第26話『鍛冶師との通信』
予想だにしない方向からの攻撃に、罪人たちは驚き慌てふためいている。
だけどこの場で一番驚いているのはもしかしたら俺なんじゃないだろうか?
普段はビクビクオドオド、コミュ障が具現化した存在。
武器を手に取った時だけ人が変わる変態。
それが村一番の(注・村二番はいない)鍛冶師であるネクという男だ。
鍛冶師として有能であることは知っていたが……まさかそんな男が、この距離から正確に弓を射れると誰が想像できようか。
一発は奇跡で当てても二発ならそれは実力だ。
もちろ攻撃が二発で済むはずもなく、見張り台の上でネクは悠々と矢を番えていた。
「がッ……!?」
放たれた三投目の矢は罪人の額に的中し、瞬時に絶命に至る。
リーゼの母親が解放されたが、何が起きたのか理解できずにポカンとしている。
「ぐぇッ!」
そしてネクの射った四投目は、罪人の喉に。
まるで吸い込まれるように人間の急所に突き刺さる。
この頃からはっきり、罪人たちの驚きが恐怖へと変わった。
──俺もネクに負けてはいられない。
剣の柄を握り締め、目につく者から片っ端からぶった斬る!
「ほら、よそ見してる場合じゃないぜ。せいぜい頭上に矢が降ってこないように気をつけな!」
「くぅうううう、退け、退けぇえええッ!!! こりゃダメだ! 撤退だぁ!」
「何て村だ……セトの野郎! 美味しい話って言ってたくせによぉッ!」
俺は逃げる敵は追わなかったが、ネクの弓矢は全く容赦なかった。
門に向かって逃げ惑う罪人たちに、目にもとまらぬ速度で矢が射られていく。
足を貫かれ、苦痛に悶えて転げまわる者。
民家の壁に磔にされる者。
そうして動けなくなった者から順に俺はとどめを刺していく。
これじゃあまるで、俺がネクの補佐役だ。
だが、それでも一向に構わない。
「うがあああああ火イいいいいいいいいいいいああああ熱い熱いイいいいい!!!!」
「お、おいおいネク……やるじゃねーか!」
矢が刺さったとたんに火ダルマになる者もいた。
仕組みは簡単、乾いて袋状になった動物の臓物の中に油を仕込み、矢じりに巻き付けている。
確実に人を死に至らしめるため。
または死ぬほどの苦痛を与えるための良いアイディアと言っていいだろう。
気付けば、ロの門から侵入した賊は半壊。
残った罪人たちも、いたずらに命を落とすだけと気付いて蜘蛛の子散らすように逃げていった。
あとに残されたのは死体の山と……リーゼ一家と、そしてエミリアと。
何とか最悪の事態は免れたようだ。
「っ、王子ぃ〜〜〜〜っ!!」
「リーゼ……!」
戦いが終わるや否や、リーゼの奴がこちらへ全力で走ってきた。
転がる死体には目もくれず、障害物競走か何かのように飛び越えてきやがる。
うーん、だいぶグロ耐性ができたもんだ。
そして俺のところへとたどり着いたかと思えば、力いっぱい抱き着いてきた。
「ここ、怖かったぁ……ふえぇええええええん」
「このバカ野郎。あんな状況で顔を出す奴があるか」
「だって、だってぇ〜……王子が頑張ってるのを見たら、つい……ひぐっ、うぅううう……!」
「もう泣くな。大丈夫だから」
この際だから、リーゼでエネルギーチャージさせてもらおう。
俺は幼児のように泣きじゃくるリーゼを抱きしめ、その柔らかさと女の子特有の良い匂いを堪能した。
ついでに腰を引き寄せるふりをしながら、ちょっとお尻を触る。
スカートの下の弾むような肉の感触と、それを包む下着の感触までもじっくりと堪能した。
「ひっく、ひっく……王子、お尻触ってる……ひくっ……」
「これくらい許せ」
「いいよ、触っても……! 王子になら何されてもいい……」
「そいじゃ、もう少し……いででででででででっ!!」
「フィーアさまっ!? 今はそれどころじゃないはずですがっっ!」
「お、おうエミリアか……」
鬼のような形相のエミリアに手の甲をきゅうっとつねられてしまった。
この戦いで最大のダメージを負った俺は、そっとリーゼの体を離す。
しかし、短時間ではあったがしっかりエネルギーチャージさせてもらったぞ。
「昨日私とあんなことをしたのに、今日はリーゼとだなんて……いくらなんでもふしだらが過ぎます!」
「悪い悪い」
「え? 何なに? 何の話?」
「気にするな、それより」
「ラズヴァート様! リーゼの父です。こたびは大変な面倒をおかけして申し訳ありません……」
「母です。どうか、軽はずみな娘をお許しください……!」
エミリアだけじゃなく、リーゼの父母もそばに来て頭を下げる。
時間があれば娘の教育方針について説教をしてやりたいところだが、今はそれどころではない。
「我ら一家を救っていただき感謝いたします。いや、本当にどうなる事かと思いました」
「悪いが時間がない。感謝はのちほどで頼む」
「敵は全員逃げたんじゃないの?」
「そうじゃない。今の部隊は……」
「弓矢が飛んできたのは何故ですか? フィーアさま以外、誰が戦ってるんですか?」
「ありゃネクの仕業だ」
「えぇ〜〜〜っ! ネクが? 一体どうやって? あいつにそんなことできるの? 王子様が命令したの? じゃあネクにも私お礼言わなくっちゃいけないよね。今どこにいる? あっ、でもネクには私、抱き着いたりできないなぁ〜。代わりにエミリアがハグしてあげなよ」
「そんなはしたないことできません!」
「そう? でも助けてもらったんだし、それくらいしてあげなよ」
「どうして私が!」
「だって、王子様もそう思うでしょ?」
「俺には時間が無いって言ってるだろ!! じゃーまた後でなっっ!!!!」
「あーーー行っちゃった」
「フィーアさま、頑張って!」
一言話したら二言も三言も返ってくる。
ここでこいつらと会話を続けるのは損失以外の何物でもないと気付いた俺は、別れの挨拶もそこそこに走りだした。
向かう先は、この近くに設置した簡易式通信機。
幸いにもそれはほんの一丁目先程度にあった。
「ネク、おいネク……出ろ!!」
『……どうも王子。今のは少し不用意な戦いでしたよ。リーゼロッテがあまりに軽率とは言えね』
「悪かったな」
見張り台にいるネクと会話が繋がった。
まだ武器を手にしているのか、ネクの声は冷静で沈着だ。
正直、いつもより黒ネク(今俺がつけた呼び方だ)の方がスムーズに話がしやすいな。
『まあ、村の中で戦う以上こういう事も起きると思いました』
「それよりお前、どういう事だよ。ただの鍛冶師だろ?」
『どうもこうも、鍛冶師が武器を扱えないのはおかしいでしょう?』
「そうは思わねーけどな」
『武器がどれくらい鍛えられたものか、僕はいつでも試したくなるのです。剣なら剣を、矢なら矢を、槍なら槍を、意のままに操れるまで試してきました』
「……なるほど」
『人間で試したのは、今日が初めてですよ。貴重な実践機会を得ることができたのは幸運です』
「なら、もう少し試してみないか? 何の遠慮もなく人間で実験できるチャンスだぜ」
『フフ、王子。僕は別に殺人鬼ではありませんよ』
「そいつは失礼したな」
『試したのは、あくまで村のため。それに、テトラは僕の古い友人でした……』
ネクは、セトに殺されたという村の若者の名前を口にした。
普段はビクビクオドオドしていても、やはりセトに対し思うところはあるらしい。
そりゃそうだよな。
そうじゃなければ、男じゃない。
『一緒に戦いましょう、王子。合流場所を決めて下さい』
「そうだな、次は、敵はおそらく……」
その時ガンガンガンと、けたたましく鐘が鳴った。
つまり、敵が向かっているのは『ハの門だ』。
ならば、ネクとの合流場所はひとつしかない。
「南東の井戸広場だ、ネク! 今から急いでそこに向かえ」
『分かりました。……どうやら、セトの本隊が向かっているようですよ』
「ならいよいよ本チャンの戦いが始まるぜ。小便を漏らさないように今のうち済ませておけ」
『漏らすとしたら、それは向こうですね。それでは』
ネクは憎らしいほど冷静で、頼もしかった。
俺がここに来たことがネーフェにとって幸か不幸か分からないが、ネーフェにネクがいたことは本当に幸運だ。
頼もしい相棒を──ニッキのことはさておき──手に入れた俺は、合流場所へと走り出した。
一人ぼっちの戦争だったさっきよりもずっと心強く、今や勝ちの目が充分に見えてきた。
だけど決して俺は油断していなかった。
何故なら──おそらく、ここからが本当の地獄の始まりなのだから。




