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 馬将軍が満足して請け負う。細かいことをいわずに任せる、それが良いのは先日知ったところだった。結果は概ね良好、南蛮への偵察もぽつぽつ報告が出てきていた。



 成都城から軍勢が出撃していく。旗は『蜀』『島』『馬』『王』の四種類が目立っていた。実際にはもう少しあるのだが、これらのうちの何れかを必ず同時に掲げていた。


 騎馬して出撃か、いやはや夢でも驚きだな!


 揺れる馬の背は意外と視点が高くて怖いものとも知る。そのうち慣れるだろうが、新鮮さがあるうちに感動しておくのも悪くない。


 前衛を馬将軍に任せ、後方は王将軍の軍勢が着いていく。俺はというと王将軍の隣に居る。


 自前の本陣を持つだけの数が居ないんだ。


「しかし太陽が照らす光を感じ辛い地域だな」


 じめじめとしていて、植物もコケのようなものが木に張り付いていたりして独特な風景だ。


 地元の民は肌が白っぽい、これもきっと日照不足が関係しているのだろう。強い日差しがなければ肌も、瞳も薄くて構わない。


 北欧の民を想像してみると納得しやすいはずだ。


「背の高い木々が光を遮るので、農作物が育たない理由です」


 ヤシの木のような背の高い樹木、名前は知らないが随分と上に葉っぱを持っているせいで、下の方は薄暗い。


 それが少しあるだけなら問題など無いが、あちこちに群生しているから始末が悪い。


 いっそのこと全て焼き払ったらどうなるんだ?


「なるほどな、何とかして平らにしたら改善するものかね」


 別に答えが欲しいわけではない、何日も続く単調な移動の時間を潰すためだ。王将軍の考えを少しでも知るために隣に置いている。


 道は曲がりくねっている、これも真っすぐにしないとだな。一度命令したんだ、待つしかない。


「時に王将軍は南方の血だとか。言葉はどうだ?」


「母がそこの出だっただけで、言葉はわかりかねます。ですが少々の知識ならば伝え聞いておりますれば」


 親の生まれで言葉が喋られるなら世界の言葉は一つにまとまっていてもおかしくないもんな。


 今必要なのは知識の方だ、それだけでいい。


「そうか。その地の者達の生活はどのようなものであっただろう」

 

 ナマの生活水準がわかれば色々と判断基準の役にたつ。どうしても俺はこの時代の常識と乖離しているのだ、そこを何とか埋めようと日々努力していくしかないぞ。


 食事の仕方や、仕草の一つまで普通と違うとみられている。気にしていては身が持たないのも確かだが、際立って違うのもまた困るからな。


「漢人のように高度な知識は身に着けておりません。文字を読み書き出きるのは支配階層のごく一部とか」


 文官になれるかどうか、文字の読み書きが条件だった。


 そういう意味では確かに高度な知識層でも漢人は下級者が居る位に底上げされている。王将軍は自身も読み書き不能と暴露した。


 おっと、それでも将軍にはなれるわけだ。そのために署諸事とかいう文書担当官が居たんだな。


 説明を聞いた時になんで文書担当官がちょくちょくいるのかと思っていたが、必要だから居たって簡単な結論だな。


「私の一つの政策が決まったよ、王将軍。して飲食についてはどうかね」


「木の実や果実、芋の類と漁業、狩猟が殆どで、農耕は少ないはず」


 馬将軍と違いあまり断言をしないことに気付く。責任を追及されることを恐れているのだろうか。


 そういえば道路の件でもそんな雰囲気はあったな。


「ということは一箇所にあまり多く住むと土地が荒れてしまうな。薄く広く分布した形だろうか」


 あちらを撃滅はし辛いが、こちらが決戦を受けることはあるわけだ。面倒だな。


 移動する大集団を長いこと仮施設に置くのは間違いだ。


 移動するときは分散して、戦うときだけ集合できるのが最高なんだが、今それをすると各個撃破されて溶けてなくなる気がするぞ。


「いえ、水場に集落を構えております。淀んだ水を飲むと、慣れない者は腹を壊すだけでは済みませんので」


「王将軍、全軍へ通達を出せ。水は必ず沸騰させてから口にするように。瓶を焼かせて部隊でも持ち運びをさせろ。軍の通過箇所には先行させて水を用意させるんだ」


 危ないところだった。疫病で戦わずに病死では残念すぎるからな。


 雑談の中にこそヒントが転がっているわけだ。


「御意」


 側近を呼んで文書を書かせる。だが自軍にしか通達しない。


 少し待っていても続けて命令を出す気配が無いのでたずねることにした。


「馬将軍のところへはどうした?」


「あちらは某の身分では命令を出せませんので」


「むう……」


 縦割りだ、仕方ないか。俺が全部指示せねば浸透しないのは困るりものだぞ? どうやってラインを形成したものやら。


 寥主簿を呼んで代筆させた。印だけ自身で捺して命令を下す、もし戦場で逼迫していたら時間が勿体無いと真剣に悩む。


 伝令を俺の周りに多数置くしか無いか。騎馬から百程引き抜いてだな。戦力を減らすのは惜しい。


 代案が固まるまではもしもの備えに偏重させておこう、細かい損失は埋められるだろうが、二度と埋まらない損失を序盤にはだせん。



「呉長吏よ、高定を知っているか?」


 ふと意見を聞いていなかったことに気づいて問いかける。


 どうにも皆、こちらが聞かなければ特に何も言わない。それが美徳だって文化でもあるのかもしれんが。


「はい。元は蜀の将で御座いました。昨今益州三県で離反した中の一人でして」


「越峻の蛮族ではないのか?」


 どうにも良くわからんが。益州ってのは州じゃなかったのか?


 すぐに益州とは郡の名前だと聞かされる。紛らわしすぎだろ!


「高定、擁鎧、朱褒らの反乱と言えましょう。蜀に忠誠を誓っていましたが、反旗を翻しております」


 全然話が違うぞ! まあ、統治下から外れている事実は同じか。


 あと何度こういう感じになるんだろうな。まずは話を聞くか。


「首魁は?」


「擁鎧です」


 やけにあっさりと断定してきた。そういう声明でもだされたってことか、それともまた憶測とか誤解じゃないだろうな。


「そうか」


 そいつを除けば収まるわけでもなかろうが、それを逃しては元の木阿弥だな。


 どうにも又聞きのようなのばかりじゃフラフラした状態になる。一つ先にやっておくとするか。


「私独自の諜報網を持ちたい、呉長吏が組織せよ」


「御意」


 まずは敵を知り己を知るところから始めないと、どうにも足をすくわれそうな気がしてならなかった。


 戦って勝ち負けをどうのという以前、そもそもが自分が何をしているか、そこから考え直さねばならない始末に大きなため息をつく。


 国家の不正はこうやってトップが知らないうちに行われていくんだろうな。大統領が色々と知らずに非難されていること、山のようにあると実感できたよ。


 偏った知識でも無いよりはマシのようで、次々新事実が発覚した。だからと軍勢の足が止まることは無かった。


 いつどこで俺の命令が知らずに実行されているか、そこも注意だ。その為の判子なんだろうなってのも今理解出来た。


「島将軍、馬将軍の軍が越峻に侵入いたしました」


 前衛が敵の勢力地域に入った、つまりは戦争は本格的に始まったと解釈して良い。


「王将軍、周囲の偵察を怠るなよ。奇襲を受けてはつまらん」

 

 暗夜本陣に攻撃を受けたら、今の俺では防戦を指揮することなど出来そうも無い。乱戦ですら怪しいところだ。


 王将軍が退出すると呉長吏がやってきた。定時報告を聞かされる。細かいことでもすべてを上げるように言いつけていて、面倒な司令官だと思われているだろう。


 それでもそこで握りつぶされたら裸の王様になる、時間は掛かっても全体を把握するために情報が欲しいんだ。


「雲南郡の朱軍が越峻入したと報告が御座いました。その数は二万です」


 歩兵が殆どだと聞かされる。騎馬は育成も維持もやたらと費用が掛かる、守るだけなら歩兵でも充分なので偏るのは当然のことなのだ。


 野戦での攻撃でだけ騎馬は凄まじい活躍をする。それにしたって指揮官次第ではあるが。


「一致団結してことに当たると言うわけか。まあ一網打尽に出来れば捜索の苦労が減るというものだ」


 その分現場は激しい戦いだろうがね。


 前向きな態度を崩さないように心がける。勇気を失えば俺が持っている強みを一つ失ってしまうからだ。


 飛び道具が少ない部隊で、騎馬隊をどうやって倒すのかは全く不明だ。石ころを携帯させて馬の鼻っ面にぶつけるのが関の山だろうな。


「擁鎧も二万、高定も一万を率いております」


 合計したら五万の軍勢、一方でこちら手勢は二万と私兵らが二千程。


 ことさら数的不利を指摘して来るのに苦笑する。


「野山で並んで戦うわけではない、数は力とはわかっているがね」


 文官特有の戦力比較はどの時代でもあるものだ。それは適性にの問題だけではなく、経験の問題と言えた。



「島将軍、前衛で高定軍と交戦が始まりました!」


 伝令が報告する。勝手に戦端を開くなとは言えない、相手が攻めてきたら応戦するのが当然だ、自衛隊とは違う。


「そうか。王将軍、一応兵二千を観戦に進めろ、もし敗走するようならそれを援護するんだ」


「御意」


 手を出すなとの制限を先につけておく。馬将軍が嫌な顔をするのがわかっているからだ。何よりその程度の競り合いで負けているようでは話にならない。


 二千というのも殿を務められるだろう数を適当に示したに過ぎない、きっとこんなものだろうと。


「太国城の周辺に陣を築くぞ、別の道を進もう」


 馬将軍が進んだ道は危険が無かったのだろうと判断し、それを左袖にして索敵範囲を広げながら進軍した。引っ切り無しに騎馬が連絡を保つようにしている、双方が居場所不明の迷子になっては大問題だ。


 小高い丘どころか、崖のような場所があちこちにある。どこでも陣を作れば堅牢な仕上がりになるような気がした。


 こりゃ攻めるのは苦労するぞ。先が思いやられるな。


 封じ込められるのを心配するよりも、防御を優先した前線基地を設置する。より奥に進めば退路を考えねばならないが、今は退くことなど慮外だ。


 木柵を巡らせ寝泊りの場所を作る、物見櫓からは城が見えた。周辺の地図を作るために歩兵が偵察に出る。紙が貴重品とのことで不便さを感じる、どうにか出来ないものかと頭を悩ませる。


「寥主簿、数人作業に当てさせる、次のことを試させよ」


「はい将軍、なんでしょう」


「竹や木を細かく砕き釜で茹で、それを叩いて後にもう一度茹でろ。ドロドロになったものと、米をすり潰した液とを混ぜ合わせ、薄く平らに延ばして乾燥させるのだ」


 紙の製造方法を即席ででっち上げる。長くは持たないので保存は出来ない、しかも水で濡れればダメになるし、がたがたで役に立たないものが殆どだろう。それでも竹に書くよりはマシだろうと判断した。


 これは澱粉質の何かでも出来る。繋ぎなど何でも良いのだ、単に陣中にあるもので浮かんだのが米というだけ。


「それは一体?」


「簡易な紙だよ。とてもじゃないが一時しのぎ以外にはならん。だが使い捨てで便利なものだろう?」


 小学校で実験したようなおぼろげな記憶があった。何せ紙を作ることなぞ一生無いと信じていた、だから誰もが真剣に覚えてなどいない。


「畏まりました。それならば一両日中に最初の品をお持ちします」


 そうかそうかと小さく頷きながら幕を出て行く。


 そうだ、弓矢が足らなくても使えるスリングもここで教えておこう。手で投げるよりは効果もあるだろう。


 ゴムは無いだろうから布だけで作らせるか。


 雑多な知識をもらしては軍に還元していく。意味はわからずとも命令は次々と実行されていった。


「申し上げます、馬将軍が戦闘に勝利し捕虜を得ました」


「ご苦労。捕虜をこちらに後送させるんだ」


 前線で抱えていては邪魔だろうと引き受けることにした。


 馬将軍としても斬首してしまっても構わなかったので、重労働でもさせるのだろうと気にせずに送り出す。装備は没収され、着の身着のままやってきた。


 おい、千人はいるぞ!


 ぞろぞろとやってきた一団を柵で囲われた場所へ追い込む。捕虜の指揮官を呼べと命令した、囚われの身でも将校は将校として扱うべきだ、現代社会精神を採用することにする。


「私が指揮官の蘭智意ランチイです」


 肩を落として申告する。敗軍の将だ、その気持ちもわからないでもない。


 捕らわれた以上は部下を何とか生かして故郷へ戻すまで責任を持つのが指揮官の務めだ。


「蘭智意とやら、そなたの主人は誰だ」


「高定様です」


 威力偵察で敗れてしまったようで、単なる捨て駒というわけでもなさそうだ。


 何か役割を持たせて利用するとしよう、さて。


「そうか。高定は何故反乱を起こしたのだ? 蜀の統治に不満があったなら、それを具に述べろ」


 相手の感覚と言葉も少しきいておかにゃならんぞ。片方だけの意見を飲み込むのは良くない。


 公平かどうかって話ではなく、未知の情報を得られる可能性があるからだ。


「……それは、私には解りかねます」


 本当に解らないわけではなさそうだ。答えるわけにはいかない、そういうことだろうな。


「擁鎧に唆されたのではないのか?」


「擁鎧様の呼びかけがあったのは事実ですが、高定様のご判断です」


 まあな、部下が悪くは言えんだろうさ。そのあたりの常識は持ち合わせているようだな。ならば良い。


「なるほど。では帰って高定に伝えるが良い。思うところあらば正面向かって言うと良いとな、私がそれを受け止める。望みが叶うかは別だが、わけもわからず反旗を翻し汚名を残すのは不本意であろう」


「帰ってですか?」


 どういうことだと首を傾げている。こういうことだよ。


「呉長吏、捕虜に食事を与えて解放しろ」


「ははっ」


 わけが解らないまま連れ出される。柵に戻されてた蘭智意は部下にどう説明したものか悩んだ、暫く口を閉ざしていると「出ろ」と言われて皆が連れて行かれた。


 処刑されるのだと諦めていたが、飯と酒が並んでいる場所に集められて「食え」と言われたから驚いた。


 食べ終わると陣から追放される。帰還して良いのかと門兵に尋ねるが答えは無かった。兵士を引き連れ蘭智意が太国城に入城するのを、擁鎧と朱褒の密偵も見ていた。


 捕虜を抱えて食わせるのより、さっさと殺すか解き放つ方が負担は少ない。再武装して戦いになれば不利になるが、その先を見据えることで決断を下していた。



「大変です、敵が攻めてきました!」


 櫓の兵が遠くを指差している。城ではなく西側、遠くに旗が見えて『擁』の文字が見えたと報告する。


 むしろ出会わないと困るもだが、見張りとしては大変というのも理解出来る。


 来たな、だが暫くは放置だ、ここは簡単に落ちないぞ。


「王将軍」


「はっ」


 呼ばれて脇から眼前に居場所を移す。完全武装の将軍が畏まりこちらを見詰めている。


 そうだ、これは戦争だ、俺には俺のやりかたがある。


「兵を出撃させぬようにしろ。陣に篭り手を出すな、そのうち引き返すだろう」


「応戦するなと?」


 どういうことなのかと尋ねる、命令の解釈に誤りがあってはいけない。


 あまり細かく指示するより自主の精神を育てたいものだが、今はまだか。


「いや攻めてきたら戦え。こちらから積極的に戦うなということだ」


「解りました、私が指揮を執ります」


 一礼して幕から出て行く、その行動の素早さは賞賛しても良いだろう。


 さてどうやってハメてやったものかな。馬将軍を伏兵させるのはどのあたりが適切か、それを考えておくとしよう。


 たまに櫓に登ってあたりを観察しておく。


 特に小競り合いがあったら指揮の程を見て覚えることにした。馬将軍に概要を伝える、紙に簡単な地図を描いて伝令に持たせた。


 懐に収まるし便利なものだと最初目を丸くしているのが面白かった。


 数日が過ぎても蜀軍は出陣しなかった。擁鎧軍も高定軍も首を傾げながらたまに攻撃を仕掛けてきていた。そのうち雲南から朱褒軍が合流、太国から少し離れた場所に陣を張って戦に備えた。


 役者が揃ったようだな。そろそろ始めるとしようか。


 罵詈雑言を投げかけられようと、一騎打ちを申し込まれようと、ぐっと我慢して島の命令を守り通している。


 その軍勢を勇気の欠如と相手が看做したのを感じ取った。前線の敵兵がだらけてきたのだ。


「王将軍を呼べ!」


 時機がやってきた、幕に将軍を招いて策を明かすとしよう。


「出頭致しました」


 いつもとは何か違うと感じた王将軍は胸を張って姿勢を正した。直感が鋭いらしく、出撃の命令だと悟る。


「待たせたがいよいよこちらの攻撃だ。王将軍、暗夜陣を出て左右の要所に兵五千を伏せるんだ。合図があり次第敵を叩け」


「御意!」


 気合十分の返答と共に幕を出て行く。王将軍が不在になれば、本陣は島が指揮を執らなければならない。


 デビュー戦だな、馬脚を現したといわれないようにせにゃならんぞ!


「馬将軍へ伝令だ!」


 ついに場は整った。心を落ち着かせようと、瞑想することにした。



 今日も今日とて擁軍と高軍が出撃してきた。どうせ大した反撃もないと思っているのか、戦列は乱れて足取りもだるそうに。


 大将の居場所を報せる大旗、それが中央付近に位置しているのが発見される。下には見えないように山頂で旗が振られた、左右の断崖の上で息を潜めて号令を待つ。


 前後に岩が落とされると高軍に混乱が起きた。


「て、敵襲!」


 わかりきった声があちこちで響く、頭から矢を射られ、スリングで石を降らせる。土を焼く必要もないくらい石はどこにでも沢山転がっていた。


 王将軍が槍を手にして敵の中央目掛けて攻撃を仕掛けた。


 高軍は混乱してあっさりと本陣に侵入を許してしまう。驚いた高定は側近のみを率いてさっさと退散してしまった。


 残された兵士は武器を捨てて降伏した。先頭の兵も砦から『島』が出撃してきたのを見てやはり抵抗を諦める。時を同じくして馬将軍が擁軍を撃破したのも報告されてきた。


 本陣に捕虜が続々と送られてくる。王将軍も意気揚々と引き上げてきた。


 これは簡単に行き過ぎじゃないか? うーん、逆に微妙な気分だ。


 戦略とは戦う前から概ね結果が決まるようなものをいうのはわかっていたが、こうも見事に成功すると気味が悪かった。馬将軍からも捕虜が護送されてくる。


「島将軍、いかが致しましょう」


 呉長吏が合計五千は居ると報告する。一応二箇所に隔離しているとも言った。


 気が利くな、混ぜるな危険ってやつか。何かに利用できないものかな? 徳を示すってのはあるが、それだけでは上手くない。俺は勝ちにきているんだ!


「高軍の兵には食事を与えて解放するんだ。蜀の敵は擁鎧と言い含めてな」


「御意」


 思い付きでそう命じた、遥か昔に読んだ漫画の影響だというのも忘れて。


「そして擁鎧の兵は処刑する。が、どちらの手勢かは自己申告としておこう」

 

 恥も外聞も無視して全員高軍だというだろうがね。


 兵士はそうしてでも生きるのが役目だ。だが俺は違う、偽ることなく死ぬのが役目だ。


「畏まりまして」


 長い袖を胸の前で合わせて礼をすると、異見も何もなしで命令を執行する。


 呉長吏か、使いやすいな。さすが孔明が指名した人物だな!


 結果、処刑された兵士は皆無だった。将軍は一体何をしているのやら、自軍の兵士らは懐疑的だった。


 とはいえ、飯と酒が当たっているうちは不満は無かった。一方で太国城内では噂話が交錯していた。


「擁鎧様の兵士は処刑だってよ」

「でも高定様の兵は食事をもらって解放だろ、どういうことだ?」

「蜀軍は擁鎧様だけを敵視してるって話らしいぞ」

「そうなのか? じゃあ高定様についていた方が安心だな」

「擁鎧様の兵士も偽って逃げ出してきたって話だが、そのままこっちに居るのも結構見たな」


 身の危険を感じて寝返ってしまう。末端の兵士だ、誰がどこにいこうと咎められる事は殆ど無かった。特にそれが野戦陣屋ではなく、住民がいる城なら余計に。

 

 呉長吏が紛れ込ませた密偵が伝えた報告である。その機転に大満足した。


 何かしらの官職を与えたいな。何が適切だ? 将軍の長吏は俺の事務全般の代理だったな、ではあれか。


「呉長吏、そなたを督護忠将軍府諸軍事に任じたいのだが、どうだろうか?」


「恐れながら申し上げます。されば護忠校尉が適切かと」


 違いの程の最大の特徴は、独立している官職か付随しているかどうか。つまり代理か代行かだ。


「ではそうしよう。引き続き長吏もこなすように」


 島の権限を代理して全体の指示を見るよりも、一つ下で自由に命令を執行出来る立場を選んだ。どちらにしても護忠将軍の属を受けているのは名称ではっきりしている。


 そこからまた数日、小競り合いを仕掛けてくることもなくなってしまった。それどころでは無いのだろう。呉長吏の間諜が色々と噂を炊きつけて行く。


「高定は蜀に寝返った」

「擁鎧は高定を信用していない」


 要約するとこの二つだ。離間を図った、二度も兵士を解放した事実が裏づけとして囁かれているが、高定はまったくの慮外、しかし噂を信じたい者がいるのもまた事実であった。


 暗夜行軍する、出元は城だ。野営している擁鎧の本陣を夜襲した。部下の多くが蜀軍に対して戦う意思を示さなくなり、擁鎧から疑いの目を向けられてしまいついにはそうせざるを得なくなった。高定は情報戦に敗れたのだ。


 まさかの奇襲で擁軍はあっという間に蹴散らされてしまう。朝になって高定が陣前に現れる、隣には蘭智意の姿もあった。


「越峻太守の高定だ。島護忠将軍に面会を求めたい!」


 一部の者のみ門を潜る事を許すと、擁鎧の首を手にして高定が降って来た。


「お初にお目にかかる。某、蜀の越峻太守・高定でございます」


「お前がそうか。何を心変わりしてやっきたんだ」


 ほいほい許していては切が無いからな。一仕事してもらわねば困るぞ。


「反乱者、擁鎧を討ち取りましたので献上させて頂きます」


 首実検、本物と識別され耳打ちされるが喜びを見せない。むしろ冷たい視線を向けた。


「偽首を持って投降を装うのか。朱褒は、高定と擁鎧は強固な絆で結ばれている、注意しろと言ってきたが」


 軍を動かしてない理由は知らんが、黙っているのは認めたも同然なのが策略だよ。


「馬鹿な! 朱褒が反乱をしきりに勧めて!」


 なるほど、そいつがガンか。


 誘導尋問ではない、そのような失言はさらりと無視する。


「いまさら言い訳は見苦しい。処刑せよ」


「お待ちを! 某が朱褒を討ち取りますので、それまでは!」


 純朴なやつらだ。何だか俺が悪役のようで気が引けてくるよ。


「ふむ……では二日だけ待とう。証をたてるんだ」


「はは!」


 仲間に信用されず、敵にも信用されず、更には味方と思っていた朱褒には裏切られていると聞かされ、高定は逆上して冷静な判断を下せないで居た。すぐさま軍を率いて城の外に野営している、朱褒の陣に突撃していった。


 友軍だと思って気を許していた朱褒軍はあっさり突入を許してしまい、本陣を蹂躙されると、主の首をとられてしまい降伏した。


 そのまま軍勢全てを率いて高定は目の前に戻って来る。


「島将軍、証を立てましたぞ!」


 単身門を潜って膝を折る。これでどうだといわんばかりの顔が何とも微笑を誘う。


「高定の真意は解っていた。ただ反乱を起こした事実は消えない、汚名をそそぐための功績としては充分だな」


「すると?」



 知っていたならどうして、本当に純朴なやつだよ。そういうのは嫌いじゃない。


「最初から心は解っていた、だが内外に示しがつかないからな。私から高太守の無罪を丞相に報告しよう」


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