第29話『私の○○をあげるから』
「ぐ……ゲホッ……カハッ……!?」
「おやおや、……さすがだね。まだ生きてるよ」
初撃の風圧で肺が潰れたのか、うまく呼吸ができない。
真空の刃に切り刻まれた体が痛みで悲鳴を上げている。
今のは何だ?
まさか、セトの魔法か──?
「格好悪い泣き真似までさせてくれちゃってさぁ……この借りはフィーア君、高くつくよッ!!」
「ぐぁっ!」
「このっ、このこのこのこのっ! 痛いかい? 痛いだろう? 痛いって言えよ!!」
剣を手に持たないセトだが、代わりに蹴りが飛んできた。
転がったままの俺を容赦なく蹴り上げ、蹴飛ばし、その度に俺は呻いた。
気の済むまで蹴ったかと思えば、今度は汚い靴でガンっと俺の顔を踏みつけた。
「不思議かい? 僕に魔法が使えるとは思わなかった?」
「セ……ト……」
「種を明かせば、簡単さ。君と同じで僕にもエルフの血が流れている」
……なるほどな、そういう事か。
コイツの人間離れした強さもそれで納得できた。
その可能性には、もっと早く気付くべきだったかもしれない。
そんな事より、今はただただ全身が軋んで痛む。
出血の量は多く、下手したら失血だけで楽に死ねる。
これは、本当にヤバい。
さっきとは逆で、今度は俺が時間を稼がなくては。
今がどんなに絶望的で、無意味な事であっても──。
「もっとも、僕は君のように母から瞳の色すら受け継がなかったけれど」
「ゲホッ……くは、はぁ、はぁ……!」
「苦しそうだねぇ。しかし、僕の風迅をあれだけまともに食らって生きているとは驚きだよ」
「は、母親は……?」
「知らない。僕が生まれたと同時に、その身を悲観して死んだらしい」
「悲観……どういう事だ……?」
「戦争のさなかにマールバニア軍人の父とその仲間に捕らえられ、来る日も来る日も輪姦され続けた。ただのエルフの村娘が、ある日突然兵士の性欲を受け止める肉便器となったって訳!」
「……悪いが、お前を生む前に死んでくれりゃ良かったな……」
「エルフたちは自死を禁じられているからね。死んだのも産後の処置が適切じゃなかったからだろうさ」
「あっそ……ゲホッ……くはぁ、はぁッ……!」
「父が誰かは、強姦者の中の一人としか分からないんだ。どうだい? こんなに素晴らしい事ってあるのかな!? かなかなかなかなっ!!!!!」
「うあッ!! がッ、ぐふッ……!」
馬乗りになってセトが殴りつけてくる。
殴打には全く手加減というものが感じられず、奥歯が一本飛んでいった。
鼻血が酷く、呼吸がさっきよりもずっと苦しい。
野郎……調子に乗りやがって。
「フィーアさま! セト、もうやめてっっっ!!」
「も、もう勝負はついたでしょ! 王子様を離してよ!」
「卑怯っスよ!! さっきまで負けを認めてたじゃないっスか!」
「王子どのの与えた慈悲を逆手に取り、何という卑劣な……恥を知れ!」
「黙れっっっっっっ!!!!」
村人たちに向かって、セトの魔法が飛ぶ。
風迅と呼ばれたその魔法は村人に当たることはなかったが、代わりに家を一軒、粉にした。
あんな威力のものを俺はまともに受けたのか。
……ありがとうな、ネク。
お前のおかげで何とか命拾いしたぜ。
だけど生きていても、次の瞬間はどうか分からない。
今や俺の命運は完全にセトの手中に握られていた。
それが現時点で良い方向に向かう気配は、全くない。
「かくしてセト少年は、あっという間に性根がねじ曲がり、今のような境遇に堕ちていったという訳さ」
「戦争中の国じゃあ良くある話だな……くはッ……!」
「どうもエルフと人間の混血っていうのは、両親の悪い特徴が受け継がれやすいらしいんだ。君も身に覚えがあるんじゃないか?」
「……ああ、確かにそうだな……」
人間に比べ怠惰なエルフの特性と、エルフに比べはるかに強欲な人間の特性。
そのどちらも受け継いでいる事には自覚があった。
「つまり僕と君は似た者同士だ。初めて会った時からビビッと来たよ」
「似た者なら、助けてくれてもいいんじゃないのか?」
「ッ……! クク、アッハッハ! フィーア君、もしかして僕に命乞いをするかい?」
「……してみようかな」
「アーーーーーハッハッハ、ヒヒヒ……いいよ、やってごらんよ! うまく出来たら、僕の部下にしてあげる!」
「ぺッ!」
「うっ!?」
血混じりのツバを吐きかけた。
その瞬間、高笑いしていたセトの顔が怒りに歪んだ。
「帝国流の命乞いだ。お気に召さなかったか?」
「このっ……僕の顔に、顔にぃいいいいっ!? このゲロカス王子ッッッ!」
「ぐあああああっっ!! げっ、が、んぐっ……!!」
ブロー、ブロー、ブロー。
怒りに身を任せていても、セトの重い一撃は的確に人間の急所を狙ってくる。
そのすべてをまともに貰っている俺は息も絶え絶え、ほとんど死にかけの虫だ。
気が済むまで殴ると、セトは片手で俺を持ち上げ、べしゃりと地面に投げ捨てた。
「もういいよ。君みたいな部下がいると、夜もゆっくり眠れなそうだからね」
「はぁっ、うぅ……っく、はぁ、はぁっ……げっ……ほ……!」
「フィーア君を殺すのは、手ごたえが欲しい。美しく斬首刑にしてあげるよ!」
セトはそう言って自分の剣を取りに行った。
どれほどその背が隙だらけでも、俺からの反撃はもう無い。
俺はもう指一本動かすのさえ困難だった。
惨劇を見守る村人は恐怖に固まり動けない。
ジードもニッキもリーゼも──泣き出しそうな顔をしてこちらを見つめている。
……何だか村人には余計な事をしちまった。
俺の予想よりもずっとセトは知略に長け、強かった。
セトには唾を吐きかけたが、ネーフェの村人にはあの世で土下座して詫びるしかなかった。
「フィーアさま……」
「……エミ、リア……」
死を覚悟した俺の目に、エミリアの姿が映った。
この島で初めて会った女の子。
帝都でも見ないような美しい容姿。
昨日のキスの続き、したかったな。
頼むから、あの世まで奇麗な体で来てくれよ──。
「フィーアさま…………」
「……?」
「私の……あげるから……」
何か、顔を赤らめてもごもご口ごもっている。
言いたいことがあるなら早く言ってくれ。
じゃないと俺、お前の最後の言葉を聞く前に殺されちまうぞ。
「わ、私の初めてをあげるから……勝ってくださいっっっっっっ!!!!!!!!!」
「……はぁ……??」
エミリア、お前。
この状況で一体、何を言ってるんだ……。
当然、村人全員の視線がエミリアに集中。
言ったエミリアは茹でだこみたいに顔を真っ赤にした。
何せ剣を取りに行ったセトですらあんぐりと口を開け、広場中の時が止まった。
そんな静寂の中、ヤケクソみたいにエミリアが叫ぶ。
「セトなんかに負けないでっっっ!!!! フィーアさま、絶対に死なないでっっっ!!!」
「……前から思ってたけど……やっぱ、エミリアってどっか天然で、面白いよなぁ……」
「フィーアさま!」
「大丈夫……! さっき言ったこと、忘れんなよ……!」
「何……!?」
もう二度と立てないと思ってた体にムチを入れ、剣を杖にしてよろよろ立ち上がった。
もはやボロ雑巾同様だが、まだ辛うじて手も足も動く。
対するセトは、俺に剣を飛ばされただけでほぼ無傷。
スタミナはそれなりに消耗しているようだが、優劣は明らかだ。
この状態で剣での勝負は分が悪いどころか勝負にすらならない。
魔力はカラッカラ、完全な出がらし。
だけどこれが終わればエミリアの大事な大事な処女を頂くんだ。
なら俺も、それなりの代償を支払わなくっちゃいけないよな。
「……僕にあれだけ殴られて立った人間は初めてだ。あぁ、君は半分、人間じゃないからね」
「セト、なぜエルフ族だけが魔法を使えるのか、知っているか……?」
「は?」
「俺はな、母さんからそれを教えてもらった……」
俺は遠い昔、母親から教わったことを思い出した。




