第25話『銀色に輝く弓矢』
リーゼの家がこの辺にあることを俺は知らなかった。
せっかく敵の注意を俺だけに向いていたのに、事態は急変した。
女に飢えた罪人どもは俺を無視し、リーゼとエミリアのいる家へと襲い掛かる。
家に襲い掛かるというのは本当にその通りで、ドアや木窓を戦斧で破壊し始めたのだ。
「おい、やめろ! お前らの相手はこの俺だッ!」
「いつまでもてめえみたいなバケモノの相手してられっか! 仲間が減るばかりでいい事なんかひとつもありゃしねえ!」
「女に気を取られてたら、まだまだ減るぜ」
「おい! 少しの間持ちこたえろ! うまく女を攫えたその後は一番に抱かせてやらぁ!」
「へいッ!!!」
「くっ……!」
一気に士気が向上した罪人たちが、俺を足止めするように立ちふさがった。
倒すこと自体にさほど苦労はない。
俺と奴らには士気が上がった程度では埋められない実力差があった。
だが、数が多すぎる!
道が狭いのも災いし、通りは罪人であふれかえっている。
これではエミリアたちを救うために家へと駆けつけることもままならない。
一人斬り、二人斬り、三人を斬った。
しかし、次々に立ちふさがる敵のせいで前進することができない。
かかった時間の分だけ、リーゼとエミリアの危険が累積していく。
そうこうしているうちに、リーゼの家のドアがあっけなく破られた。
「あ、開いたぁああああああっ!!!」
「よっしゃあああああっ!」
「クソが……!」
きゃーっ! という悲鳴が聞こえたからには、まだ家の中にいるのだろう。
裏口から逃げろと叫んだが、そもそも裏口がなかったら出ることもできない。
「おぉ〜っ、いるぞ、女だ! しかもとびっきりの上玉だ!」
「触れ! 脱がせー!!」
「ひっひっひ……どうやら間に合わなかったなぁ、ボクちゃん」
「そうでもないぜ」
「あぁ?」
できれば首領であるセトとの戦いに温存しておきたかったが、そうも言ってられなかった。
目の前の敵の攻撃を受け流しながら、精神を深く集中する。
指先が淡く光り、耐えがたいほどの熱を帯びる。
今日のこの調子だと……多分、10発は撃てる。
「俺に遠距離攻撃ができないと思ったか? ……『火弾』っ!」
「なっ!?」
ドゥンッという音と共に、指先から火球が飛び出した。
標的は家の中に侵入しようとしている賊。
コントロールは我ながら抜群で、髭だらけで薄汚れた罪人の顔面にヒットした。
火球の勢いはすさまじく、顔面を焼かれた男の体が後方へと跳ね飛ばされ、何回転もゴロゴロ転がっていく。
当然、一撃で絶命。
その顔は潰れ、焼かれ、生前の面影をまるで残していなかった。
「よく見とけ! その家に入ろうとするヤツは、剣よりも楽に死ねねーぞ」
「この小僧、魔法まで使えるってのか……!?」
「ヤバいですよオズマさん、こいつはモノが違いすぎる……」
「うるっせぇえええええッ!! おいスクタリども、ここを守れ!!」
くそったれ、ずいぶんと用意が良いじゃないか。
スクトゥムと呼ばれる長盾を持った罪人たちが、後方で陣を組んだ。
この島で作られたものなのか見た目も作りもお粗末で、やたらと重そうだが硬さは十分ありそうだ。
「どうあっても女は頂いてくぜ。ほんでもって、撤退だ!」
「させるかっ! 『火弾』ッ!」
先と同様、火球が勢いよく後方の罪人へ飛んだ。
それは長盾を凹ませることはできても吹き飛ばすには至らず、衝撃に苦悶の表情を浮かべてはいたが、致命的なダメージを与えることはできなかった。
それを見たオズマという男の頬が笑みで歪んだ。
「へっへ。効果ありだ! 家の中の人間、全員引っぱり出せっっ!!」
「やめろっ!!! 『火弾』ッッ!!」
「おっと、お前の相手はこっちだぁっ!」
俺は意識を目の前の敵と、リーゼの家の前の敵に二分しなければならなかった。
どうしても注意が目の前の敵より、遠く離れた向こうへ行ってしまう。
敵に致命傷を与える頻度が減り、一人倒すのに時間がかかる。
この状況では一撃必殺が至上命題であるにも関わらず、疲労も相まってどんどん斬撃の精度が落ちていく。
いくら火球を飛ばしても、長盾で防がれては大した足止めにはならなかった。
そして──。
「さあ、出てこい! ジタバタするな」
「王子様〜! 助けてっっ!!」
「フィーアさまっっ!」
「リーゼ! エミリア!
リーゼとエミリアが家の中から引きずり出されてしまった。
そして母親と思われるリーゼによく似た美しい中年女性、そしてリーゼの父親も。
「女が三人か。この状況じゃ、これが限界だな」
「オズマさん、この男はどうします?」
「連れてって奴隷にする。そいじゃあ、撤退だぁっ!!」
「おい、やめろ! その子たちを解放しろっ!!」
「そいつぁできない相談だな。ケツモチはスクタリども、お前らだ!! 他は下がるぞっ!!」
盾持ちの連中に最後まで守らせ、本隊は悠々とエミリアたちを連れて逃げるつもりだ。
この状況でヤツらを見失ったら最後、彼女たちには悲惨な未来が待ち受けている。
しかし、この状況では剣も魔法の力も届かない。
相変わらず俺は目の前の敵の処理に追われているし、リーゼを連れている罪人は暴れる彼女を引きずりながらもう門のところまで戻っている。
駄目だ……アレは、今からは追えない。
万事休す、か──。
あきらめが俺の心に忍び寄った、その時だ。
リーゼを引きずっていた男が、音もなく倒れた。
「あ? 何だ?」
あまりにも突然の出来事に、オズマとやらもさすがに訝し気な顔をした。
俺もその不自然な事態に、何か持病でもあって都合よく心臓マヒでも起こしてくれたのかなぁ……と思った。
だが、違う。
倒れている者のこめかみに、銀色に輝く弓矢が突き刺さっていた。
「弓……一体、どこから!? おい、どっから飛んできやがった!!」
「うあぁああっ……!?」
もう一本。
エミリアを引っ張っていた男の胸に、無慈悲な銀の弓矢が刺さる。
瞬時に絶命に至り、先ほど同様に男は崩れ落ちた。
この矢は……まさか。
弓矢が飛んできた方角に目をやると──そこには、見張り台があった。
この通りはニッキのいる見張り台からほど近い。
だが、見張り台で弓を構えているのはニッキではなかった。
「……ネク!!」
「どうも王子。鍛冶師ネク、遅ればせながら参戦させて頂きます」
……とでも言ったのだろうか。
口をパクパクさせているのが見えただけで、何を言ってるのかは分からないが……。
気弱で、ビクビクしてて……だけど武器を持つと人が変わる、変態鍛冶師がそこにいた。




