第1話『帝国の放蕩王子』
「おーい酒だぁ! 早く次の酒持ってこーい!」
『麗しき蜜壷亭』は今日もたくさんの客で賑わっている。
俺はその賑やかな酔客に負けじと声を張り上げた。
この世に生を受け、まだ二十年にも満たない俺だがひとつだけ分かったことがある。
人間、働かずして飲む酒が一番美味い。
働いたことがないからはっきり言えないが、きっとそう。
「あ〜らフィーア王子。今日もいらしてたのぉ?」
「見ての通りだ。何か悪いか」
「別にぃ。ただ、王子様なのにこんなところに通い詰めてても大丈夫なのかな〜って」
「特に問題ないさ。俺はアニキたちみたいに国政に携わってるわけじゃないしな」
「ふぅ〜ん……要するに、王子はヒマなのね」
「るっせーな。それよりミナはウェイトレスだろう。早く酒持ってこい」
「はいはい。少々お待ちくださいませ〜」
ミナはその形のいいお尻をぷりぷりさせながら歩いて行った。
うーん……相変わらずいいケツしてやがる。
彼女は胸元を大きく開いたドレスに身を包み、店中の男どもの好色な視線を集めている。
麗しき蜜壷亭が繁盛しているのは美人ぞろいのウェイトレスのおかげと言っても過言ではないだろう。
中でもいっとう美しいミナはほとんどの男の想像の中で裸にされ、犯されているはずだ。
……ま、実際に彼女とヤリまくってるのは俺くらいのものだろう。
「はいお待たせ。王子の好きな特大エール、甘ショウガ風味」
「お、ありがとよ」
「ねーえ、私も一杯ごちそうして貰っていい?」
「いいけど、かえって高くつくかもしれないぜ?」
「高く? どれくらい?」
「そうだな……まぁ、今夜一晩ってとこか」
「うふっ。王子ったら本当に夜通しなんだもの……どうしよっかなぁ〜」
「いいだろ。最近はご無沙汰だったじゃないか」
「……私、今日は22時に上がれるわ。私の家で待っててくれる?」
「おう、いいぜ」
「鍵、渡しておくね。待ちきれないからって他の女を連れ込んだりしないでよ?」
「ミナの家に上がり込んで他の女を呼ぶほど鬼畜じゃねーぞ」
「王子ならやりかねないのよねぇ〜……じゃ、またあとでね」
彼女が頬を仄かに赤らめたのを俺は見逃さなかった。
あの顔はきっと今夜のことを想像して下着を濡らしてるな、うんうん。
「マスター、王子が私に奢ってくれるって〜! ラズヴァード・グランデ・シャンパーニュひとつ!」
「うぐっ……!?」
あのアマ、一杯数十万ディールはするシャンパンを頼みやがった……。
一晩の見返りが高くついたのは俺の方かもしれない。
……ま、俺が払う訳じゃないし王宮のツケにすればいっか。
後で宰相がグズグズと文句を言うかもしれないが、知ったことじゃない。
「あー、ミナだけずるーい! 王子、私にも一杯おごって〜!」
「リア。俺のおごりは高くつくぞ」
「えへへ、いいよぉ。王子とのアレ、私好きだもん」
「フィーア王子〜、私も私も! 私にも声かけてよぉ〜」
「なんだレベッカ、欲求不満か?」
「そういう訳じゃないけどぉ」
「レベッカは王子の愛人の座をワンチャン狙ってんのよ」
「リア。それはあんたもでしょ!」
「そりゃ〜そうよ。私、王子の愛人になって王宮で優雅に暮らした〜い!」
「はーっはっはっは! いいぜ、俺を満足させてくれたら考えてやるよ」
「やったー!」
次々に寄ってくるこの店のウェイトレスたち。
それを狙って通っている男どもの視線はどんどん醒め、白けて帰っていくやつもいる。
悪いな、ゴミども。
この世に生を受けて二十年にも満たない俺だが、ひとつだけ分かったことがある。
それは、この世界は生まれですべてが決まるという事だ。
ラウバーン大陸の大半を統治している『ヴァート・ウルガン帝国』。
その帝国の第四王子として生まれた俺こと『フィーア・ラズヴァート』。
それだけで勝ち組なのに、さらに顔良し、声良し、性格良し。
生まれた時点で俺と言う人間はもう優勝してしまっているのだ。
俺の人生は生まれながらにして戦勝パレードのようなもの。
そしてパレードに必要なもの……。
それはもちろん、酒と女だ。
「よーし、他にも王子の俺とヤリたい女はいるか!? 今なら絶賛予約受付中だぁ!」
酒でいい気分に仕上がった俺はテーブルの上に立って声を張り上げた。
眉を顰める女もいるが、きゃーっという黄色い歓声も上がる。
「さあ、抱かれたい女は手を上げろ。もしも俺の子を孕んだら一生安泰の王宮暮らしだぜ!」
この店のウェイトレスだけじゃなく、飲みに来ていた客の女の手も上がる。
ひーふー、みーのよーの、ごのろくの……数えたら両手両足じゃとても足りない人数だ。
こりゃあ一度に三人か四人は相手をしていかないと片付かない。
しばらくは昼夜問わず、女漬けの日々を送ることになりそうだ……。
「……フィーアよ。ずいぶんと大騒ぎしているようじゃのぉ」
「んぁ?」
その時だった。
威厳のある、しわがれた……そして聞き覚えのある声がした。
「このラズヴァート家の面汚しめ……いい加減、恥を知れ!」
「げえっ……!?」
城下町の中でもひときわ猥雑な場所の猥雑な店に、その姿は似つかわしくなかった。
物々しい兵を数十人も引き連れ、麗しき蜜壷亭の入り口に立っていたのは……シューニャ・ラズヴァート。
このヴァート・ウルガン帝国の現国王にして、俺のオヤジだ。
南方で戦争の指揮をしていたはずだが、帰っていたのか。
「よ、ようオヤジ。はは……飲みに来たのか? 戦争終わった? 勝った?」
「うむ」
「さすが父ちゃん。よっ大統領。じゃなくて帝王!!」
「それで本題だ。先月、先々月にわたりこの店から数千万ディールの酒代を請求されておるそうでな。それをワシ直々に支払いに来た」
「あぁそういう事。悪いな、サンキュー」
「……フィーア、口の聞き方に気をつけよ。ワシは今、お前を殺したくて仕方がない」
「わっはっは……また御冗談を……はっはっは……」
冗談めかしては見たものの、親父が切れてるのは一目瞭然だった。
あれだけ騒がしかった店の中も、まさかの国王の登場にしんと静まり返っている。
その国王がどうやらマジ切れしてるとなればなおさらだ。
「このゴミクズが。貴様の子を孕んだら安泰の王宮暮らしじゃと?」
「いやまあ、自然とそうなるだろやっぱり」
「ならん」
「なんで」
「お前はもう法的にも感情的にも、王子でもワシの息子でもない」
「はぁ?」
「そう決めた。お前の兄三人、誰一人反対するものはいなかった。要するに、この国の最高決議で可決されたという訳じゃ」
「えぇっ!?」
「衛兵。我が息子……いや、こやつはもう王子でも息子でもない。フィーア・ラズヴァートを連行せよ! 己が欲のための国庫に計り知れない損害を与えた罪は重いぞ!!」
「ちょ、待っ……いや、おい、待てって! 離せ!」
「何を遠慮しておるか!! フィーアよ、もしも抵抗するのであれば、その腕切り落とす!!」
「あーれー!」
俺は衛兵に引きずられながら、愛すべき麗しき蜜壷亭を去った。
一体これからどうなってしまうのか。
オヤジのこの感じから推測するに、極刑もありうるかもしれない。
こうして俺ことフィーア・ラズヴァートの酒と女で優勝の日々は、唐突に終わりを告げたのだった。