第23話『殺戮の始まり』
翌日──。
殺し合い当日だというのに、俺はどこか浮ついた気持ちで朝を迎えていた。
なんだろうな、この感じ。
たかがキスしたくらいで、俺は思いのほかフワフワしてる。
帝都に住んでた頃は、お互いに舌を伸ばして唾液を交換するネバネバしたキスばかりしてたからなぁ。
昨日のエミリアとのキスは、新鮮で……真剣で、とても真摯なものだった。
俺に生きて欲しいという気持ちがひしひしと伝わってきた。
その気持ちに応えて、今日は大暴れしてやるか!
「王子どの。いらっしゃいますかな?」
「ジ、ジードか。あぁ、いるぜ」
気合を入れなおしていると、ジードがドアをノックした。
まさか俺が孫娘の唇を奪ったとは夢にも思っていないだろう。
この村の村長は、いつになく神妙な面持ちで家の中へと入ってきた。
「すべての村の者には、指示があるまで家から出ないように伝えました。避難したい人間は先ほど村の外に出てもらっています」
「全員避難しなかったのか?」
「村の外が安全とも限りませんからのぉ。罪人どもが大挙して押し寄せるわけですから」
「まぁ、村の中の方が安全だと思うぜ。なんたって俺がいるからな」
「まっこと頼もしいですわい……ところで、ニッキはどうしたのですじゃ?」
「あいつには明け方から見張り塔に行ってもらってる。いつセトの野郎が攻めてくるか分からないからな」
「何かの間違いで来なければ良いと思いますじゃ……」
「それはねーな」
セトはこの島の生活に退屈しきっていた。
することがないから毎日とっかえひっかえ女を抱き、それでも奴の退屈は埋まらない。
俺が奴の心の隙間を埋めてやるついでに、その身を土に埋めてやろう。
「今更王子どのに何やかやを言うつもりはありません。ワシはもはや、あなたのご無事を祈るばかりです」
「ありがとうよ。うまくいけば昼にはゆっくりランチできるさ」
「そんなにうまくいきますかいのぉ」
「作戦がハマればな」
「作戦……村のあちこちにおかしなものが見受けられるのは、その作戦の一環ですかのう」
「まあな。この日のために、ネクに準備させた」
「ふぅ〜む。あんな子供のおもちゃが何の役に立つか謎ですわい」
「おもちゃだからって侮れないぜ。戦いで何よりも大事なのは情報だ……?」
突然、カーンと大きく鐘の鳴る音がした。
鳴らしたのはもちろん、ニッキだ。
「い、今の音は……!?」
「どうやら敵勢力のお出ましだぜ。ジードは家に戻って隠れてろ!」
「……ご武運を祈ります」
鐘が一回だけ、という事は、攻めてきたのは北側の『イの門』。
さあ──殺すか。
深々と礼をするジードを残し、俺は家を飛び出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺がイの門に到着するのと、セト含む罪人たちが到着したのはほぼ同時だった。
この門の外側には、村人に命じて急ぎ作らせた幅広な堀がある。
当然、橋のような親切なものはない(不便だからいずれは作る予定だ)。
その堀をはさんで、俺とセトは向き合った。
「やあ、フィーア君! 昨日ぶりだね。元気にしてたかなぁ?」
「よぉセト。おかげさんでな」
セトは相も変わらず飄々としていた。
それに反し、背後に控えた罪人たちは殺気だっている。
その数は──およそ5、60人。
つまり、あの罪人の村で戦えるすべての人間を連れて来たようだ。
「僕は少し驚いているよ、フィーア君。まさか本当に君一人で戦う気なのかい?」
「昨日言った通りだ。そもそも、ここにはほかに戦える人間がいねーしな」
「戦えなくても、肉の盾とか、捨て駒にするとか、色々と有効活用できるだろう?」
「お前ら相手にそんなもん必要ねーよ。俺一人で十分だ」
「ふぅん……ま、いいけどさ。しかし、この堀は何だい? 以前来たときはこんなものはなかったと思うんだが」
「急ごしらえにしちゃ、良く出来てるだろう」
「僕にはそう見えないけどねぇ。堀は深さがあってこそ意味がある。幅はあっても、膝までしかないこんな堀じゃあ何の足止めにもならないじゃないか」
「悪いことは言わないから、迂回した方がいいぜ。ここから攻め込むのは無謀だ」
「標的のフィーア君が目の前にいるというのに、わざわざ遠回りする手はないよ。それに村の東側の入り口からは通りが狭く、ごちゃごちゃしていて、罠でもしかけられていたら厄介だからね!」
そう言ってにっこりと笑うセト。
奴は奴なりにこの村の地理を理解し、攻めどころを考えて来たらしい。
「さあ、それじゃあそろそろいいかな? フィーア君。僕は昨日から君を殺したくってウズウズしてるんだ!」
「奇遇だな。俺もお前を殺したくて仕方ない」
剣を抜く。
自らも青き輝きを放ちながら、朝日をぎらりと美しく反射する。
……今日も頼むぜ、相棒。
「さあさあ、行くよぉ〜! 楽しいパーティの始まりだぁ!」
「来いよ、セト。この村に仇なす歪んだ存在を根こそぎ叩っ斬ってやる!」
「ふふ……ジキル隊、ハイド隊、突撃っっっっ!!!!!」
戦いが始まった。
セトの合図とともに、10名ほどの罪人がこちらに向かって駆けてくる。
察するに、おおよそ5人を一つの隊として、中でも腕の立つものを隊長としているのだろう。
全員で突撃してこないところを見ると、まずは小手調べって事か。
「あっさりと勝負がついたらつまらないよ、フィーア君。君の力を僕に見せてくれ!」
「抜かせ。その余裕が仇となるぜ」
武器を持った罪人どもは、ばしゃばしゃと浅い堀を駆けてくる。
確かに、この堀は少し浅すぎたか?
太陽光の方向のおかげで向こうからは分からないだろうが、こちらからは割と良く『見えてしまっている』。
「っ!! ぐあああああああっ!」
「痛ぇっ!! な、何だこりゃあ!」
「足、俺の足、指がもげたぁっっ!! セトの兄貴ぃいいいっ!」
「ん……なんだい? 何があるんだい?」
「言ってなかったが、堀の中にはたっぷりと剣山が仕込んである。ここを渡ってくるならそろーり、ゆっくり探りながら来るのがおススメだ」
何人かがトラップにかかり、足に大ダメージを負った。
それを見た後続が進軍を躊躇し、堀の中で動きを止める。
戦場で動きを止めたら、それは死を意味する。
俺は堀の中を突っ切り、動きの止まった奴らを順番に斬り捨てていく。
「一人、二人、三人……どうしたセト! お前の部下、揃いも揃ってケツを拭く紙よりも使えねーなぁ!」
「否定はできないね……何をしてるハイド隊!! 敵は一人なんだ、さっさと片付けちゃってくれよ!」
「でも、セトの兄貴……あいつおかしいです! 水の上を歩いてる!!」
「面白いだろ? 死ぬ前にマジックショーが見れて良かったな」
「ひッ……!?」
泥に足を取られ、剣山を恐れて動けずにいる罪人に迫り、その首を飛ばす。
すぐに堀は流れる血で赤く染まり、例えるならまるで血の池地獄だ。
「ちっ……使えないったらありゃしない。次、リンクス隊、行けっ!」
「で、でもセトさん……無理ですよ。あいつ、魔法使いか何かじゃないですか?」
「いつまでくだらないトリックに引っかかってんだよ! 水の中に足場があるんだ! 彼はそこを移動してるだけだ。浮いてんじゃないんだよ!」
「あ、あぁ。そういうことなんすか……でも」
「でもじゃない、行けっ! ビビッて行かないなら僕がお前を斬ってやる!」
「は、はいぃっ!」
「僕らもその足場を利用するんだ! そうすりゃ何も危険な事はない!」
リンクス隊とやらがおっかなびっくり堀の中を進んで俺に向かってきた。
その顔からは、もはや士気といったものは感じられなかった。
仕掛けが分かったからと言って、それは簡単に攻略できるものじゃない。
堀の中の浅い部分……足場はギザギザ、曲がりくねって、絵図面を作成した俺でも油断すると足を踏み外しそうになる。
初見の人間がなんとなくここかなぁ? と登ったところで……。
「うわあっ!?」
「下に剣山があるんだから、転んだらかえって危ねーぞ?」
「ひぃいいいいいっ!!!!!」
「転んで泥んこになって最悪に惨めな人間にも、悪いが俺は躊躇しない」
「がっ……!!?」
心臓を一突きされてこと切れる。
ほとんどの人間が武器を振るう余裕もない。
戦いとは、そのほとんどが速さで決まる。
相手の動きを極限まで鈍らせ、俺だけがまともに動けるこの環境下で太刀打ちできるものは一人もいなかった。
瞬く間に死体が転がり、その数を増やしていく。
命乞いをする暇も与えない。
そんなものを聞く余裕もない。
叫び声と、うめき声、人を斬る音だけがこの場を支配する。
体は軽く、よく動く。
人斬りマシーンと化した俺は、その感触とむせかえるような血の匂いに溺れている。
うんざりしながらも、俺は興奮していた。
殺戮に没頭した。
殺人という行為には、人を覚醒させる何かが確実にある。
「……おやおや、これは参ったねぇ。まだ半刻も経っていないというのに、もう部下が20人も殺されてしまったよ」
「はぁ、はぁ、……有能な上官なら、とっくに降参して撤退を命じてるところだぜ」
「残念ながら、僕の辞書に撤退という言葉は無いんだ」
「書き足しといてやろうか。損害率4割の戦場から逃げ出しても恥じゃない」
「4割? 何のことかな?」
「お前の部下の人数だよ。このまま続けたら全滅しちまうぞ」
セトが連れて来た手下はこの堀での戦いでおおよそ半減した。
もう一度同じことをすれば、それで全滅だ。
多少疲れたが、残りの人数くらいなら……おそらく俺の腕はもつ。
人間の肉や骨を断ち切るのはどれほど鋭利な剣でも負荷が来るものだ。
セトの連れてきた人数が、俺が休憩無しで人を斬り続けられるギリギリのラインだった。
「もう一度言うぜ、セト。今すぐ降参してここから消え、お前らの食糧庫のものを供出しろ。そうすりゃ、命までは取らないでやってもいい」
「お優しいお言葉、痛み入るよ、フィーア君」
「自軍の2割が損害を受けたら、撤退するのが戦の定石。軍人のお前が知らないはずないだろう?」
「確かに、まっとうな戦ならそうだね。でもここは違う」
「突撃命令を繰り返すだけの無能な上官か。そのうちお前を守る肉の盾すらいなくなっちまうぞ?」
「いいんだよ。序盤はフィーア君のスタミナを奪う、そういう作戦だから」
「はぁ?」
「せっかくのゲームなんだ。じっくり、ゆっくりと楽しまなくっちゃね!」
「……いいぜ、それならせいぜい楽しめ。行くぞ」
「それに、戦える人間はまだまだいるんだよぉ?」
その時だった。
大きな鐘の音がカンカン、と鳴り、敵の襲来を告げたのは。
東門……『ロの門』か。
「実は配下の村に、今日のイベントを教えてあげたんだよ。向こうにざっと50人はいるかなぁ」
「お前の友軍って事か?」
「そうじゃない。そうじゃなく、たまたま一緒の日にこの村を攻めようってことになった。向こうは向こう、僕は僕」
「はぁ?」
「僕らは、君との約束だから村人には手を出さないけどぉ〜。向こうの彼らはどうかなぁ? もちろん、全員折り紙付きの凶悪な罪人たちだよ!」
「何っ……!」
「やっぱり、戦争ってこうでなくっちゃ物足りないよ! 殺戮、略奪、レイプ! それが揃って初めて戦場だよ!!」
「クソが……! セト、てめえは何が何でもズタズタにしてやるからなっ!!」
「ふふふ、またあとでね。僕らはちょっと休憩だ!」
セトは俺とのゲームを楽しみに来ている。
そして卑劣な言い訳を用意してまで、村をむちゃくちゃにすることを楽しもうとしている。
俺はセトという人間のクズさを過小評価していたのかもしれない。
──頼むから、間に合ってくれよ。
俺は慌てふためき、東門へと駆け出した。
久々に復帰したらいいねとは一体…。
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