第2話『仲良し家族とさようなら』
──王宮に戻ったのはすごく久しぶりだ。
思えばここ数か月は女の家を転々としていて、全然帰っていなかった。
そんな久々の四男の帰還にも関わらず場の空気は冷え切っている。
それ以前に俺は両手両足を縛られてイモムシみたいに王宮の一室に転がされていた。
呪術が施されているのか、力を入れても縄は全くビクともしない。
全く、理不尽極まりない事態になっちまったもんだ。
そして俺を見つめている合計6つの目。
目の前にいるのは──俺の兄弟たちだった。
「くっく、いいザマだなフィーア」
「ようモノ兄貴。久々だってのに御大層な歓迎で痛み入るぜ」
俺の嫌味にも顔色一つ変えないのは帝国の第一王子であるモノ・ラズヴァート。
こいつは冷静でとんでもなく頭が切れる。
代わりに人間としての情がおおいに欠落しているが、将来オヤジの跡をついでこの国を率いていくのはこいつに違いないと踏んでいる。
「父上から聞いているだろうが、本日をもって一族の恥部であるお前をラズヴァート家から追放する」
「あぁ、聞いてるよ」
「クズなりに言いたいことがあるなら今のうちに言うがいい。なんせ最後の別れだ」
「あるに決まってんだろ! 一体俺の何がそんなに悪かったってんだ」
「王国の金を不正に用いて常軌を逸した飲み食いをしただけでも万死に値する」
「戦争続きで不景気のこのご時世、城下に金を回してかなきゃ国民は飢え死ぬぜ。俺なりの公共事業だよ」
「くっく、全くの詭弁だな」
鼻で笑うモノ兄貴。
まあ、勢いで言ったに過ぎないのだがあながち嘘でもない。
実際、麗しき蜜壷亭は俺のおかげで左うちわだったんだからな!
「ドゥーエ。愚かな弟にお前からも何か言葉をかけてやれ」
「かける言葉などありませんよ、兄さん。兄弟ながらホトホト情けない限りです」
「へっ、ドゥーエ兄貴は相変わらず腰ぎんちゃくしてるのか」
「何とでも言いなさい。そもそもあなたの罪はお金の事だけじゃありませんよ」
「はぁ? 他に俺が何をしたってんだ」
この鼻につく話し方をするのが第二王子のドゥーエ・ラズヴァート。
小さな頃からモノ兄貴の言いなりで、それは大人になった今でも変わりない。
聞きようによっては物腰柔らかで低姿勢なので、他国との交渉は今やドゥーエ兄貴が行うことが多い。
「先日、あなたがアルフレッド通りで起こした暴力事件。あれをなかったことにするのに一体どれだけ腐心したことか! 国際問題ですよ!!」
「あれは隣国の大使が娼婦を殴ってたからだ。勝手に中出しした挙句、逃げようとしたって言うぜ」
「汚らわしい言葉で耳が腐りそう……あなたのお友達の売女のゲルダでしたか?」
「ああ。追いかけて文句を言ったゲルダは殴られて、歯が折れた。だから代わりにあの豚野郎の前歯を叩き折ってやっただけだ」
「たかが売女なんだから、そういう危険も承知の上でしょ?」
「妊娠したらどうすんだよ」
「中絶すれば良いでしょう」
こともなげに言うドゥーエ兄貴。
所詮は下層の人間の出来事と関心を持っていない。
それよりも友好国の大使が暴力を振るわれたことがずっと大事であり、許せないようだ。
確かにあの事件を闇に葬るのには苦労したようだが、俺は俺だけが悪かったとは思わない。
「ドゥーエ兄貴、もう良いだろう。所詮フィーアは妾の子。我々とは違うのだ」
「そうですね。トロイスの言う通りです」
「妾の子でありながら、我々と同列に扱っていたことがそもそもの間違いだったのだ。その間違いを、今正そうではないか」
「言うじゃねーか。俺は一度もあんたらと同列に扱ってもらった記憶はないけどな!」
俺の気勢にフンと鼻を鳴らすトロイス・ラズヴァート兄貴。
もしかしたらこの中でもっとも俺を嫌っているのはコイツかもしれない。
なんせ、物心ついたころからコイツとはまともに会話したためしがない。
厳格な性格で礼節を重んじるゆえ、妾の子である俺を見下しているのだ。
モノ兄貴やドゥーエ兄貴ほど頭は回らないが、トロイス兄貴は武に秀でている。
いつか剣術大会で半殺しにしてやりたいと思っていたが、どうやらそれは叶わぬ夢となりそうだ。
「私はな、昔からお前のいい加減さが許せなかった。今だから言うが」
「ああそうかい。そいつは悪かったな」
「女に溺れ、酒に溺れ、自堕落な生活を送り、王家の血を引くものとしての誇りもない。半分は同じ血が流れていると言うのがおぞましい」
「でも、そんなフィーア君が国民人気が一番高いって知ってたぁ〜?」
「戯言を……! 愚かな大衆を味方につけていい気になるな!」
おっ、怒った。
こないだの新聞の人気投票で、(国を任せてもいいかどうかはおいといて)ダントツで人気だったのは俺だった。
こうして怒るところを見ると、思ったよりもずっと気にしてたのかもしれない。
「別れの挨拶は済んだか?」
「父上。ま、それなりにね」
場の空気が存分に悪くなったところでようやく親父がやって来た。
そうして床に転がっている俺を一瞥。
何か情けある言葉をかけてくれるかと期待したが、そんなものはなかった。
「親父。俺をどうするつもりだぁ?」
「安心しろ、殺しはせん。お前には国外退去を命ずる」
「ほー。そりゃありがたいね」
強がっては見たものの、正直言って安心した。
殺されさえしなければ何とでもなる。
生きてさえいれば、きっと楽しいことがある。
何事もポジティブな俺はそう考えてはみたものの、最後にミナとヤレなかったことは悔いが残る。
あー、もう一回でいいからあの乳を揉みしだきながら果てたかったなぁ……。
ま、新たな地で新たな乳を探すしかないか。
「んで、国外退去って? 俺はどの国に行って暮らせばいい」
「国ではない」
「はぁ?」
「フィーアには、罪人島へ行ってもらうことにした。そこで生涯、己が愚かさを悔やむがよい」
「罪人島?」
「うむ。この帝国の犯罪者どもを隔離している絶海の孤島じゃ。殺人、強盗、強姦、その他様々な罪を犯した者がそこでひっそりと暮らしている」
「素晴らしい場所です父上、クズのフィーアにはぴったりな島ではありませんか!」
「冬は寒く、夏は暑い。食い物もロクにないが、当然配給などは一切ない。生きるだけで精いっぱいだろう」
「良かったじゃないか、クズのフィーア。せいぜいそこで生きる喜びを噛み締めて暮らせ」
「いやいやいやいや、ちょっと待てって!」
「クズのフィーアの性根を叩きなおすにはもってこいの場所ですな、父上」
「叩きなおしたところでもう遅いですけどねぇ。フッフッフ」
一体なんだ、罪人島って。
果たしてそこに新しい乳はあるのか?
どう考えても楽しくなさそうな環境なのに、アニキたちはニタニタと笑いあっている。
コイツら……いや、マジで殺したい。
「海が近いだろうから、きっと毎日泳げるぞ。くっく、良かったじゃないかクズ。あーっはっはっはっは!!」
「クズのフィーアは泳ぎが得意ですからねぇ〜。楽しそうですねぇ〜、ぷくくくっ」
「罪人だらけなら、クズのお前にあった友達も出来るはずだ。考えられる限り最高の環境だ」
口々に勝手な事を言い合う兄……いや鬼畜ども。
いますぐ俺の祈りが通じて全員心臓麻痺か何かで死なないだろうか?
しかし残念ながら、普段から祈る習慣のない俺の都合のいい願いは神には届かなかった。
「考え直す気は? 母さんからもらった俺の力、いつか何かの役に立つかもよ?」
「お前の力は限定的で、近代の戦争では使えん。それに気付くまで時間がかかったわ」
「クソが……そこまで船で行くんだろ。俺は絶対に逃げてやるからな……!」
「いや、船ではない」
「あぁ? 島なんだろ?」
「船では道中、悪賢いフィーアには逃げられる恐れがある。貴様ごときに使うのは惜しいが、転移石を用意した」
「はっ……!?」
「ではな、我が息子『だった』フィーアよ。せいぜい達者で暮らすが良い」
「えっ、あっ……えぇっ!?」
何の躊躇も余韻もなく。
親父が輝きを放つ小さな石をかざすと、俺の転がっている床に魔法陣が浮かび上がった。
そしてその魔法陣がまばゆい光を放つと同時に──目の前から忽然と景色が消えた。
最後に俺の瞳に移ったのは、兄貴どもの残酷な笑みだった。