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 出来る男は違う、こいつは優秀だ。


「南蛮を遇するにあたり責任を得ます。外交の権限で御座います」


「そうか、大使だな。しかし長い名乗りになりそうだ」


 散護忠将軍仮節監丞相府諸軍事護南蛮校尉中郷侯か、どこぞの担当大臣兼務よりよっぽど長いな!


「そればかりは我慢して貰いたい。長史を選択しておくでな」


 実務の長官を孔明が宛がってくれるそうだ、意思を示すだけで処理は担当に丸投げが可能になる。


 考えて決断するのが俺の役目なわけだ。司令官任務なら任せてくれ。


 その後は酒を酌み交わすわけでも無く解散した。理由は孔明の職務が山積しているから。


 この国は一人に頼り過ぎなんだよな。



 輿入れの日取りを決め、二人の将軍と顔をあわせる。二人とも中年期に入った落ち着きがある男で、やや王将軍が小柄で目付きに力が無いように見えた。


「偏将軍馬岱で御座います」


「卑将軍王平で御座います」


 人材難の蜀ではっきりした将軍に任官しているのは数少ないらしい。廖主簿によれば、十数人のみだとか。


 それだというのに二人も傍につけてくれたのは贔屓というやつだろうな。


 損をしたと言われないように努力しよう。


「島だ、普段は島将軍と呼んで欲しい。馬将軍、一族より妻をめとるゆえ、私の族従兄となるかな」


「滅相も御座いません。私は島将軍の部下です」


 畏まり態度を崩そうとはしない、それもまた正しい。


 最初から距離を詰めすぎるような相手ならば、逆にこちらから突き放す必要が生じる。


 このくらいがお互いの為だ。


「馬将軍、王将軍も聞いて欲しい。私は天涯孤独の身、また蜀にあって知己も孔明先生しか居らず、功績なくして過分な待遇を受けている」


 二人に視線をやって一拍置いた。特に顔には出さないか、それで結構だ。


「何とかして恩義を返さねばならないと、南蛮へ勢力を拡大させる為の任を帯びた。これから両将軍と力を合わせて行くにあたり決意を聞いて貰いたい」


 二人は拳とてのひらを合わせ、片膝を床について頭を垂れた。任務を受けるにあたり、姿勢をただしたのだ。


「私は南蛮の地を蜀の影響下に収めるために、あらゆる手段を用い、何としてでも困難を排除する! 馬将軍」


「はっ」


「そなたを我左腕とし、全軍の半数を預ける。督左軍事に任じる」


 将軍に指揮権を与えた、偏将軍が階級だとしたら督軍事が役職と考えたら解りやすい。


 半分預けるのには理由がある、まだ自身で直接指揮するだけの馴染みが無いからだ。


 そろそろだと感じたら自前で用意すればよいと考えている。


「ははっ、慎んでお受け致します」


「王将軍、そなたは我右腕だ。全軍の半数を預け、督右軍事に任じる」


「仰せのままに」


 左右に格の違いはない。四人になれば前後左右を同格にして並べるだけだ。


 暫くはこいつらの本陣に同道する形をとろう。


「どちらが欠けても私の想いは成就されるものではない。立場の違いはあれど、私は二人を仲間だと、友人だと遇する。宜しく頼む」


 甘やかすわけではない、伝えておかねばならないことを、しっかりと言葉にしただけだ。


「勿体無きお言葉。粉骨砕身尽力させていただきます」


 二人の肩に手を置いて立ち上がるように促す。


 やるべきことはやった、あとは親睦を深めるのが仕事だよ。


「実はこちらにきてから酒を酌み交わしたことがない。どうかな」


 馬将軍も王将軍も、ようやく表情を崩した。どんな上官なのか緊張していたのが解る。


「我一族には馬乳酒と呼ばれる物が御座います」


「南蛮には芋から造られたものが」


「様々飲んでみたいものだな、三人で」

 

 まずは一歩だ。この二人なら良かろう。



 婚礼は盛大に行われた。出席者の殆どが馬氏側の者だった、一方で数名だけがこちらの側であるが、孔明がその中の一人なので釣り合いが取れるという状態。


 結婚して、すぐに出征か。そのまま未亡人では申し訳がたたんね。


 費用は馬氏が負担してくれた。収入はあっても財産は一切手持ちがなかったからだ。


 うーん、何とも締まらない話だよ。


 廖主簿の話では、王将軍や馬将軍の俸給の十倍はあるらしい。その上で領地の租税は絞れば絞るだけとのことだった。


 軍は用意すると言われたが、護衛位は自前で揃えるべきだな。さてどうしたものか。


「島将軍、おめでとうございます」


「うむ。そなたは?」


 老人と複数の中年か、誰が誰やら。全員初顔で解れって方が無理だよな。


 上官に当たるとかだったら困るが、誰も注意しないんだから違うんだろ。


 何せ現場のことは一切知らない、側近の助言で回している状態だった。


「私は郷の長老、李で御座いますれば、将軍の臣民に御座います」


「そうか、私のようなものが侯ですまぬな、苦労をかける」


 おっと臣民ときたか、参ったね。


 領地が与えられたってのは統治権だけじゃなくて、全権を与えられたって意味なのは知っていたけど、面と向かってこう言われるとむず痒い。


 いわゆる王様なんだよな、小さい村だけども。 


「我等一同、将軍を支える所存で御座います」


 やけに腰を低くして言葉を紡いだ。気付かなかったが、彼等の生殺与奪は俺に掛かっているんだよな。


 悪いことなんてしないけど、ただ保護するだけってわけにもいかんぞ。


「李長老、ものは相談だが私の護衛を編制するのに力を貸してもらえないだろうか?」


 人位は出してくれよな、全然部下が居ないんだよ。


「な、なんと! 我等から身の回りに置く者を引き上げていただけると!」


「生憎私は孤独の身でね。李長老が私の領民と言うなば、家族のようなものだ」


 同郷のよしみとはこれだな。実際これが語源だったか?


 取り敢えず反応は良さそうで何より。


「勿体無きお言葉。お任せください、これ」


 後ろに控えていた青年を呼び寄せる。中々良さそうな青年だ、若さが溢れるってやつか。


「はい父上」


「倅の李項です。これをお傍に」


「お初にお目にかかります島将軍。李項と申します」


 片膝をついて礼をする。農民のようには見えなかった。


 体つきも良いし、こいつは使えそうだ。なにより裏切らない手駒は必須だ。


「ではこれより李項は私の護衛だ。適切な待遇を約束する」


 何が適切かはわからんからな、相談してみて、だな。


 暫くは名前より役職で呼ぶことが多くなりそうだよ。


「有難う御座います」


「倅の他に、郷の若いもの百名をつけますので、租税の程は……」


 すがるような目だった。廖主簿の話では租税は本来は三割が基本らしい。だが酷い領主は九割、優しくても七割を申し付けるそうだ。差額が懐にと言われれば納得もいく。


 百人か、それだけ青年層を抜かれては支障が出るだろうな。


「租税は三割だ。それ以上は取らぬ」


 別に懐などどうでも良い。花嫁には悪いことをしたが。


 これで若者が抜けた穴を埋められるならお互い様だ、勘弁してく。


「そ、それは……有難う御座います。有難う御座います。項よ、このお方を決して害されてはならぬぞ」


「心得ております父上」


 俺が領主のうちは苦しい生活をしなくても良い、それならば力も入るというものだ。一方でこちらとしては普通にしていて感謝される、双方嬉しいことよ。


 でも何でみんなはそうしないんだ?


 今度誰かに聞いてみるとするか。


「では明日出仕すると良い。暫く家には帰れぬぞ」


「畏まりまして」


 二人は連れ立って退出していった。


 上手いこと手勢が出来たな。まあ腕前はどうかは知らんが。


 一口馬乳酒を口にする、あまりにもきついアルコール度数でむせそうになってしまった。すぐに別の人物が話しかけてきた、今夜は眠れそうに無い、ある種の諦めが出来きるのに時間は掛からなかった。





7/8/9/10/11


 護忠将軍府。つまりは俺の幕には人が居ない。そこへ李項が出仕してきた。


「李項、ただ今参りました」


 身に着けているのは剣のみ。鎧はつけていない。着物もボロを少し良くした程度のものだった。


 それで精一杯、郷の事情が鏡の様に映し出されているかのようだな。


「来たか。早速だが任官させる、舎人として様子を見ろといわれたが、私は李長老の好意を蔑ろにするつもりはない。李項を軍侯に任じる、護衛部隊を率いろ」


「ぐ、軍侯ですか! も、勿体無きお言葉。謹んで拝命致します!」


 無冠から幾つ飛んでそうなったか、大抜擢といえる。二十人を養えるだけの給与が保証されるのだ。


 何せ俺には手駒が必要だ、早いとこ育ってくれよな。


「以後部隊を李に任せる。装備は私が用意する、訓練はお前が行え。解らずば王将軍に相談するのだ」


「ははっ!」


 畏まり過ぎて随分と小さくなってるな。若者の気持ちが手に取るように解るのは年長者の特権だよ。


「馬将軍、王将軍を呼べ」


 側近の廖主簿に声を掛ける。


 護忠将軍府の長史を名乗る男がやってきたと、下働きの者が告げた。


「こちらへ来させろ」


 上下の関係を示すだけでなく、官職に対する一種の敬意を体現しなければならない。

 文官服を来た年配の男、白髪混じりで自制心が強そうな奴だ。


「申し上げます。呉長史、ただいま着任致しました」


「ご苦労、私が島将軍だ。呉長史には様々私の補佐をしてもらいたい。役職以外でも気付いたことがあれば何でも指摘して欲しい」


 なにせ世界的な常識がごっそり抜け落ちているんだ、そこは特に頼むぞ。


「恐れながら申し上げます。それが我役目、元より承知しております」


「結構だ。青二才が将軍将軍と祭り上げられているが、先達の導きなく上手く行くわけもない。馬将軍、王将軍共々支えてもらいたい」


「ははっ」


 着任の儀を済ませると、早速近くにと手招きする。一礼して呉長史が傍に来た。


「実は初っぱなの運転資金が無くて困っている、名案はないかな」

 

 どのくらいかというとだ、自分の挙式すら購えない位にな。


 あまりに率直な物言いに少し目を開いた。そして畏まる。


「商人を通じて資金を徴収致します。租税の一部を約束し、利益を乗せて」


 要は借金だ。ただし相手に拒否権はないし、反故にしたければしても構わない、そんな時代だ。


 無いところから生み出すには背景が足らない。その進言がきっと最適なんだろう。


「信義に拠ってのみ国は建つと信じていてね。返済の約束は絶対だ、ついでに先行投資の話もあるから、数人代表を招いてくれないか?」


 商人に自発的に協力させる位でなけりゃならん。


「御意」


 長史が退出する。雰囲気だけみれば、後方司令官を任せても良さそうだと感じた。


 ま、手駒が皆無だ、無理にでもやらせるしかない。


 馬将軍と王将軍がやってきた。近くに居たわけではない、昼過ぎになってようやくだ。


「来たか。先行してやっておかねばならぬことがあり招集した」


 それが何かを言わない、互いの能力の確認は始まっている。


 目を見て申し出を数秒待った。


「具申致します。某の手勢で偵察を出したく」


「うむ、許可する。馬将軍に南蛮までの長距離偵察を任せる、地図製作に要所の確認と確保、そして案内役の獲得までを視野に」


「ははっ」


 煙たいくらいに詳細な指示をされ、馬将軍が一瞬嫌そうな顔をしたのを見逃さなかった。


 自分でやりたいことをやるといった感じか。ならばそれでも構わんよ。


「王将軍には別の任務を。道を切り開く手筈だ」


 まずは反応を確かめる。何を意味するかはわかったようで口を開く。


「南蛮には密林や山野が果てしなく御座います。これを切り開くのは多大な困難が予測されますが」


「具体的には何だろうか」


「時間が掛かります。一年二年の単位で」


 気長だな。しかし道とはそういうものだ。すぐに結果を出せと言われ続けたのやもしれぬな。


「それは承知の上だ。先ずは馬が二頭すれ違うことが出来る程度の幅で構わない。その後に拡張し馬車や荷台がすれ違えるように。橋や退避場所の設営をだ」


 舗装しろと言っているわけではない、人馬が迷わず行ければそれで構わない。


「人夫が必要になります。いくらいても足りませんが」


 人は居ないんだよ、何とかならんかね。うーん。


「廖主簿、可能かを答えよ」


「はっ」


 こういうのは周りに聞いて判断だ。


「犯罪者を土工人夫に充てられるか?」


「可能に御座います」


 刑罰として懲役を課せられたものを重労働に処す、むしろ当たり前だったらしい。


「完成の折りには庶民に戻すのはどうだ」


「可能に御座います」


 犯罪者履歴は残る、だがしかし許されると言われた。


「そうか。では孔明先生に相談してみる、人は何とかしよう。他は」


「金が掛かりますゆえ、資金を」


 だよな。それを今から解決するよ。


「解った。商人らがやって来る、それまでは休んでいてくれ」


 二人は退出した。今のうちに手配すべきことをこなすだろう、感覚で勝手に解釈する。


 商人らがやって来たのは翌日だった。どうにもゆっくりと時間が流れているようで、感覚の修正を南米時間に合わせることにする。商人を待たせて将軍らを招く。長史と主簿を左右に侍らせた。


「よし、呼ぶんだ」


 諸官――といっても数少ないが――が居並ぶところへ商人三人がやってきた。わざわざ来たのは孔明の息が掛かっている島将軍だから、義理でやってきた、そのような態度がありありとわかる。


 俺はそれでも構わんよ。きっちり働いてさえくれたらね。


「求めに応じ、参上致しました」


「うむ、よく来てくれた。私が島将軍だ」


 商人らが名乗るが熱意は感じられなかった。


 警戒しているというわけでもない、きっと時間の無駄程度に考えているのだろう。


「早速だが幾つか話がある。一つは要求、一つは命令、一つは提案だ」


「ははっ」


「今季の租税を当て込み借財を要求したい」


 単刀直入に言う。事前に話が通っているので畏まりました、で終わる。


「では命令だが、その借財で食糧や物資の購入を行う。指定の品を納入せよ」


「ははっ」


 物を買うことで利益を上げさせる、少しは溜飲が下がったようだ。勝負はここからになる。


「して提案だが、私はこれより南蛮に遠征する。そこでだ南蛮渡来の品を流通させるにあたり許可制を敷く、独占権と引き替えに投資を受けるつもりだ」


「南蛮ので御座いますか……」


 何せ利益が莫大になる、それを独占出来るならば食指が動かない訳がない。そんな商人が居たら落ち目も良いところだ。


「南蛮より蜀までは私が仕入れて運び込む、そこから先は卸値で独占商人に引き渡すが」


 仕入れに危険が無いならばこんな濡れ手で粟の商売も無い。それだけに独占権と引き替えの投資額が左右してくる、簡単な道理だ。


「…………」


「道路を切り開く。その費用を負担するんだ、軍道にもなれば舎も造られ、村も出来る。それらの需要も蜀から引き受けて貰いたい」


 行きと帰りの往復ビンタで荒稼ぎを有力者が認めてくれる。乗るか反るかの一大勝負だ。


「証書を頂けますでしょうか」


「私の証書で良ければ発行しよう。どうだ」


 何かの保証になるのかは知らん。礼の判子を押せばいいんだろきっと。


「ははっ、有り難くお受け致します」


「呉長史、手続きを任せる」


「御意」


 話はそれで終わりはしない、俺は商人ではなく軍人だ。


「快い返事に私から三つの贈り物だ。南蛮よりこの地に適切な植物を持ち込む、息が掛かった農民や学者をそのうち招聘する」


 インサイダー行為を耳打ちしたに他ならない、余禄というやつだ。


「開発研究の地域も検討しておきたく存じます」


「うむ。南蛮の者を多数移住させる見込みだ、通訳が必要になるが、言われて用意できる者がどれだけいるか」


「今から育成致しますゆえ、是非ご利用の程を」


 個別ではなく学舎単位で契約すれば囲い込みが可能だと知恵を授けてやる。更には護南蛮校尉が許可をする必要があると、釘を刺しておいた。


「最後は可能性だが、南蛮を通じてローマ帝国あたりから技術を仕入れる」


「ローマ帝国?」


「ここから西に船で半年程の場所にある国だ。恐らくは一部が南蛮南東部に入港したりしている」


 という口実だ。怪しげな知識の裏付けに一役買ってもらおう。


 皆がぽかんとしている。聞いたこともないのだから仕方無い。


「製鉄技術や無形知識が様々流入する、それらを開発する工房を設立するつもりだ」


「私共は何をご用意すれば?」


「大量の鉄だ。これから山のように必要になるぞ」


 銅のほうが加工しやすく、強度も満足いっていた。鉄は鉄だけではあまりに使えず、加工量が少ない。それを大量にと言われて尻込みする。


「使い途が乏しいように思えますが」


 俺も詳しくは解らんが、鋼鉄さえあれば青銅なぞ貫けるからな。


 加工技術が追いつかなければ、鉄はただの塊だ。


「合金を知っているか?」


「多少ならば」


「ではそれが理由だ。鉄は変化に富む、その合金を適切に加工をすれば武具だけでなく、農耕品にも転用可能だ」


 まるで答えを知っているかのような語り口に、商人は理解はせずとも納得した。


「畏まりました」


「鏃や槍の穂先に使う。国に納品することになれば、やはり利益は大きい」


「島将軍とは是非とも末永きお付き合いをお願いしたく存じます」


 社交辞令だろう。何かしらの実績を伴わねば絵に描いた餅の域を出ない。


 一つだけでも度肝を抜いてやりたいが。さて……文字だな。


「そなたらに預けておくものがある。廖主簿、竹筒と筆を」


 雑用を下郎に申し付ける。やや暫くしてようやく物が渡される。すらすらと何かを書く。


「いずれかの竹筒を見て反応を示す者が居たら連れてまいれ、言葉が通じずとも構わぬ」


「これは文字でしょうか?」


「うむ。どこまで通じるかは解らぬが、異国の文字だ。私は十を超える国の言葉を操るでな」

 

 時代的にまだラテン語やらのはずだから、実際には殆んど通じんがね。


 商人の一人が覗いて気付く。


「これは羌族の者が使っていたものに似ておりますが」


「なに?」アラビア語か? 「羌族の詳細を」


 やはり主簿に命じる。高い階級なはずが、人手不足のせいで割りを食っていた。今だけの辛抱だろうから許せ。


「西羌族は、蜀より西の地域の一族に御座います。馬などを養い西域にて暮らしを」


 ペルシャ系か! するとアフガニスタンやイラン辺りの民族になるか。


「羌族ならば、我等が頭、馬超将軍の父馬騰将軍の代よりの付き合いが御座います」


「馬将軍、繋ぎをとれるか?」


「お任せ下さい。それに羌族の土地は稀に見る鉄の産地。採掘はしておりませぬが」


 こいつは渡りがつけば大きいぞ!

 

 まずは一つスペシャルを発揮だ。


「うむ、では頼もう。そなたらに最後に問い掛けがある」


「はい、何で御座いましょうか?」


 問い掛け、商人らは怪訝な顔をした。何かしらの不都合を言い渡されそうな気がしたからだ。


「我が中郷にそなたらの出先の店を置きはしないか? 私としても近くにあると助かるのだが」


 懇意にしたい、乗り掛かった船だと彼等は快諾する。


「すぐにでも開店させましょう」


「うむ。三人には我が府への出入りを許可する。証書も与えよう」


 物流の多くを頼らねばならない、彼等を引き込まねば!


 国家の威光を乱発する、そのうち選別するまでは玉石混淆でも目を瞑ることにした。



 正式に任務が言い渡された。名目は勅命、だがしかし発行は孔明だ。皇帝の発する文書を司っているのと、国内の発言力からに他ならない。


 軍勢二万余が府に所属する、それらを二人の将軍が管轄した。騎馬はそのうち千人だ。


 騎兵は一人で十人の歩兵と同等の戦闘力を持っているので、目安としては三万の戦力ということになる。


 これが始まりだな。両将軍は親衛隊を別に抱えているな、部曲兵とやらか。


 簡単に言えば私兵だ。部曲兵は子飼いなので、国家を裏切っても主に付き従う。


 また自らの命を盾にしてでも主を護るものだ。戦死しても里にいる家族は保護される、反面主を見捨てようものなら家族を惨殺されてしまう。


 部曲将とは彼等の筆頭で、主以外の命令を受け付けない。道具の延長とも言えた。俺にとって李項がそれにあたる。


 無論その分制限もある。装備は自費で与えねばならないし、給与もそうだ。


 つまるところ養うには多大な費用が掛かる、それを賄うだけの領地なり稼業なりが無ければ成立しない。その為に別の苦労がある……どこかを立てればどこかが折れるようなものでもあるのだ。


 それらを成立させるための租税と言えた。強制的な投資と似ている。


 俺が受けている税金をいかにして効率よく消費して、戦果を挙げて褒賞を得るかだな。


「島将軍、益州南部の越峻郡は未だ蜀の統治下に御座いませぬ。南蛮への遠征をするにしても、この地の高定なる者を除く必要が」


 馬将軍が尤もな意見を具申してきた。そう言うからには腹案があるのだろう。


 高定というのが蛮族の首領だという説明を受けた記憶があった。部族の酋長というか、固定の勢力を持っているらしいと。


 どこまでが事実なのか全く不明だ、まずは色々と調べる必要があるぞ。


「将軍の意見を聞こう」


 すぐ隣なのに放置しているのか、それとも何か理由があるのか。


 蜀国は益州という盆地の内部を指していると言っても差し支えない。そのうち北の半分だけを統治していた。南部の半数は人口の分布すら不明の蛮地なのだ。


 広すぎて統治する為の費用が大きくて放置している、そんな理由で国家の主権を蔑ろにするのも時代ってやつだろうな。


 現代ならばどれだけ費用がかさんでも、主張だけはする。


 時に、価値が出た時だけ過去にさかのぼって主張する国もあったが。


「越峻の郡都、太国県城に座している高定を攻め落とし、南征の拠点をここに構えるべきでしょう」


 蜀の首都である成都から南蛮への遠征は確かに距離がありすぎて、補給にも負担が大きかった。


 後方基地として貯蔵場所を少しでも前進させること自体は賛成だった。現代ですら距離が大きくのしかかるのに、この時代ならばどのような不都合が出てくるのか。


 この補給のための輸送、長距離になるにつれて効率がグッと悪くなる。


 やって見たら解るが、半分に減ることも当たり前にある。


「敵の規模と能力の程はどうだろうか?」


 地図上では凡そ二百キロ南部へ移動することになるな。そこから更に三百キロで昆明か。これが五百キロでは問題が大きすぎるからな!


 片道二日と、片道十日では用意すべき装備も、何もかもが違ってくる。


 今後の話になるが、一度の輸送距離や輸送量や人数をパッケージにして統一すると、非常に均質な輸送が行えるようになる。これはそのうちの目標というやつだ。


「高定の直属が一万、周辺の部族が二万といったところでしょう。多少の武装をしてはいますが、これといった戦闘能力は備えておりません」


 自信満々にそう言い切る、何が根拠かは知らないが、目安として聞くだけ聞いておくことにした。馬将軍の物言いはいつも強気というのを差し引くようにしよう、扱いを少し修正する。


 行ってみてビックリ、やっぱり戦いが出来ましたと言われる可能性も半部だとしておこう。


「越峻・太国県城を後方貯蔵基地にとの進言を採る。周辺部族の動向を調査するんだ」


 ここを占領して、あと百五十キロ前進させたい。そうしたら拠点間で十日もあれば移動出きる、馬なら一日の距離だ!


 本当は余裕をもって百二十キロあたりが望ましいが、丁度良く都市がないなら仕方あるまい。


「ははっ」


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