第19話『王子様の罪』
「フィーアさま、大変です! 今日はフワボさんの鶏小屋が襲われました……!」
「またかよ……」
「行きましょう、王子!」
その後もネーフェの村では、家畜の惨殺事件が続いた。
初めにクロスの家の牛。
その次にガスパチョの家の豚。
その次はシェーブルの家の羊。
その次はアマンディーヌの家の馬。
その次はトレビスの家のあひる。
昨日は、セルリアクの家のうずら……。
5日に一度ほどのペースで起きていた事件は4日に一度になり、やがて3日に一度になって、すぐに2日に一度になった。
そして今では毎日、誰かの家で何かが殺されている。
急いで駆けつけた鶏舎の中は、思った通り無残な光景が広がっていた。
「ひどい……! 30匹以上の鶏が全部殺されてます……」
「マズいな。これじゃあ村中の家畜がいなくなっちまう」
「フワボさんの家の鶏がいなくなってしまったとなると、もうこの村で鶏卵をとることはできませんね……」
「じゃ、じゃあもしかしてエミリアさんのハムエッグ、もう食べられないんスか!?」
「そういうことになります……他に鶏を飼育している人もおりませんし……」
「何ィ〜〜っっ!! 俺は朝は目玉焼きがないとダメな人間なんだぞ!」
「そ、そんなことを私に言われても困りますっ」
「クソが、セトの野郎……!」
「やっぱり向こうの村の人間の仕業なんスかね……」
「他にいねーだろーが!」
犯人は罪人どもで間違いなく、これが奴らの悪質な嫌がらせであることにもすぐ分かった。
しかしその証拠がない以上、悪賢いセトはしらばっくれるに決まっている。
そのため動かぬ証拠……犯人を捕らえるために見張りを立ててもみたが、そういう時には事件が起きなかった。
奴らは闇に乗じて悪さをするスキルに長けており、ネーフェの村人に見つかるようなドジを踏むことは決してなかった。
殺されているのが家畜であると言っても、そのダメージは大きい。
ここは家畜をよそから買ってこれる地じゃないし、今いる家畜を繁殖させて未来へつないでいかなくてはならないのだ。
少なくとも鶏の卵に関してはその未来が絶たれてしまった。
「王子どの、ここにおったのですか」
「ジードか。……またやられちまった」
「まさか鶏が全滅とは……夜中とは言え、誰か物音を聞いたものはおらんかったのか?」
「鶏舎は住宅地から離れてる……匂いがきついからな。無理もない」
「うむむむ……!」
温厚なジードも怒り心頭と言った様子だ。
せっかく手に入れたはずの村の平和が音を立てて崩れていく。
さすがにこのまま手をこまねいている訳にはいかなかった。
「今日から見張りの人員を増やそう。昼も夜も、襲われそうな場所を交代で見張るんだ」
「分かりました、すぐに声をかけますですじゃ」
「今夜からは俺も見張りに立つ。見つけ次第捕らえて洗いざらい吐かせてやる」
「お頼み申し上げます。これ以上家畜を失ってしまうと、村の生活が立ちゆかなくなってしまいますゆえ……」
この一連の事件の犯人を明らかにするためには生かして捕らえなければならない。
ハムエッグの恨みが大きすぎるあまりに、見つけ次第殺してしまいそうだが。
「たいへーん! 大変だよ王子さま〜、村の井戸がぁ〜!」
「何だよリーゼ、井戸がどうした」
「い、井戸の水を汲んだら気持ち悪い虫の死骸がいっぱい……なんか腐ったような匂いもするし……」
「何じゃと!?」
「クソったれが……行くぞ!」
どうやら被害は家畜だけにとどまらないらしい。
俺たちが広場の井戸に駆けつけると、水汲みに来た村人が困惑した表情を浮かべていた。
「どうしたカタリナ、水の中に何が入ってる」
「ひぃっ……お、王子様……これ……!」
「げっ……き、キモいっス」
桶の中には大量のゲジやゴキブリの死体が浮かんでいた。
ネズミの死骸が浮かんでいる水桶もある。
腐って膨らんだ魚の死骸が入っている桶すらあった。
気のせいかウンコの匂いまで漂ってくる。
どうやら不潔で生理的に受け付けないものばかりを運び込み、井戸にぶち込んだらしい。
「王子様、どうしよう……もうこの井戸使えないよ〜……!」
「む、村の水源を汚すとは……! 苦労して掘ったと言うに……!!」
「ジード、怒るのは後だ。これ以上井戸が汚れないよう水と汚物をすぐに全て汲み上げさせろ!」
「分かりましたですじゃ。今すぐ村人を集めます」
「井戸をカラにした後、内部も徹底的に掃除させろよ。終わったら浄化のための炭を入れろ」
「そうすれば使えるようになるっスかね……」
「水が入れ替わってもすぐには無理だ。何度も浄化して、ニッキが飲んで大丈夫なら村人も飲むことにする」
「うむ、そうしましょう」
「ニッキさん、責任重大ですね」
「いやいや、ちょっと待ってくださいっス!」
「でも、ニッキで試すまでの間はどうするの? 水が無きゃ生きていけないよ〜」
「川の水がある。ただしここの川の水は煮沸しないと中毒を起こすかもしれない。流れを見るに、ここはだいぶ下流のようだからな」
「確かに、井戸を掘るまではお腹を壊す村人が多かったです……」
「川の水なのになんでだろうね~? キレイに見えるけど」
「きれいに見えても川の水には動物のフンとかが混じって危険なんだよ。だから一旦火を通すんだ」
「やれやれ……ニッキが飲んで確かめるまで面倒ですのう」
「俺スか? 絶対に俺が最初じゃなきゃ駄目なんすか!?」
「お前しかいねーだろ。まさか俺に汚れた井戸水のテイスティングさせる気か?」
「王子、ここに来るまでコオロギとか食って生き延びたらしいじゃないっスか。王子の方が向いてると思うっス」
「コオロギ食って腹壊さない俺じゃ、逆に試飲に向いてないだろーが」
「ふふふ、本当ですね」
「そうだね、王子じゃなくニッキにけってーい!」
「村人のために頑張るんじゃぞ、ニッキ」
「ええええええ……」
ここは村人のために働くと誓ったニッキに頑張ってもらおう。
俺とジードは、家畜小屋と共に井戸も今夜から重点見張り区域に加えることにした。
しかし、家畜だけじゃなく井戸まで汚すとはだんだん向こうのやることもエスカレートしてきた気がする(井戸水を汚すのは帝都でも重罪だ)。
これ以上の無法は断じて止めさせなくてはならない。
そのためには動かぬ証拠をつかみ、言い逃れができないようにしてやる。
この時の俺はそれが最善の方法であると信じていた。
それがネーフェの村に破滅を招く判断であるとも知らずに。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
村の食糧庫が炎に包まれたのは、井戸をめちゃくちゃにされたその日の夜だった。
俺は家畜小屋を一通り見回り、異常がないことを確かめ、腰を落ち着けて妙な気配を感じたらすぐに動けるように待機していた。
そうして見張りを続けて何時間待ったか──。
ある時、村の一角が煌々と明るくなっていることに気づいた。
それが炎であると分かるまでに時間はかからなかった。
「火を消せ! 早くしないと家に燃え移るぞ!」
「急ぐんじゃあ! ありったけの水をぶっかけろ!」
村人たちが総出で鎮火に当たる。
しかし水をかけても火の勢いは弱まるどころか、かえって勢いづいていくような気がした。
この中には村人を養うための大量の小麦やその他穀物、野菜、保存がきくように加工した肉などが置かれていた。
この村では働きに応じて、もしくは家族の人数に応じてジードが公平に食料を分配する。
俺は食糧を一ヶ所で保存するのは問題があると考えていたが、そうした村のシステムと利便性を考慮し、その問題を据え置いていた。
しかし過小評価した問題点が、こうした致命的な結末を招いてしまった。
ようやく食糧庫の火が消えた頃には、もう明け方になっていた。
村人たちの努力によって、住宅へ燃え広がることはなかった。
しかし、大切に保存されていたこの村の食料はと言うと──。
一晩燃え続けた火により、全てが灰と化していた。
「おおお……何ということじゃ……」
「おじいさま……」
燃えカスとなった食糧庫の前でジードが膝をつく。
駆け寄るエミリアだが、祖父にかける言葉が見つからない。
それを見守るニッキも、リーゼも、俺も、他の村人も言葉を失ったまま焼け跡を眺め続けた。
「王子どの、これもセトの仕業かのう……」
「十中八九、間違いない。あの野郎、食糧庫に目をつけてたとは……」
目の前で食糧が炭になっていくのはダメージが大きかった。
これならまだ盗まれた方がマシだった。
盗まれたものなら取り返せるが、どんな魔法使いでもこの消し炭を食料に戻すことはできないだろう。
「もう終わりじゃ……次の実りの秋までの食料を失った。この村はもう駄目じゃ……!」
「おじいさま、しっかりしてください!」
「もう駄目なんて言わんでくださいっス」
「何故じゃ……エミリア、教えてくれ。ワシの何が悪かったんじゃ……!」
「おじいさまは何も悪くありません。悪いのはセトです……!」
「……ジード。この食糧庫のものを失って、この村はどれくらいもつ?」
「どれくらいかじゃと? もつはずがありません! ええ、この食糧庫のものが無ければ、この村は一週間ともちませんわい!」
「エミリア、どうだ?」
「はい。昨日、配給を終えたばかりですから……やはり一週間が限界だと思います」
「一週間か……」
「絶望的っスね……」
みんな暗い顔をしたが、俺は上等だと思った。
一週間も持つのであれば、まだ勝ちの目は十分にある。
そのためには、もはや座して待つと言う選択はない。
俺は村人たちに向き直った。
「……ジード、それに村のみんなも。俺が悪かった、勘弁してくれ」
「げっ、王子様が頭下げた〜っ!?」
「王子どの……? 仰る意味がよう分かりませんが……あ、頭をお上げくだされ」
「今回の事は俺に罪があると言っている」
「いいえ、フィーアさまは村を守るために良くやってくれました! 今日だって自ら夜通しで見回りをして頂いて……」
「そういうことじゃない。俺はこの一連の事件はセトの嫌がらせだと思ってたんだ」
「いえ、これはセトの嫌がらせに違いないですじゃ」
「いや、違う。これは嫌がらせじゃない」
「フィーアさま……?」
証拠だなんだと生ぬるい事を言っていた俺が甘すぎた。
こんな無法の島で証拠もくそもない。
怪しいと思ったら即座に殺すくらいでちょうど良かったんだ。
平和なネーフェの村人たちに良くも悪くも感化され、冷静で残酷な判断ができなくなっていた。
村を守ると豪語していたくせに、何という失態だろう。
俺は何よりも俺自身が許せなかった。
「ニッキ、今すぐ罪人の村まで俺を案内しろ」
「な、何しに行くんスか?」
「セトに会いに行く」
これはもうセトと俺との戦争だ。
戦争がとっくに始まっていたことに、今日まで気付けなかった。
それが俺の罪だった。




