第5話『帝国の王子、山菜採りにハマる』
一応俺は王族であり、幼いころから王宮暮らしで、高価な食材を食べて来た。
家族とそりが合わないのを自覚するようになってからはほとんど帰らなくなったが、それでも金は持っていた。
帝都はラウバーン大陸随一の都会であり、良いシェフのいるレストランにも通った。
料理が得意だという女とも付き合っていた事がある。
だから俺はこの年にして、よそ行きの料理も家庭的な料理も、この世の美味いものは食べつくしたはずだ。
そんな妙な自負を持っていたのだが──聞いてびっくり、見て驚き。
罪人島……もといネーフェの村に来てからというもの、まだまだ食べたことのない美味しい食材があるんだなぁと、痛いほど思い知らされている。
「フィーアさま〜、こっちこっち! ほら」
「おおっ! マジで群生してるじゃねーか!」
戦いのない平和な日々は続く。
暇を持て余している俺は最近、山菜にハマっている。
なかでもお気に入りの一つが『ワラビ』という食材。
先日、何気なくエミリアが出してくれたワラビのおひたしが抜群に美味かったのだ。
俺は思わず「こんな美味い野菜、育てるのも手間がかかるだろうな。街で食べたら一人いくらするんだろう」等とつぶやいてしまったのだが……。
それを聞いたエミリアもジードも、果てはニッキまでもが大笑い。
ポカンとする俺に対し、エミリアがくすくす笑いながら教えてくれた。
クルト王国でワラビはメジャーな食材であり、そもそも野菜ではない。
山に行けば、場所によるがアホみたいに群生してて、手間かけて育てる必要すらない。
だから、ワラビに金を出す人間などいないんだとか。
可食部分は茎。
特徴的な形の先端の穂は食べない。
実際に調理されて出てくるのを見たのは、俺は初めてだった。
「こうして、根っこの方を持ってポキッと折ってください。あまり硬いものは食感が悪くて駄目なんです」
「分かった」
「王子どのがワラビごときを気に入るとは、世の中わからんものじゃのう」
「なんでジードも来てるんだよ。村長の仕事はどうした」
「山菜取りは朝早いですから問題ありませぬ。ふぉふぉふぉ」
どうもこの頃、エミリアと二人っきりになる時間が無い。
親ばかならぬ祖父バカのジードがすっかり警戒しており、エミリアとの例のエッチな約束を果たすことはできないでいる。
まあ焦る理由は特にないし、エミリアはじっくりねっとり攻略させてもらおう。
ためた分だけ気持ちいいし。
「しかし、王子どのが山菜取りとはのう。面白いですか?」
「やってみると面白い。こんな美味い食い物がタダでいくらでも手に入るというのは素晴らしい」
「今の時期だけの、山の恵みですじゃ」
「帝都にはワラビはないのですか?」
「なかったと思う。俺は今まで食ったことがない」
「帝都はどこの山からも非常に遠いからのぉ〜。王族の口に入れられるほどの鮮度では運べなかったのかもしれませんわい」
「鮮度が悪いと、ワラビの味はそんなに落ちるのか」
「古いものだと、やっぱり食感は失われちゃいますね……」
「そりゃダメだな。ほとんど食感が全ての食い物なのに」
「はい。この村でなら、いくらでも新鮮なものが食べられますよ」
ワラビが美味い美味いと褒めはしたが、実際のところ味という味はない。
しいて言えば透明な味わいと言ったところだろうが、その雑味のなさが良いのだ。
ワラビは野菜にあるエグミが全く存在せず、出汁の味を十分に感じられる。
シャクシャクとした歯ごたえが楽しめ、軽いぬめりも喉越しを素晴らしくする。
こんなナイスな食材が採り放題というのだから、言われた通り早起きをして良かった。
その上景色も良いし、空気も良い。
しばしの間、俺たちは無言でワラビ採りに明け暮れた。
「ところで、なんで朝じゃないとダメなんだ?」
「はっきりとは分かりません。朝の方が朝露で柔らかくて採りやすいとか、色々と言われていますけど……」
「夜の間、植物は成長しないのですじゃ。朝日を浴びてぐんぐん背を伸ばすのですが、そのエネルギーが失われる前に頂いてしまおうという魂胆ですのう」
「そう聞くとなおさら美味そうに見えるな」
「ふぅ〜、ずっと中腰でちょっと腰が痛いです。少し休みます」
「揉んでやろうか。二人でちょっと奥の方へ行こう」
「え、あの、だだ大丈夫です……!」
「喝ぁーーーーーーーーつっ!」
あー、平和だ。
そうして小一時間ほどワラビ採りを続けると、しばらくの間食べ続けられそうなほどの収穫があった。
少しの間みんなで休憩して、それから山を下りることにした。
「フィーアさま、おじいさま、お水ですよ」
「うむ」
「ありがとう」
「ふふふ……フィーアさまのその恰好、何だかとっても良くお似合いですよ」
「そうか? エミリアも、何だか新鮮だな」
麦わら帽子をかぶって首にはタオル、長靴をはいて服はつなぎの作業服。
今の俺は完全に農家のおっさんスタイルだが、エミリアも似たような格好をしている
色気がある格好とは口が裂けても言えないが、ちょっと面白い。
「私はけっこう、普段からこの服装でいますよ? 畑仕事の手伝いに行ってますから」
「へぇ、知らなかったな」
「王子どのは大抵昼まで寝ていますからのう。無理もありませんわい」
「あまり酒場に入り浸っちゃダメですよ。行くのは良いとしても、お酒はほどほどにしてください」
「毎日、特にすることねーからな。つい深酒しちゃうんだよ」
「……この村の暮らし、退屈ですか?」
「いや、色々と新しい楽しみを見つけてるから退屈はない」
「良かった。ならいいんです」
「村で普通に働いてもらっても構いませんぞ?」
「俺が働くとみんな気を遣うだろ」
「ふぉっふぉっふぉ、確かにのう。相手が帝国の王子では、あの女たちのようにはいきませんからなぁ」
「どうなんだあいつら。上手くやってるのか」
「ええ、概ねは……」
そう言ったジードの表情が、若干ながら曇った気がした。
概ね──という事は、だいたいうまくいっている。
だけど完全に良好であればそんな言い方はしないはずだ。
口ごもっているジードの代わりに、エミリアが口を開いた。
「あの若い女の子……パティリッツァと言ったかしら。なんでも仕事を休みがちだそうですよ」
「なんでだよ。体調不良なのか」
「そういう訳じゃないようです。仕事を休んでそのあたりをブラブラしたり、教会でゴロゴロしてるのを目撃されていますから」
「そんなのいったんシメちまえ。それで言うことを聞かなきゃ、村を追い出せ」
「まぁ、フィーアさまったら」
「だって、それはジードとの約束だろ。この村に住む以上、真面目に働くっていうルールのはずだ」
「しかしまだこの村に来たばかりですし。年も若いし、遊びたい盛りに知らぬ土地で知らぬ者に囲まれ働けというのも酷な気もしますし……」
「来たばっかって、もう一か月過ぎたじゃねーか」
「確かに……このままの状態が続くようなら、対応を考えた方が良さそうです。村人の心証がどんどん悪くなります」
「そうじゃのう……何にせよ、王子どのにご心配頂くような事ではありませぬゆえ」
「ああ」
15歳にして罪人島へ流された女の子パティリッツァ。
話をしてもあんまり向こうの心に響いている様子もないし、何を考えてるのかよく分からない。
まだここに来て日が浅いらしいし、それが功を奏してセトにも会わずに済んだ。
何をしてここに来たのかは知らないが、要するに自分が罪人である自覚が足りてなく、その上怖い目に逢ってないから舐めてるんだろうな。
まぁ、俺には関係ないからどうでもいいか。
「そろそろ帰ろうぜ。きっとニッキが腹を空かせて待ってる」
「うむ。今から帰れば、朝飯にちょうどええ」
「そうですね。戻りましょう」
「待てよエミリア。うしろ髪に蜘蛛がついてるぞ」
「えーーーーーーーーっ! やだ、取ってください!」
「これはあれだ、オニグモだな。王宮にも良くいてさ。何だか可愛いんだよな」
「益虫ですからな。ワシも見かけたら殺さないでそっとつまんで逃がしております」
「二人とも、解説はいいから早くっ!」
「はいはい」
エミリアの髪にはりついたオニグモをつまんで、そっと逃がしてやった。
山の中は言うまでもなく虫だらけで、さっきから俺の体にもアリが這っている。
葉っぱにはナメクジがうようよひっついてるし、草の隙間からはゲジゲジがコンニチワ。
こういうのがダメな人には、山菜取りはおすすめしない。
「ふぅ〜、ありがとうございました」
「エミリアは蜘蛛が苦手なのか」
「そういう訳じゃないけど、自分の見えないところを這ってたら怖いです」
「エミリア、山に来るときは髪はきちんとまとめてこんかい。だらしないからそうなるんじゃぞい」
「だって、昨日から髪留めが見つからないんです。リドルさんが作ってくれたお気に入りのものだったのに……」
「帰ったらよう探すんじゃ。ほれ、行くぞ」
「……」
「フィーアさま?」
「何でもない。また連れてきてくれよな」
「はい!」
デジャヴ。
なんか、こないだも誰かとこんな話をした気がするなぁ。
うーん……。
気のせいだな、きっと。




