第12話『今はまだ殺ることがある』
建物の外はすっかり夜のとばりが下りていて、淡い月光が景色を照らしていた。
夜の冷たい空気が酒で火照った俺の体をひんやりと包む。
武装した罪人たちは今にも斬りかからんと構え、爛々と目を光らせている。
その構えは隙だらけだが、気配からは殺気しか感じられない。
6対1という状況にすっかり勝ちを確信しているのか、ニタニタと笑みを浮かべている者もいる。
逆に、状況を見守る村人たちは全員不安げな顔を浮かべていた。
この異常な事態を察知したのか、酒場だけじゃなくあちこちの家から人が出てきてる。
これでは、ちょっとした見せ物だ。
「へっへっへ……! 衆人環視の中でぶっ殺される気分はどうだぁ?」
「別に」
「スカしてんじゃねえぞガキがぁ!」
「俺たちの仲間をやりやがって。覚悟はできてるんだろうなぁ? あぁ!?」
「いい年して、流刑地でお友達ごっこしてたのか? 罪人のくせにずいぶんと厚い友情だ」
「黙りやがれ! てめぇだって罪人だろうが」
「まあな」
「フィーアさまは犯罪者じゃありません! 王子です!」
「あぁ? んだと?」
「王子さまはあんたたちみたいな罪人とは違うんだからね〜! 今のうちにさっさと謝っちゃいなよー!」
エミリアとリーゼが律義に俺の素性をバラしてくれた。
俺が王族だからといって、無法地帯のこの島ではこの状況は変わらない。
罪人たちも真偽を測るように俺を注視したが、すぐに俺が何者であっても関係ない事実に気づいたらしい。
「へ……確かに身なりはまともそうだが、つまりはどこぞの貴族サマってことか」
「金目のものを持ってそうだぜ、えっへっへ……特にその剣とかよぉ」
「剣どころか、俺の履いてるパンツだけでもお前ら全員の命より価値がある」
「ふざけやがって。これだから貴族ってのはムカつくぜ」
ペッと地面につばをはく罪人その1。
むしろ闘争心を掻き立ててしまったようで、エミリアたちの発言は完全に逆効果だったようだ。
「おめえらみてえな貴族によぉ、俺たちみてえな人間がどれだけ虐げられてきたか分かるか?」
「知らねーよそんな事」
「あげく、こんな辺鄙な島に送り込みやがって。貴族サマのてめぇで憂さ晴らしさせてもらうぜ?」
「いいけど、命がけの憂さ晴らしになるぞ」
「ほざけっ!!!!」
予備動作なしで、一人がいきなりこちらに駆けてきた。
多勢の利を生かして連携を取れば良いものを、他の人間は黙ってニヤニヤ笑っているだけだ。
その余裕がすぐに後悔になる。
俺は素早く剣を抜き、突っ込んできた一人と対峙した。
「おらァッ!!」
駆け込んできた勢いのままダガーを突き出し、躊躇なく刺殺しようとする。
俺は体を反転させて攻撃を躱し、剣を振るった。
背後で、ゴトッと何かが落ちる音がした。
少々、ネーフェの村人には刺激の強い光景かもしれない。
「おぉっ……! 何という……」
「きゃああああああっっ!!」
「な、何っっっ!!!?」
見物する村人たちの悲鳴とざわめきが広がっていく。
振り返ると俺に躍りかかってきた罪人が首なし死体となっていた。
倒れた場所は血の海となり、落とされた首はゴロゴロと暗闇へと転がっていく。
罪人どもはこんな事態は想定していなかったと見え、ぽかんと口を開けている。
「そんなおもちゃみたいなダガーで、本気で俺に勝てると思ってるのか? せめてファルシオン級の武器を持ってこい」
「て、てんめぇ〜〜っ!」
「まともな得物があるなら持ってこい、といいたいとこだが……お前らを帰すと後が面倒だ。だから全員、今この場で死んでもらう」
「ざ、け、や、がってぇええええええっっっ!!」
今度は二人の罪人が猛烈な勢いで突進してきた。
しかし、2対1程度では奴らに武器や実力の不利は埋めることはできない。
「この野郎ッッッ!!!」
「ッ……と」
顎に目掛けて飛んできた拳を受け止める。
刃物での攻撃と見せかけて肉弾戦とは、なかなか悪くない作戦だ。
感心している間に、もう一人が俺に向かってショートソードを振り下ろす。
それは緑色の錆が浮き、何の手入れもされていなかった。
そんな剣では野菜もまともに切ることはできない。
俺は転がって剣撃を躱した。
「っぐぁあああああ! パドス、てめぇッ……うぉおおおおお……!!」
「す、すまねぇヒューゴ。あの野郎がよけやがるから……!」
お粗末な剣でもわりと切れるものらしく、ヒューゴと呼ばれた男の片目が潰れた。
一人が顔を抑えてうずくまり、もう一人は仲間を斬りつけたことで完全に動揺している。
もちろん、俺はそんな状況に躊躇するほどお人よしではない。
パドスと呼ばれた男の背後から、心臓を狙って思い切り剣を突き立てる。
「うがぁッ……!」
「パドス!!」
「思えば、辞世の句が仲間の名前というのも罪人らしくねー話だ」
「ぎゃッッッ……!!」
ヒューゴ、だっけ?
片目が潰れた男の脳天に、俺は容赦なく剣を振り下ろした。
ぱっくりと頭──というか顔が首まで2つに割れて、罪人のヒラキが出来上がった。
これは残念ながら魚と違って干しても焼いても食えそうにない。
斬られた場所から大量の血飛沫が噴水のように散り、地面を真っ赤に汚していく。
これは、掃除が面倒なことになりそうだ。
「さぁ、あっという間に半減だ。どうする?」
「こ、この野郎……よくもやりやがったな……!!」
残った3人は明らかに狼狽していた。
口ではまだ威勢のいいことを言っているが、すでにその目は逃げ道を探している。
しかし周囲はたくさんのネーフェの村人に取り囲まれており、容易に逃げる隙はない。
「むぅ……まさか帝国の王子どのの力がこれほどのものとは……」
「ね、ねぇ……いくらなんでも強すぎない……? 王子さまってみんなこうなの……?」
「わ、分かりませんけど。でも、本当に強いです……」
「エミリア」
「は……はいっ!」
「この戦いが終わったらすぐに風呂に入りたいな」
「じゅ、準備しますっ!」
「俺って育ちが良いから入浴剤がないとダメなタチなんだ。この村にはあるか?」
「えっと、柚子湯ならすぐに用意できますけど」
「上等だ」
「この野郎っ!! 余裕ぶっこいてんじゃねぇっ!!」
「フィーアさまっ、後ろっ!!」
「分かってる」
まだ心が折れてないのか、ショートソードをかざして躍りかかってくる。
こいつは少々できるのか、動きが異常に速い。
躱すことができないと判断した俺は、剣でその攻撃を払った。
剣で剣を払うのは本来リスクがあるが、今は全く問題にならない。
ギィンッッッッ!! という耳障りな金属音と共に、罪人の剣がほとんど根元から折れた。
「な、何ッ……」
「何、じゃねーよ。お前らに一番必要だったのは、この村の食い物でも女でもなく、ネクだったな」
「ちくしょおおおッッ!!」
武器を失い、素手で殴りかかってくる罪人。
まともにくらったら体が浮くほどの衝撃をもらいそうなパンチだが、俺には当たらない。
攻撃に合わせて俺はみぞおちへ膝蹴りを繰り出した。
「ぐウぅッ……!?」
男は体を2つに折って苦痛に悶えている。
その回復を待つ必要がないのは言うまでもないし、素手喧嘩に付き合うのは一発だけだ。
剣を一閃、首を落とす。
断っておくが、別に首を落とすのが趣味な訳じゃない。
ただ敵が確実に死んだと自分が安心したいからだ。
「さぁ、残りは二人。別々でもいいし同時でもいい。さっさと終わらせてやる」
「くっ……!?」
「かっこいい〜! 王子さま、もう余裕じゃーん!」
「惚れたかリーゼ。そろそろ抱かれたくなって来ただろ」
「ん、ちょっと……うぅん結構。マジで王子さまブーム来てるかも」
「リーゼッ!」
「何よ〜。王子さまは別にエミリアのものじゃないでしょ……きゃっ!」
「あっ」
「はああああああ、捕まえたぜッッ……!」
罪人の一人がリーゼを掴み、引きずり出した。
その細くてきれいなのど元にナイフを突きつける。
……正直に言うと、ちょっと油断した。
「こ、この女がどうなってもいいのかコラッッ!」
「勝てないからって、そういう手段に出るか。まさしく悪党だな」
「うるせぇっ!!! 動くなよ。動いたらこのアマ、命がねえからな……」
「は、離せ〜っっ!!」
リーゼはじたばたと暴れるが、か弱い女子が逃げられるはずもない。
人質を取り、一方的な展開から膠着状態を作るのは悪くない。
距離もあるし、さすがの俺も簡単には動けない。
「このまま黙って俺たちを逃がせ。そうしたら、今日のことは許してやらぁ」
「リーゼはどうするつもりだ? 村の端で解放してくれるのか?」
「当然、俺たちの村へと連れていく。女の人質がいりゃ、『色々と』使い道があるからなぁ……」
「い〜〜や〜〜だ〜〜っ!」
「動くんじゃねぇって言ってるだろうがっ!!」
色々の中にはエッチなことも含まれているんだろうな。
リーゼの命と引き換えに村の交渉も今以上に不利になるだろうし、連れて帰らせる訳にはいかなかった。
しかし俺は弓も矢もないし、これではあっても使う暇がない。
今のこの状態を打開するには……うーん。
「おい、その剣を寄こせ。こっちに投げろ」
「はいはい」
俺が武器を持っているのが不安なのか、それともお土産として持って行くのか。
おそらくその両方だろう。
俺が剣を放り投げて丸腰になってやると、ようやく安心したようにニヤついた。
「へへ……剣を持てニッキ。あいつが動かねぇうちにこの村を出るんだ」
「へ、へいっ」
「待てよ。今からお前らにいいものを見せてやるから」
「うるせえ。てめえが一歩でも動いたら、この女の首を斬る……!」
「一歩も動かないから安心しろ」
「へっ、ならそのまま固まってやがれ」
「見てみ、俺の指先」
「あぁ?」
すぅっと手を伸ばす。
リーゼを捕まえている悪党の顔を指さしてやった。
その指先が少しずつ淡く光りだす。
良質な食い物と酒で、どうやら俺は十分に回復したらしい。
「な、何だ……? 妙な真似をするんじゃねえっっ!!!」
「お前は俺が一番ムカつくことをした。だから、今すぐ死刑」
「何ィ?」
「バン」
掛け声とともに俺の指先から火球が飛び出した。
大人のこぶし程の大きさほどのその火球が、物凄い速度で罪人の顔めがけて飛んでいく。
火球が直撃した罪人はその衝撃で酒場の壁まで吹っ飛んでいった。
我ながらナイスなコントロールだ。
火球を食らった顔はというと……肉が削げ、破壊された骨がむき出しになっている。
残った肉がじゅうじゅうと焼け、不快なにおいがあたりに漂った。
「ひィいいいいいいっ! クリスタの兄貴ッッ!!」
「リーゼ、何をぼけっとしてる! 早くこっちに来い!」
「う、うんっ……!」
解放されたリーゼが俺のもとに駆けよってくる。
その顔は安心よりも驚きの方が強かった。
それはリーゼだけでなく、ネーフェの村人たちにとっても同様だったらしい。
「お、王子どの……王子どのは魔法が使えるのですか?」
「色々とあって、一応」
「まさか……いや、しかし……」
「俺の目の色と魔法の力は、母親譲りのものなんだ」
「な、なんと……!」
「後でゆっくり話してやるよ、ジード。今はまだ殺ることがあるからな……」
「ひぃいいいいいいいいいいっっっ!!」
最後の一人になってしまった罪人は、魔法の力を見て腰が抜けてしまったらしい。
腰は抜けたまま情けなく後ずさりし、おまけに臭い小便まで漏らしている。
悪党の死に際にふさわしい姿だった。




