第27話『凶弾に倒れて』
俺が広場に着いたのと、ネクが現れたのはほぼ同時だった。
ネクはほとんど普段通りの格好をしており、物々しく武装したりはしていない。
その身を守るのはミスリル製の籠手と胸当て、それだけだ。
「軽装だな、ずいぶん」
「王子こそ完全な無防備じゃないですか。言ってくれたら何か用意できたのに」
「動きやすい方が良い。当たらなきゃどうってことないんだ」
「あなたならではですね。ですが、万に一つでも死んでもらっては困ります」
「何をする……うひゃひゃ、くすぐったいな」
ネクは一枚の符を取り出し、名札よろしく俺の胸に張り付けた。
何だかめちゃくちゃ格好悪いんだが、こいつが無意味な事をするとは考えにくい。
呪符はぼうっと光ったかと思えば、ぴたりと服に張り付き、剥がれなくなった。
「これは?」
「鍛冶神に毎日祈りを捧げて作り上げた、霊験あらたかな呪符です。これがあれば仮に即死の傷を受けても、命に関わりかねない怪我で済むでしょう」
「霊験あらたかな割りにはスゲー気休めだな」
「本来、神の加護を受けた武器防具というのは易々と製造できるものではありません。特殊な設備や人材を用意し、供物や呪文を捧げて複雑な手順の儀式を行う必要がありますからね」
「それは知ってる」
「呪符は、それらを『神様が気づいてないうちに実はやりました』という呪文を書き、後は祈って張るだけで済むようにできたお手軽お気楽なものです」
「それも知ってる」
「簡易化の代償として、本来の受けられる加護よりもはるかに弱まります。ですが、無いよりはマシです」
「分かってるよ」
別に文句を言ったつもりはない。
これはネクの気持ちだ。
効果が無いわけではないし、ここはありがたく加護を受けさせてもらうとしよう。
そんな訳で、俺の防具は『貴族の服・神の加護付き』にランクアップした。
「さ、王子。セトたちが今に来ますよ」
「あぁ。この広場は見通しが良くて戦いやすい。ここで一気にケリをつけるぜ」
「ここはネーフェに住む人間の、唯一の憩いの場です。子供たちはこの広場を中心に遊び、大人はここでたわいもない会話を楽しみます。何をするでもなく日向ぼっこをする老人もいます。もともとも植わっていた木を活かした景観を、僕も気に入ってます」
「そんな場所を戦場にしちまった。すまない事をしたな」
「文句ではありません。この戦いが終われば、記念碑がきっとここに飾られる事でしょう。もしくは、あなたの銅像かもしれない」
「銅像の場合はネクに発注か?」
「可能性はあります」
「今のうちに言っておく。イケメンに作れ」
「銅像は作ったことがないですからね。悪いけど保証しかねます」
そう言って、二人で笑いあった。
ネクがここにいる限り負ける気がしなかった。
さあ、来るなら来いセト。
奴は決して美味しいところを逃さないタチだ。
そろそろ、自分自身が暴れたくってウズウズしているはずだ──。
「来ました、セトです」
「あぁ……」
南東にあるハの門から、部下を率いたセトが悠々と、易々と村へ侵入した。
イの門の戦いから罪人たちが増えている様子はない。
おそらくこれがセトに残された最後の手駒だ。
「……あれぇ? どうして僕たちが来る方角が分かったのかなぁ?」
「さあな」
「ああ、きっとさっきの鐘の音だね! 北の門に到着する前にも鳴った。なるほど、これなら僕たちの行動は筒抜けだ!」
待ち構えている俺たちに気付き、セトは嬉しそうに笑った。
自分たちの来る方向がバレていてもさほど気にする様子もない。
今となっては案じても栓無き事だからだ。
そして、これから始まる戦いを有利にも不利にもするものでもなかった。
「お前のお友達は全員逃げてったぜ、セト」
「ここへ来るまでに見たよ。もう少し時間を稼いでくれると踏んでいたのに、さすがに少し計算外だ」
「危ういところだったが、ネクのおかげで助かった」
「ネク? へぇ〜、君、鍛冶師なのに戦えたのかい? いっつも小鹿みたいに震えてるイメージしかなかったけど」
「セト。王子一人で戦うというルールは、反故にさせてもらいますよ。僕もあなたと戦います」
「いいよぉ別に。一人殺すのも、二人殺すのも一緒だ!」
「ネクは強いぜ。もしかしたらお前よりもな」
「ふぅん……それじゃ、どれほどのものか試させてもらおうか。言っておくが、今度はさっきとは違うよ!」
セトがそう言って手を振ると、それが合図となって30人ほどの罪人が動き出した。
だが、むやみやたらに攻めかかってくるわけじゃなく、セトを底に置いた逆三角形となる。
「王子、これは……?」
「鶴翼の陣だ。たった二人相手にずいぶん慎重だな」
「ふふふ……行くよ、行くよ行くよ行くよ。楽しい楽しいラストバトル!」
「来るぞネク!」
「はい!」
「さあ殺せ、殺せ殺せ、次こそ殺せ殺せ殺せ殺せ殺っちまえええっっ!!!」
気狂いみたいに叫ぶセト。
同時に、両翼から罪人たちが数名飛び出し、俺とネクに襲い掛かる。
ネクが持つ武器は──槍。
鍛冶師だから当たり前だが、本当に武器の特性というものを良く分かっている。
さっきみたいな狭い場所では長い槍は不利だが、こうした広い場所では剣よりもはるかに戦いやすい。
相手と十分な間合いを取れるし、剣よりも扱いが楽だ。
小柄なネクは、自分の身長よりもずっと大きな槍を持って相手と対峙している。
その横顔には不敵なものが浮かび、不安を全く感じさせなかった。
「っ、この眼鏡野郎……! だが、こんな槍くれえっ……!」
「懐に飛び込めば何とかなるとでも? ……甘いですよ」
「うぐぁあああっ、てめ、えぇ……!」
「武器が一つだけだと誰が言いましたか?」
短剣で肝臓のあたりを一突きされ、男はあっけなく地面に沈んだ。
槍で距離の優位を稼ぎながら戦い、近づかれたら短剣。
ネク自身の手で鍛え上げられた武器であるからには、切れ味は申し分ない。
俺は自分に襲い掛かってくる敵と戦いながら、ネクの戦いぶりにすっかり感心してしまった。
これなら、存分に自分の戦いに集中できそうだ。
「おああああああっ!!!」
「がっ!?」
「さあ次だ、次を出せよセト!」
「ふふ、全く君たちには驚きだよ。ピリッポ、サリッサ、ベルシア、行けぇっ!」
「へいっ!」
三人の罪人が俺に向かって突進してきた。
奴らが辿り着くまで待っているほど、俺は気が長くない。
意表をついてこちらから向かう。
俺の行動を予想してなかったと見え、敵はその足が止まった。
「う、わっ……! ぐぅううう……っ!?」
俺の剣が罪人の体に食い込む。
食い込んだ先から血が滴り、抜くと鮮血が迸る。
それが致命傷であること悟るとともに、罪人の目から光が消えた。
「さあ、次っ! 来いよほらっ!」
「くっそおおおおおおっ!!」
俺の剣撃を受け流し、飛びずさる。
同時にもう一人の男が剣を構えて突進してきた。
反撃に転じる前に攻撃を躱し、一息入れて呼吸を整えた。
「すばしっこいガキだ……! 当たらねぇっ!」
「一緒に行くぞ、ベルシア!」
「おうっ!」
鋭利な剣の切っ先が弧を描き、俺の鼻先に迫る。
二人同時にかかってこられたからと言って、こちらが二倍不利になる訳じゃない。
いっそ気を使わないで済む分、一人で剣を振るっている方がマシな事もある。
彼らの即席のコンビネーションは全く機能せず、一人と戦ってるとほとんど変わらない。
「せめて、一人は俺の背後に回ったらどうだ? 頭に血が上ってるからそんなまで考えが及ばないのか?」
「はぁ、はぁ、はぁ、ボケがっ……!」
「取らせてやるよ、背後。ほれ一人いけ」
「あぁっ? 舐めやがって……!」
「いいから回り込めサリッサ!」
「なーんて、うっそー!」
「ぎゃっ!!」
「サリッサ!!」
背後に回ろうとした男の顔を、前頭部と後頭部の二つに割った。
血が噴き出る寸前、人間の複雑な細胞組織が良く見えた。
細長く垂れ下がったアレは、おそらく視神経かな?
「お、おいお前、いくらなんでも卑怯すぎるぞっ!」
「教えてやろう。殺し合いに卑怯って言葉は無い」
「んがああっ……!?」
「クックック……同感だよフィーア君」
「いつまで高みの見物をかます気だ? セト」
「まだまださ! さあ。グェン、ホワン、バゲット、バズズ、行けっ!!」
同時に掛かってくる人数が増えていく。
セトは俺の戦闘力を計るために部下を犠牲にしていた。
おそらく、最後は自分一人でもなんとかなると思っているのだろう。
奴にとって部下は駒に過ぎず、失ってはならない仲間ではない。
次々に殺される部下を見ながら、目を血走らせて興奮している。
「ふぅ、はぁ、……王子、次が来ますよ!」
「大丈夫か、ネク。戦闘が本職じゃないんだから、あまり無理はするなよ」
「本職ではありませんが、これは復讐と同時にまたと得られない実践機会ですからね。逃すわけにはいきません」
「何か得るものはあったか?」
「ええ。この槍は僕のリーチではもう3センチ短い方が良い。それに、素材も良くなかった。非力な僕には胡桃よりも軽い梓の木の方が良かった!!」
「そんだけブッた切れりゃ関係ねーだろ」
ネクはこれが初実戦ながら良く戦い、俺と同等に敵を倒していった。
何か系統だって戦い方学んだ訳じゃなくても、武器の特性を誰よりも理解し、武器を活かした戦い方をする。
それは一つの流派を極めているのと変わらない強さを誇る。
どれだけセトの部隊が襲い掛かってきても、俺とネクは怯まない。
いつの間にか、奴の手駒はほとんど残っていなかった。
「あの鍛冶師……邪魔だなぁ。おかげですっかりゲームバランスが崩れちゃったよ」
「セト様、……ど、どうしますか!? もう、こちらの兵隊はほとんど……」
「弓矢を構え、僕の命じたタイミングで射れ。ガガンボ、ハイネ、かかれっ! 王子は後だ、まずは鍛冶師を殺せっ!!」
「来るぞネク!」
「僕は大丈夫ですよ。王子こそ、敵が残ってます」
「分かってる」
視界の隅に、弓矢を構えた人間の姿が見えた。
ネクほどの精度で射れるならまだしも、こんな乱戦で使用してくるのか……。
一体、何が狙いなんだ?
俺は、セトの邪悪な狙いに気付くのが遅かった。
もしや──いや、セトならやる。
「撃てッッッ!!!!!」
「っ!!!! ネク、逃げろっっっ!!!」
「えっ……う、わああああああああっ!」
何本もの矢がネクに向かって降り注いだ。
その矢は……セトの部下もろとも、ネクを打ち抜いた。
敵も味方も関係なく、標的になった人間全員がその場に崩れ落ちる──。
「お、王子……!」
「ネクッッッ!!!」
「殺し合いに卑怯なんてない。君が言った言葉だよ、フィーア君。自分の言った言葉には責任を持たなくっちゃね!」
セトはそう言って、これまでにないほどに邪悪な笑みを浮かべた。




