第20話『一緒にゲームで遊ぼうよ』
俺はニッキを連れて罪人の村へと赴いた。
そこはネーフェの村から歩いておおよそ三刻半と言ったところだろうか。
薄暗い夜明けとともに出発し、到着したころにはしっかりと朝日が昇っていた。
「こ、ここです。ここが罪人の村っス……」
「よし、分かった。ニッキはもう帰れ」
「えっ、どうしてですか?」
「どうしてもこうしてもないだろ」
宴の夜に俺が殺した5人と共に、おそらくニッキは死んだと思われてるはずだ。
そんな奴がネーフェの村の人間と共にひょっこり現れたら……得になることはきっと何もない。
「お前がこちら側にいると、たぶん裏切り者だと思われるぜ」
「どうしても王子が帰れって言うなら帰りますけど……でも、俺だってセトさんに言いたいことがあるんすよ」
「お前が何を言うんだよ」
「もうこれ以上ネーフェの村に何もしないでくれって。俺、あの村でこのままずっと暮らしたいっスから」
「いい気概だ。じゃあここで待ってるから言ってこい。殺されるなよ」
「俺一人!? 一人じゃ絶対ムリっすよぉおおっ!?」
「俺に守ってもらう気満々だな」
「もしかして男は守らない主義っスか?」
「本来そうなんだが、お前は俺の従者だ。殺されると何かと困る」
「へへ、そうっスよ。俺は王子の付き人っスから守ってもらわないと困ります!」
この野郎、嬉しそうな顔をしやがって。
気持ち悪いから殴り飛ばしたいところだが、余計なエネルギーの消耗は避けるべきだろう。
なんせ俺たちはたった二人で敵陣に乗り込んできてしまったのだから。
「しかしアレだな。この村きったねーな……」
「まぁ、掃除する人とか全然いないっスからね」
ネーフェの村は、分かりやすく言うと田舎の村をそのままそっくり持ってきた感じ。
村人は清潔で道端にゴミが落ちてることもないし、ジードが色々と頑張ってるから住み心地は悪くない。
しかしこの罪人の村は、何と言うか村全体が臭い。
生ゴミがそこら中に落ちてるし、乾いた小便の匂いがきつい。
元気に走り回る子供の姿は一人も見当たらないが、代わりに豚などの家畜がその辺をうろうろしている。
村人はその世話をするでもなく、道端で数人がさいころを転がして博打に興じていた。
うーん、帝都の貧困街みたいに荒んでるな。
「俺は大して長い間ここにいたわけじゃないっスけど……ここよりネーフェの村に住みたいって気持ち、理解してくれます?」
「すっげー分かる。俺もここ、ムリ」
「分かってもらえて何よりっス」
「入りたくはないが、行くぞ。セトの家まで案内しろ」
「はい。確か、セトさんの家は一番奥っス……」
砂利を踏みしめ、いざ罪人の村へ。
まっすぐにセトの家へと向かうつもりでいるが、おそらくそうはいかないだろう。
罪人とか言う後ろ暗い過去を持つ奴は、たいていは見慣れない人間に敏感に反応するものだ。
さいころを転がしていた罪人はすぐ俺たちの存在に気づき、険しい顔をして立ち上がった。
人数は……三人か。
「おう、何だてめえは。見ねえ顔だなぁ」
「下がってろ三下。お前らに構ってる時間なんかねえんだよ」
「あぁ? んだとぉ!?」
「待てよ、どうせこいつも新しい罪人だろ……って、ニッキじゃねえか」
「ど、どもっス」
「てめえ生きてやがったのか。ネーフェの村で死んだって聞いてたけどなぁ」
「えーと、今は色々あってそのネーフェの村で厄介になってるんスよ」
「はぁ? どういうことだ?」
「どーもこーもそういうことだ。で、俺はその村の代表としてここへ来た。村の場所の分かるニッキに案内を頼んだ。以上だ」
「何ぃ、ならパドスやディアスたちを殺した奴らの仲間じゃねえかっっ!」
「仲間って言うか俺がその張本人だ」
「ふざけんな、てめえみたいなお坊ちゃんに殺せるものかよぉっ!」
「もしかして何も聞いていないのか? 聞いてないなら、試してみるか?」
「くっ……!?」
俺が剣をちらつかせると、動きが止まった。
少しは話を聞いてるようで、それが十分な抑止になったようだ。
無駄な殺しで体力を使わずに済みそうでほっとした。
「……確かにセトの兄貴が言ってたぜ。向こうの村にかなりやりそうなヤツがいたって。今はやめとけ」
「マジかよ、こいつまだガキじゃねえか……!」
「今日はそのセトに会いに来た。ここんとこお前らのおふざけが過ぎる件についてだ」
「おふざけ……? あぁ、へっへっへ。何のことか分からねえなあ」
「その顔、分かってんじゃねーか。家畜を殺したり、井戸を汚したり、昨夜は昨夜で火事騒動だ。一体どういうつもりだ?」
「あぁ〜、それな。やっぱり、俺たちが守ってやらねえとそういういたずらをするやつも出てくるよなぁ」
「きっと他所の罪人どものしわざだろうなぁ、ケッケ。今までは俺たちが目を光らせてたからお前らは安心して平和に暮らせていたって訳だ」
ニタニタと愉快そうに笑う罪人ども。
セトと話すまでもなくすべてがこいつらの仕業であると確信できた。
しかし今更そんな確信は必要ない。
「おぼっちゃんよ、話に来たってのはそのことかよ」
「だったら何だ?」
「今からでも遅くねぇ。セトさんに頭を下げりゃ、そういう嫌ぁ〜な事件も起きなくなるはずだぜ?」
「……それがお前たちの理屈か?」
「くっくっく。俺ぁ正しい助言をしてやっただけさ」
「大人しく食いもんと女、貢いどけばよかったなぁ? そうすりゃこんな目に逢わずに済んだってのになぁ」
「……あ、お前らの後ろにセトがいる」
「えっ!?」
「隙あり」
「ぐはっ!?」
「ひぎゃっ!?」
「あぐうっ!?」
セトの名に驚いて振り向いた三人組。
その右の男のみぞおちに正拳を一発。
真ん中の男の鼻面に頭突きを一発。
左の男の頬に渾身のフックを一発。
たったそれだけの攻撃で、男どもは崩れ落ちた。
悪い事ばっかりしてて、全然体を鍛えてねーなこいつら。
「ふぅ〜、ちょっとストレス解消」
「け、喧嘩強すぎないスか王子……! 一発っスか!?」
「不意打ちだったからな。心の準備ができてないうちに殴るのが一番効く」
「それにしたって体格も違うってのに。しかも動きが速すぎっす」
「体格じゃなく、大事なのは体重の乗せ方だ。今度ニッキも鍛えてやるよ」
「いや〜、何かそれ怖すぎっスね……」
俺はエルフの血が混じっているから、普通の人間とは筋肉の質が違うのだろう。
この俊敏性は明らかにエルフのものであり、チートな肉体に生んでくれた母上には感謝感激だ。
「じゃあ行くぞ。確か、一番奥の家って言ってたな」
「あ、はい」
これ以上誰かに絡まれるのも面倒だ。
殴り倒した三人をそのままに、俺とニッキは急ぎ足でセトの家へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「セト、いるかぁっ!?」
「ん……? やぁ、フィーア君じゃないか!」
ゴミクズ相手にノックなどしない。
バアンと扉を開けて、いきなり踏み込んでやった。
首領と言えど、その家は大きくない。
ドアの向こうは台所であり、奥にベッドが置いてあり……この家は、この一部屋しかないようだ。
そのベッドの上で、両脇に女を抱えたセトが寝ころんでおり、気のせいか部屋が精子臭い。
あ、右の女の乳輪が見えた。
いやいや、今はそんなことはどうでもいい。
「今ちょうど朝の儀式を終えたところでさー。ちょっと匂いがするかもしれないよ、来るなら前もって鳩でも飛ばしてほしかったなぁ」
「言っておくが、俺は相当頭に来てる。悪いがこのまま話をさせてもらうぜ」
「おやおや、そんなに怒ると血圧が上がるよ。どうだい? 二回戦はフィーア君も交るかい? 4Pってのも悪くないだろう?」
「女が三人、俺が一人ならな。邪魔だからその女どもを帰せ」
「やれやれだね。……さ、帰るんだ。しばらくしたら別の子に来るように伝えてくれ」
セトにそう促され、二人の女たちはのろくさと身支度をした。
表情の変化は乏しく、生気のない顔をしている。
俺に裸を見られようが全くお構いなしだった。
普段からセトにずいぶんと無茶な奉仕を強要されていることが垣間見えた。
「さてと、それじゃあ女の子たちも帰ったし。今日は一体何の用かな?」
「自分の胸に聞いてみやがれ。今俺たちの村に起きてることを知らないとは言わせない」
「んー、くっくっく。何のことか分からないよ。もしも困ってることがあるのなら力になってあげようか?」
「ざけんなよ。お前らが何の力になるってんだ」
「フィーア君が僕に頼むなら、何でも力になるよ。そうだねぇ……ネーフェの収穫物の85%で手を打とう!」
「てめぇ……!」
「いや、実はうわさに聞いてるんだよ。今、ネーフェの村が色々と大変だっていうのはね」
以前は収穫の6割を持って行ってたと言ってた気がする。
今度は更にその上、8割5分を何もせずに得ようとしている。
そんなに収奪されたら、それこそネーフェの村の終わりだ。
「牛舎でマールバニア語での書置きを見た。お前が書かせたんじゃないのか?」
「逆に聞くけど、どうして僕が疑われるような書置きを僕が残すんだよ。道理にかなってないじゃないか」
「確かにそうっスね。言われてみれば」
「アホか、納得してんじゃねー!」
「おや、その特徴的なしゃべり方……ニッキじゃないか! 君、生きてたのかい?」
「は、はい。あれから色々とあって、王子と一緒にネーフェの村にいるっス……」
「ふーん、まあどうでもいいけどさ」
セトはニッキにはあまり関心がないようだ。
そもそも村に来たばかりのニッキの事なんて、関心があったらかえっておかしいのだが。
「俺、あの村が気に入ってるんっス。だから、もうあんなことはしないで欲しいんです。お願いしまっス……!」
「ここに来た時、助けてやったのは誰だ? 僕たちだろ?」
「そ、それは確かにそうっスけど……」
「その恩も忘れてネーフェに住むのかい? いやあ、驚きだなぁ」
「恩着せがましいぜセト。そんなことより、村の家畜を殺したり、井戸水を汚したり、すべてお前らのやったことに間違いないな?」
「だから、知らないよぉ。一つでも証拠はあるのかい?」
「そんなものは必要ないってことに気付くまでに時間がかかった。怪しいと思ったら即座にたたっ斬れば良かったんだってな」
「くっくっく、どうやら本気みたいだねぇ。こりゃマズいよ、なんせ今の僕は丸腰だ」
「武装してようがなかろうが、俺は遠慮するような人間じゃない。お前は今、このまま殺す」
間髪入れずに剣を抜く。
セトは身じろぎひとつせず、瞳にも全く動揺はない。
剣も防具もセトからは遠く、間に合わない。
こいつは、全く死を恐れないのだろうか。
「来ないのフィーア君? ほら、僕のベッドにおいでよ。君、美男子だし……お互いに掘りあっても楽しいかもね!」
「……俺にそんな趣味はねぇ」
──いや、違う。
こいつは死を恐れないんじゃない。
今この状況において、自分が死ぬとは思っていない。
自分の方が優位に立っていると信じ込んでいる。
つまり、セトは確実に何か切り札を隠し持っている。
うかつに斬り込んだら、やられるのはこっちだと俺の直感が言っている。
剣を構えたまま、俺は一歩も動くことができなかった。
「お、王子。どうして斬らないんスか……?」
「ニッキ、うかつに動くなよ。動いたらお前、死ぬぞ」
「えっ!?」
「んん〜、いい勘してる。フィーア君はやっぱり、僕の部下になって欲しいところだね」
「お断りだ」
「残念だね。じゃ、斬りかかっても来ないようだし……もう話は終わりでいいのかな? 女の子、呼んでいい?」
「絶倫だな、案外」
「まあね。否定はしないよ」
「この罪人の村は女の数が少ないって聞いたぜ」
「そうなんだよ! もともとの数が少ないうえに美人はもっと少ないし、ネーフェの村が本当にうらやましいなぁ〜」
セトは確か、女も欲しがっているとジードが言っていた。
もともと収穫物のほかに若い女も要求していたはずだ。
多分、同じ女ばかりでヤリ飽きてきたんだろうな。
「案外この島の暮らしって退屈だよね。罪人どもは弱くて歯ごたえがないし、僕はお酒嫌いだし、女とヤるしか楽しみがないんだよ」
「なら、俺がお前の欲求を満たす楽しい事を提供してやろうか?」
「へえ、フィーア君が?」
「ああ。実はひとつ提案があってここへ来たんだ」
「僕を殺しに来たんでしょ?」
「それができそうになかった時の、もう一つの案だ」
「聞かせてよ。何かいい話っぽいし」
セトが身を乗り出してくる。
こいつの切り札が分からない以上、今この場では殺せない。
だからと言って、手ぶらでは帰れない。
ネーフェの村をこれ以上傷つけないという確約か、状況を変える何かを持って帰る必要があった。
「セト、俺とゲームをして遊ぼうぜ」
「ゲーム?」
「ああ、ゲームだ。お前が勝ったらネーフェの女も食い物も、何もかもくれてやる。男は奴隷にするなり好きにしろ」
「ちょ、王子、何なんスかそれは!」
「黙ってろニッキ」
「そうだよ、ニッキは黙りなよ! 何だかすごく面白そうな話じゃないか!」
思った通り、食いついてきた。
こいつは案外ガキっぽいところがある。
そして、この島の暮らしにひどく退屈している。
それなら乗ってくるかもしれない。
「教えてよ王子様。ゲームって一体何をするの?」
「安心しろ、お前の得意分野だ」
「僕の?」
「名付けて戦争ゲーム。場所はネーフェの村で、明日の朝ゲーム開始。何人部下を連れてきてもいい。俺を殺すか、捕らえたらお前の勝ち。もしも俺を捕らえることができたら部下になってやる」
「君の勝利条件は?」
「お前ら全員皆殺しにすること。それが唯一の条件だ」
「ふふふ……はっはっは、あーーーーっはっは、面白いね! 何それ、何その僕に有利すぎるルール! 本当にそれでいいの? 王子様、本気で言ってるのそれ?」
「どのみちこの村の罪人どもは皆殺しにするつもりだった。どうせならド派手に行こうぜ」
「軍人の僕とド派手に戦争ごっこ? フィーア君、ねぇねぇ本気?」
「お、王子、考え直してくださいっス!!」
「いーや駄目だね、もう決まり! そのゲーム最高だよ!」
「ちまちま井戸にゴキブリ投げ込むよりずっと楽しいだろ?」
「本当だね。楽しいなぁ、フィーア君とガチで殺し合いかぁ〜」
「村人には手を出すなよ。あくまで俺とお前ら罪人たちとのゲームだ。ネーフェの村人は、ゲーム会場を提供するだけだ」
「ふふふ、承知したよ。約束する」
「絶対だぞ」
「女は一番に誰を貰おうかな? エミリアかな? それともリーゼかな? カタリナもいいね。その日のうちに全員犯さなきゃ! 僕、今から精子を貯めておいた方がいいよね?」
「……勝手にしろ。明日の朝、待ってるぜ」
「王子〜っ……待ってくださいよ〜……!」
村に戻ったら、なんて提案をしたんだとドヤされるに違いない。
しかし結局のところ、これしか揉め事を収められない。
殺し合いという最悪の手段こそが、この島での最短最良の解決方法なのだから。




