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第13話『罪と罰』


 残る悪党はただ一人。

 怯えた目で俺を見つめ、無様に地面に座り込んでいる。

 さあ、最後のこいつはどう料理してやるべきか。


 「に、人間じゃねぇ……なんだよお前、一体何なんだよぉっ!!」


 「それは半分正解だ」


 「王子どの……母上から受け継いだものと言うのは、まさか……」


 「俺にはエルフの血が流れてる。幸か不幸か、外見的な特徴はそれほど受け継がなかったが」


 「なるほど……合点がいきましたぞい」


 納得のいく顔をするジード。

 俺には長い耳もないし、成長速度も人間同様だから長命でもない。

 代わりにほとんどの人間が扱えない魔法が幼少の頃から使えたし、優れた身体能力に恵まれた。


 それは全て母から譲り受けたものだ。


 「……ヤバ。ハーフエルフの王子さま? それって、えぐすぎだよ……」


 「悪い意味でか?」


 「もちろん、いい意味で」


 リーゼはなぜか頬を染めてうっとりと俺を見上げている。

 時が時なら押し倒してしまいたいが、さすがに今はその時ではない。


 「俺の剣を返せ」


 「は、はいっ……!」


 剣を取り返し、鞘から取り出した。

 罪人は哀れにも涙を浮かべているが、泣いて許されるなら衛兵も裁判所も軍隊もいらない。


 「ゆ、許して……俺、ただ命令されて来ただけなんです。もう二度とこの村にちょっかいなんか出さないっス……!」


 「お前ごときにそれを決める権限があるのか?」


 「ひぎっ!?」


 剣の切っ先を突きつけると罪人は先ほど以上に恐怖に固まった。

 逃げようと足をじたばたさせてもがくが、完全に腰が抜けていて立ち上がることもままならない。


 そして──よく見ると、この男はまだかなり若かった。

 二十歳は少し過ぎているかもしれないが、絶対に三十路にはいってない。


 顔立ちも決して悪人めいたそれではなく、どこにでもいる普通の若者だ。

 しかし、外見はこうでも流刑になるほどの罪を犯しているのだから油断はできない。

 そう、油断はできないのだが……。

 ここにいることに違和感を覚えるほどこの男は普通だ。


 「本当にすみません! 勘弁してくださいっ……」


 「俺より、村人たちに申し訳ないと思え」


 「お、思いますっ!」

 

 「なら今すぐネーフェの村人に土下座しろ」


 「はいっ!」


 「そしてその格好のまま詫びろ」


 「すみませんっ……! すみません、すみません、すみませんお願いです、許して下さい許してください許してごめんなさいごめんなさいごめんなさい謝りますから勘弁してくださいっ……!」


 地面にめり込むほどに頭をこすりつけて許しを請う。

 本気で助かりたいと思っているのが目に見えた。

 その姿があまりにも惨めで哀れっぽくて、村人たちの顔に同情の色が浮かんでいる。


 なんせ、俺ですら殺すのを躊躇ってしまっているくらいだ。


 「終わりか?」


 「た、足りないならもっと言います……!」


 「いや、もういい」


 「ゆ、許してくれるっスか……?」


 「そういう訳にはいかないから、お前もここで死ね」


 「ひィいいいいいいっっ!!」


 「お、王子どの……この者は許してやっても良いのでは……?」


 「ジードはつくづく甘いな。あぁ、それは甘すぎるぜ」


 「あ、甘いでしょうかのう……」


 「こいつらがあんたの村をめちゃくちゃにしてるんだ。そんな奴らから村を守りたいなら、ブッ殺してでも守るっていう気概くらいもつもんなんだよ」


 「むぅ……」


 「それができないやつは人の上に立つ資格はない。俺は親父にそう教わって生きて来た」


 「お、俺……まだこの島に来たばっかで、よく知らなくて……多分この村にそんなに迷惑はかけてないっス……」


 「嘘をつくなッ!!」


 「ひいいいいいいいい嘘じゃないっスよぉっ!!」


 「フィーアさま、多分本当だと思います……全員知ってるわけではないですけど、この人を見るのは確かに今日が初めてです……」


 「なんだよ、エミリアもこいつを助ける気か? お前を犯そうとした奴の仲間だぞ」


 「助けると言うか……でも、ちょっと可哀そうですし……」


 「手負いのまま返したら必ずすぐ報復に来る。村の安全を考えたらこの場で殺すほうがましだ」


 「し、しないっス……俺、絶対に言わないんで……」


 「戻って、今日ここで起きたことをどう説明する」


 「えーっと……それは分かんないスけど……」


 「なら、やっぱり死刑」


 「お、お待ちくだされ。ならば縄で縛り、見張りをつけておくのはどうでしょう……さすれば、ひとまず保留と言うことにもできます」


 「おいおい、正気かよ。そんなことをして何の得がある」


 見張りをする村人も必要になるし、餓死させるならまだしもそうじゃないなら食い物まで出してやらなくちゃいけなくなる。

 ただただ手間がかかるばかりで、いいことがひとつもない。


 「得はありませんが……しかし、これ以上人が死ぬのを見るのも忍びなく」


 「あんたがこの村の村長だからな。俺は別に構わないけど」


 「王子どのも、口では言いながらなかなか殺そうとしないではありませんか」


 「別に殺しが趣味でもないし。ちょっと考え中」


 「た、助けてください。俺、何でもしますから……」


 「なら、今すぐ面白い話をしろ。一発芸でもいい。エミリアが笑ったら許してやる」


 「わ、私!?」


 「この状況で何も浮かばないっスよぉおおおお!」


 罪人の顔の絶望の色が濃くなった。

 さすがに無茶ぶりが過ぎるか。


 「縛って村のどっかに置いとくにしても、罪人だぞ。連続猟奇殺人犯とかだったら縄で縛っても安心して寝れないだろ」


 「確かにのう」


 「ち、違うっス。俺はそんなんじゃないです!」


 「ふぅ……お主、名は何という」


 「ニッキ・ラウドルップと言います……」


 「少し、話を聞かせておくれ。お主はどこから来た」


 「コクー王国です」


 「我らの隣の国か。……それではニッキよ、お主は何をしてここへ連れてこられたのじゃ?」


 「さ、殺人です……」


 「はいアウトー」


 「ひゃああああああああ!!」


 剣を振り下ろす真似をすると、ニッキが両手で顔をかばって丸くなる。

 ……何だかちょっと面白くなってきてしまった。

 こうしていじめが世の中に蔓延するんだよなぁ、きっと。


 「フィーアさま、もう少し話を聞いてあげましょう……」


 「悪い悪い」


 「殺人か……相手は?」


 「俺のオヤジです」


 「なぜ殺した」


 「妹を強姦したからです」


 「……何と。父親がそのような事をしたと言うのか?」


 「野郎、俺の母親が死んだ時から酒浸りが続いてて……酒でとうとう頭がおかしくなっちまいやがったんです! それできっと、面影の残る妹を……」


 「……妹、可愛い?」


 「えっ!? さぁ、俺は兄貴なんでよく分かんないけど……たぶん」


 「王子さま、そこ掘り下げる必要あったー?」


 「あるだろ絶対に」


 リーゼがジト目で睨んでくるが、可愛ければ可愛いほど(俺的には)ニッキの罪は軽くなる。

 そして、いったん話し出すと止まらなくなってしまったのか、ニッキの辛い過去の話は続く。


 「様子がおかしいのが分かって、俺は四六時中親父を見張ってた。家業がよろず売りだったから、俺が店にいるときは大丈夫だったけど……ある日仕入れから戻った時です。親父が妹に乗っかって腰を振ってたのは」


 「それで殺したのか」


 「はい。気が付いたら仕入れたばかりの剣で親父を刺し殺してて……」


 「ふぅむ……気の毒な話じゃのう……」


 「コクーでは親殺しは特に重罪っス……それでこの島に流されました」


 「妹さんが証人になってもダメなのか? コクー国の法律は詳しくないが、じゅうぶん情状酌量の余地があると思うがな」


 「妹は親父に犯されながら、舌を噛み切って死んでました。……だから、証言できる人はいないっス……」


 「おぉ……何という……」


 ジードがやりきれなさそうにかぶりを振った。

 その話が本当なら、ニッキは俺たちが思うような罪人とは程遠かった。

 彼はただのよろず屋のせがれで、物盗りでも殺人鬼でもない。


 親殺しという不幸を背負った若者が一人、島流しというさらなる不幸にあってしまっただけだ。 


 「これで全部話しました……う、嘘じゃないっス」


 「すべてを直ぐに信用すると言うのは難しいが……ふぅむ……」


 「罪人たちの村で暮らしてたのは何故だ。あいつらと一緒になって、この島で好き放題しようと思ったんじゃないのか?」


 「さ、最初に辿り着いたのがそこだったんっス! そしたら、何が何だか分からないうちに今日連れてこられて……!」


 「ニッキは若く、よく働きそうじゃからのぉ。いいように使われたんじゃろう」


 「っ、働きます! ここに置いてくれたら、雑用でもなんでも喜んでやるっス!」


 「調子に乗るな。そんなすぐに信用できるか」


 「ひィいいいいいいごめんなさいごめんなさい」


 「フィーアさま!」


 剣先をニッキの鼻先にぴたりと当てる。

 あー、面白い。


 「話は分かった。辛いことを思い出させてしまって、すまなんだのぉ」


 「いえ、大丈夫っス……」


 「ワシが思うに、お主はもう十分に罰を受けた……右腕がその証拠じゃろう」


 「これは……はい……」


 右腕の傷は、実は初めからずっと気になっていた。

 ニッキの手首にはまだ新しく、痛々しい傷跡が残っている。

 罪の意識から逃れられず、自分で自分を罰しようと思ったのかもしれない。

 親を殺すのは常人の精神には堪えるものだ。

 俺くらいの鋼のハートを持ってないと、いくら恨みがあっても決しておすすめはできない。

 

 「ニッキよ。罪人の村に戻りたいと言うのであれば、ワシらはお主を拘束し続けるしかない」


 「いえ、あそこおっかない人ばっかだし、暴力ばっかだし……最初は助けてもらったけど、正直なんてところにきちまったんだろうって……」


 「ならば、このネーフェで共に生きるか。ここで真面目に暮らすと言うのであれば、また違った未来が開けるかもしれぬぞ」


 「本当っスか!」


 「いいのかよ、ジード」


 「未来ある若者を、罪人どもと一緒にするわけにもいきませんしのう……村人も異論はなさそうですじゃ」


 ニッキの境遇は、ネーフェの村人たちの同情を大いに集めたようだ。

 ここにはほとんど村中の人々が集まっているが、不満の声が上がることはなかった。

 本当に呆れるくらいお人好しな連中だ。


 「でもここ、ニッキを置いとく家がないんじゃないのか?」


 「テトラの家がありますじゃ」


 「そこ、今日から俺の家だろうが」


 「従者として一緒に暮らしてもらえば宜しいかと。そうすれば、見張りの必要もなくなりなりますじゃ」


 「えーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」


 「確かに、王子さまと一緒なら安心ね〜」


 「フィーアさまと一緒なら、万が一にも悪いことはしないと思いますし。名案ですねおじいさま」


 「ふぉふぉふぉ、我ながらナイスなアイディアじゃて」


 「いや、俺は男と暮らすとかまっぴらごめんなんだが」


 それじゃ女を連れ込めないじゃないか。

 従者は確かにいると便利で欲しいところだが──ジジイめ、図ったな。


 「こ、この人と一緒に暮らすんですか俺……?」


 「まじめに働き、村人の信頼を得られるようなら家を建ててやる。それまでの辛抱じゃ」


 「はぁ……でも、めちゃくちゃ怖いんですけど……」


 「大丈夫ですよ、フィーアさまは優しいお方です。きっとニッキならすぐに仲良くなれますよ」


 「そうですかね……?」


 「邪魔だと思ったらぶっ殺すからな」


 「殺すとか言ってるっスよ!」


 「なら殺されぬように気をつけよ」


 「えぇっ……!?」


 罪人の村の方がまだ安全かもしれない。

 ニッキがそう思っているのが手に取るように分かった。



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