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第17話『交渉成立』



 「むうう〜……まさかこれほど早くセトが動こうとは……!」


 「どうするっスか? 一体どうするんスか王子!」


 「とりあえずニッキは家に戻って隠れてろ。お前がいると話がややこしくなる」


 「わ、分かったっス」


 ジードを含め、一気に浮足立ってしまった村人たち。

 確かにいきなり向こうの首領が出向いてくることは想定していなかったが、これはかえって好都合だ。

 どうせ話し合いをする必要があった訳だし、それが遅いか早いかの違いだけ。


 「ネーフェの中ですでに意思統一はできてるんだ。後はそれを伝えるだけだろ?」


 「しかし……伝え方も大事かと思いますじゃ」


 「しかしもカカシも無い。どう体裁を取り繕おうが、今後従わないってことには間違いないんだからな」


 「ですが、テトラのように殺されてしまうことも考えられます……」


 「俺がいる限りそうはさせない」


 俺がそう言い切っても、みんなの不安の色はぬぐい切れなかった。

 心の準備ができていなかったから無理もないが、こんな心理状態で交渉させたら向こうのいいようにやられちまう可能性が高い。


 「安心しろ、セトとは俺が話す。ジードも他のみんなも絶対に怯えた素振りを見せるな。ああいう奴らはそこにつけこんでくるぞ」


 「いえ、そこは村長であるワシの仕事ですから」


 「無理すんな。いいから俺に任せとけよ」


 「しかし、そこまで甘えるわけにはいきませんですじゃ」


 「……おじいさま。ここはフィーアさまにお任せした方が宜しいと思います」


 「エミリア……」


 意外にもエミリアがはっきりとした口調でそう言った。

 村長としての責務を果たしたいジードは渋る。


 だが、長年植え付けられた恐怖というものは簡単に拭えるものではない。

 それが全く無い俺が話す方がうまくいくと、エミリアは冷静に判断していた。


 「この中でフィーアさまだけが委縮しておりません。フィーアさまは気高く強い心をお持ちです。交渉事はそうした人にお任せするのが良いと思います」


 「ふぅむ……」


 「そーそー、俺がはっきり言ってやる。もう二度とこの村に関わるんじゃねぇ、いつまでもお前らの言うことに従ってられっかバーカバーカってな」


 「……それは困るね。とっても困るよ。一体いつからこの村はそんな口が聞ける立場になったのかなぁ?」


 「あぁ?」


 「せ、セトですじゃ……!」


 俺たちが夢中で話し合っているうちに、いつの間にか家の入口を幾人もの屈強な男たちが埋めていた。

 その中心に立つ小柄な優男がひときわ異彩を放っていた。

 柔和な口ぶりとは裏腹に、厳しく鋭い眼光がただ者ではない事を物語っている。

 そして、その腰にぶら下がっている長剣。

 数知れず人をぶった斬った剣だけが持つ、禍々しい空気を纏っていた。


 こいつがセトで間違いない。


 「久しぶりだねジード。もしかして僕の顔、忘れちゃったかなぁ」


 「い、いや……」


 「座らせてもらうよ。少々、聞きたいことがあってねぇ。君も座ればぁ?」


 返事も待たずにセトは椅子にドカッと腰かけた。

 口調はガキで、態度はあからさまに人を舐め腐っている。

 うむ、間違いなく俺はコイツ嫌いだな。


 背後に引き連れた部下たちは押し黙り、その存在だけで善良な俺たちを威圧している。


 「それでは、聞きたいこととは何でしょうかの……?」


 「昨日からさ、僕の村のものが何人も消えていくんだ。不思議だよねぇ、謎だよねぇ」


 「は、はぁ」


 「彼らは僕の命令でこの村に来たはずなんだよ。どこにいったか知らないかなぁ?」


 「はぁ、それはですな……」


 「ディアスの死体があったからさ。このネーフェの村の人間が何か知ってるんじゃないかと思ったんだ」


 「えぇ、それは……はい」


 「それで僕のとこの奴ら来た? 来てない?」


 「セト殿、それが……実は……」


 「どっち?」


 「き、来たと言えば来ましたが……来てないと言えば来ておらず……」


 「何それ。どっち?」


 「歳のせいか、記憶があいまいでのう、ふぉっふぉっふぉ」


 「……どっちだって、聞・い・て・ん・だ・よぉっっっっ!!!!! ぶッッッ殺すぞ禿げジジイッッッッ!!!」


 「がッ……!?」


 「おじいさまッ!?」


 「だ、大丈夫じゃ……」


 ずいぶんと無茶しやがるな。

 ジードの座っている椅子を、椅子ごと蹴り倒しやがった。

 いきなりキレて大声出すとか、まあまあ人を脅かす術を知っている。


 ジードもごまかそうと必死だったが、さすがにこの辺が潮時だろう。

 のどかな村の村長としては頑張った。


 「あんまりふざけてるとさー。マジで今すぐ殺すよ」


 「す、すまん……」


 「あんたらに殺しができるはずない。でも消えた。夜が明けても帰ってこないのは絶対におかしいよね」


 「それは……その……」


 「おかしくもなんともない。ここの村人に迷惑だったから、全員俺が殺した」


 「何……? 何だよあんた、この村の新顔?」


 「まあな。昨日からこの村に厄介になってる」


 「そんなに若いのに罪人なのかい? へぇ〜……?」


 興味本位な視線で俺をじろじろと眺め始める。

 仲間を殺したとはっきり言ってやったのに、怒り狂うでもない。

 もっと粗暴な奴の方がむしろやりやすいんだが、こいつはかなりやりにくい。


 「……良い剣を持ってるし、君はそうとう腕が立ちそうだ。彼らを殺したっていうのも納得だね」


 「分かってくれたなら嬉しい」


 「君の名前は?」


 「フィーア・ラズヴァート」


 「僕の名前はセト・イシュマウル。良かったら僕の部下にならないかい?」


 「断る」


 「僕の部下になれば、この島で好き放題できるよ。働かなくても食べていけるし、女も抱き放題だ」


 「お前らごときの部下にならなくても俺は女を抱くし、ここでうまい飯も食ってる」


 「ははは、やっぱり肝も据わってる。ますます気に入ったよ!」


 「フィーアさまは帝国の王子さまなんですよ! あなたたちみたいな人の仲間になる訳がありません!」


 「エミリア、僕のお話中に勝手にしゃべったら次は殺すよ。君のお友達のテトラみたいにね」


 「くぅうッ……!」


 「よせ、エミリア。俺に任せるって言っただろ」


 「は、はい……」


 幼馴染であるテトラを殺された根は深く、言いたいことは山ほどあるだろう。

 しかし、今は堪えて欲しい。

 表面上は穏やかに話しているようで、セトは殺気でかなりピリついている。

 内心、俺が断ったことにムカついているに違いなかった。


 「……ラズヴァートの名はもちろん知っているけど、君が王子ってのは本当なのかい? 騙りではなく?」


 「それは確かだ」


 「罪名は?」


 「嘘臭いが、しいて言えば放蕩罪。厳しい家柄なもんでね」


 「くっくっく、君は王子って柄じゃあないみたいだしね。かえって納得だよ」


 「そういうお前はどうしてこの島に来たんだ?」


 「意見の合わない上官を殺した。そしたら軍法会議にかけられてこのザマさ」


 「軍人か。国は?」


 「マールバニア。僕はそこの陸軍大尉だった」


 「マールバニアか……」


 ヴァート・ウルガン帝国に属してはいるが、その軍事力の高さから特例的に税の支払いを優遇されていた国。

 親父もマールバニアの扱いにはいつも手を焼いていた。

 セトがその軍で鍛え抜かれた軍人だったというなら、そこらへんの犯罪者ごときじゃ手に負えないのも納得だ。


 「さぁ、これでお互い素性は知れた。僕らはもう仲間だ!」


 「抜かせ。さっきも言ったが、俺にそんなつもりはない」


 「くっく。僕、君みたいな人が欲しかったんだぁ。すごく残念だなぁ」


 「もうひとつ残念なお知らせがあるぜ。ネーフェはもうお前らに一切の貢物をしない」


 「貢物って何のこと?」


 「ふざけんなよ。食い物から何から、この村から奪っていってるって話だろうが」


 「いやぁ。それは僕らがこの村を守ってるんだから、正当な報酬だよね」


 「はぁ?」


 こともなげに言うセトだが、こっちは開いた口がふさがらない。

 守るどころか壊す側に属しているくせに、一体何を言ってるんだ?


 「守ってるって、何を守ってるって言うんだ?」


 「ネーフェが罪人たちに略奪に合わないよう、僕らが必死で抑えているんだよ。知らなかったの?」


 「は、はぁ?」


 「王子様は知らないかもしれないけれど、この島はとっても危険だよ。罪人どもがうじゃうじゃいて、いくつもの集落を作ってる。そこらへんで殺し合いが起きても誰も止めやしない。弱いものは強いものに搾取されるだけの無法の島なんだ」


 「んなことは知ってるよ。その最たるものがお前らの存在だろうが」


 「僕らがネーフェを支配しているから、ここを襲う罪人がいないんだよ。むしろ感謝されてしかるべきなんだ」


 「しかし、ワシらの収穫の6割を持って行くと言うのはあまりにもむごく……」


 「ジード、僕らがいなかったらそのすべてを失ってるんだよ」


 「ですがのう、これではワシらの食い扶持も危うく」


 「……僕の言ってること分からない? どうして?」


 「ど、どうしてと言われましても」


 「ねぇ、後ろにいるお前らはどう思う? ちょっと孫のエミリアに痛い思いをしてもらえば分かるかなぁ。そのまたぐらの可愛い花びら散らしてさぁ、ねぇジード、お前みたいなクソボケヘナチン野郎にも分かるようにしてやろうかぁ? ねぇねぇねぇ、ねぇったら!!!!!!!!!!!!!!!!」


 「お、落ち着いてくだされセト殿。どうかエミリアだけは……!!」


 「フィーアさま……!」


 「大丈夫だ、大丈夫……」


 俺たちを幾人もの罪人たちが取り囲む。

 交渉が簡単にうまくいくとも思っていなかったが、まるでお話にならない。

 何だかだんだん面倒くさくなってきた。


 ──こいつら全員、ぶっ殺した方が話が早いかもしれない。

 なるべく平和に話を済ませたかったが、こうなったら……。


 俺がそっと剣に手を伸ばした、その時だった。


 「……フィーア君のそのギラついた眼つき、いいねぇ。おっかないよ」


 「今すぐ帰ればおっかない思いをしなくて済むと思うぜ」


 「……その剣は本当によく切れそうだ。まさかこの村にこんな大物がいるとは思わなかったからねぇ。どうしようかな」


 俺の殺気を気取ったのか、急にセトの態度が変わった。

 だからと言って、決してこいつは俺にビビった訳じゃない。


 俺がある程度『やる』というのはすでに悟っている。

 それでもまだ俺の力を計りかねている。

 もしかしたら負けるかもしれない、とまで冷静に考えている。


 迷いがあるうちは決して敵と無理に戦わない。

 それは戦争の鉄則だ。


 「言っとくが、俺たちの答えは変わらない。これ以上ネーフェの村に関わるな」


 「んん〜……きっと君たちが後悔すると思うよ」


 「するかボケ」


 「たぶん、僕らに守ってほしくなると思うけどねぇ」


 「ならねーよバカ」


 「強気だね。……いいよ分かった。交渉成立だ」


 「はぁ?」


 「君たちが望むとおりにしてあげよう。もう僕らはネーフェの村に干渉しないし、今後一切何も要求しないことにする!」


 あっけらかんと、セトはそう言った。

 一瞬耳を疑ったが、決して俺の聞き間違いではない。

 その証拠に、背後に控えた部下も開いた口がふさがらないといった表情をしている。 

 こいつ……正気か?


 「ほ、本当ですかのう? もう、ワシらは自由なのですか?」


 「疑り深いね、ジードは。ただしもう僕らは君たちを守らないよ。それでいい?」


 「私たちがあなたたちに守ってもらった事なんて一度もありません! 話が済んだならさっさと帰ってください!」


 「……エミリア。次は殺すって言ったろ?」


 「やめろ! エミリアには絶対に手を出すな」


 「おやおや、王子様はこの子がお気に入りかな?」


 「今のところネーフェの村で一番だな」


 「ふははは、面白いねぇ本当に。僕、フィーア君と出会うことができて本当に嬉しいよ」


 「約束が守られるのなら、今後は二度と会わないだろうな」


 「僕はそうは思わないけどね……じゃ、帰るよ。邪魔したね……くっくっく」


 そう言って、あまりにもあっけなくセトは去って行った。

 残された俺やジード、村人たちは呆然とそれを見送った。


 最初に我に返り、沈黙を破ったのはジードだった。


 「お、王子どの……や、やりましたぞい! もう、ワシらはあやつらに怯えなくて済むのです!」


 「あぁ……そう言ってたな」


 セトはどうにも底が知れない奴だった。

 あいつは幼さも凶暴性も知性も、底意地の悪さも持ち合わせている。

 そんな人間があんなにあっさりと素直に引き下がるものだろうか?


 「さすがフィーアさまですっ! 見事な交渉でした!」


 「……そうかな。俺、別に何も大したこと言ってないぜ」


 「いいえ。私はフィーアさまの王族としての威厳が通じたんだと思います!」


 「だといいけどな」


 「それに……そんなに私を気に入ってくれてたとは思いませんでした」


 「何の話だ」


 「さ、さっき村一番って言ってくれてたのに……もう忘れたんですか!」


 「それは聞き捨てなりませんでしたぞ王子どのぉっ!」


 「お前ら、やたら元気だけど……これで本当に済んだと思うか?」


 「だって、さっき約束したじゃありませんか」


 「うむ、確かに聞きましたぞい」


 それは確かに俺も聞いた。

 しかし、これでセトの脅威が去ったと思うのはあまりにも早計すぎる気がした。

 エミリアたちは喜んでいたが、俺はいつまでも不安がぬぐい切れなかった。


 そして、その不安はすぐに的中した──。


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