第2話『憧れのネーフェの村へ』
幾人もの村人と、幾台もの荷車を引き連れて俺は村を出た。
村同士は時々行き来が(大抵はネーフェの村にとって気が重いものだった)あったこともあり、街道のような立派なものではないが、道はある。
長期的にネーフェの村人の腹を満たすだけの食糧を収奪させてもらうとなると、それなりの量になる。
面倒な仕事ではあるが、連れ添うネーフェの人々の表情は明るかった。
王子様がセトをやっつけてくれたから、暮らしはもっと楽になる。
もっと畑を広げよう。
もっと良い布を織ろう。
もっと良い酒を作ろう。
もっと良い鉄を鍛えよう。
もっと漁の時間を増やそう。
もっと家畜を育てよう。
もっともっと、今住んでいる村を立派にしよう──。
そんなことを男どもは口々に話し合っており、意欲に燃えていた。
どれだけセト・イシュマウルという男がこの地に住まう人々に悪影響を与えていたのか、改めて思い知ったのだった。
奴は劣悪な生まれで、奴なりに色々と背負って苦しんでいたのかもしれないが、俺は全く同情する気にはならなかった。
人はみんな、何かを背負って生きているんだからな。
まぁ死んじまったアイツの話はどうでもいい。
「着いたな」
「ですのう。お疲れさまでした」
道中何も危険な事はなく、ちょっと長めの散歩といったところだった。
俺のリハビリにちょうど良い運動だ。
首領と住人を失った罪人村は思った通り閑散としていて、何も知らない豚がブーブーと鳴き、あひるがトコトコ歩いてる。
「相変わらず、汚い村ですのう……やれやれ、我らから奪った家畜があんなところを歩いておりますわい」
「家畜も残してても仕方ないから、全部頂く。食糧庫はあそこだ。おそらくたんまりある」
「よし、者どもいくぞい。不当に献上させられた収穫物を、みな返してもらおうではないか!」
おおーっ! とかちどきの声があがり、誰もが遠慮することなく村の中へ入っていった。
罪人村はネーフェに比べてしょぼく、超汚い。
しかし食糧庫だけはかなり広くて立派なものだった。
建物のガワの話だけじゃなく、その中身も。
「小麦がいっぱいあるぜ、ジード。こっちは豆の入った袋もある。こっちは砂糖キビ。こっちは塩の樽だ」
「こっちには……豚肉の塩漬け、魚の塩漬けの樽もありますわい」
食糧庫の中には山ほどの小麦や豆類があり、点検すると保存食が詰まった樽も発見。
燻製した肉、肉や魚の塩漬けや油漬け、野菜の酢漬け。
それに干したキノコに、イモ類に、にんじんなどの根菜。
誰が作ったのか果物のジャムが詰まった瓶も棚にたくさん並んでいる。
ほとんどネーフェから奪ったものだろうが、思った以上に豊富な種類の食糧が貯蔵されており、量も十分。
これをこのまま腐らせておくのはあまりにも勿体ない。
「これだけあると、一回じゃ無理だな」
「ですのう。それに家畜も返してもらわなければいけませんわい」
「何往復になってもやるしかないな。よーし男ども、運べっ」
俺の合図とともに、次々に荷が積まれていく。
あっという間に一台の荷車が満杯になり、二台目に運び込む。
それも満杯になり、三台目、四台目……。
うーん、カラになるまでにはずいぶん時間がかかりそうだな。
「ジード、食糧だけじゃなく村の中も漁っていこう。とくに鉄、それに布類は貴重だ」
「ふぉっふぉっふぉ。まるで我らは山賊ですなぁ」
「この際転職するか?」
「いやいや、生きている者がおったらなかなかできる事ではありませんわい」
「生きてる者ならいるだろ、ここにも」
「はて? 罪人村のものは王子が全てうち滅ぼしたではありませんか」
「ボケたのかジード。俺の予想じゃ、そろそろ来るぜ」
「王子〜っ、それに村長! た、大変っスよ!」
「むっ」
「ほーら来た」
ニッキが食糧庫の外から慌てて走ってきた。
コイツはすっかりネーフェの村に溶け込み、みんなと仲良く作業を進めていた。
しかし、もともとはこの罪人村の住人だ。
「ニッキ。一体何が大変なんじゃ! まさか罪人が残っておったのか!?」
「は、はいっス。残ってましたっス……」
「なんじゃとっ!? 王子どの、出番ですぞぉっ!」
「そう慌てる必要はない。なぁニッキ」
「あ、はい。今走って来たのはクラウディアさんっス……」
「クラウディアねぇ……誰だか知らん」
「……あんたたちっっっ!! 私たちの食糧庫から勝手に食べ物を持って行こうってのは、一体どういう了見だよっ!!」
うら若き乙女が寝巻き同然の格好で、荷物を運ぶ村人を怒鳴りつけていた。
見つからないうちにさっさと済ませたかったが、さすがにそれは無理だったか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クラウディア、とニッキが呼ぶその女には前に会ったことがあった。
俺が初めてこの村に来た時、セトの隣で眠っていた女だ。
「……なるほどね。あんた、強そうだと思ってたけど本当にセトを殺ったんだ。それに、この村の男どもまで」
「嘘だと思うか?」
「実際にこうして戦いから何日も戻ってこないしね。信じるしかないよ」
セトの隣にいた時は憂いのある美人という印象を持っていたが……。
話をすると何と言うか……姉御ォ! って感じだった。
「それで? 今度はあんたたちが私たちを支配するつもり?」
「こっちとしては、お前らに干渉する気はさらさらない。安心しろ」
「良かった……ねぇ、みんな聞いた? 私たち、自由になったんだよ!」
彼女には村に残っている女性たちを集めてもらい、誤解が生まれないようきちんと事情を説明することにした。
集まった女たちはホッとしているのがほとんどで、中には涙を流して喜ぶ女もいた。
あるいは、何の反応もなかったりする女もいたが……。
辛い日々を送らされ、心を閉ざしてしまったのかもしれない。
少なくともセトの敵討ちとか言い出す女はおらず、特に愛されていた様子はなかった模様。
「王子様にはお礼を言わなくっちゃいけないね。これで私たちは、あのクソどものシモの世話から解放されるんだ」
「そーいう訳でだ。戦争が終わったのはいいが、こっちは食糧庫を焼かれてる。だからお前らの村にある食糧庫のものをすべて頂いていく」
「ちょっと待ってよ。あそこにあるものを持って行かれたら、私たちはどうやって暮らしていけばいいんだよ!」
「どうもこうも、自力で頑張れ。俺から言えることはそれだけだ」
「何だい、その言い草! ねえニッキ、この人本当に王子様なのかい!?」
「は、はいっス。間違いなく帝国の王子様っス……」
「その割には、優しさってものがないじゃないか。食べ物も家畜も持って行って、後は勝手にやれだなんて!」
「何度も言うが、それはもともとネーフェの村から持ってきたものだ。お前らに食糧庫の中身につべこべ言う権利はない」
「全てじゃないよ! いちごのジャムは私が煮詰めたものなんだから」
声を張り上げるクラウディア。
正当性は確実にこちらにあるのだが、確かに食料をすべて持って行くというのは情が無さすぎるかもしれない。
となれば、そうだな。
「じゃあ分かった。いちごジャムだけ置いてく」
「いちごジャムだけでどうやって生きて行けって言うんだよ!」
「あと釣り竿を置いてってやる。それで三食、魚食え」
「体中が生臭くなっちまうよ!」
「ま、まあまあ王子どの……ワシからも話をさせてもらっても宜しいかな?」
「ああ」
一向に話が進まないのに業を煮やしたのか、ジードが口をはさむ。
こういう場合は俺よりもジードの方が丸く収められるかもしれない。
老獪な村長の話術に期待だ。
「……ジード村長だね。何度かセトのところに来ていたのを見たことがあるよ」
「クラウディアとやら。お主らもずいぶんと辛い目に負うて来たようじゃの」
「まあね。もともと娼婦だった私はともかく、他の女たちはよっぽど辛かっただろうさ」
「ワシらもじゃよ。苦労して育てた作物も家畜も取られ通しで、この3年間、暮らしを維持するのがやっとの有様じゃった」
「……知ってる。でも、それに私たちここの女が加担したと思わないで欲しいよ」
「分かっておる。お主らもこの地で生きるために必死だったとな」
「ネーフェって言う、ここよりもずっといい村があるのは聞いてたよ。最初にそっちに拾われたらってどんなに願ったか知れないよ!」
「ふうむ……」
「だけど、私らはセトに拾われちまった。ネーフェを知ったのはずいぶん後だった……私だって、何度ここから逃げようと思ったことか……」
俺からすればただ山奥にある普通の村でしかないのだが……。
彼女たちにとってネーフェは楽園のような憧れの存在だったらしい。
「どうして逃げなかった。本当はセトのところで楽々してたんじゃねーのか」
「逃げたって連れ戻されるに決まってる。それに、罪人の私たちをネーフェの村が受け入れてくれるはずがない……!」
「その通りじゃのう。ふぉふぉふぉ」
「王子どの、ワシの真似をするのはやめてくださらんか……」
「まじめな話中っスよ……」
「空気が重すぎるんだよ」
クラウディアは涙ぐんでいるし、それにつられて他の女たちもシクシク泣き出した。
はっきり言ってこういう状況は苦手であり、じんましんがでる一歩手前だ。
ジードも困っていたが、やがて何かを決心したように口を開いた。
「……クラウディア、そして他の者も。それほどまでに住みたいのであれば、ネーフェへと来るが良い」
「えっ……」
「我らの村では、もう体を提供するような真似をせんで良い。村人はみな穏やかじゃ。心と体を休める広場もあるし、教会もある。憩いの場になる酒場も作った」
「ほ、本当に……本気で言ってくれてるのかい!?」
「大工に、お主らの住む家も建ててもらおう。煉瓦造りの素敵なものをな。仕立て屋には、そんな擦り切れそうなボロじゃなく、新しいドレスも縫ってもらえるじゃろう。村に馴染むことができれば、友人も、やがては生涯の伴侶もできるじゃろう」
「わぁ……夢じゃないよね。行くよ、私。ねぇみんな、絶対に行くよね!」
「お主らが過去に侵した罪は問わん。ただし、ネーフェの村では一生懸命働くこと。そして、決して他人に迷惑をかけないことじゃ」
「うんうん、分かってる!」
「おいおい……」
盛り上がってるところ悪いが、さすがに一言言わざるを得なかった。
歓喜に沸く女をよそに、こっそりとジードに耳打ちをする。
「ジード、よく考えろよ。女でもこいつら咎人だ」
「分かっております。分かっておりますが、ここにこのまま捨て置いたらどうなります?」
「いずれ他所の男どもが嗅ぎ付けるだろうな」
「そうなれば、彼女たちの暮らしはまた逆戻りになるでしょう」
近くにはオズマというのが首領の集落もあるはずだ。
やがてはセトが死んだことに気付き、この村の女を犯しだすだろう。
そう考えるとなんかムカつくので、確かにネーフェに連れ帰った方が彼女たちのためにはなる。
ここにある食糧を持って行くとかいかないとか、そういう議論も不要になる。
「しかし、本当に罪は問わないのか?」
「問えば不毛な議論に繋がるでしょう。殺人犯は駄目で、詐欺犯は良くて……など、ワシらにはそもそも決められません」
「それもそうか……」
「村人にも詮索はしないよう厳しく言いますゆえ。大事なのは過去ではなく、未来ですからのう」
ニッキみたいな例もあるから、一概に何が正しく、何が悪いかを決めるのは難しい。
だから罪人は全く受け入れないのが一番楽だ。
だけど心優しいジードは今回、受け入れるという選択肢をした。
村長が覚悟をもってそう決めたのなら、俺がしゃしゃり出て口をはさむことではない。
「みんな、引っ越しの準備だよ! 荷物を持って、憧れの楽園・ネーフェに移住だよ〜!」
「めっちゃ張り切ってんなぁ」
「ふぉふぉふぉ、そこまで住みたがってたとは思いませんでしたのう」
口をはさむつもりはないが、少し安易に決めすぎたかもしれない。
だけど、ここに住む女たちはセトのもとで辛い日々を送り、過去に犯した過ちを後悔したはずだ。
ジードはそう願っているし、俺もそうであって欲しいと思う。
……だけど、もしかしたらそうじゃない人間もいるかもしれない。
バカは死ななきゃ治らないとか、三つ子の魂百までとか、そういう言葉がこの世にはたくさん溢れている。
その理由を、そう遠くない未来に俺たちは思い知ることになった。




