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 ようやく全てを理解した高定は到底敵わないと視線を落として畏まった。


「実は私は味方が少なくてね。どうだ高太守、一緒に働いてはみないか?」


「島将軍のお言葉とあらば、喜んで従います」


 喜色を浮かべている男に真剣な顔で変わらない方針を伝える。


「そうか。一つだけ覚えておけ、私は仲間を見捨てず、敵に降らず、ただ進むのみだ」


 そこに何の迷いも偽りもない! 俺は前へ、より前へ進むだけだ!


12/13/14/15/16


 成都の孔明に詳細を報告した。すると越峻太守に高定を留任させ、偏将軍に任命するとの返事を携えた使者がやって来た。

 更に擁鎧の支配地域も併合して統治するようにとの指示が下った。高将軍は驚いて蜀への忠誠を声高に宣誓する。


 で、俺への指示がこいつか。朱褒の死で空席になった雲南太守に任じる、か。自力で奪って来いってわけだ。


 散護忠将軍仮節雲南太守監丞相府諸軍事護南蛮校尉中郷侯、何をどうしたらこうなるのかそのうちじっくりと考える必要が出てきた。


 後方基地を高将軍に一任して、本軍は南下を続ける。


 擁鎧、朱褒らの兵士のうち、従順な者二万を新たに指揮下に加えた。高将軍からは蘭智意が派遣され五千の兵士を本陣に置く。


 途中で永昌郡に寄り道をする。連絡が途絶えていたので様子を確認するためだった。


「あれが永昌城です」


 傍の者が指差す。『蜀』『王』の旗が林立しているが、城の周囲は激戦の跡が艶かしかった。


 死体が転がっていて、中には白骨化しているのもある。


「王将軍、国旗、軍旗を掲揚し到着を触れてこい」


「御意」


 いきなり近づいて敵と間違えられては面白くない、緊張を解く為にも王将軍の旗印は絶好だった。


 首都から遠く離れ孤立無援で篭城していたか。忠義の士だな。


 城内が沸く。首都からの援軍がやってきたと。ついでに寄っただけのつもりだったが、水をさす必要もないので黙っているか。


「永昌太守王抗です」


「散護忠将軍仮節雲南太守監丞相府諸軍事護南蛮校尉中郷侯の島介だ」


 意外そうな顔をされる、どういうことなのかと。


 もう慣れっこだよ。誰か代わってくれ。


 周囲が島将軍と呼んでいるので王抗もそれに倣う事にしたようだ。城内で酒席が振舞われる。


「よくぞお出でいただきました」


「私からも、よくぞ城を守り通してくれた。成都では音信不通で心配をしていたところ」


 反乱を起こしたとは聞かなかったが、そうでなければ落城しているのではないかとの話が出ていたほどだったのは事実だ。


「城を守ったのは呂凱の功績。私はここに座っていただけです」


 ふむ、呂凱というやつの仕業か。それに王抗も気持ちのいいやつだ。


 何の人材不足とはいうがこういう逸材も居るものだな!


「お引き合わせ願えますか?」


「喜んで」


 呼びにやらせるとすぐにやってきた。新進気鋭の武官かと思ったら、中年の文官だったことに驚く。


「永昌長吏呂凱です」


「そなたが防戦の指揮を執ったそうだが」

 

 文武両道か、いいよなそういうやつが居ると。


「必死に役目を全うしたのみです。島将軍こちらを」


 手にしていた皮の巻物を渡される。


 開いてみると地図だった。馬将軍、王将軍両名が集めた情報を総合するよりはるかに詳細な逸品。思わず感嘆の声が出てしまう。


「これは貴重な品、ありがとう御座います」


 ついそう謝辞を述べた。上級者がそのような言葉を発するとは思っていなかったのか、黙って畏まってしまった。


「王太守、ものは相談ですが呂長吏を南蛮遠征に際して貸していただけないでしょうか?」


 頼みごとをする立場なので謙る。王太守は笑顔で承知した。


「どうぞお役に立ててください。朱褒がいなくなった今、永昌郡もそこまで危険もありませんので」


「呂長吏を護忠将軍府の参軍に任じる。幅広い助言に期待する」


「御意」


 後の参謀。参軍と謀士を合わせてしまったのが語源といわれているが、はっきりとしたことは解らない。


 大分基礎が固まってきたぞ! しかし、これで国って言っていたのだから凄いな。現代に慣れちまって本質を見失わないように要注意だ。夢は覚めないが、これもまた面白いからよしだな!


 幕僚、軍勢ともに倍増し、いよいよ本番が始まると気合を入れる。酒の味は時代や場所が違っても、やはり旨く感じられた。



 永昌郡で兵を募ると、五千が新たに加わる。不足した物資を軍から郡へ分け与えたのが、民の耳へ届いたらしい。馬将軍から軍需物資を無闇に減らさないようにと、苦言を向けられてしまった。


「馬将軍の言は野戦指揮官として正しい」


「されば何故でしょうか」


「私は野戦指揮官であると共に、南蛮征服を命じられた身だ。こうすべきだと判断したからした、不満か?」


 相手の考えを認め、それでいて自らの決断を変えない。かつての仲間あたりならば笑って従うが、馬将軍は無理矢理に納得した感じが見えた。


 まだ信頼の絆が見える程ではない、これは俺の問題だ。


「承知いたしました」


「彼らは」言葉を区切り一つ呼吸をし「首都から遠く離れた地で、命を賭して、全てを懸けて国を、民を守り通した。私はそれを称賛したい、認めてやりたい。そう思い報いた、それだけだ」


「御意」


 馬将軍が退出する。彼にはまた先行して雲南入をするよう命じた。手勢に一万を加えてやる。


 彼は正しい、俺も間違いとは思ってはいない。現実はどちらも求めていないのかも知れんがね。


 馬将軍は優秀だ、癖はあるがきっと大駒に成長するぞ!


 呉長史に一言指摘され、永昌の現状を首都に報告することにした。


 本隊は道を整備しながら南下を続けた。周辺集落を懐柔したり、征服したりしながら。陣を張っていると、蜀から訪問着があると知らされる。


「島将軍、羌族よりの使者がやって参りました」


「うむ、通せ」


 やって来たか! 果たしてどんなやつらかな。


 姿を見せたのは線が細くて白褐色の中年らだった。イラン人に似ていると思えば似ているかも知れない。


「羌族の羌夏歩珂です」


「島将軍だ。遠路はるばるご苦労」


 こちらの言葉を喋るんだな、まあわざわざ使者に選ばれたんだ、そのくらいは当然か。


「我等に用があるとかで」


 社交辞令などすっ飛ばして切り込んでくる。俺もそれが嫌いではないぞ。


「うむ。試しに羌の言葉で話してみてくれないか?」


「羌の/='%$、%!",意味が?」


「うむ、私では半分と理解不能なようだ」


 だがペルシャ系の言語が一部にあるのはわかった、推測自体はあっているらしいな。


「それでも一部は理解されたと?」


「羌の、意味が、だけが理解できた。文字はどうだろうか? 廖主簿、紙と筆を」


 紙を見て不思議そうな顔をしていた。アラビア語で幾つか短文を書いてみて渡す。


「少しならば我々も理解出来ます。恐らくはまだ西の地域のものでは?」


 額を寄せ合いあれこれと見比べてみて意見をすり合わせる。


「そうか、貴重な意見を貰えた」


 これでは言葉も文字も使うのは無しだな。


「島将軍が馬氏を妻に迎えたならば、将軍と我々は親戚です。より良い関係を結べることを願います」


 馬氏族頭、馬超将軍は羌族の母を持っていた。族子を妻にしたならば確かに俺もそれに含まれてもおかしくはない。


 それはつまり馬超将軍より格下だと見られている事実もあるが、そんなことは全く気にならなかった。


「私もそう願うよ。時に羌族の土地から鉄が産出されると聞いたが」


「はい。我々はあまり必要とはしませんが」


「うむ。馬氏を通じて私が買い上げたい、採掘も引き受けるがどうだろうか?」


 突拍子もない内容、そういうことなら先に伝えておいてくれたらよいのに、そんな言葉が聞こえてきそうだ。


 使者らは早口で相談して話をまとめ、返事をする。


「幾つか条件があります」


「何でも言ってみて欲しい」


 そりゃあるだろうさ。頷ける内容なら丸のみしてやるよ。


「我々は蜀ではなく、島将軍と取引を行う。採掘はそちらが行う。代価は採掘時に家畜と交換する。馬氏が逝去、離縁の折にはこれらは破棄される。どうでしょうか」


 む、個人的にときたか。それより馬氏がというのが難しい、病気や事故で急死ではたまらんぞ! しかし代替案は無い。


「承知した。一つ私からも、これは願いがある。馬氏を離縁するつもりは毛頭無いが、体が弱く急逝の懸念は拭えない。後妻を迎えることで約束を継続は可能には出来ないだろうか?」


 ほいほいと娘を差し出す訳もないだろうが、国家の一大事ならばわかってくれるはずだと提案する。


「その折には馬氏からだけでなく、羌族からも妻を迎えられたい。如何で?」


 島将軍という存在と繋がりを絶ちたくない、そういう意思表示だな。


「嫁入を嫌がらねば私は歓迎するよ。器量は問わないが、言葉だけは通じて貰いたいものだ」


 羌夏歩珂が笑う。冗談はしっかりと通じるらしい。


 出来れば器量も保証して欲しいが、それは欲張りだよな。


「されば羌族は島将軍との盟約を発効する。私が幕に残るので、副使を羌に戻します」


「では客人として遇する。呉長史、委細任せる」


「御意」


 相変わらずの丸投げが続くが、そこも割り切ることにしよう。適材適所だ。



 勝手に手配をしてしまうが、塩と鉄は国家の専売特許だと後に知らされる。だからこそ個人と取引を求めたと。


 俺はまた闇商人じみたことに手を出してしまったのか。参ったな。


 約束したものは仕方ない、違反は承知で国家の為だと信じて続けるしかない。


 成都に居る馬氏に書簡を送ることにした。ついでにこのあたりで採れる宝石を贈ることにする。


 これも夫の務めか、会って数日のみの関係だ、不安で堪らんよ。


 孔明にも書簡と伝令で羌との関係、将来的な何かを伝えておいた。詳しくは言わずとも彼なら理解するだろう。


「この辺りに要塞を一つ築くんだ。補給の中間貯蔵地点に据える」


 王将軍に場所の選定と築城を命じる。集落から人を集めて作業を手伝わせ、三日で満足いく形を作り終えた。


 兵二千を常駐させて要塞拡張を行わせておく。断崖絶壁、後ろは渓谷なので水の心配はなく、切り立った崖は何度か折り返してようやく要塞に辿り着く。


 多少手間はかかるが、大切な物資を確保するには安心安全を優先させた。


「よし、進軍を再開するぞ」


 馬将軍の伝令がやって来ると、雲南城を占領したと報告が上がる。


 これでスタートラインか。長い夢はまだまだ楽しめそうだ。


 本陣が雲南に入城すると、馬将軍が出迎えに出て来た。


 随分と気候が違うな、このあたりは熱射病に注意しなけりゃならん位に暑くなるぞ!


「馬将軍ご苦労だ」


「無血開城を受けました。朱褒の手勢だった者らが仕切りに呼び掛けを」


「そうか」


 同郷の兵五千がやって来たら、そりゃ戦うまいさ。呉長史の手配だったな、やはり奴は使える。


 戦わずに城を一つ手に入れた、これを功績と呼ばずに何というのか。


 内城に入り太守の椅子に腰を落ち着かせる。郡の役人が身を小さくして新しい支配者に謁見した。


「私が島太守だ。この地は今より正式に蜀の統治下に組み入れられる。郡の官に告げる、蜀に忠誠を誓うならば今まで通りに抱えることを約束しよう」


 とはいえ居なくなって困るのはこちらだからな!


 諸官が平伏した。幕僚らも何も言わずにそれを見詰める。


「だが裏切りには死を与える。何が大切かを自ら考え職務に励め。雲南長史は前へ」


「ははっ、雲南長史の苗允に御座います」


 長身で細身、やけにしなりが良さそうな体型だな。


「苗長史、郡の概要を明日に、詳細を十日の後に提出せよ。これは最優先命令だ」


 もしかして苗族か? 昔過ぎて時代の前後がわからんな!


「ははっ」


「馬将軍、三日の後に昆明へ進軍だ。手勢に五千を更に加え、二万を預ける」


「御意」



 雲南周辺の部族から丁寧な挨拶や、乱暴な挨拶が相次いだ。どちらであろうと細かいことは全く気にしない。


 軍が集まりすぎては食料問題が起きるな、それでいて分散するには根拠地と指揮官が必要になる。さてどうしたものだろうか。


 手元に居る将軍は王のみだ。これを派遣しては実戦にまだ少しばかり不安があった。かといって小者を宛てては荷が重くなる。


 度々昔の仲間がいかに有能だったかを痛感させられるな。


 把握もしなければならず、暫くは雲南城を離れられない。結局は自身が負担を引き受けることにした。


「王将軍、麾下に五千を加える。周辺の県城を全て奪って来るんだ」


「御意」


 小城が四つあると概要で知らされている。町の城であり、雲南は市の城だと想像したら規模に大差は出ないはずだ。放射状に南西から南東に散っている、それらが前線基地として作用することになる。


「島将軍、丞相からの使者で御座います」


「うむ。わかった」


 使者を上座に置く。彼らは丞相の代理人だからだ。


 何処と無く見たことがある者だな?


「丞相の代理人、李輔漢将軍だ。島介に護羌校尉を加えるものとする」


「承知いたしました」


 式典の類の礼をして新しい印綬を引き受ける。もう袋は一杯だよ。


 ま、これは俺が申請したようなものだからな!


「では席を入れ替えましょう」


 李が段を降りてしまう。俺が太守の椅子に座ると眼前の李が片膝を折った。


「李厳輔漢将軍は、これより島護忠将軍の幕に加わります。着任のご許可を」


「李将軍の着任を承認する」


 このまま留まるってのか、こいつは助かる!


 呉長史が耳打ちしてくる。なんだ?


「輔漢将軍号は護忠将軍号より格式が御座います。李将軍を部下ではなく、同格として遇するべきかと」


「なにっ」


 俺と同格の司令官など扱いに困るぞ。


 指揮権限が一本化されない軍ほど危ういものはない。この問題は先に延ばして考えるわけにはいかん!


「李将軍に確認がある。将軍は私の幕に入ると言うことは、指揮に従うということだろうか」


「某、輔漢将軍なれば相応の評価をいただきたく」


 明言しない、つまりは呉長史が指摘したように同格を求めているのだ。


「私は南蛮を蜀の影響下に収めるべく勅命を帯びてやって来ている。同格の将軍のつもりか?」


 これを曖昧にしてはならんぞ。指揮権は渡せん、それが絶対だ!


「輔漢号は遥かに格式がある号。それに蜀へ高定が侵入した際には私が防ぎました。いかに島護忠将軍が丞相の友人であろうと、国家の伝統を蔑ろには出来ますまい」


 見下すわけではない、序列を知れと説いているだけだ。それについては俺とて理解している。


 無名の新人に席次を奪われて納得いっていない、理由はそれだけで充分。


「なるほど伝統は大切だ。しかし私は命を遂行しなければならぬ。その為には指揮権をことごとく掌握することが必須だ」


 土壇場で従わないような軍は要らん。首都でなんと言って来ようと俺は絶対に認めん。


「私とて理解しております。だから形だけでも幕に加わると申しておる次第」


 呉長史が少しばかり不安を見せる。しかし口を挟んではいけないと見守った。


「将軍を必要としているのは認める。だが私は同格を認めるわけにはいかない。選べ、指揮権を侵さぬと明言し幕に列なるか、首都に帰還するかだ」


 政権から離れた将軍は全てを司り、唯一責務を負う。俺が納得しないやつなど十万の軍を率いていようと受け入れるものか!


 李厳はまさかの頑強な抵抗にあい窮した。普通ならば名目などいくらでも目を瞑るというのに、この新参者はやけにいきり立つと。


「国家の慣習を軽視するわけでしょうか」


「慣習など知ったことか。私は蜀という国を命懸けで支える覚悟でここに在る。それを壊そうとするならば、相手が誰であれ変わらぬ態度で臨むまでだ!」


 椅子から立ち上がって李厳をじっと見つめる。


 幕僚に緊張が走る、もし李将軍が物別れで帰還しようものならば、双方が何等かの罪を問われるだろうと。


「……李輔漢将軍は、島護忠将軍の指揮下に列なると誓いましょう。これも国家の為ならば、わだかまりなく」


 苦い表情を隠しきれない。彼にしてもここで引き返すわけにはいかないのだ。


「李将軍の協力に感謝する。目指すところは同じだと信じている、頼むぞ」


 溝はある。だがこれは必要なことなんだ。


 やっと話がついたと呉長史が進み出る。


「島将軍、李将軍の軍勢を入城させて宜しいでしょうか」


「うむ。疲れているだろう飯と酒を振る舞ってやれ、雲南太守からの寄贈だ」


「有り難く」


 余計な摩擦が起きないように、太守名義で出すように命じる。手勢は五千、しかし騎馬が一千なので万の軍勢と同義だ。


 高将軍を防いだ、か。食い合わせに注意しておかねばならんな。



 雲南の支城を制圧した王将軍が帰還する。各城に千人ずつを増援して警戒を強めさせた。


 李将軍はずっと近くに置いて特に任務を与えてはいない。嫌がらせでもなんでもなく、互いの意思疏通の仕方を養っているだけだ。


「李将軍、馬将軍が昆明に侵入した。いよいよ南蛮の地だが」


「我等も陣を進めるべきでしょう。馬将軍の後陣として二日程まで」


 判断は流石だ、軍事に関する懸念は一切無い。それだけにこの空気を何とかしたいものだな。


「補給も必要だな。雲南近くは八割がた靡いた、このくらいで満足しておくべきか」


 もう少し俺が居座って安定化させなきゃいかんな。ここで李将軍の出番なわけだ。


 雲南も南の端まで来てしまえば、北の出身者は暑さで参ってしまう。逆に多数の兵を南部で集めても、あまり北へは行かせられない。


「いかが致しましょう」


 それが命令の催促なことくらい百も承知だ、詳細を指示してやらんといかんぞ。


「李将軍に軍勢一万を預ける。馬将軍の後ろに入り、陣地を築け。補給部隊を三日後に進発させる、受け入れの手筈を」


「了解です。馬将軍へは?」


 あちらでも手探りなわけだ、連絡用に幕僚を数名つけるか。


「独立させている。要請があれば応じるんだ」


 それに下手に指揮下に組み込ませたら反発が凄そうだからな、お互いに。


 李将軍を派遣して後に、補給部隊を編制させた。五千の規模で蘭智意に任せる。


 更に五日遅れて本隊が出撃する、三万の軍勢だ。雲南には廖主簿を残して太守を代理させる。


 総勢七万八万か、随分と膨れ上がったな! 長引いては食糧が不足するぞ。何とかこちらにあるもので補充していかねば。


 運ぶ距離が短い方が楽なのは当たり前だ。口に合う合わないはある程度目を瞑るにしても、絶対量という考えは存在している。


「呉長史、この絵の植物を探せ。それと他にも芋があるはずだ、現地の者を使い食糧を集めろ。そして例の商人に荷台十ずつ渡して研究させろ」


「御意」


 想像で描いた絵をを取り敢えずは数枚描き写しをさせて部下に命令する。


 道を整備しながらノロノロと移動を続けた。司令部だけは数日に一回、騎馬で距離を長く移動して歩兵をゆっくりと待つのを繰り返す。


「李将軍からです。陣地を構築し補給部隊と合流しました。周辺の偵察に移ります」


「うむ」


 さて南蛮の首領は孟獲大王とか言うやつだったか。どうやって従わせたもんかね。


 

 先発に大分遅れて本隊が前線基地に入城した。馬将軍を含めて将軍が集まる。正式な将軍は四人、他は付属的な武将でしかない。


「いよいよ昆明だ。雲南太守の統治を外れているこの地を制圧する」


 そもそもは雲南郡の都が昆明であり、最南方の郡都でもあった。それだけに統治が行き届かず反乱が多かったので、郡府を北側に逃した経緯があった。


「その為には孟獲を倒さねばなりますまい」


 李将軍が最大の敵を名指しであげる。他にも大王は在れど、孟獲程の影響力は持っていないと分析していた。それには皆も同意する。


「うむ、敵の規模や装備、配備状況の報告を行え」


 視線は先行していた馬将軍に向いていた。彼も頷いて報告する。


「孟獲大王は周辺九族の王を従え、十八の洞を統べる南蛮の英雄です。彼等は部族ごとに特殊な装備を持っており、その数凡そ三十万人。近接武装が主で鎧を着けるのは少なく好戦的、洞と呼ばれる集落ごとに配備されております。また様々な危険地帯、底なし沼、毒が漂う岩場、毒蛇などの害獣、色々な場所で細心の注意が必要になります」


 呂参軍が開いた地図、それと馬将軍が調べてきたものを両方並べて各自が考える。


 そんなのとまともに戦うほど俺は真面目じゃない。孟獲というのがどういうやつか、だな。いずれにしても一度話をしたいものだ。


 無理な相談とはこれだろう、だがどうにかして直接話をすることを考えていた。


「孟獲がどこに居るのか調べはついているか?」


「はい。昆明城に本陣を置いております」


 昆明は他の地域が砂漠並みに暑くなっても、ああ暑いな程度までしか気温が上がらず安定している地域らしい。


 逆に冬は寒くも無い程度までしか低下しない、まさに常春の地だ。それだけに都になった背景がある。


「そうか」


 昆明に密偵を放ち連絡をつけたいな! かといって大っぴらには出来んぞ。城外におびき出すのが絶対条件だ、名指しで迫れば無視も出来まい、何せ英雄で大王だ、逃げたとあっては面目がたたんだろう。


「李将軍、昆明北東に陣を張るんだ。敵の戦力をひきつけ、盛んに孟獲を罵りやつを城からおびき出す」


「決戦を誘うと?」


 攻城戦よりはその方が勝ち目がある。時間も掛からなければ騎馬も有効だ。


「それは違う、とにかく城から出すのが目的だ。馬将軍を従え兵四万で陣を守りぬけ」


 半数で囮になれと命じられる、最終目的も知らされずそれは内心穏やかでなかった。だが指揮権は島将軍にある、従うしかない。


「承知しました」


「私と王将軍は北西から昆明に寄る」


 問題は言葉が通じるかどうかだ。通訳は二組、これを失うわけにはいかんぞ!


 どの言葉に当たるか解らない、自身が理解する言語ならば幸運だが、そうでなければ何人間に挟むことになるか。


「蘭智意は五千の兵でこの陣を守れ。敵が攻めてきても決して打って出るな、防ぎきれそうになければ狼煙をあげて増援を待て」


「はい、島将軍」


 高将軍に借りている武将を重要拠点の守将に据える事に異論がありそうな雰囲気だった。だがそれを黙殺し命令を下す。


「我々は蜀を支える為にここに在るのを忘れるな。些細な不平不満は大事の前に忘れてしまえ、こんなところでおめおめ死んでいる暇は無いぞ、誰一人欠けるのは許さん。良いな!」


「応!」


 将軍らが声を上げた。真にそう思っているかはともかく、目の前に敵が居るうちは諍いも脇に置くことに同意した。



 李将軍の軍勢が出撃していった。それに遅れて翌日、本軍も陣を出る。


 前衛に王将軍と一万五千、本隊も一万五千、うち五千を呉校尉が直率した。


 直属の一万は千人将らに指揮を任せてしまい、呂参軍が命令を出すことでまとめている。身のまわりには李軍侯率いる親衛隊百が必ず侍っていた。


「呉長吏、孟獲の周辺へ密偵を放て。連絡をつけるんだ」


 校尉の仕事ではないので長吏と呼んで手配させる。当然彼は眉をピクリとさせて真意を問うた。


「それは降伏勧告の類でありましょうか?」


「密談への誘いだよ。孟獲が共通の言葉を喋れば良いが」


 最悪でもベトナム語を使えば、間は一人で何とかなるだろう。


「恐らくは漢語を解するでしょう。彼は南蛮の王でありながら、漢人の血も引いておりますゆえ」


「なんだって?」


 それはもう当たり前だとの顔だ。


 どうしてそういうことを黙っているんだよ。もしかして常識だったか? コレだから土地勘がない場所は怖い。


「孟姓をは漢人のものです。それを名乗っているのは何かしらの意味があるのでしょう」


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