表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/47

第18話『みなごろし』


 驚きのセト襲来の結末だったが、俺は奴の言葉を信じてはいなかった。


 ネーフェの村は──彼らがこの島に来た特殊な事情によって──畑を耕す力があり、おかげで食い物があり酒もあり、鍛冶屋もおり、その他生活に必須な職人がたくさんいる。

 脅せばそれらが何でも出てくるこの村を手放すとは到底考えられなかった。


 何ならあれは俺たちを油断させるための狂言であり、その日のうちに報復行動に出ることすら想定していた。


 しかし、それから丸一日が過ぎても何も起こらなかった。

 気を張っていた俺は、油断せずに過ごしていたが、……さらにもう一日が何もなく過ぎた。

 そして何もないままさらにもう一日が過ぎた。

 さらに、もう一日──。

 気付けば、何も起こらないまま一週間の時が流れてしまった。


 もちろん何も起こらないのが一番良いことに違いない。

 突如として罪人から解放された村人たちは、みんな活き活きと日々を送っている。


 俺とニッキはそんな村人たちに交じり、穏やかな日々を過ごしていた。

 田舎暮らしは退屈だと思っていたが、案外やることが多くて忙しい。

 ニッキは手伝いと称して野良仕事に精を出し、その真面目な働きぶりが好評を博していた。


 「王子、また野菜もらってきちゃいました……」


 「また!? どーすんだよ、こないだの玉ねぎがすでに腐りかけてるぞ」


 「俺に言われても困るっスよ……」


 ニッキは年増キラーなのか、特におばちゃんたちに受けが良かった。

 農家のババアから毎日食いきれないくらいの野菜をもらってくるものだから、エミリアの作るメシはほとんど野菜料理メインになってしまっている。

 このまま流刑地生活を続けていたら、俺の体はたいそう健康になっていくだろう。


 そして、俺はというと村の防衛のために力を注いでいた。

 セトの件が片付いたにせよ、同じようなド悪党な罪人が現れないとも限らないし、守りを固めておくことに越したことはない。


 それに……自分の思い通りの拠点を作っていくというのはとてもやりがいのあるものだ。

 俺はその仕事に思いのほかハマってしまい、毎晩思いついたアイディアを紙に書いたり、ニッキやエミリアに聞かせたりして過ごした。


 正直それは新鮮な体験であり、女と遊ぶよりも、酒に溺れるよりもずっとずっと楽しかった。

 そんな充実した日々を過ごしているうちに、セトの事なんてすっかり忘れてしまっていた──。


 「……よーし、これで村の見張り塔は完成だ!」


 「できたっスね〜。早かったっス」


 塔自体は木でできた簡素なものだが、大工職人と相談してかなり丈夫になるよう組んでいる。


 二人は登って見張れるスペースも確保しているし、急ごしらえにしては上等だ。


 「王子、ところでなんすかあの鐘は」


 「ネクに言って作らせた。いい出来だろ」


 「そりゃあ当然、時間を知らせるためのものじゃろ。良い子の皆さんがおうちに帰る時間を知らせるのに都合がええわい」


 「ちげーよ。あの鐘を鳴らして敵がどの方角から向かって来てるかを知らせるんだ」


 「や、言ってる意味分かんないっス。鐘を鳴らしてどうやって方角が分かるんスか?」


 「門を全部で4つ作ったろ。一回鳴らせばイの門から。二回鳴らせばロの門、三回鳴らせばハの門、四回鳴らせば二の門から敵が来てるって具合だ」


 「ふむ、なるほどですじゃ」


 「じゃあイの門とロの門から同時に来たらどうなるんスか?」


 「当然、鐘は三回鳴る」


 「ハの門と被るじゃないっスか」


 「それは間隔で知らせればいい。カンカンカンでハの門の方角から。カン……、カンカンでイとロの門からって具合に一拍置かせる」


 「へぇ〜、それなら分かりやすいっスね」


 「全部の門から来たらどうするんですじゃ?」


 「鐘を乱打する。とにかく、一発でも鐘が鳴ったら村人を非難させるのがジードの仕事だぜ」


 「分かりました」


 「ニッキも見張りをすることがあるだろうし、単純なんだから全パターン覚えろよ。間違ったら死人が出ると思え」


 「プレッシャーがすごいっス……!」


 「ふぉっふぉっふぉ。せっかくネクに作ってもらったが、鳴らずの鐘であってほしいですのう……」


 「確かに……ん?」


 「おわっ! て、敵っス! 全方位からっスよ!!!!」


 突然、鐘がガンガンガンガンガンガンとやたらめったらに鳴りまくった。

 まさか敵襲か!?

 ふいに身構えたが、しかし違った。


 「うわぁ、これすっごい音〜!」


 「もう一回やってみようよ。次はわたしの番だからね〜」


 「が、ガキども……ここは遊び場じゃないぞっっ!!」


 「えー、王子のケチー!!」


 「るせー! 危ないから早く降りろ!」


 「なんじゃ、村の子かいな……」


 一番鳴ってほしくない鳴り方をしたものだから焦ったが、ただの子供のいたずらだった。


 その元気な子供たちは俺に叱られ、渋々と見張り台から降りてきて、再びいずこかへと遊びに行った。


 「やれやれ、仕方のない子らじゃ」


 「大人たちに活気が戻ったせいか、子供たちもずっと元気になった気がするな」


 「それは確かに言えますのぅ。子供は大人の顔色をよく見ているもんですじゃ」


 「食い物も貢がなくて済むようになって余裕あるっスから。やっぱり胃袋が元気の源っスよ」


 「うむ、これが本来のネーフェの姿なんじゃ。王子どののおかげでようやく取り戻せたわい……」


 感慨深げにジードが呟いた。

 幾年もの間、村長として暗く沈んだ気持ちで過ごしていた事だろう。

 その顔には苦悩の皺が深く刻まれていた。


 「取り戻しただけじゃなく、維持するために安心して暮らせる村造りを怠らないようにしないとな」


 「全くその通りですじゃ」


 「村の北側の堀はできそうか?」


 「えぇ。広さは欲しいが、深さはそれほど必要ないと伺いましたので……数日のうちに完成に至りましょう」


 「順調だな。あとはネクの働き次第だ」


 「最近、寝る間もなく働いてますからのう。奴ときたら、馬具や農具を作る時よりも人を殺傷する罠を作る時の方がずっと活き活きしてますわい……」


 「あいつは一種の変態だ。あきらめろ」


 ネクのところに行って剣山や蒔き菱、有刺鉄線の類を注文したら、「そそそれは楽しそうですね」と言って完全に引きこもってしまった。


 どれだけ捗っているか不明だが、せいぜい切れ味のいいものを鍛えてくれると良い。

 今日あたり、そろそろネクのところに寄ってみようかな……。 

 そんなことを考えていた時だった。


 「たいへーん! 村長に、王子さま、ヤバいよ、めっちゃ大変だよ〜〜っ!!」


 「リーゼ?」


 見張り台の前へとリーゼが駆けて来た。

 その表情の切迫具合からして、何か良くないことが起きたのがすぐに分かった。


 「なんじゃリーゼロッテ。一体何があったと言うんじゃ!」


 「はぁ、はぁ……だからぁ、大変なの! クロス君のところで事件よ、事件!」


 「あのなリーゼ、何かあったならもっと分かるように話せ」


 「だからね、クロス君ちの牛が死んでるの! 違うわ、殺されてるのよ!」


 「なんじゃと?」


 「猛獣か魔獣の類に食い殺されたのか。だとしたら、村人を非難させた方が良い……」


 「ですのう。大人たちを集めて退治てしまわねば」


 「も〜、だから違うのよ! いいからあんたたち、ぼさっとしてないで来てってば!!」


 「うわっとっと……!」


 「何が違うと言うんじゃ、リーゼロッテよ。ちゃんと話さんかい」


 「話はあと! 村長も早く!」


 「……」


 リーゼに手を引かれ、引きずられるようにクロスという奴の家に向かかう。

 この慌てっぷりを見ると、ただ食い殺されたって訳じゃなさそうだ。

 嫌な予感がじわりと胸に広がっていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「こいつは酷いな……」


 「むむ、これは……!」


 案内された牛舎に辿り着くと、すでに人だかりができていた。

 中では大きな牛が一頭、無残な姿で横たわっている。

 四肢は千切られ、臓物は引きずり出され、目玉はえぐられ、灰色の脳が飛び出していた。

 わざわざ大腸をバラバラに切断しているから、体内に収まるはずの糞の匂いが酷い。


 その牛の死体の前で力なくへたり込んでいるのがクロスと言う男のようだ。


 「そ、村長……!?」


 「一体どういうことじゃクロス、何があったんじゃ!」


 「ぼ、僕にも分かりません! 朝起きて、給餌に来たらこうなっていて……!」


 「うっぷ……おげ、うえぇえええ……!」


 「ぎゃー! きったなーい!」


 「ニッキ、お前は下がってろ」


 「す、すみませんっス……」


 ニッキの野郎、思い切りゲロを吐きやがった……。

 無理もないが、汚物の匂いが二乗になって牛舎の中は地獄と化した。


 「お前、クロスとか言ったな。ないとは思うが、こんなことをされる心当たりは?」


 「ありません! あるはずないです、こんなひどいことをされるなんて……どうして僕が!」


 「悪かった。念のために聞いてみただけだ」


 心当たりは、むしろ俺たちにあった。

 こんなことをしそうな人間の顔が労せずに思い浮かぶ。

 しかし、一体何のために?


 「王子どの、これは……」


 「どう見ても犯人は獣じゃねーよな。牙や爪じゃなく、もっと鋭利な刃物でズタズタにされている」


 「やはり犯人は人間であると……」


 「間違いない。何より、そこの壁を見てみろ。血文字がある」


 「ち、血文字……ですか?」


 牛舎の壁の片隅に、書いたばかりと思われる血文字があった。

 そのインクの原料はもう言うまでもない。

 俺は顔を近づけ、その気味の悪い文字をよく読んだ。


 「……これ、共通語じゃないな。マールバニア言語で書かれてる」


 「マールバニアですと……ではまさか……!」


 「な、なんて書いてるのソレ……? 王子様、読める?」


 「……『みなごろし』」


 「ふえっ……」


 「聞こえなかったか。この壁には『みなごろし』って、そう書いている」


 「い、いやああああああああああっっ!!!」


 リーゼの悲鳴が牛舎に響き渡る。

 不気味な血文字が、不吉な言葉を告げていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ