第21話『戦い前夜』
「……という訳で、明朝、ネーフェの村で罪人たちと殺し合いをしまーす」
「はい?」
俺はつとめて明るく、言いよどまず、はっきりとみんなに聞こえるように大きな声でそう伝えた。
しかし、思いのほか声が出てなかったようだ。
村長のジードも、村の幹部たちも、エミリアさえも聞こえなかったかのようにポカンと口を開けている。
全く、揃いも揃って難聴ぞろいなのか?
「王子どの。すみませんがもう一度お願いしますじゃ。年のせいか、どうにも耳がおかしくなったような気がします……」
「だからぁ、明日の朝、セトたちがこの村に俺を殺しに来る。俺はそれを迎え撃つつもりだ」
「ちょ、ちょっと待って下さいフィーアさま! 一体どうしてそんな話になってしまったのですか?」
「どうもこうも、セトとの交渉の果てにそうなった」
「そんな……」
「村への嫌がらせを止めてくださるのではなかったのですか?」
「悪いエミリア。これが唯一の解決策になった」
セトのところから戻った俺は、すぐに村人たちを集めて交渉の結果を伝えた。
ジードの家に集まった村の幹部たちは言うまでもなく結果に対して満足しなかった。
「これはあくまで俺とセトとのゲームだ。村人たちに手は出さないという約束は取り付けてある」
「しかし、王子どの……それではあまりにも……」
「明日は村人は一歩も外に出ず、おのおの家の中に引きこもってろ。時々断末魔の叫び声が聞こえるだろうが気にせずオナニーでもしてろ」
「そんなの気になるに決まってます!」
「ネーフェの村が戦場に……おぉ、何という事じゃ……!」
「村人に手を出さないなど、信用できるものか! 大勢で来て、略奪したり人をさらっていったりするに決まっている……!」
「一体どうしてそんな無茶な話になったのですか、王子様……!」
「も、もう駄目だ。この村は終わりだぁ〜……!」
口々に漏れるのは弱気で後ろ向きな発言ばかりだった。
せんだって5人余りを叩き斬った俺の活躍はとうに忘れ去られてしまったらしい。
まぁ、数で言うと今度はその10倍以上が一挙に襲ってくるわけだが。
ざわざわとざわめき、収拾がつかない場の中で、エミリアが懇願するように口を開いた。
「フィーアさま、お願いですから考え直してください。一人で罪人全員と戦うなんて無茶が過ぎます」
「一人というのはちょっと大げさだ。ニッキにも手伝ってもらう」
「ええええええッ!? 俺っスか?」
「さすがにぼっちじゃキツいからな。ニッキには後方で俺のアシスト役を頼みたい」
「こ、後方でですか、それならまぁ……でも、俺にできるっスかね……」
「ニッキがいたとしてもたったの二人じゃありませんか!」
「ま、何とかなるだろ。そのためにこれまで村の守りを固めてもらってたんだ」
「うぅ〜む。ネクに色々と申しつけていたのは知っておりますが……しかしですのぉ」
「もしも王子が負けたらどうなるのです。この村は、村人は!」
「言いにくいが……セトのもとで女は性奴隷に、男は労働力としてこれまた奴隷になることになってるぜ」
「な、なんという……!」
「おのれ、王子と言えどもそんな勝手な取り決めを……!!!」
「許せん、追放じゃ! 村長、即刻この村から王子を追放してセトに許しを乞いに行きましょう!」
「いや、待て、落ち着くんじゃ皆」
「これが落ち着いていられるか!」
村の幹部たちは大いに怒っていた。
もしもセトとのゲームで負けた場合、ネーフェの村人には悲惨な未来が待っている。
俺は殺されて身軽になるだけだが、村人たちは残り一生生き地獄を味わうことになるだろう。
しかし座して待っていても未来は無い。
「お前らこそ落ち着けよ。食糧庫を焼かれ、家畜を殺され、どのみちこの村に先はないんだ」
「しかし……!」
「だから罪人どもと戦い、奴らから奪う。向こうの食糧庫にはかなり余裕がありそうだったからな」
「なんでそんなこと分かるんスか? 食糧庫なんて見てないっスよね?」
「人家じゃなさそうな建物に、兵糧俵が小窓の高さまで積んであった。あの高さまで積んでありゃ、相当貯めこんでるに違いない」
「よ、よくそんなとこまで見てたっスね……」
「家畜もほったらかしでまともに育ててる様子もなかったが、数は相当だ。戦いの後、あれをまるごと奪う」
「でも、相手が罪人と言っても奪うというのは……」
「奪う、という言い方が気に入らないなら、このネーフェに返してもらう。もともとは全部この村のものだろ」
「確かにその通りですじゃ。他にも被害にあっている村があれば、話は別ですが……」
「人道的なとこが引っ掛かるなら、村人の空腹を癒す分だけ取ればいい。そこはあんたたちに任せる」
「ふぅむ……」
自分たちの領地で食い物が足りないから、よそから奪うために戦争。
それはものすごく普遍的な戦争の起き方でもある。
満たされていれば戦争は起きない。
しかしいつの時代も人は貪欲であり、決して満たされることはなく、この世から戦争がなくなることはないだろう……。
と、そんな話は別の機会にするとして。
俺は、村人たちに真正面から向き合った。
「何度も言うが、食糧庫をやられた時点で終わったんだ。後は戦うしかない!」
「確かにのう。アレを失った以上、もはやどうにもなりませんわい……」
「そして、戦うのは俺一人で村人たちに迷惑はかけない。ただ、この村の中で戦う方が勝ちやすいから場所を貸してくれと言っている」
「しかし……万に一つ、王子どのが負けた場合は……」
「形勢が不利だと悟ったら、ニッキに合図する。そうしたら村人は南側の川からボートに乗って村を脱出してほしい」
「フン、真っ先に王子様が乗るんじゃないでしょうな!」
「バカか? 俺が乗ったら罪人どもを食い止めるやつがいなくなるだろ。俺は乗らねーよ」
「それは……一体どういう意味ですか? フィーアさま」
「美味いもん食わしてもらって、酒も飲ませてもらって、この村にはさんざん世話になったからな。俺は最後まで残って戦う」
「フィーアさま!」
「あの日、この村に拾われてなきゃそもそも生きてねーからな俺」
「いやいや、ダメっスよそれは……! いや、あり得ないっス!!」
「私、フィーア様を残して逃げるなんてできません! フィーアさまは帝国の王子じゃありませんか!」
「いや、もう勘当されてるし……」
もともと俺が負けようがセトの思い通りにするつもりはなかった。
小舟の数は十分ではないが、ぎゅうぎゅう詰めなら何とかなるだろう。
しかし、そんな俺の案はエミリアとニッキは気に入らなかったようで抗議の声を上げる。
「二人とも落ち着けよ。これは最終手段だ。想定できる最悪の事態の結果、そうなるかもってだけの話」
「最高の結果だと、どうなるっスか?」
「むろん、ノーダメで罪人どもをバッタバッタと殲滅。村人も無事で、首領セトは夕暮れにははりつけになってる」
「王子どのが強いのは分かっていますが、そんなにうまくいくでしょうかのう……?」
「ま、現実はその間ってところを想定してる」
「その間って……どういうことですか?」
「さーな。そりゃ明日になってみないと分からん」
戦いは何が起きるか分からないし、無傷って訳にはいかないのは百も承知している。
傷を負ってもそれが致命傷じゃなければ戦い抜いて見せる。
俺は自分の力を試せることを楽しみにしていた。
そして、人を斬ることに心のどこかで昂っていた。
強そうな軍人・セトと戦えることを待ち望んでもいた。
……もしかしたら、ただの戦闘狂なのかもな、俺は。
そんな内心もつゆ知らず、村人たち……特に女の子のエミリアは不安げな表情を浮かべている。
彼女には、きっと理解できない領域だろう。
「……俺からの話は終わったぜ。ジードは村人の避難・待機場所と、逃げる順番を今夜中に決めてくれ」
「お、王子どの……どちらへ」
「明日に備えて打ち合わせだ。いくぞ、ニッキ」
「ま、待ってくださいっス……!」
これ以上ここで話すことはもうない。
背を向け、家を出るとまたやんやと村の幹部たちが話し合う声が聞こえた。
それはすぐに終わらず、その日の夜まで続いた。
隣の家に住む俺にはほとんど丸聞こえだった。
本当に彼らは色々と話し合っていた。
……俺を今夜中に殺して、その首をセトに差し出して許しを乞うという作戦は良くないと思った。
なぜなら、戦闘狂のセトは俺と戦いたくてウズウズしてる。
俺を先んじて殺してしまえば、村人全員が殺されてもおかしくなかった。




