそのものより、村人が自分のために作ってくれたという事が、嬉しくてたまらんかったんじゃ」
「王子、そういや結構マジでテロスさんに謝ってたっス」
「フィーアさまは普段ふざけ倒してますけど、純粋な心がありますから。そういうところがとても素敵なんです!」
「ハゲはもう黙れ」
「照れておりますな?」
「ぷくく。可愛いところがあるじゃないか、王子様も!」
「こら、今は俺の話じゃねーだろ」
「む、そうですな……」
あらためて、ジードがパットへと向き直った。
この村長の真摯な言葉が、この少女に伝わるだろうか。
俺は何だかとても怪しい気がした。
パットの闇は、もしかしたら俺たちの想像以上に深いんじゃないか。
欲しいから盗むのではなく、そこにあるからただ盗む。
盗むことは呼吸をするのと同じく当然の事であり、そこに罪悪感の欠片もないみたいだ。
「パティリッツァ。今後も同じような事を繰り返すようでは、この村においてはおけん」
「はいはい。分かりましたー」
「まじめに聞くんじゃ。今回の事は……幸い実害もそれほど大きゅうない。ただし、お主のやったことは本当に罪深い事なんじゃよ……」
「こんなおもちゃだとか、ボロボロの人形が罪深い? ふーん……」
「それを欲しがって盗んだのは誰なんだい!? いい加減にしなよ!!」
「欲しかったから盗ったんじゃないって言ってるでしょ。ただ何となくだよ」
「っ……! このっっっ!!」
あ。
ついに堪忍袋の緒が切れたのか、クラウディアはパットに平手打ちを見舞った。
傍にいる女たちの中で、庇うものは誰もいなかった。
みんな冷たい目をしてこの盗人少女を見つめている。
彼女たちはこの村でうまくやっていこうとしているから、そんな中で自分たちの評判を落とすような真似をしたパットを許せないのだろう。
「よさんか、クラウディア……暴力はいかん」
「そうですよ、クラウディアさん! こういう事は話合いで解決しましょう……!」
「あ、あんたみたいな道理の分からないガキ、助けてやらなきゃ良かった……あの村に来た時点で追い出せばよかったよ!」
「……フン。勝手に助けて、勝手に怒って、人の事引っぱたいて、ホント訳わかんないおばさん」
「出てってよ。あんたみたいなガキとは一緒にいられない。村長が許しても私が許さないよ!」
「じゃサヨナラだね。今までアリガト、おばさん」
「勝手にしな。いいね、ジード村長。そういう事になったから」
「いや待て、何もそう」
「ここまで根性のねじ曲がった盗人のガキ、こんな素敵な村に置いとける? 絶対にムリじゃないか!」
「おばさんたちも一緒でしょ。罪人」
「あんたとなんか一緒にしないで欲しいね」
「売春婦だったくせに偉そうだね、おばさん」
「何だってっっっ!!」
「や、やめましょう。話し合いです、話し合い……!」
「体を売るような人と一緒にいられない。アタシの方から願い下げ」
「じゃあさっさと出ていきな。あんたみたいな生まれながらの悪党に此処にいられちゃ、迷惑だよ!」
「……何よ。アタシの事、何も知らないくせに」
「あんたのことなんて知りたくもない。そう、何一つね!」
「……あっそ。……じゃ、お世話になりましたっっ!!!!」
「おい待て、待たんかパット!」
ジードが止める間もなく、パティリッツァは飛び出していった。
他人である俺たちに口をはさむ余地はなく、何だか一気に事態が急変した。
さぁこれで盗人少女が村から消えて、一件落着。
めでたしめでたし──。
で済めば、どれほど良かったか。
「まずいですのう。パティリッツァは夜の森に入っていくじゃろうか……」
「……何かまずいのかい? 自分の罪が分かるまで、少し頭を冷やせばいいんだよ」
「今夜は満月ですからね。普段は大人しいこの辺りの獣たちも、落ち着きがなくなるんです……」
満月の夜は、不思議と獣の血が騒ぎやすい。
人間の世界においても事件が起きやすく、それは月がもつ魔力の影響だと言われている。
理性のある人間ですらそうなのだから、本能のまま生きる獣が受ける影響の大きさは計り知れない。
「フィーアさま、お願いです。パティリッツァを連れ戻して頂けませんか?」
「連れ戻してどうするんだよ」
「そ、それは分かりませんけど。近くの森には狼も、グリズリーもまれに現れます。パット一人では危険すぎます」
「……そうじゃな。あの娘はこの島に住む人間や獣の危険を、何も知らずにここまで来てしまったようじゃからのう」
「幸運だったんだろう。まぁ、最初にこの村に来れた俺ほどじゃないにせよ」
「俺もっス。俺もここに来れたのが本当に幸運だったっス!」
「パットにも、そう思ってもらえるようにはならんかのう……と、ワシは考えるんですじゃ」
「うーん……」
パティリッツァはこの島の事を何もわかってない。
幸運にも安全に、飢えもせずセトのいなくなった村に辿り着き、幸運にもネーフェの村の一員になった。
まだ驚くほど若く、それでいてすでにどうしようもなく根が腐ってる。
そんな少女を、ジードは村に置いて更生させてやりたいと思っているようだ。
更生の可能性は──あるのかなぁ?
「王子どの、どうでしょう。このまま放っておくには少々哀れだと思いますゆえ……」
「村長命令なら、連れて帰ってきてもいいけど。その後の事は俺、知らねーぞ」
「はい。命令という形がよければ、そう致します」
「はぁ……ニッキ、松明を持ってこい。お前もついてこいよ」
「了解っス!」
「……正気かい王子様? お人よしにもほどがあるんじゃないかい?」
「単なる夜の散歩だよ。酒場出禁になっちまったからな」
今の俺は平和な日々で体が鈍ってる。
ちょっとばかり、夜の森を散歩しながら月光浴するのも悪くない。
「ところで、グリズリーってのは熊だよな」
「そうですね」
「この島にいるヤツの大きさは?」
「ピンキリですが、おおよそ600キロほどの大きさのものまで見たことがありますな……」
「ニッキ!!!!! 剣だ、俺の剣も持ってこーーーい!!!!!」
散歩にしちゃ危なすぎるじゃないか、畜生。
来るのであれば、できればキリのほうに来て欲しいものだ。




