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第28話『命乞い』


 「ネクッ……おい、しっかりしろッッッ!」


 「うぅっ……ッ……!」


 ネクは共に犠牲になった者たち同様、幾本もの矢で体を貫かれていた。


 罪人の中には今の攻撃で絶命したものもいる。

 セトの野郎──仲間を仲間とも思ってないのは承知していたが、ここまでするのか。


 「お、おおお王子……すみません。やや、やられちゃいました……」


 「無理にしゃべるな!」


 「ぼ、僕……し死んじゃいますよね……? めちゃくちゃ痛いですけど、傷はふふ深いですか……」


 「弱気になるな! ツバでもつけときゃじきに治る」


 「そ、そうですか……良かったぁ……」


 倒れて槍を手放したら、さっきの黒ネクモードからいつものネクに戻ってしまった。


 傷は……護符のおかげで致命傷には至っていない。


 しかし一刻も早く治療が必要な状態であることには間違いなく、このままここに放置しておくわけにはいかなかった。


 だからと言って今ここを離れるのを、セトの野郎が見過ごすはずもない。


 ならば──。


 「さぁ~、これでもうネクは盤外の駒だ! 早く治療しないと危ないよ」


 「セトてめぇ……ふざけるのもいい加減にしろよ」


 「仲間がやられて怒っているのかい? 意外とエモーショナルなところがあるね」


 「言っとくが、お前のやり口には最初からブチ切れてるぜ」


 「ククッ、なら君はどうする。次にどう出る?」


 「今すぐお前ら全員殺す。それでこの腐れたゲームは終わりだ」


 「へぇ~、どうやって?」


 「こうするんだよッ! 『火弾(ファイアボルト)』ッッッッ!!!!!」


 「何っ……!?」


 ネクの受けた傷を考えると、もう一人一人と切った張ったをやっている時間は無かった。


 俺に残る全魔力を指先に集中。


 セト含め、相手は残り10人。

 俺の十指全てから強烈な勢いで火球が飛び出していった。

 それは明らかに俺に残された魔力を超えており、代償として気力と体力を大きく持って行かれる。


 「うごぁッ……!」


 「ぎゃッ!!」


 「魔法……か!? フィーア君、君は本当に素晴らしいよ!!」


 「るせぇッ!!」


 火球は次々に罪人たちに着弾し、瞬時に死に至らしめ、あるいは戦闘不能にした。


 目の前が暗くなり、四肢が脱力する。

 体の一番奥深く、感覚のない場所から何かが奪われる嫌な感触。


 これはセトとの戦いに残しておきたかったとっておきだったが、この際そんなことも言ってられなかった。


 頭を振って気力を振り絞り、広場に設置しておいた簡易式通信機へと走る。


 戦いの場になるであろうところにはすべてこうして準備してあった。

 なんて、自分の先読みのセンスの良さに己惚れている余裕はない。


 「ニッキ、いるか……!」


 『王子っ! はい、いるっス!』


 「広場での戦いでネクが負傷した。傷は深い。見張りはもういいから、ネクを助けに来てやってくれ……」


 『えぇっ! は、はい分かったっス!』


 「モタモタしてたらネクが死んじまう……もう村の中に敵はいないから、村人にも声を掛けて手伝わさせろ」


 『マジっすか! じゃあこの戦いは王子が勝ったん?ね!』


 「あぁでも……残念だがもう一人だけ残ってるな……」


 『えっ……!?』


 「そいつは俺が片付ける。とにかくお前はできるだけ村人を連れて広場に来い……」


 『せ、セトっスか……? っていうか王子、声がおかしいけど大丈夫っスか……?!』


 「うるせえっ! いいから急げ。通信終わる……」


 ニッキと話をしているだけで気を失いそうだった。

 だが、こんなところで気絶してたまるかよ。


 もっとも最後に残しておきたくないヤツだけを、しっかり残しちまったからな。


 「ふぅ……今のは危なかった。死ぬかと思って、ちょっとだけゾッとしたよ!」


 「躱しやがったのか……悪運の強い野郎だ」


 「フィーア君は、僕を殺したさゆえに狙いを丁寧に定めすぎた。おかげで少しの時を稼げたよ」


 渾身の火弾だったが、残念ながらセトにだけは当たらず背後の民家に直撃した。

 畜生……実は、今の一撃に全てを賭けてたのになぁ。


 「どうやらこちらに運が向いてきたようだね。この戦い、悪いけど僕の勝ちだ」


 「どうしたらそんな発想に辿り着く? お前以外の人間は全員死んだ」


 「所詮ただの奴隷さ。奴隷が何人死んだって構わない。最後に僕が生き残っていればいい」


 「そして、孤独で惨めな裸の王様か」


 「ここは罪人島だ。今日も明日も、罪を犯した愚か者が次々に運び込まれてくる。僕はその中から適当に見繕い、新しい奴隷を手に入れる」


 「そのうち刺されるぜ。王を殺すのは、いつだって奴隷の一刺しだ」


 「王族だった君が面白い事を言うねぇプククッ!」


 「王でも何でもねぇ薄汚い咎人のお前は、今ここで俺に刺されるけどなッ!」


 「さぁ、やろうよ。ここからが僕の君の、ホントのホントの殺し合い!」


 剣を構え、セトは猛然突っ込んできた。


 どうする、攻撃を躱すか、受けるか。

 普段なら簡単な判断も今の俺には難しかった。


 迷っているうちに躱すという選択肢は消え、眼前に迫ったセトの剣撃を受け止めた。


 「ぐっ……!」


 「ほらほら、どうした! さっきまでの勢いはどこに行っちゃったのぉっ!?」


 「野郎……!」


 セトのスピードは凄まじい。

 一時に無数の斬撃が俺を襲い、それを辛うじて剣で受け、耐える。

 そして受ける両手がじいんとしびれるほど一撃が重い。


 やはり、伊達に罪人どもを掌握していた訳じゃない。

 この男は本当に強い。

 触れたら致命傷になりそうな勢いの攻撃が四方から降ってくる。


 反撃に出るチャンスを見つけられないまま、俺は耐え続ける。


 「魔法を扱えるのは、血筋のおかげ? 君の瞳はまさにエルフのそれだからね。君を殺したら、その美しい目玉だけは保存しておいてあげる」


 「俺はてめえの金玉を魚の餌にしてやるよ」


 「ふふふ……使いなよ、魔法。さっきみたいなキッツいのを僕にお見舞いしてくれよっ!」


 「ガタガタうるせえんだよっ! 喋るか斬るか、はっきりしやがれ!」


 「分かってる。魔法ってのは限度があるからね。今のフィーア君は空っぽ、カラッカラの酒樽だ!」


 「くっ……!」


 セトは軍人だっただけあり、魔法の長所も短所も理解していた。


 強くて便利な魔法は、一言で言うと燃費が悪い。

 俺のようにめちゃくちゃに放てばすぐガス欠になり、詠唱者はただのカカシ同然になる。


 「それに、男と男の勝負はやっぱり剣だよ剣。魔法でドンじゃあ張り合いがない!」 


 ベラベラとしゃべりながらも、躍りかかるセトに隙は無かった。

 俺が体力を消耗していることを差し引いてもこの男は強い。


 バックステップで距離を取り、呼吸を整えようとした。

 しかしセトはそれを許さず、敢然と距離を詰めてくる。


 そして、閃光が走るような一撃。


 「うぁっ!?」


 「はっはぁ~、斬っちゃった斬っちゃった! フィーア君のお腹、血まみれだよ」


 躱しきれず、閃撃が俺のわき腹を掠めた。


 じわりと服に血が滲み、続いて焼けるような痛みが走る。


 なんだよネクの作った呪符は……。

 加護が足りねーんじゃねーのか、加護が。


 ちらりと転がっているネクに目をやると、まだ規則正しく呼吸をしている。


 早く助けに来い、バカニッキめ。


 あいつが来てくれない事には、勝負を賭ける一撃を放てない。

 もしもそれが失敗したら、すぐさまネクが犠牲になるからだ。

 だから今はひたすら耐えに耐え、力を溜めて、時を待つ。


 そして、ついにその時が来た──。


 「王子~っ!! 来たっス!」


 「……ニッキ! おっせーんだよお前は!」


 「王子が村人をいっぱい連れてこいっていったっスから。とりあえずほぼ全員呼んだっス」


 「はぁっ!?」


 「うわぁ……催し物みたいにギャラリーがたくさん! どんな趣向だい?」


 「知るかっ!」


 俺の言い方が悪かったのかもしれない。

 ニッキの奴はなぜか村人を全員広場に連れて来ていた。


 ジードも、エミリアも、リーゼもその両親も、村の幹部も、心配そうな眼差しをして俺を見つめている。


 「応援の要請っスよね。ここぞってときは、やっぱり誰かの応援が必要っスから」


 「ちげーよ! ネクを助けるためにできるだけ人手がいるって言ったんだ!」


 「あ、ネクさんっスね。そっちは任しといてくださいっス!」


 幸いにもネクは俺とセトから離れていたので、ネクの救出は容易だった。

 即席でできたような粗末な担架に乗せられ、無事に村の中へと運ばれていく。


 ……これで、あの有能な鍛冶師を失うことは無くなった。


 俺はほっと一息、安心してセトへ向き合った。


 「フィーア君に公開自殺の趣味があるとは思わなかったよ」


 「何の話だ?」


 「だってそうだろう? この状況。子供たちのトラウマになっても知らないよぉ?」


 「道徳的教育として良いかもしれないぜ。悪がどれだけ惨めな死を迎えるか、目の当たりにできるんだからな」


 「ふん……それはどうかなぁっ!」


 話は終わりとばかりに斬りかかってきた。

 それをギリギリのところで身をひるがえして回避。


 不思議と、俺の体はさっきよりも良く動く。

 めちゃくちゃに魔法を撃ってから時間も経ち、体力が回復し始めたのかもしれない。

 しかし、おそらくそれだけではない。


 「お~う~じ~さ~ま~! 頑張って~~~っ!」


 「フィーアさま、避けてっっっ!!!」


 「王子どの……! どうか、ご無事で……!」


 「ラズヴァート様!!!」


 「王子様ぁーーー!」


 ……なんだよ、みんな。


 すぐに終わらしてやるから、そんな心配そうな顔、すんな。


 ネーフェの村人の応援は、少なからず俺の力になっていた。

 何より、王子としての見栄もある。


 帝国の王子として生まれたこの気高き俺が、こんなクソ雑魚悪党に負けていいはずがない。


 「……人気者だね、フィーア君は。村に来て間もないって言うのに、ずいぶん素敵な歓声があがるじゃないか」


 「ヒーローってのはそういうもんだ。いつでもどこでも、誰にでも愛される」


 「僕も、ずいぶんマールバニアの国民を守ったつもりだったけどね。怖がられるばかりで、そんな風にもてはやされたことなんて無かったよ!」


 「そりゃお前の性格がクソだからだ」


 「ハッ! 自覚してるよ! だが、それが何か? 僕の功績と何の関係が!?」


 「いっけー王子っ! セトなんかやっつけろー!」


 「おーう、ガキども、任せとけ!」


 「僕との話の途中だろっ!?」


 自分をないがしろにされると必要以上にキレる。

 自分のした事ばかりを称え、他人の事は駒扱い。


 そんな奴が何をしようが認められることは無い。

 たとえ地の果ての無法地帯、罪人島であってもだ。


 「おーうーじっ! それ、おーうーじっ!!!」


 「まだ足りないっスよ! 声が小さいっス!!」


 「おーーーうーーーじっ! おーーーーうーーーじ~~~っ!!」


 「ニッキ、いい加減うるさすぎるんだよ!! 黙って見とけ!!」


 「そういう訳にはいかないっスよ!!」


 しまいには村人全員からシュプレヒコールがあがる始末。

 正直、うるさすぎて目の前の戦いに集中できない。


 だが、悪くない。

 悪くないどころか、とってもいい気分だった。

 目立ちたがりの俺はノリやすい性格をしているからだ。


 押されていたつばぜり合いも、次第に互角に戦えるまでになっていた。

 これは歓声が力になっただけじゃなく、セトに疲労が見え始めたことも大きい。


 セトは、余裕をぶっかましてめったやたらに剣を振りまわした代償を今になって払う羽目になっていた。


 「くっ……しぶといね、君も……! そろそろ僕、飽きてきちゃったよっ!」


 「いいぜ、そろそろ決着をつけようじゃねーか」


 間合いを取ったセトは最上段に剣を構えた。

 勝負を決める一撃を放つつもりだ。


 対する俺は脇構えを取り、セトの攻撃を誘った。


 「なんだいそれは。まさか僕から後の先を取れるとでも?」


 「さあな」


 「喰らわないよ、反撃は」


 「そう思うなら、かかって来いよ」


 「ハッ……! これで終わりだねッッッ!!!」


 セオリー通り、セトは脇構えで隙だらけの俺の半身を狙ってきた。


 確かに俺の狙いは後の先──カウンター狙いだった。

 斬りつけて来たセトのほんのわずかな隙を狙い剣を振るう。


 「喰らわないって言っただろッッ!!!」


 「……バーカ」


 「なッ……!?」


 ……ギイイイイイインッと、耳障りな金属音が広場に木霊した。


 俺の狙いはセトではなかった。


 狙いは、はじめからセトの持っている剣だ。

 御大層な飾りをまとったその剣が、くるくると回って広場の端へ落ちた。


 剣ごと弾き飛ばされたセトは、無様に地面に尻もちをつく。

 俺はそのセトの鼻先に剣を突きつけた。


 「勝負ありだ、セト」


 「……いやあまさか剣だけを狙ってくるだなんてね。ハハ、参ったなぁ~……」


 「や、やった……っス」


 「フィーアさまッッッ!!!」


 「おぉ……何とっっ……!!」


 「王子様が……勝ったーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 勝敗が決し、村中の人々が沸き、どっと歓声を上げた。


 リーゼとエミリアが抱き合って喜んでいる。

 ジードはウンウンとうなずき、ニッキはなぜか号泣している。

 本当に気持ち悪い奴だなあいつは……。


 だが本当の意味で勝負はついていない。

 俺はただ、意表をついてセトの剣を飛ばしただけなのだから。


 「さぁ、セト。悪いがこのまま終わらせてもらうぜ」


 「……命乞いを聞いてくれそうにはないね」


 「ない」


 「せめて、最後に話だけでも聞いてくれないか。僕の生い立ちとか、興味ない?」


 「ない」


 「じゃあ……せめて、死に行く前に懺悔を捧げさせてくれ」


 「駄目だ」


 「頼むよ! どんな重い罪を犯した罪人だって、それくらいは許されるだろう?」


 「お前に限っては、許されない」


 「お、お願いだよ……罪深い罪人のまま死にたくないんだ。僕だって、好きで罪人になってこうしている訳じゃないんだッッ!!」


 「知るかよ、そんな事」


 「ねえジード! 村長の君からも何とか言ってやってくれよ! た、頼むよぉ~~……」


 しまいには惨めったらしくおいおいと泣き始めた。

 まだ殺し合いをしていたさっきの方がホネがあって良かった。

 こんなやつに支配されてたと知ったら、死んだ罪人たちも浮かばれない。


 「ねえったら! このままじゃ僕、この広場に化けて出るよ! そんなの君たちだって嫌だろう……?」


 「……ジード、どうする」


 「う、うむ……化けられても困ります。祈るくらいは、許しても良いのでは?」


 「ほら! 村長がそう言ってるよ」


 「……30秒で済ませろ。妙な動きをしたらぶった斬るからな」


 「ありがとう。……動かないよ、約束する」


 そう言ってセトは、素直に胸の前で手を組んだ。


 ま、祈るくらいは構わないか。

 死刑になる罪人でさえ、最後は神父を呼んで祈りを捧げる訳だしな。


 「……天高く舞い上がれ……原初の風霊の力よ……」


 「おい、あと15秒だ……?」


 なんか、変わった祈りだな。

 こんなのがマールバニア風の……。


 いや。


 これは何か違う──!


 「その怒りを我らに示せ。大気に潜みし太古の刃──」


 「ッ!!! この……クソ外道がぁッ!!!!!」


 「僕の勝ちだ!! 『風迅(デッドショット)』ッッ!!!!」


 「かはッ……!?」


 大砲みたいな風圧が俺を襲い、空高くへと吹き飛ばす。

 そして俺は、なす術もなく硬い地面に叩きつけられた。


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