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第22話『キスして欲しい』


 エミリアが俺の家を訪れたのは、その日の夜のことだった。

 ヒマつぶしがてらに裏庭で剣を振るっていたところ、ふと誰かの視線を感じたのだ。


 「エミリアか」


 「フィーアさま……どうして私だと気づいたんですか?」


 「足音ですぐ分かる。エミリアの足音は特徴があるからな」


 「えっ? そ、そんなうるさく歩いてますか、私」


 「逆だ。この村の中でエミリアの足音が一番物静かだ。リーゼはパタパタと小うるさいが、リズムが良くて心地いい。ジードはドスドス重苦しい。ニッキはタカタカと元気がいい」


 「は、はぁ。私にはよく分かりません……」


 「だろうな」



 音が良く聞こえるとかそういう次元の話ではなく、音の特徴を察知しやすい。

 生まれつき耳が良い……というか、これも母親譲りのエルフの血のせいだろう。


 足音には、いつでも人の感情がこもる。

 今のエミリアの足音には……しいて言えば贖罪か。



 「んで、どうしたんだよ。こんな夜中に」


 「いえ……ただ、フィーアさまが外にいるのを見かけたものですから」


 「老人どもはもう帰ったのか」


 「あ、はい。みなさんお帰りになられました」


 「俺を殺す話はまとまったか?」


 「き、聞こえてたんですか!?」


 「隣の家なんだから、あんだけでかい声で話してたら嫌でも聞こえる」


 「すみません……村の恩人であるフィーアさまに対し、あまりにも人の道を外れた提案です」


 「怒り狂ってくれてありがとな」


 「そそ、そこまで聞こえていましたか……!? 常人離れした耳の良さです」


 「ありゃ村中に聞こえるわ」



 俺に対する無謀な行為の提案に対し、エミリアの怒声はものすごかった。

 ニッキは驚きのあまりソファから転がり落ちたし、俺もチンコがヒュッと小さくなった。


 結局、それを実行できる人間がこの村にいない事もあり、ここまで村のために働いた功績を考慮し却下されたようだが……。


 おかげで今夜は無用な殺生をせずに済みそうだ。



 「言っておくが、俺は怒ってない。村を思っての発言だと分かってるし、俺の勝手な行動が招いたことだからな」


 「あ、ありがとうございます! フィーアさまは本当に寛大ですね」


 「うんうん、俺の広い心に感謝してくれ」


 「そうさせていただきます。愚かな私たちをお許しくださった、偉大なる帝国王子のフィーアさまに感謝を、そして祝福を……」


 「おいおい」


 ひざまずいて拝むのはやめろやめろ。

 俺の前でひざまずくなら〇〇ラチ〇の時だけに……いや、口に出しては言わないでおこう。



 「話は分かったから、もう寝ろよ。明日はネーフェの村始まって以来のバカ騒ぎになるぜ」


 「……今は、そのために剣を振るっていたのですか?」


 「まあな」


 「少し、見ていても構いませんか?」


 「ん……いいけど。エミリアが見て面白い事なんてねーぞ」


 「いいんです」


 エミリアはそう言って、少し隅によってしゃがみこんでしまった。

 スカートのすそを押さえてないから、昼間ならパンツが見えたに違いない。


 俺は月がもう少し明るくこの周辺を明るく照らすことを祈りながら、ルーティン化した剣舞を続けていった。

 エミリアは何を言うでもなく、それを静かに見守っている。

 何と言うか、非常にやりにくいんだが。

 俺は半ば無視するように、剣の柄を握る手に集中した。


 どれくらいそんな時間を過ごしたことだろうか。

 ふいに、エミリアが口を開いた。


 「……フィーアさま。明日の戦い、やっぱり中止にすることはできませんか?」


 「中止にしてどうする」


 「夜が明けたら、朝一番で村人みんなで逃げましょう。そうすれば、フィーアさまが危険にさらされることもなくなります」


 「逃げる? どこへ」


 「わ、分かりませんけど。少なくともセトが攻めてくるこの村よりはどこも安全です」

 「逃げた先に何がある。火もない、水もない、食料もない、雨をしのぐ屋根もない」


 「でも、命を失うことはないかもしれません」


 「せっかくゼロからこんな良い村を作り上げたのに、すべて捨てて原始人みたいな暮らしをしたいのか?」


 「私、フィーアさまに死んでほしくないんですッッッッ!!!!」


 「で、でかい声出すなって」


 急激に感情が昂った……というよりは、ずっと堪えていたものを吐き出したと言うべきか。

 エミリアが大きな声を出すものだからまたちんちんがヒュッとした。



 「大声出すと、ニッキやジードが来るぞ。ちょっと落ち着け」


 「ごめんなさい。でも、たった一人で戦うなんて無謀です」


 「俺の強さが信じられないか?」


 「いえ、そういう訳じゃないですけど……」


 「何人来たところでセトさえ殺せば向こうは統率が取れなくなる。実質1対1だ」


 「とてもそうは考えられません」


 「何なら今、夜討ちでセトをやっちまうか。あー、卑怯だけどそれもいいかもな」


 「そうすれば、明日の戦いはなくなりますか?」


 「なくなったら困るのはこっちだぜ。なんせ、たくわえの食料がないんだからな」


 「……」


 この戦いを望むのは向こうではなく、こちら側なのだ。

 食糧庫を焼かれた俺たちは、戦わなくては座して死を待つのみ。


 「子供たちがハラを空かしてる。だったら村の大人がなんとかしてやらなくっちゃな」

 「それは……フィーアさまが一人でなんとかすることではありません」


 「それにな。正直、試してみたいんだ。俺の考えた策が通用するかどうか」


 「策ですか?」


 「戦いの策だ。今後、この村を長期的に守れるかどうかを知りたい。きっとこの島じゃ、セトを倒しても同じような事が何度も起きる。未来のために、今のうちに確かめたい」

 「未来のために……」


 「帝国領にいる親父と兄貴たちをぶっ殺すのが俺の最終目標だ。セトごときにやられてたまるか」


 「お、お父さんとお兄さんをですか!? 一体どうしてですか」


 「前話したろ。あいつらが俺をこんな島に吹っ飛ばしやがったんだ」


 「それはフィーアさまのじょうだんで、てっきりこの島に平和をもたらすために帝国から派遣された使者なのかと深読みをしてました……」


 「そんなんでわざわざ王子が来ないだろ!?」


 どんだけ良い方良い方に深読みしてるんだ。

 今んとこ、平和をもたらすどころか人をぶった斬ってばかりいるというのに。


 あげく、明日は戦争だ。



 「とにかくだ。俺はこんなところでは絶対に死なないから心配するな。明日の戦いは間違いなく勝つ!」


 「本当に本当ですか?」


 「ハーフエルフなめんな。俺はめちゃ強い」


 「100%勝てますか?」


 「まあ多分。十中八九は」


 「1か2は危ないってことじゃないですかっ」


 「仕方ないだろ、不確定要素はいつだってある」


 「どうしたら100に近づきますか?」


 「さーな。可愛いエミリアがちゅーしてくれたらもっと頑張れるかも。戦いの前の景気づけに」


 「……」


 「……っと」



 俺の冗談に怒ったのかと、真顔でエミリアが迫ってきた。

 どれほど近づいてくるんだろうと思うほど、彼女の顔は近く──。


 「っ……!!!」


 「むぐっ……!?」


 驚いた。

 柔らかく、あたたかな唇が押し当てられていた。

 技巧なんてあったものじゃなく、歯がぶちかって小さくカチっと音がした。


 目を閉じた端正なエミリアの顔が眼前にある。

 それは何かに縋るような切迫した表情に感じた。

 口づけを続けながらエミリアが小さく呟いた。


 「ふぃーあさま……死なないで……」


 ──なんだよ。


 そんなに俺に死んでほしくない、と思ってくれているのか。


 だからって、そんなに真剣な顔をしないでくれ。


 キスっていうのはもっと余裕をもって楽しむもんだぜ。


 こんな必死なキスをされてしまったら……。


 明日は本当に死ぬわけにはいかねーな。


 俺はそっとエミリアの肩に手を乗せた。


 彼女はそれに逆らわず、じっとして身をゆだねていた。


 あぁ……女の子の良い匂いがするな。


 「っぷはっ……! はぁ、はぁっ……」


 「息くらいしろよ」


 「ご、ごめんなさい」


 エミリアが呼吸困難になるまでキスは続いた。

 至福の時間を堪能した俺のやる気がマックスになったのは言うまでもない。


 「こ、これで……100に近づきました?」


 「あぁ。是が非でも生き延びて、このキスの続きをしたくなった」


 「つつつ、続きですか!?」


 「ああ、エミリアのベッドの中で楽しい事を……って、調子に乗りすぎ?」


 「……私、そういう経験がないんです。だから、フィーアさまは楽しくないと思います」


 「それはそれで楽しい。俺がエミリアの最初の男になりたい」


 「……」


 「やっぱ、だめ?」


 「……い」


 「い……嫌、か?」


 「い、生きて帰ってきてくれたならっ!!」


 おおっ……!

 無茶でも何でも言ってみるものだ。

 真っ赤な顔で叫んだエミリアの処女を頂けることが決定した。

 そして、明日の戦いが是が非でも負けられない戦いになった瞬間だった。


 「もう取り消しはできないぜ。約束な」


 「た、ただしっ。絶対に負けないでください」


 「むろんのこと」


 「勝ったとしても、大けがもダメですっ」


 「するつもりはない」


 「できれば小さなケガもしないでください」


 「できればな」


 「お、おやすみなさいっ……もう、寝ます……」


 「おう」


 エミリアは真っ赤な顔をしたままフラフラと自分の家へと戻っていった。

 なんて約束をしてしまったんだと早くも後悔しているだろうか?

 しかし彼女の足音からは、恥じらいと動揺と、ある種の期待しか感じ取れなかった。


 「……俺も、寝るか」

 

 生きるか死ぬかの戦いの前夜。

 今はすでに戦いよりも、俺はその後の事を考えていた。


 いやあ。

 久々にエッチな事ができるわ──と。


 俺はおおいに期待と股間を膨らませながら、ニッキの眠る家へと戻っていった。



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