第15話『罪人村の内情を聞いてみよう』
故人・テトラの家はジードの家のすぐ隣にあった。
そこは人ひとりが住むには申し分ない広さがあって、エミリアが掃除してくれただけあって床もテーブルもしっかりキレイになっている。
王族の俺を住ませるにはショボすぎるし、ニッキも一緒に住む羽目になったのは強烈に不満だが、流刑地で贅沢を言っても仕方がない。
そのうち頃合いを見てもっと大きくて立派な家を建てさせるべきだな、うん。
そうして俺が風呂に浸かり、ベッドでゆっくりできた頃にはすっかり夜も更けてしまっていた。
「……さてと、ニッキ。お前には色々と聞きたいことがある」
「ぐーぐー。すやすや……すぴー」
「俺より先に寝てんじゃねぇっ」
「痛ぁっ!? 何するんスか!」
バケツリレーで疲れ切ったニッキは床に座り込んだまま眠っていた。
死体を運ぶ時も人一倍働いていたので、すっかりガス欠になってしまったようだ。
「同居する羽目になったから今のうちに言っておく。俺より先に寝るな。俺よりも後に起きてもダメだ。メシはうまく作れ。いつも清潔にしてろ」
「できる範囲で構わないっスか?」
「これは努力目標じゃない、必須項目だ。忘れてくれるなよ」
「わわ、わかりましたよもう……」
「罪人たちの村の事を聞きたい。疲れてるだろうが、もう少し辛抱しろ」
「はぁ……と言っても、俺も来たばかりで詳しいことは分かんないスけど……」
「そもそも、お前はどうやってこの島に来たんだ?」
「船っスね。俺のほかにもたくさんの罪人が一緒に乗ってました」
「それは何人くらい?」
「50人はいたと思うっスよ」
「ふーん……」
結構でかい船に乗せてきたんだな。
一人ひとり乗せてきたらコスパが悪すぎるから、ある程度犯罪者をまとめて乗せてくるのだろう。
……もしその船を奪うことができれば、この島からの脱出も可能かもしれない。
「ニッキ、船は島のどこに停まったか覚えてるか? 港はどこだ?」
「いや、島には停泊しませんでしたよ」
「なんだそりゃ」
「かなり沖の方で小舟に乗せられて、あとは自分たちで行けって。それでみんなで漕いできたんス」
「なるほどな」
船本体が島に近づくことはないのか。
沖で張ってたとしても、いつ来るかどこから来るかも分からない。
瞬間移動ができない限り船を奪って脱走するのは難しそうだ。
「それでどうしたんだ。島に辿り着いて、みんな一緒に罪人の村に行ったのか?」
「いえ、気の合う人同士でほうぼうに散っていったんで。あの村に辿り着いたのは俺一人っス」
「何だよ、船で気の合う人がいなかったのか」
「だってみんな犯罪者っスよ。俺、おっかなくって……」
ただの小市民のニッキにはハードな船旅だったようだ。
おそらく罪人の何人かは迷った挙句に野垂れ死にするのだろう。
何人かは生き延び、どこぞの違う罪人の村に辿り着いた可能性がある。
さらに何人かは孤独にサバイバル生活を送っているのかもしれない。
そして……今まではなかったようだが、俺のようにネーフェの村に辿り着くこともあるはずだ。
俺のようなナイスガイとか、ニッキのような不幸な事件で来たやつとか、あるいは絶世の美女なら無条件で助けてもいいだろう。
そうじゃない場合の対策も今のうちに考えた置いた方が良さそうだ。
「聞きたいことってそれだけっスか?」
「これからが本題だ。罪人の村に戦える人間は何人いる?」
「戦える人間……よく分かんないけど、丸腰の人間はいないっス」
「ほうほう」
「全員が何かしらで武装してます。王子みたいな立派な剣を持ってる人は少ないけど」
「鍛冶師はいるのか?」
「確か、いたはずっスよ。この村の鍛冶師に手ほどきしてもらったとか何とか……」
「マジか。ネクの野郎」
敵に塩を送るような真似を……。
まあ断ったら何されるか分からないし、立場的には仕方がないか。
ある程度防具、弓矢の類もあると考えた方が良さそうだ。
「確か70人くらいいるって言ってたか……その全員が武装してると考えるとちょっと面倒だ」
「王子なら瞬殺しそうっスけど……」
「それだけ多いと紛れもある。どんなに俺が強かろうが、たまたま当たり所が悪かったら死んじまうからな」
「でも武装が許されてるのは男だけっス。女は武器の類は持ってないから、その分は差し引いて考えても良いと思うっスね」
「何? 女もいるのか?」
「ええ、まあ。数は多くないっスけど、いました」
「女は何人だ」
「えーっと……多分、10人ちょっとっスね。はっきりわかんないけど」
「少ないな。それじゃあ女の取り合いになって勝手に崩壊するかもな」
「そうならないよう、女は全員のものって決まってるらしいっス。だから村の女は、毎晩順番に違う人の相手をしなくちゃなんないとか」
「ただでセックスできるんなら良い村じゃないか」
「まあ、男にとってはそうかもっス」
生存能力の低い女にははじめから武器を持たせず、逆らえないようにして毎晩男に奉仕させる。
誰かのものと決めると揉め事になるから村の共有物にする。
決めたのはけっこう頭の良い人間に違いない。
「でもやっぱり、女の人たちはみんな口には出さなくても嫌そうにしてたっスね……」
「公衆便所扱いだもんな。そりゃ嫌だろうさ」
「そうっスね……流刑地だからって、ああいうやり方は間違ってるんじゃないかと思います」
「もう少し待ってればニッキの番じゃなかったのか? 残念だったな」
「や、俺はいいっスよ。妹のこともあったし、いまいちそんな気になれないっス……」
「トラウマ化して不能になってたりして」
「やめてくださいよ!? つーか、その辺はあまりイジらないで欲しいっス!」
「悪かった」
「あ、謝ることもあるんですね。なんか意外っス」
「悪いと思ったら謝るだろ、そりゃ」
「へへ……エミリアさんの言う通り、王子は本当はいい人なんスね」
「本当はってどういうことだ?」
「す、すみませんすみません!」
どうにも聞き捨てならないことを言われてしまったが、今はまあ良い。
それよりもまだ俺は肝心な事を聞いてなかった。
「もういいっスか? そろそろ眠いんスけど……」
「最後にひとつ。罪人の村を仕切ってるやつは誰だ?」
「えーっと、……それはセトさんっス」
「セト……? そいつはどんな奴だ」
「歳は俺より少し上くらい。とんでもない剣の使い手らしくて、前のボスを殺して首領の座に収まったそうです」
「へぇ、大した奴じゃないか」
「あの村では何もかもセトさんが決めてるっス。誰がどこに住んで、誰が見張りしてとか、女を抱ける日はいつとか、食べ物の量だとか……」
「人望はあるのか?」
「俺は正直、来たばっかで分かんないっスけど……多分ただ怖いだけっス。なんせ逆らったらすぐ斬られちゃうんすから」
首領の名はセトか……。
罪人たちをまとめ上げるだけの力を持っているのだから、ここへ来るまではその道で名を馳せたのに違いない。
相当なワンマン野郎みたいだから、おそらくそいつを殺れば罪人の村は瓦解する。
問題は俺に殺れるかどうかだが……こればっかりは手合わせしてみないと分からない。
「セトさん、このネーフェの村の事は気に入ってるみたいっスよ。なんでもよこしてくれる良い村だって」
「それは気に入ってるっていうんじゃなくて、舐め切ってるっていうんだよ」
「そうじゃない村もあるらしいっスからね。なんせ元が犯罪者ばっかだし」
「そうじゃない村はどうなるんだ?」
「最終的にセトさんが出て行って、どんな無理な話でも飲ませるみたいっス……」
「迷惑な奴だな……」
罪人の島で、罪人を従えて王様気取りか。
もしもこの島に王が必要だとしたらそれは俺でいい。
ネーフェの村が今後セトに従わないとなれば、俺と奴はぶつかる運命にあるだろう。
せいぜい楽しみにその時を待つとしよう。
「……油断しない方がいいっスよ。王子も強いけど、セトさんもべらぼうに強いっスから」
「話は分かった。明日に備えてもう寝ろニッキ」
「あ、終わりっスか。それじゃあそろそろ休ませてもらうっス」
「どこへ行くんだ」
「俺がいると王子がゆっくりできないでしょうから、外でいいっス。罪人の村では家がなくて、わらの上で寝てたし……」
「ふざけんな、外で寝て疲れが取れるか。いいからここで寝ろ」
「ここって、それは王子のベッドじゃないっスか」
「俺はまだやることがある。お前はベッドを使って先に休め」
俺はテーブルにエミリアに借りて来た地図を広げた。
この村一番の地図職人の誰だかが書いたそうだが、かなりネーフェの村周囲が精密に描かれている。
地の利を把握しておけば、そのぶん戦いになったときに有利となる。
「まだやることがあるって、王子だって今日この村に来たばかりって聞きましたけど」
「だからどうした」
「疲れてないんスか」
「ヒーローは疲れ知らずだ。覚えとけ」
「村に来た時は疲れ切っててエミリアさんに抱えられてきたって聞きました」
「ニッキ、選択肢は二つだ。今すぐベッドに寝るか、今すぐ俺に斬られるか。いや、むしろ斬られろ」
「わわわ、寝ます、寝るっスよ!」
「もう今夜は話しかけるなよ。俺は忙しい」
「へへ……王子が寝る時はちゃんとどけますから、俺の事を起こしてください。絶対ですよ」
「あぁ」
ニッキはベッドにゴロンと横になり、すぐに寝息を立て始めた。
5人の死体を一人で運んだニッキはヘトヘトだったに違いない。
この真面目なニッキは十分手駒として使える。
使えるからには疲れを残されては困る。
今夜寝心地のいい場所を譲ってやるかわりに、明日からはせいぜいバリバリ働いてもらうとしよう。
そもそも起こせと言われても、一度男の寝たベッドにこの俺が寝れるはずもない。
俺はソファに横になり、地図を眺めた。
「くぁ……ふわぁ〜ああ……」
疲労のピークに達していた体に、すぐ眠りは訪れた。
地図に書いている事なんて、残念ながらまるで頭に入らなかった。
全く、本当に永い永い1日だった……。




