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「呉軍が湖で大規模な水軍演習をしております!」


「むむむ」

 ――巴東には劉太守と冷将軍の一万しかおらぬ。江をこられては対抗仕切れまい。


「丞相、間道で魏軍の別動隊と遭遇しました! その数凡そ一万!」


「李将軍に五千を預け撃退させよ」


 あちこちから報告が集まり、集中して考える時間すら見出だせなくなる。そこへきて馬超将軍が打って出たいと申し出て来る。


「馬将軍、今は防ぐことが肝要」


「一撃して敵の肝を冷やして参りますゆえ、許可を」


「あべこべにやられでもしてはどうする。将軍は国家の柱であるぞ」


 重鎮だ、彼が欠ければまた激震が走る。孔明は無闇に危険に晒してはならないと知っている。


「丞相は儂が青二才に負けるとお思いか。そのような弱将ならば国家の柱など、お笑い草でありますぞ!」


「むむむ……では楊将軍を副将に連れて行くのだ」


「応」


 馬将軍は満足して本営を退出していった。少し悩んでから趙雲を呼べと命じる。


「丞相お呼びで」


「うむ、馬将軍が出撃する。万が一に備えて城外に救援に出られるようにしておくのだ」


「解り申した」


 こちらは素直に指示に従う。どうしたものかと一息ついて執務を続行した。


「丞相、食糧の輸送が届きませぬ」


「……」

 ――やれやれ、これでは仕事にならぬ。武将が皆小粒になってしまった。我が支えぬばならぬ、主の遺言を蔑ろにはせぬぞ。

「馬謖よ、後方に赴き確かめてまいれ。一日遅延は官職剥奪、二日はむち打ち、三日は斬首だ」


「ははっ」


「丞相、呉が江を遡上してきております! 四万の軍勢が!」


「おのれ孫権め! 首都より増援を送るのだ」


 留守番の将に援軍に向かうようにと伝令を派遣する。

 それから二日、後方の関所が軍勢に破られたと報告が上がってきた。


「首都の防備を薄くは出来ぬか……関東より徴兵し呉に備えさせるよう変更だ」


 そして翌日、輸送部隊が攻撃され荷が焼き払われたと報告が上がる。更には魏軍が攻勢を強めてきたと。


「むむむ!」

 ――戦線が破綻を来してしまうぞ!


 どこからかは解らないが山道を抜けた軍があるらしく、後方を荒らされ始めた。各地の太守や県令は城を守るので精一杯だった。何せ孔明が徴兵したのだから文句も言えない。


「丞相、首都より増援要請です! 迂回した魏軍二万が成都に攻撃を掛けております」


「いかん! 趙将軍に一万を預け、直ぐ様首都へ向かわせよ!」


 あちこちで情勢が炎上し始める、鎮火させようにも孔明はこの場を離れるわけにはいかなかった。


 ――このままでは! しかし手が無い。各個の奮闘に期待するしか……。


 胸騒ぎを何とか鎮めながら漢中に居座る孔明。時が流れて幕に伝令が駆け込んできた。


「丞相に申し上げます! 巴東に『安南』『雲南』『永昌』『呂』の軍勢が駆け付けました!」


「なんと! 関東の軍勢を首都に戻すのだ!」

 ――介よ、よくぞやってくれた!


 続報が届き歩騎二万の軍勢が完全武装で着陣したと聞かされる。大急ぎで徴兵し、装備を集めてもそうはいかない。事前に用意を済ませていたというのが孔明には解った。


「長期の備えは戦略であり政略でもある。龍将軍は先が見えておるようだ」


 羽のついた扇子をゆっくりと動かし撃退もそう遠くは無いと想定する。


 僅か二日、巴東から早馬が駆けて来ると「呉軍の軍船を焼き払い撃退に成功しました!」喜色を浮かべて声を張り上げた。


 結果を耳にして心配事が一つ無くなる。執務を遂行していると、今度はどこからともなく輸送部隊がやってきたと報告される。


「報告します、中郷とかいう地方より坦々王と『李』『安南』の軍が食糧五万石を輸送してきております!」


「むむむ、それは福音。坦々王を歓待するのだ!」

 ――またしてもか! 中郷に備蓄しておったのか、助かる。


 名も知れぬ小さな地域でしかないが、孔明は自身が上奏して与えた場所だけにはっきりと覚えていた。

 ここからかなり距離があったにも関わらず、五万石もの輸送となればやはり事前に準備していなければ無理だと知る。


 そもそも命令もされずに自身の財貨を差し出すなど、下心なしではありえない行為なのだ。

 どんな対価を求められるかとも考えたが、島が強欲とはほど遠い性格なのを昔から知っていることに気付き孔明は息を吐く。


「むしろこちらから無理矢理に褒美を与えねば何も求めぬであろうな」


 こうなると不思議なもので、快く与えたくもなるし、出来るだけ大きな贈り物をしてやりたくもなる。


 大分心が落ち着いたころにも伝令はやって来た、今度はより重要な内容を携えて。


「丞相に申し上げます! 首都北部に『高』『越峻』、南蛮騎兵が現れました!」


「南蛮騎兵だと! 龍将軍の手の者か」

 ――こうまで遠くを見通せるか! 我が同盟者よ、存分に働きに報いてやらねばなるまい!


 成都の外縁、包囲をしている魏軍に歩兵が肉迫する。注意が正面に向いているところで南蛮騎兵が側背から強引に突撃を掛けた。

 被害を無視して力の限りぶつかる。こうなれば遠征軍と防衛軍では気持ちの入り様が違う。


「首都方面魏軍が全滅しました!」


 伝令がやって来ると、つい孔明も立ち上がってしまう。

 城門の外に居る敵兵も撤退準備を始めたと聞くと、ようやく一つの戦いが終わると胸をなで下ろす。


 攻めきれない、そう判断した魏軍が姿を消した。それを見届けると、孔明は監視の軍を一部残して首都へ引き返して行くのであった。


《首都の朝議にて》


 首都である成都城の中央で論功行賞がなされた。

 通常ならば一番戦功から下ってゆくのだが、今回はいつもとは違い二番以下から評されていく。主だったものが全て名を呼ばれ恩賞が与えられた、呼ばれていないのは孔明のみ。


 自身のことなので最後にまわしたか、或いは省いたのだろうと皆が思っている。

 だが皇帝の御前、皆が等しく驚愕する。功績一番が何故か島介だったからだ。当然百官が反発する。


「丞相に申し上げます。何故かような者が首座になるのでありましょうか」

「島将軍は南蛮にあって漢中に一歩も踏み入っておりませぬぞ!」

「僭越ながら、丞相はご友人に甘いのではありますまいか」


 歯に衣着せぬ物言いがつく。全てもっともな言であり、妬みや誹謗中傷のみというのは無かった。

 ある程度不満を吐き出させて後に羽毛の扇子を前に突き出し鎮まるようにと仕草で示す。


「島将軍は遠く雲南にあり、漢中に足りぬ糧食を運び、巴東で呉軍を退け、魏軍より首都を救った」


 一つ一つ詳細を時系列と共に述べて行き、事実を明らかにしていく。そこに一切の私情は挟まず、あったことのみを正確に知らしめる。 


「百官に尋ねたい、もしこれよりも功ありと言うものが居たら名乗り出て欲しい」


 一人ひとり目を合わせ段上より尋ねるが、誰一人としてうつ向いた顔を上げることは無かった。


 島を抜きにして首都で式典が進む。増援に出た軍勢は役目を果たすと速やかに引き揚げてしまい、元の駐屯地で解散してしまっている。 


 丞相の同盟者、友人、異国の将軍。島とは一体何者なのか、様々な憶測が飛び交った。だがそこには居ない島を話題にするのも、暫くすると収まってしまう。


 劉備が死去し、国が揺れた後の勝ち戦。皇帝が代替わりしてもやれるぞ、そんな気持ちになれたので雨降って地固まる、まさにこうだった。


 驚きはそれだけではなく、島の離反を懸念した文官が皇帝の縁続きを妻にしてしまえと取り込みをはかりだした。孔明もそうすれば反発が少なくなると、やはり島に黙って全て進めてしまうのだった。



「うーむ、よくわからんのだが、どうなんだ?」


 込み入ってるのは前からだ、今さらでもある。官職を進めた、何を意味するかが漠然としかわからないだけだ。


 散鎮南将軍使持節仮鉞領雲南太守都督越巴永雲諸軍事丞相司馬騎都尉護羌南蛮校尉中郷侯。以前からのは良い、都督も軍権が広がっただけだろう、節もだ。仮鉞と騎都尉とは何か尋ねた。


「申し上げます。仮鉞とは開戦権限であり、将軍が任意で他国と交戦が可能なものでございます」


「なるほどな」


 首都から離れていて戦機を逃すなというわけか。連絡がつかないこともあるしな!


「騎都尉は近衛軍の指揮権で御座います。されば此度のように、丞相不在時に首都が危機にあらば、騎都尉が禁軍への命を下せます」


「国軍へは丞相司馬で、近衛へは騎都尉で、私の直属へは将軍で、地域のは都督でか。どこにいても働けというわけだ」


 何でも屋はいつものことだが、ごちゃごちゃしてるな。これがルールだってなら従うさ。


 そこから一年、孔明は国力を蓄え人材を育成することに努めた。島もいままで通り雲南で過ごす、違ったことと言えば妻を二人とも雲南に呼び寄せたことだ。


 年単位で帰宅出来ないのが確定してしまったからだった。道中は軍勢五千が護衛しながらの物々しい護送が行われた。かたや劉氏の高貴な姫、かたや馬氏の姫、それを狙う盗賊も多かった。


 越峻へ入ると蘭智意が五千の軍勢で出迎え末席に加わる、永昌からは呂凱が三千で加わった。雲南との境界で別れるがそこから先は鎮南軍が五千で先導した。


 だが最早雲南で逆らう者は居ない、孟獲大王も同時に敵に回すことと同義だからだった。


 派手な大名行列だ、しかしこの二人を失えば俺が困るからな。


 島の命令で集められた鉄鉱石、これを工房で研究させた。答えはわかっている、それを実際に試させた。鉄を溶解し生鉄を抽出、それを高温で焼き続け鋼鉄へと練成させ、鋳鉄を急激に水で冷やし焼入れを行う。


 鉄が硬くなり脆さが出てしまうが、耐磨耗や耐疲労、ようは長持ちするようになる。即ち鏃であったり槍の穂先の性能が大幅に上がった。


 蜀への入植、そして南方作物根芋の生産、これででんぷんを精製して保存用に大量の備蓄が可能になった。そしてバナナである。食用に適した品種を増やし主食の一つとして推奨した。


「バナナを人肌の湯に少しの間つけておけば、半月は保存出来るぞ」


 それだけでなくスライスして乾燥させておけば長期保存が可能だ。甘みもあったのでこれは瞬く間に普及して行く。栄養価もあったので軍備蓄だけでなく、民へも広く普及されることになる。蜀でこれが野菜と認識され島菜と呼称されるようになった。


 食料事情が改善されてくると人口が増加する、そうなると開拓を進める必要が出てくる。中郷周辺は象と水牛の活躍で平地が広がっていて、次々と移民が入る。いつしか中郷は県へと規模を変えると、島も中郷侯から中県侯へと進んだ。


 とある日、首都から使者がやって来て告げた。


「越峻、永昌、を益州より外し、新たに設置される南蛮州に組み込む。南蛮州の都は雲南とし、島を牧とする」

  

 そして雲南以南の蛮地を切り取れば勝手に郡を創設して構わないとのお墨付きを得た。州内の太守の任免もだ。


 散鎮南将軍使持節仮鉞南蛮州牧都督越巴永雲諸軍事丞相司馬騎都尉護羌南蛮校尉付馬中県侯、これが新たな官職か!


 寥主簿を雲南太守に据え、呉を平南将軍・南蛮州別駕従事へと任命した。王平も安南将軍・督越巴永雲諸軍事を認め、完全なる子飼いにしてしまう。


 乱発するわけではないが、蘭智意にも卑将軍の席次を与えた。呂凱を招いて鎮南将軍軍師・南蛮州治中従事にしてしまう。李項も司馬から別部司馬・南蛮州従事に引き上げる。


 それでも足りないものは足りない。どうやって広大な土地を治めたら良いやら。人か……名士を招いてだが、孟獲が交州の英雄、士燮について言っていたな。そこを詳しく掘り下げるとするか。


「呉別駕、交州の士燮と交流をしたい、手筈を」


「御意。それは人材の面で、でしょうか?」


「そうだ。物は南蛮貿易で事足りている、だが人が全く足らん」


 それだけで呉は全てを理解してしまう、根本的に頭の作りが違うのだろう。


 相変わらず秀才は健在だな。


「王将軍、益州東部から零陵郡へ進出するための手筈を」


「呉国への進軍を?」


「国に喧嘩を売るのは確かだが、そこが欲しいだけだよ。避難者を保護して抱き込むための出先だな」


 解散して一人物思いにふける。


 仮鉞を得たので勝手にやってやれとの気持ちがあった。先年巴東で戦争をしたのだ、今さら躊躇する事もない。


 首都でとやかく言われそうだが、結果オーライだろ。


 時が経ち、ついに命令を下した。

 

 山中を進み零陵郡手前に軍勢を進める、大将は王将軍で南蛮からも王や洞主が参加し、総勢四万が侵入した。島の命令で戦端を開く、その事実が首都に漏れる前に事件は起きた。


 姿を現した軍勢に対抗しようという零陵軍だが、じっと動きを見せないのだ。籠城の構えなのはわかる、それにしても静か過ぎた。おかしいと思い密偵を忍び込ませると、王将軍は驚いた。殷礼太守が病死して間もないのが発覚した。


「駒を進めろ!」


 一気呵成に城へ迫る、すると郡城は意気消沈したままあっという間に降伏してしまった。あまりにあっけない結末に島が指示を出した。


「殷礼太守を懇ろに弔い、息子へ遺体を返還しろ」


 呉国にそう使者を立てると殷基が零陵に現れ遺体を引き取っていった。それまでの間は周辺の呉軍も城を攻めようとはしなかった。成都では東部へ攻め入ったことで朝廷が紛糾した。島は無言を貫き、説明の使者すら送らない。


 そのままで良い、孔明先生なら認めてくれるはずだ。


 孔明も詰問の使者を送るようなことはしなかった。かと言って賞賛もしない、ただ黙認するのみだ。


 零陵は荊州の最南端で僻地といえる。それにしたって南蛮に比べればはるかにマシではある。至るまでの山道も南北探しても一本しか見つからず、そこを押さえねば益州と行き来すら出来ない。行くも引くも命がけだ。


 島の命令はこうだ、零陵は軍勢で維持し、山道を確保して関所を複数置く。長期間そこを占領しているつもりは無かった。益州への案内、亡命者を募るという意味合いがあった。益州側出入り口へ呉別駕の分治所を臨時で設営して人を集める。


 噂が広がり零陵へ訳ありの人物が集まってきた。政治闘争で敗北した者、罪を得て逃げている者、単に旅をしたい者、人生の賭けを行いたい者、そして密偵の類だ。それらを丸呑みして呉が保護し、呉国の軍勢が進発したと聞くと王将軍は軍需物資を根こそぎ抱えて引き返してしまった。


 その際に島は厳命を下した、民への暴行略奪を禁じる、禁を犯したものは処刑する、と。万からの軍勢がいたら違反者で部隊が出来るほどだ。拘束したもの二百名余、島はそれらを全て斬罪に処した。


「我は国家の官であり、平民とは違いますぞ!」


 印綬を履いた局長級の官が混ざっていた、しかし島は毅然とした態度で臨む。


「ならば率先して規範を示さんか! 私は皇帝陛下の代理人だ、抗議を認めぬ!」


 即刻斬首、覆ることはなかった。


 こういう奴が居るから誤った考えが蔓延する! 俺は絶対に許さんし、認めもせんぞ!


 軍令は絶対。島将軍、普段は柔和なのに逆鱗がそこにあった、軍律を犯さぬようにしようとの意識が波及していく。


 集めた亡命者は特に選らばずに希望者全員を採用した。雲南の地で働かせてみて使えるようならそのまま、ダメでもそのままで。


 そのうち錐の先が袋を突き破る、そんな人物が浮かんでくる。それらを府に召し上げて人材難をなんとかする。最初から名が通っている人物は、呉別駕預けで様子を窺った。信用出来るかどうか試し、納得行けば属官として抱える。


 そうしてまた一年が過ぎる。首都では北伐の準備が進んでいるとか。


「呉別駕、北伐だが……どう考える?」


 無謀ではあるが、やらなきゃ収まらんのかね。


「先の帝の悲願でありますれば、これを成就するのが今上陛下の責務で御座いましょう」


 つまりはやらねばならない、そういう話が常識らしい。漢中から出撃するだけ一本では守りもしやすい、逆もまた然りではある。


 地図、見る限りで長安までは五本の道がある。大本の防御を抜けば案外いけるかもな、その場合は長安を落とせるだけの戦力がいくらかを知らねばならんか。そして道の選択だな。


 

 出師表。孔明が帝に上奏を起こす、魏へ向けて軍を発する許可を得る。朝廷でこれを聞いたもの皆が涙を流す。


 南蛮を速やかに平定してしまったので、趙雲などの将軍が存命中に大軍を差し向けるとこが出来た。


 天王山が近づいている、根拠はない、俺の勘だ。

 

「呉別駕、孔明先生が十万の軍で漢中に向かうそうだ」


「先主の悲願でありますれば」


 大した願いを残してくれたものだが、国を持つとそういう想いが芽生えても不思議は無いか。


「対する魏軍は二十万との見立てだ。どこまで本当の数字かは知らんがな」


 攻めが少数ではうまくも行くまい、基本は三倍で押すべきだからな。


 雲南の地で治安を保っている、それだけでも孔明の大きな助けになっている事実はあった。夢がこうも長いのは初めてだ。


 確か何度やっても孔明が勝つことはなかったはずだな。理由までは知らんが、戦力差だろう。知恵比べで孔明が負けたのは聞いたことが無い。ならば俺のすべき事を考えるんだ。


「孟獲大王がお出でです」


「来たか、そうだろうな。あいつなら来ると思ったよ。通せ」


 必要な時には必ず現れる、兄弟も何かするべきだと感じたんだな。


「ついにやるそうだな!」


 開口一番核心から入る。俺も軽くそれを認めた、だってそうだろ。


「ああ。俺がどうするべきか、それを今考えてたとこだよ」


「どうしたい?」


 孟獲が尋ねる。望みが何か、それを言えばきっと協力すると言ってくれるだろう。その為にも誤ってはいけない、目的を定めなければならない!


「俺は友と呼んでくれた孔明先生を助けたい。漢中から発する軍とは別に、漢水脇の石泉から秦峡街道を抜けて長安を衝く」


 秦峡街道、孔明の軍の東、現代の中国公道210号、漢中西安都市間二級公道の一つだ。本軍は一級公道5号を進むことになる。

 考えに考えた末の答え、それが支道からの急襲で長安を攻撃するものだ。


「ほう、小道を行くか。では精々行っても二万の軍だな」


「俺が全力で集めても騎馬は一万だ。巴東、中河の最北端に衣学堂郷がある。そこに軍需物資は積んでおいた」


 一万でも随分と背伸びしたからな。遠征に出られる騎馬兵は半分で、残りは乗馬するだけで精一杯だ。


「巴東の最北端か。すると漢中と同程度の距離に前線基地を既に持っていたわけか、ガハハハ、やるではないか兄弟!」


「ま、時間だけはあったからな」


 いちいち南蛮から運んではいられんしな。


 本来呉からの軍を防ぐ意味で都督巴諸軍事を得ていた。だがそれを流用し、大量の物資を山中の郷に隠し持っていた。


 兵糧六十万石、武装三万。それは二万の軍勢を半年養えるだけのものだ。中県には兵糧八百万石、つまり千トン倉庫が二百棟も存在しているほどである。


「南蛮騎兵一万を貸してやろう。心配するな、俺が全力で支えてやる」


「すまん兄弟。俺も漢中へ入る、孔明先生の力になりたいんだ」


 そんな戦力を持っていたとは驚きだ。こっちとは違って、全員が騎馬兵として十分の能力を備えているんだろうな。


「面白そうではないか。俺も行くぞ、いつだ」


「可及的速やかに、だ。先発は三日以内に二万で進発させる。別働部隊は王将軍に任せる」


 騎兵二万を王将軍に加え、歩兵二万の後を追わせる。漢中へは本隊を向けるが、越峻、永昌の地方軍を先発させると示した。


「では俺もそうしよう。三日で揃った奴等を先に向かわせる、俺達は十日後にでも出るか」


「そうするか。留守番は寥太守に任せるとしよう」


 反乱するにしても血の気の多いのが根こそぎ北へ行くわけだ、そこまで大きくはならんさ。


「防寒具だが、あちらにはどのくらいあるんだ?」


「中県に三十万着、使わないのは北部の商人に売るからと製造し続けた結果だがね」


 ストップを掛けなかったらこんな惨状だ、まあ良いだろう。


「わかった」



 孔明の軍が漢中から出てすぐに、街亭、天水、平涼あたりが蜀に寝返った。元より工作をしていたのだろう、城がまるごと蜀の旗を掲げたのだ。


 魏の大将は夏侯楙将軍、名将誉れ高い夏侯惇の息子だ。俺ですら父親の名前は知っていた、ゲームの影響が大きいが。


 良くも悪くも孔明が僻地を奪取してそこで屯田を始めた、そのお陰でこちらの本軍が北上する時間が稼げた。孔明はその動きを知ることはない。


「ご領主様!」


「李長老、元気にしていたようでなによりだ」


 中県に物資の補充のために寄った。息子の李項が外套を翻し父に礼をする。


「父上、項は鎮南将軍別部司馬・南蛮州従事として主君にお仕えしております!」


「おお、おお項よ。そうか、そうかそうか。父の心配はせずに励むと良い」


 勝手な振る舞いはすまい、李項は自身について一切口外せずに年月を過ごしていた。書簡の一つも親に出していないと聞いたので挨拶がてら引き合わせた。


 寄り道の付録としては感動的でいいじゃないか。親孝行、したいときには親は無いぞ。


「ご領主様、我が家の息子二人をお連れ下さい。次男だけは家に残しますゆえ」


「わかった。李別部司馬に預ける」


「御意」


 歩兵二万と輸送部隊だけ先に向かわせる。何せ輜重は足が遅い、後から出てもそのうち追い越すことになる。


 さて、一応呉国への防備も俺の仕事だ。寒さに耐えられそうもない奴等を屋根付で過ごさせてやろう。


 南蛮の地は暑い。それが普通で過ごしてきた者に寒風吹く地で満足に働けというのは間違いだ。脱落しそうな兵二万を抜き出して巴東へ向かわせた、現地の冷将軍に指示を仰げと武将に命じて向かわせる。


 しかし、何だって凄い数だな。殆ど歩兵なのが残念だが。


 南蛮軍のうち、都督軍六万、鎮南軍二万、各種私兵二万。それは良かった、孟獲大王が蛮兵十五万を発したのが全くの想定外だった。内三万が本隊の幕に連なっている。


 その数を島、孟獲、呂、呉、高、蘭智意の六人で率いているのだから将軍が全く足りていない。交州や零陵からの士は居る、殆どが本営に集められ出番を待っている状態だ。


 あれか……折角だ、連れて行くか。使えるかどうかはやってみなばわからんがな!


「兄弟、あの象を引っ張ってこう」


「戦象ではないが?」


「うむ、あれに乗って指揮したら見晴らしが良さそうだと思ってね」



《遠征軍大本営》


「丞相に申し上げます。魏軍がこちらへ向かっております。十万の大軍です」


 地方駐留軍が迎撃に出てくることは想定済。これらを撃破して前進、長安を窺っている間に魏の首都から増援が来る前に勝利をあげる。


 大雑把にいってこれが孔明の勝算だ。どこまでも無理な見通しではあるが、蜀という国の限界と同時に、孔明の寿命がある間に出来る限界だった。


 もしあと十年の寿命が見込めるならば、もっと国内を強化し魏に対する調略を促進することも出来た。

 或いは有能な後進が居るならば、準備に全てを費やすと言う選択肢もあっただろう。


「むむむ、来たか」

 ――盲夏侯将軍の小倅は軍事に疎い。数で劣りはしても軍略では負けぬぞ。


 同数ならば負けるつもりなど全くない、多少敵が多くてもだ。数の過多よりもその頭脳が問題なのだ。


「旗印に『左』『張』『郭』『楊』『擁』を掲げております」


「なんと張将軍が出張ってきたか!」

 ――これは誤算よ。あの張合将軍と郭淮将軍が指揮官か。一筋縄ではいかぬぞ!


 魏の名将が十万の軍でもって攻め寄せる、相手にとって不足はない。

 敵にとっては前哨戦も同然の戦いに、あたら名将を使ってくることに人材の豊富さを痛感する。

 こちらは常に全力でも、あちらは様子見が可能なのだ。


「魏将軍と鐙将軍に兵四万を預ける、一戦して参れ」


 幕から二人が出て行く、質の面では同等と見ている。

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