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第10話『不思議な鍛冶師との出会い』


 そしてその日の夜──。


 俺はジードと共に、村に唯一という酒場へ行くことになった。


 村の集会場も兼ねていると言うことで広さも十分あるし、内装もしっかり酒場っぽくまとまっている。

 俺が通い詰めた『麗しき蜜壷亭』ほどケバケバしくはないが、まあ田舎っぺのネーフェの村人が作ったという事実を加味して、合格点と言っていいだろう。


 そこにはすでにたくさんの酒と料理の取り皿、ジードが声を掛けたという村人が数十人ほど集まっていた。

 当然リーゼもそこにいて、エミリアと一緒にかいがいしく宴会の準備を手伝っている。


 「お〜い、王子〜」


 「あ、フィーアさま」


 「おう」


 忙しそうだし、今は遠くから手を振るだけにした。

 それに……何と言うか、俺はものすごい数の視線を浴びている。

 ジードが俺の事を説明して回ったそうだから、特に敵対的な空気は感じられない。


 どちらかというと興味や友好的な雰囲気を感じるが──王子の俺もやはり人の子で、その集中砲火はあんまり居心地の良いモノではない。


 俺は酒が飲めればそれで良かったんだがな……。

 愚痴を言っても仕方がないので、案内された席に大人しく座る。


 「さて、村人諸君! 揃ったようじゃから早速始めようではないか!」


 俺の着席を見届けたのち、ジードが場を仕切る。

 村長らしい威厳を持って、威勢よく大きな声で宴の開始を告げた。


 「本日、集まってもらったのは他でもない。すでに告げている通り、なんと帝国の第4王子であられるフィーア・ラズヴァートさまがこの島へとお越しくださったのじゃ!」


 「王子、はい。エールの甘ショウガ風味」


 「ありがとよ、リーゼ」


 ジードの演説は続くが、俺は乾杯を待たずに酒を流し込んだ。


 ──う、美味い。

 帝都で飲むものとは少し違うが、美味すぎる。

 

 やはり、酒だ。

 人生とは、すなわち酒だ。

 久しぶりのエールはすぐに体の隅々まで染みわたり、心地よい酩酊が俺を支配する。


 「初めに断っておくが、王子どのは決して罪を犯したわけではない! 王とその家臣である兄上と意見が合わず、王位継承権をはく奪され、謀略の果てにこの島へと送られることになった……」


 「はいフィーアさま、枝豆の塩ゆでです。お酒のアテにどうぞ」


 「なぁエミリア。ジードは今どこの王子様の話をしてるんだ?」


 「たぶんフィーアさまの話かと……」


 「ずいぶんと話を盛ってるようだが」


 「確かにちょっとだけ脚色されてますね」


 「ちょっとかな?」


 ニュアンスとしては間違ってない気もするが、すごい悲劇の主人公っぽくなっている。

 村人たちもすっかり信じ込んでしまい、『おぉ、そのようなことが!』とか『気の毒に……』とか声が上がってる。


 いや、別にいいんだけど。


 「どれほどの苦渋を飲まされ、ここに来たかは想像に余りある! それでも王子どのは生来挫けぬ心を持ち、そして正しいものの味方じゃった。王子は、この地で我らと共に力を合わせて生きる道を選んでくださったのじゃ!」


 「いや、最初に辿り着いたのがこの村だったんで選ぶとかじゃなく」


 「ゴホン!! 皆の者、フィーア王子に歓迎の拍手を!」


 ぱちぱちと拍手が沸き起こる。

 

 歓迎してくれるのはありがたいが……しかし、ジードの話は長い。

 どうして村長とか町長とか市長とか、名前に長がつくと話が長くなってしまうのか。

 礼節ある村人たちはグラスをもって、うずうずしながら乾杯の発声を待っている。

 そうなってしまう元凶が俺だと思うとやりきれない気分である。


 「……知っての通り、現在このネーフェの村を脅かす者がいる。流刑にあった罪人どもじゃ。やつらは年々増長し、我らの食物を奪い、我らの資源を奪った。我らに奴らが使う井戸を掘らせ、奴らの住む家を作らせた……」


 ……村人たちは、そんなことまでさせられていたのか。

 ほとんど奴隷みたいな状態で、よくも何年か過ごしたものだ。


 「あろうことかついに我が孫娘・エミリアにまで暴行を加えようとした。その許されざる悪党を一刀両断、斬り捨てて助けてくださったのが、たまたま立ち寄った王子どのであった!」


 「フィーアさまって本当にすごかったんですよ、みなさん! こう、剣をしゅしゅって軽く振っただけで、私を襲おうとした人が斬られてしまったんです〜!」


 「やめろエミリア」


 「王子ったらカッコいいじゃーん!」


 「リーゼ、エールのお代わり」


 「あ、うん」


 おぉ〜っ! と歓声が上がり、尊敬のまなざしが集中する。

 それはそれで気分が良いものだが、それより早く宴を始めてくれないだろうか。

 最初の挨拶が終わらないから、いつまでも酒のアテが枝豆以外に出てこない。


 「そのような力を持った王子どのが、この村を守ってくださると約束してくださった。もうワシらは二度と罪人どもにへいこらすることはない。この村には今、正義の味方、正義の塊、正義の化身であられるフィーア・ラズヴァートさまがおられるのじゃ!」


 どんどん俺という人間が不必要に神格化されている。

 誰が正義の化身なんだ、一体。

 たぶん俺と何度か話をするだけで、それが幻想であることにのほほんとした村人も気づくと思うのだが。


 しかし、ジードの熱の入った演説で村人たちの顔に活気が乗り移っている。

 さっきまではどこかショボくれた顔をしていたので、やはり罪人たちの存在が重くのしかかっていたのは明らかだ。


 「皆の者、盃を持て。王子どのと我々ネーフェの村の未来に乾杯しようではないか! では、乾杯っっ!!」


 「おっ」


 やっとジードの長い話が終わり、宴がスタートした。

 村の女たちが、始まったと同時に次々に料理を運び込んでくる。

 料理のレベルが高いのは言うまでもない。


 柔らかでふかふか、焼き立てのパン。

 新鮮な野菜と鳥の蒸し焼きを和えたさわやかな味のサラダ。

 野菜と魚を煮詰めて出汁を取った濃厚な魚介スープ。

 しっかりとサシの入った牛のサーロインまで出てきた。


 これほどの料理を出せるまで、彼らはどれほどここで苦労を重ねたのだろう。

 その点に関して、俺は素直に村人たちに尊敬の念を抱いていた。


 「さあ〜王子どの、食ってますか、飲んでますか!」


 「食ってるし、飲んでる」


 「ふぉっふぉ、どうです。我が村の料理は美味いでしょう」


 「さっき食ってりゃもっとアツアツで美味かったぞ。なんだよあの長い話は」


 「焦らせて盛り上げるのも村長の仕事ですのでな。さて、王子どの今のうちに村の人間を紹介しておきましょうかのう」


 「村の美人だけでいい」


 「そういう訳には参りませんわい……おーい、ネク! こっちに来い!」


 「ぼぼぼ、僕ですか……?」


 ジードに名を呼ばれ、ぴょこんと飛び上がったのは気の弱そうな眼鏡のヒョロガリだった。

 筋肉隆々の男は好きではないが、こういうガリガリ君を見てもなんかイラつく。


 「このネクは村で唯一の鍛冶師でしてな。おそらく王子どののお役に立てることもあるでしょう」


 「役にって……まだかなり若いようだが、ちゃんと経験はあるのか?」


 「はははははいっ。おお幼いころから王都クルトで、かか鍛冶見習いをしておりましたっ!」


 「ネクはそのまま王都に残っておればやがては鍛冶師として名を馳せたかもしれぬのに、ホームシックで帰ってきてしまったのです」


 「おお恥ずかしながら、はい」


 「王都にいたら島流しにもならずにすんだのに。ジードを死ぬほど恨んだほうが良いぞ」


 「王子どの、ワシとて傷つくんですぞ……!?」


 「いいい、いえっ! ぼぼ僕は別に。り両親だけがこの島に送られるよりはずっと良いです、はい」


 「故郷ですらない土地で暮らす羽目になってもか?」


 「ぼぼ、僕が思うに、故郷とは土地だけを指す言葉ではありません。ネーフェに住む人々も含めてのこ故郷ですから……」


 「うむ、よく言ったネク!」


 「……確かにその通りだな」


 避けられた運命だったと思うと気の毒だが、当のネクが幸せを感じてるなら別に良いか。

 俺も何だか故郷である帝都に帰って家族に会いたくなってしまった。

 あいつらをどういう順番で殺すか今から考えておかなくては。


 「で、ネクは鍛冶師だったな。なら俺の剣がどういうものか分かるか?」


 「けけ剣ですか?」


 「ほれ。手に取って見てみろ」


 「ははっ、はいっ! しし失礼しますっっ!!」


 おっかなびっくりと手に取って、頼りなく剣を眺めるネク。

 

 少々、イジワルな事を言っているのは自覚している。

 しかし、眼鏡の奥の気弱そうな目がきらっと光ったのを俺は見逃さなかった。


 「どうだ?」


 「……この剣は、ミスリル鉄でできています。それにヘヴィメタル鋼材とハードプラチナをブレンドしてさらに硬度を上げているようですね」


 「……その配合は?」


 「ミスリルが5、ヘヴィメタルが3……いえ、お待ち下さい。少々、気になる輝きがあります……」


 「なあにぃ? 何してるの? ネクなんかに何か分かるの?」


 「黙ってろ、リーゼ」


 「え〜、なんか王子が冷たーい」


 「? どうしたのですか?」


 「あのねエミリア、王子があのキモいネクとねー」


 「人にキモいとか言っちゃいけないですよ」


 リーゼたちがやんやと騒いでいるが、俺は驚いていた。

 さっきまでプルプルと生まれたての小鹿みたいなやつだったのに、剣に触れたとたん人が変わった。

 気のせいか口調まで変わっているし……なんだ、この変態は。


 「分かった! 分かりましたよ! ミスリルが5、ヘヴィ・メタルが3、ハードプラチナが1.5……そしてこの蒼き輝きの正体はブラウ・カーボンであり、残りの0.5です!」


 「へぇ、やるじゃないか。ハードプラチナはまだしも、ブラウ・カーボンなんて特殊な素材をよく見抜いたな」


 「クルト王国にもブラウ・カーボンの産地はあります。もっともあまりにも希少すぎて、王族以外の受注で触れる機会はありませんでしたが……」


 「良い剣だろ」


 「ええ、これは見事です。元素の相性が悪すぎて、中々実現できる配合ではないというのに……帝都にはよほど良い錬金術師と鍛冶師がいたようですね」


 「まあな。親父は帝国じゅうから腕の良い人間を集めてたから」


 「しかし、僕ならばヘヴィ・メタルの配合をもう0.3……いや、0.5は増やします。切れ味はやや落ちるかもしれませんが耐久性が増し、その分人を多く殺せます」


 「俺がそういう風にオーダーしたんだ。耐久性も大事だが、少しでも軽い方が扱いやすい。何人も斬ってるうちに腕がだるくなるんだよ」


 「成る程。……剣はお返しします。良いモノを拝見させていただき、感謝します」


 堂々としたまま、一礼するネク。

 あんぐりと口を開けるリーゼとエミリア。

 必死に冷静さを保っているが、俺も同じくらい驚いてる。

 一人、得意げな顔をしているのはジードだった。


 「どうですじゃ、王子どの。我が村の鍛冶師もなかなかでしょう」


 「あぁ……ネクには色々と依頼することがあるだろう。よろしく頼む」


 「ははははは、はいっ! ここ光栄ですぅっ……!!」


 剣を手放すと、またさっきの気弱なヒョロガリに戻ってしまった。

 フラフラと自分の席に戻り、ビクビクしながら静かに酒を飲んでいる。


 「ネクって、結構すごいんですね。知りませんでした」


 「でもさ、今はクワとか馬具とか作ってるだけじゃーん」


 「ネクの作ったものはさぞかし評判がいいんじゃないのか?」


 「ん、それはそうだけど……でもキモいしさー」


 「これリーゼ、いい加減にせんか!」


 まぁ確かに不気味なので、リーゼのいうことも分からなくはない。


 しかし──多少変人だが、こいつはかなり使える。

 この地の果てに、なかなかどうしていい人材がいるじゃないか。






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