第11話『招かれざる客』
その後もジードは俺に村人を紹介し続けた。
この村一番の大工、この村一番の仕立て屋、この村一番の羊飼い、この村一番の木こり、この村一番の漁師──などなど。
あまりにもこの村一番ばかりなので、この村の二番目も紹介しろと言ったらジードは渋い顔をして黙ってしまった。
ただ単にそのポジションに居る人が一人しかいないために自動的にこの村一番になるだけなんじゃないだろうか。
この村の生活レベルを見れば彼らがそれなりに有能で有ることは分かるが、ネクだけはおそらく才能と技術が飛び抜けている。
ジードも彼らをネクほどには熱心に紹介しなかったし、俺もネクの時ほど真剣に話を聞かなかった。
「ま、村の主だった連中はだいたいこんなところですな」
「エミリアー、エールのおかわり」
「はーい」
「ちゃんと聞いてくれてましたかのお」
「聞いた聞いた。リーゼ、砂肝のネギソース和えをもっとくれ」
「あ、それ美味しいでしょー! 私が作ったんだよ〜」
「ジードも飲めよ。せっかくの宴なんだし、堅苦しい話は後にしようぜ」
「ふぉっふぉっふぉ……それもそうですのう。では、そろそろ腰を落ち着けて飲ませていただくとしますか!」
「おい、お前らんとこの村長が一気飲みするみたいだぞー。ジードが飲むーぞジードが飲むーぞ1秒で飲む〜ぞ〜」
「んぐんぐんんぐガボおっゲボッ!!!!!!???」
「お、おじいさま!? やめてください王子さま!」
「なんでだよ。ウケただろ」
「あはは。おっかしい〜」
ジードが一気飲みに失敗して白目をむいているが、それを見た村人は大笑い。
かしこまった宴なんて全然面白くないし、ピエロを演じたジードもそれをちゃんと分かってる。
俺という存在にみんなどこか固くなっていたが、少しずつ雰囲気が俺好みの宴っぽくなってきた。
「王子様。私、ルーシアと言います。ぜひお酌させてください!」
「ありがとう、ルーシア」
「わぁ〜……私なんかが王子様と会話してるなんて、信じられないわ」
「会話だけで満足か?」
「あら……それってどういう意味?」
「ルーシア、どけっ」
「うぎゃっ!!」
「王子様ー、私カタリナです! お酒のおつまみ持ってきました!」
「ありがとう、カタリナ」
「うわあ、王子様のお肌ってスベスベ。それにやっぱり顔立ちが村の男どもと全ッ然違うわぁ〜!」
「カタリナの肌もキレイだ。今度、比べっこしようか」
「……それって、二人っきりの場所で?」
「ちょっとカタリー! あんたにはリックっていう彼氏がいるでしょーが!」
「ルーシアこそディドと結婚してるくせに! 王子様に手を出そうなんて100年早い、いや遅いのよ!」
「恋人がいても、誰かの妻でも俺は気にしないけどな。誰でも一人の女に戻って恋愛したい時があるものさ」
俺の言葉にきゃーっと叫んで喜ぶカタリナとルーシア。
うん、酒が入ってだんだんいつもの俺のペースになってきた。
この調子なら、早速一夜限りのラブを決められるかもしれない……。
「……ふぃ・い・あ・さ・まぁああああッッ!」
「うおおッ!?」
「悪ふざけはそれくらいにしてくださいね。さあルーシアとカタリナ、ネーフェの村伝統の歓迎の舞を踊りますよ!」
「えー! ちょっと待ってよエミリア」
「王子様ー!」
ワンナイトラブが遠ざかっていく。
二人はエミリアにズルズルと引きずられて行ってしまった。
まさか俺のふしだらな会話に耳を尖らせているとは……。
ちくしょう、油断した。
「ふぉっふぉっふぉ。早速モテモテですのう」
「まあ、王子様だからな」
「王子どのを見てると、昔のワシを思い出しますわい。ワシもばあさんに出会うまではずいぶんと浮ついたもんじゃった。初めての相手は近所の農家の後家さんでのぉ。あれは暑い夏の日じゃった。納屋の整理を頼まれたワシは薄暗い納屋で彼女に押し倒され」
「その話聞かなくていいわ」
「なぜですじゃ!? 一体どうしてですじゃあ!?」
「ほ、ほら伝統の。なんか余興が始まるみたいだからさ……」
「む……準備ができたようですな」
ポルノ本みたいな設定の童貞喪失話なんか聞きたくない。
それよりも村の美しい娘たちの踊りを見ている方が楽しそうだった。
村の男達はというと、いつの間にか楽器を手に取り即席の楽団を作る。
「ワシもさっきまで知らなかったのですが、王子どののために慌てて練習したそうですぞ」
「……そうか。感謝する」
「思えば、ここへ来てからはこうした宴を行う余裕もなく……こちらの方こそ良い機会をいただきまして感謝するべきなのかもしれません」
そんな話をしているうちに、村人たちによる余興が始まった。
帝都では聞き慣れない不思議な旋律に乗り、ゆったりとした舞を舞う女たち。
エミリアやリーゼは演奏に合わせて歌を歌っている。
歌詞は共通語ではなく古いクルト言語だと思われた。
その響きの美しさは、ひねくれ者の俺でも素直に感動した。
「ネーフェの村に古くから伝わる歓迎の歌ですじゃ。……やれやれ、ネクの奴ときたら音を外しがちじゃのう」
「いや、大したもんじゃないか。とても素人の演奏とは思えないぜ」
「これも村の伝統ですからのう。ふぉっふぉっふぉ」
宴の盛り上がりはピークに達していた。
俺は正直に言うと、すっかりこの村が気に入っていた。
チョロいと思われるのも癪だが、酒はあるし、料理も美味い。
美しい女もいるし、男どもは働き者だ。
ずっとここで暮らすのは嫌だが、しばらくここに滞在して兄貴達を抹殺するのを遅らせても良いかもしれない。
そんなことを考え始めた時だった。
「ジードッッッ!!!! おぉいっ、このクソジジイがっ!!」
突如として酒場のドアを蹴り壊し、招かれざる客がやってきたのは。
その男たちは──たち、というからには複数だ──は、見るからにネーフェの村人ではない。
大柄で、人相も悪く、烙印を押された罪人たちだ。
突然の暴挙に、あれほど平和で楽しげだった酒場が静寂に包まれる。
「な、なんじゃ!?」
「なんじゃじゃねえよ、このジジイ」
「てめえらだろ、うちのディアスを殺ったのは!! ええ!?」
「な、なんの話ですかいのぉ……?」
「とぼけてんじゃねえっっっ!!!」
一人がガンッと椅子を蹴り飛ばし、蹴り飛ばされた椅子がネクに当たった。
「痛いっ」というか細い声が聞こえたが、恐怖に凍りついた村人たちは誰も彼に構う余裕はない。
気の毒だから、あとで慰めてやろう。
「この村とうちの村の間になぁ、両腕と耳が切り落とされたディアスの死体があったんだよ」
「ふざけやがってよぉ〜……まさか臆病なてめえらがあんなコロシをするとはなぁ!」
「い、いいえ、我らではありません……知っての通り、この村にそのようなことができるものは……」
口々に喚き立てる罪人たち。
その数は、総勢6名。
さしものジードも気圧されてしまい、しどろもどろになっている。
「ここのやつらじゃあ無いなら、誰がやったってんだ! ああ!?」
「てめえらみたいなカスを生かしてやってるってのに、その感謝も忘れやがって……殺すぜ、ジジイ」
「く、苦しい……!」
「おじいさま!」
「近づくんじゃねえ! 近づいたら、ジジイの首を切り落としてやるぜえ……?」
襟を掴まれて宙吊りになるジード。
その首元にぴたりとナイフを当てられる。
つまり、こいつらは俺が昼間にぶっ殺した罪人の仲間。
はじめからここの村人が怪しいと踏んで殴り込んできたってわけだ。
「す、すみませんが今は宴の最中で……せめて別の場所で話をさせていただけませんかの……」
「てめえらが何をしていようが知ったこっちゃねえ!」
「さあ、言え! 言わねえと村人全員やっちまうぞ!」
「ぐ、ぐぐ……!」
「……なぁジード。なんではっきり言わない」
「お、王子どの……」
「俺がやったってすぐに言えばいいだろ。なんだってそんなに庇うんだよ」
「しかし……ろ、6人も相手がいては。王子どのは酔っておられますし……」
「もう酔いは醒めたよ。ああ、もう台無しだ」
「あぁ? もしや、てめえが殺ったってのか……?」
「そうだ。俺がぶっ殺してやった」
「きっさまぁああああっっ!!!」
「痛ぁっ!?」
ジードが床に落ちると同時に、6人の罪人共が俺を囲む。
それぞれがナイフ、ダガー、ショートソードを手に持ち、今にも斬りかからんとばかりにいきり立っている。
汗臭いし、男臭いし、それにこいつら、歯を磨いてないのか息が臭い。
全く、マジで最悪だ。
「俺を殺すなら外へ出ようぜ。この酒場を壊されたくないんだ」
「このガキが……いっぱしな口を聞くじゃねえか」
「フィーアさま、やめてください! 逃げてっっっ!!」
「大丈夫だエミリア、心配するな」
「でもっ……!」
「村人たちにも、今のうち言っておく。料理、うまかったぜ。酒も、踊りも最高だった。本当に楽しい宴だった」
「な、何ですかそれ……そんな事……! 最後みたいなこと言わないでくださいっ!」
「だから俺もお礼をしたいと思うんだ。ジード、宴の締めに今から面白いものを見せてやる」
「お、王子どの……?」
「王子さまの強いとこ、見せてくれるのね!」
「違うな、リーゼ。全然違うぜそれは」
「ち、違うの? やっぱり勝てないの……?」
泣きそうな顔をするリーゼ。
6対1じゃあ、そう思われても無理はない。
だが俺は負けるつもりはないし、この罪人どもに負ける理由がない。
見せたいものは決して俺の強さじゃない。
それはむしろ、全く逆のものだった。
「このクソガキが。さっさと歩きやがれっっ!!」
「はいはい」
「王子どの……見せたいものとは一体……」
「ネーフェの村人が恐れていた罪人の弱さを今から見せてやる」




