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「函谷関は門を閉ざして通行不能で御座います。代県まで行けば、魏国でも旦那様の姿を認めるでしょう。そうなれば南回りは無理、山地を抜けるしか御座いません。どの山道を行くかまでは解りませんでしたが、鳥の動きを見ましたので」


 ふむ、銚華は賢い娘だ。それに兵の信頼を得ているようだ、女であっても将としての素質充分だな。


「そうか。しかし、蜀に刃を向けたわけだ、羌族に申し訳が立たんのではないか?」


「私が刃を交えたのは李厳と寥化という、蜀の腫瘍。首が繋がったままとり置いたのが残念でなりません」


 女傑とでもいうのだろうか、想像していた返事のいくつか先をいった。どうやら俺は押しが強い女が好きらしい。


「ふふ、そうかもな」


 太陽が出ている間は動き続けるつもりで先を急ぐ。途中でわざと目撃情報を残していくのを忘れない。


 李項のところに軍兵が行くのは遅ければ遅い方がいい、俺の方にひきつけておかんきゃらなんな。


 十日の行軍、兵糧は途中途中で徴発を行った。といっても正当な権限範囲内ではあったが。


 昼前の平野部、ずっと左袖に河を見たまま。赤い伝令旗を指した偵察が戻って来てすぐに報告を上げる。


「申し上げます、この先の狭隘部に『巴東』『冷』の軍旗が見え、関所を築き往来を封鎖しております」


「だろうな」


 冷建威将軍は東方の要、中央の命令に従順で堅実な動きをするからこそ据えられている。丞相府の命令が下れば疑問があっても遂行するはずだ。


 これを力で抜くのは上手くない。説得もきかんだろうがね。


「ご領主様、一旦河を渡り東の呉国を抜けてはいかがでしょう?」


 供回りを従えている李封別部司馬が兄の代わりに思案顔で進言して来る。


「聞こう」


 まずはこいつの考えを聞いてみるとするか。蜀内を行くのも呉を行くのも面倒ごとはさほど変わらん。


「先の呉との交戦で零陵の殷礼太守の亡骸を返還致しました。現在の太守は子の殷基に御座います。白旗を掲げて通行すれば、これを見咎めることはないでしょう」


「なるほどな」


 儀礼を重んじるだろう人物なはずだ。通過に際して弔問をするなどすれば、きっと戦いにはならんだろう。

 一方で零陵で戦闘をした事実がある、恨みをもった奴らもいるはずだ。


 とはいっても江陵、武陵を抜けて零陵にまで行くことは同じように困難だろう。


 どちらでも構わんが、折角封が意見してくれたし、蜀軍と争うのも気持ちが良いものでは無いからな。


「李別部の言を採る。速やかに渡河するので渡し船を用意するんだ」


「御意!」


 騎馬も居るが今回は羌族歩兵が多い、泳いで渡れとは言えん。


「旦那様、河を渡るだけならば葦の筏でも充分と考えます」


「はしけか。うーん、確かにそうかも知れんな。このあたりの領民で風が弱い時間帯と、河の状態に詳しいものを連れて来るんだ。無理強いはするなよ」


 左右の者からの言葉をきき、素直に受け入れてしまう。進言が認められれば嬉々として遂行しようとする、そこはお互いより良い関係になるものだ。


 行っていきなりともならんな、先ぶれを出しておくか。誰が適切だ? といっても選択肢は無しも同然か。


「信こちらへ」


「はい、李信ここに御座います」


 呼ばれると速やかに眼前にやって来る。まだ若いが随分と責任感が出てきて良い表情になったものだ。


「李卑将軍へ命じる、中侯島の名代として、零陵太守殷基の元へ行け。殷礼の弔問と領地通過の先ぶれだ」


 名目として中侯を使うのは李信の人選と関係がある。首都で官職を剥奪すると話があったとしても、きっと爵位までは皇帝の許しなく簡単にとり上げることは出来んからな。


 先方に迷惑を掛けない為にも、無難なところを使っておかねば。


「ご領主様の名代、確かに拝命致しました!」


 まさかの大任、緊張が走る。軍事の補佐は今までもしてきたが、まったくの畑違いの仕事。指名されて事で忠誠心が刺激された。


 側近をまた一人減らして、残るは李封別部だけか。思えば元は自分一人だったんだ、現状になんの不足もない。


 李信を見送り真っすぐに前を向く。見ているのは目の前の風景などではない、もっともっと遠くのどこかだ。


「旦那様、ここに銚華もおります」


 ずっと横顔を見ていた彼女がわざわざ口にする。


 そんなことを言わせるほど頼りなさげだったと気を引き締める必要があるな。頂点は思い付きを実行するくらいの余裕を持てだったな。


 昔、妻に言われた苦言を思い出したよ。


「銚華は南蛮へ行ったことはあるか?」


 少し目を瞑ると色々と浮かんでくる。随分と長いこと居たしな、というより殆どあのあたりで暮らしていた計算になるか。


「いえ、御座いません」


「色鮮やかな果物に、北方とは違う種類の宝石、それに大きな象も居る。一年中温かいし、見たことも無いような木々が生い茂っているぞ」


 寒さは国力増大を阻害する、文化や技術を持っていれば北方より南方の方が地力は高い、だがいかんせん困ることが少ないと、発展は遅くなる。


 今も昔も比較的生きるのに難しい地域の人間の方が、技術を磨き、団結して集団を強くしてきたものだ。


「南蛮で暮らすのであれば、どうぞこの銚華もお連れ下さい」


 どこへでもついていくと口にする。


 別に南蛮で隠遁するつもりじゃないよ。それでも構わないと言えなくもないが、やり残したことがあるからな。


「そんな長く居るつもりはないさ。それに銚華を手放すつもりもない。だが兄弟に紹介はしておきたいものだね」


 ふ、孟獲は何ていうかな。


「南蛮の孟獲大王、勇猛で度量の広いお方だと聞き及んでおります」


 世間の噂と言うのは結構適切に広まるもので、誤った情報を流すとどこかで激しい矛盾を生じる。相反する情報が出て来た時、最大限の注意を払うべきだ。


 そうすることで状況の変化を望む者が工作しているわけだからな。


「そうだな。気持ちの良い奴だよ」


 簡単な船を用意して河を渡る。この先何度も使うことになるので余分に作らせて運ばせておく。


 魏と呉の境界線はこの先だな。流石にまだ俺がこのあたりに居るのは伝わって無いようで大勢様のお越しはないか。


 どこかで目撃されて通報されてはいるだろうが、三千前後の兵力だ、一地方の警備部隊程度では向かっては来れんからな。


 逆に襲い掛かって来る時は、こちらに勝てると思えるだけの数を揃えてきているってことになる。


 渡河してから二日、長江を眼前にしたところで軍がやって来た。


「さて、いよいよお出でか」


 東から駆け付けて来たのは『荊州』『文』『討逆』の軍勢だった。一度戦ったことがある、それも昨年の話。


「文聘将軍のようだな。さっさと長江を渡って先を急ぐぞ」


 まともに相手をしている暇はないからな。呉の奥底までは追っても来ないだろ。


「船を下ろせ! 先行部隊出ろ! 次は物資を載せるんだ!」


 李封別部司馬の交通整理で渡河が行われる。俺の本陣は四番で渡河か、河向うに防備が整ってからだな。


「銚華行くぞ」


「はい、旦那様。焼良、こちら岸で最後まで敵を防ぎなさい」


 うなずくと焼良は西羌騎兵を率いて魏軍を迎撃に出た。騎馬していればそのまま河に飛び込むだけだ、殿は適切だな。


「麻苦、渡河の指揮をしなさい」


「任されよう。渡った奴らの面倒をみてやってくれ」


 羌族歩兵の指揮官が渡河と防御を整合させるべき詳細な命令を練り上げる。


 銚華はしっかりと羌の奴らを掌握しているようだな。俺を殺せと命じたら、きっとあいつらは銚華に従うだろう。


 だがそれで結構、精々彼女に見捨てられないように働くとしよう。


 微笑を浮かべて馬の背でご機嫌になる。一体どうしたものだとチラチラ見られているのは無視して、この先どうするかの大雑把な行動を考えてみた。


 武陵では俺の動きはどう映るか。そもそも情報の詳細まではこの速度で入る可能性は低いな。


 それでも未確認の武装集団がうろついていれば目立つ、わかったとしても呉では兵力が不足している、そうそう討伐に出て来ることもないだろう。


 これが河を使っているなら話は別だ、嬉々としてやって来るぞ。なにせ水戦では魏でも勝つのは非常に難しいはずだ。


 適性は間違いなく存在している。呉に水上戦をさせたら極めて手強い。身動きが取れない遡上戦以外は恐らく、魏でも蜀でも圧倒的な差をつけられるぞ。


「ご領主様、半数が渡河しました」


 長江の向こうに残っている羌族歩兵は魏軍と刃を交えながら渡河を続けていた。一方で西羌騎兵は距離を取っての射撃戦を遂行している。


 歩兵が渡り終えるまではここで待つべきだな。


「物資の輸送準備は先に整えておけよ」


 他は問題ない、兵には直前に命令するだけで充分。あの分だと文将軍の騎兵は二百も居ないか。


 殆どが歩兵で鈍重な動き、守備兵の指揮官なのかもしれない。河を登って来た時には乗船だから仕方ないが、側近のみが騎馬しているだけ。


 一番最後の歩兵が乗船する時にだけ、西羌騎兵が魏軍に接近して刃を交えた。対応に気をやっているうちに岸から離れると、もう弓矢でしか攻撃出来なくなる。


 ある程度の犠牲者はつきものだ。騎兵はまた離れていって、大回りして渡河だな。


 焼良の動きに満足すると、弓矢を構えさせる。追撃して来る敵を渡河の最中に退ける為に。


「麻苦の後ろについてくる敵を射殺すんだ」


「弓構えー! 曲射による遠距離射撃! 決して味方を巻き込むなよ、てぇ!」


 劉司馬が数少ない弓兵を統率してタイミングを合わせる。矢が飛び過ぎるのには目を瞑り、手前の羌族歩兵に被害が出ない様に調整した。


 俺の命令の意味を充分体現できている、それでいい。


 数百の敵が陸地まで追いかけてきても、囲んで追い落とせば全く脅威にはならない。むしろ見せしめになって丁度良い。


「退き返せ!」


 馬鹿ではない、追撃を仕掛ける部将も部下を丸ごと死地に追いやるつもりはないらしく、半分ほどまで進むと川下へと離脱していった。


「うむ。李別部、移動を再開するぞ」


「御意。偵察隊出ろ!」


 指揮官に命令することで全体を動かす。大軍になればなるほどそれは必須といえた。


 魏軍を河の向こうに残し、一行は南へとさっさと行ってしまう。船を集めて渡って来たとしても、その頃には視界から姿をけしていることになる。


 程なくして騎兵も追いついてきて、中軍に収まった。


「こんなことがまだ何度もあるだろうな」


 予言ではない、それが戦略と言うものだし、地域統治を任された者の仕事でもある。


 呉国内に入ったがこれといった妨害もなければ警備にも会わんな?


 武陵を縦断して二日、本当になんの異変もなかった。喜ぶべき誤算ではあるが気味が悪い。


「そろそろ零陵郡だな」


 何日も馬上で移動のみ、話題も尽きて無言が続きがちになってしまう。景色もそうそう変わり映えもせずに、草木が生えただだっ広い平野があるだけ。


「李将軍と連絡を取るべきか」


 独り言をぽつりぽつりと漏らす。そうだ、今度長距離移動する時には、語り部でも連れて行くとするか。


 思いついたことを雑多なメモ帳に記しておく。


「ご領主様、もう幾ばくかで零陵城が左手に見えてくるはずです」


「そうか。随分と遠くに来たものだな」


 或いは南へ戻って来たと言うべきか。こちらが近くを通れば李信のやつも合流して来るだろう。


 体力をすり減らさないように比較的ゆっくりと行軍している。行動力を維持しているのは、いつ戦いが起こるか分からない流軍だからだ。


 蜀領内を行ってたとしたらどうだったろう? 巴東は封鎖、益州へ入ったとしたら発見されて、今頃にらみ合いでもしていたか?


 詮無き妄想を繰り返す、どちらが良いかなど最早考えたところで何の意味もないのに。


「ご領主様、あれを」


「なんだ」


 左手前方から十騎ほどの小集団が近づいてくる、じっと見ているとそれが李信だと解る。


 ふむ、無事で何よりだ。やはり殷基太守は穏やかな気性の人物らしい。


 戻って来ると李信が側に馬を停める。連れの騎兵に見覚えが無いが、あいつらは?


「ご領主様、李信ただ今帰着いたしました」


「ご苦労だ。首尾は」


 聞かずとも解っているが、一応な。何せ目の前に居るのだ、認められなければ拘束されているだろうさ。


「殷太守は島侯へ弔問の礼をお伝えするようにと」


「そうか。ところで後ろの奴らは?」


 緑の外套を揃いで着けている五人。一緒の所属なんだろうが、今の今まで緑は親衛隊に居なかった。


「零陵軍の兵で御座います。自分が城を抜けるにあたり護衛として付けて頂きました」


 護衛が必要な状況か。はてさて何が起きているんだ。


 説明をするようにと目で問う。その位は李信も気付けるほどの付き合いになっていた。


「現在零陵城は賊の攻撃を受けて交戦中で御座います。城兵三千に対して、賊は一万。城外の集落を略奪し猛威を振るっております」


 そんな中、わざわざ兵士を付けて送り出してきたわけか。それにしたって守備兵三千は妙に少ないな。


「なぜ郡都がそのように手薄なのだ?」


 治府があるのだから、一万とまでは行かずとも、三千などと言う小勢はおかしい。


「城内へ収容しきれない住民を、隣郡へ避難させるために護衛に割いている為です」


 己の保身より民の安全を優先したわけか。殷基太守、見どころがある奴じゃないか。血で血を洗う乱世では長生き出来ないタイプだな。


「周辺からの増援は」


「長沙郡でも大規模な反乱が起きていて、武陵並びに桂陽の諸軍はそちらへ出兵中の様子」


 孤立無援か。それならば民を見捨てて治府を堅守しても中央から叱責もされんかっただろうに。


「お話のところ申し訳ございません。我々は城へ戻らさせていただきます」


 零陵兵が一言だけ挨拶をして帰ろうとする。領国の一大事だと言うのに、敵将の為に命を懸けるか。


「李将軍、賊の練度はどうだ」


「あの程度、魏の精鋭に比べれば案山子も同然かと」


 俺が軍人になって目指した先を思い出せ。なんてことはない普通の生活を、皆が普通に送れる世を実現させたかった。努力が認められる世を作りたかった。


 零陵兵に視線を移して表情を見る。一様に硬い、それはそうだこれから賊の間を縫って帰還しなければならないのだから。


 城に辿り着いたとしても、絶望的な戦いが待っている。


「銚華、すまんが少し寄り道をする」


「旦那様が行くところ、どこへなりともご一緒致しますわ」


 羌族の姫は苦言の一つもなしに全てを認めた。逃亡中の身で、他人に構って居られる余裕などこれっぽちもないというのに。


「李信、賊徒など鎧袖一触で蹴散らすぞ」


「御意!」


 側近の騎兵が戦闘準備をするようにと軍営に触れて回る。まったく、馬鹿は死んでも治らんな。


「零陵兵よ、案内しろ。住民の平穏を乱す輩を許しはしない、義により島介が助太刀する」


「敵国の者を助けると?」


 真意がわからないと訝し気な顔になる。それはそうだ、放っておけば蜀に有利になるわけだからな。


「殷太守は民を安んじる為に身を挺して戦っている、そこに敵も味方もありはしない。俺が求めるのは、自身で納得いく行動が出来るかどうかだ」


 わだかまりなく、こうであれと信じて言い放つ。あっけにとられていた零陵兵が数瞬で我に返る。


「援兵かたじけなく! 自分が先導致しますので、どうぞこちらへ!」


 緑の軍兵を先頭にして零陵を南東へ進む。右手には山地があるが左手は平地。先へ進めば前方にも左手にも山があるらしいので、三方を囲まれた盆地のような地形。


 その盆地の一番奥、山の裾野にある小さな平野部に出来た街が零陵だ。


 三方の山地には監視の兵、平野部の出入り口に賊の大集団が見える。


「城の側に三千、三方に千ずつ、本営は四千前後か。軟弱な陣立てだな」


「島の大将、左手の山地、俺達なら騎射の足場に出来る」


 焼良が随分と高低差がある荒れた斜面を指して意見を出して来る。おいおい、あれは崖だぞ、正気か?


「あそこから射降ろされたらたまらんな」


「二百歩先のうねった丘、こちらから二つ目だ。あそこに三列横隊を敷けば囲地から逃がさん」


 今度は麻苦が結構な幅を指して止められると言うではないか。


 自信過剰……ってわけでもないんだろうな。逃げ場がない低地に押し込んで射続けたら、出口に殺到する。それを押しとどめるとどうなる。


 算を乱して散り散りになるか、一点突破を図るか。


「李信、羌族歩兵五百で右手の岩場に伏兵だ。李封は左手に。麻苦、俺の合図で中央を開いて賊を通せ、ここで左右から削り取る」


 勝手に羌族兵を指揮下に置くと作戦を押し付ける。どこからも反発は無い。


「ご領主様は?」


「三列横隊の後備に入る」


 敵軍の目と鼻の先、矢の直射距離の範囲内でもある。本来ならばそのような場所に高官が居てよいはずがない。


「危険すぎます、せめて岩場へ――」


「司令官が遥か後方から指揮を出来るか!」


 俺は私兵団の司令として隊を指揮した時から常に前線に在り続けた。将軍と呼ばれようと、領主と言われようと、そのスタイルを崩すつもりはないぞ!


「はっはっはっは! 西戎と蔑まれ刃を向けられる我等に命を託すか。姫が入れ込むだけのことはある。見せてやろう俺達の戦い方を。麻苦、やるぞ」


「面白くなってきたな焼良。平地の民に劣るようでは郷へ戻れん、酔狂な将軍に付き合うとしよう!」


 それぞれが部族兵のところへと行くと編制を改め軍を動かす。集団が一つの生き物のように滑らかに進んでゆく。


「封、決してぬかるなよ!」


「上手い事兄者に合わせる、心配するな!」


 二人も一礼すると左右の岩場へと隊を引き連れて移動した。


 士気は上々、わがままでもなんのそのだな。しかし零陵城は城壁も低く、守るのにも苦労しそうな設えだ。


 装いが違う兵士が銚華の元へ駆けて来ると報告を行う、情報収集に出していた者だ。


「賊の首魁は藩既とかいう者のようですわ」


「ついぞ聞いたことが無いね。ぽっと出なのか偽名なのか、一万の軍勢を集めるだけの実力はあるようだが」


 密偵の報告にも上がってなかったからな、呉国のどこまでを調べられているかって部分は解らんが。


 配置に就いたか。馬を進めて横陣の四列目に入る。


「こっそり布陣しても仕方ない、存在を報せてやるんだ。銅鑼を鳴らせ! 太鼓を叩け! 軍旗を振れ!」


 ジャーンジャーンジャーン!


 金属音を響かせて革鎧を身に着けた蛮族兵が展開して丘に陣取る。賊の後備である本陣の注目を集めた。


 呼ばれても居ないのに派手に登場だ、困った奴らだよな。


 革張の盾に剣を叩きつけて威嚇を行う。アフリカの原住民も同じように武威を示したものだ。


「後ろ備えがこちらに正面を向けたな」


 その為の後備だ。追い払う為に向かってこないのは指揮官の命令が下せていないからだな。


 退路を断たれて無視するわけにはいかない、ならば要所を占められる前に一撃加えるべきだろうに。


「城兵が沸いておりますわ。呉に『島』の将がいるのでしょうか?」


 旗印を見て味方と思ったのならばそれが自然だが、聞いたことは無いな。


「呉だけでなく、魏にも蜀にも同姓は居ないだろうさ。軍勢がどこの誰であっても賊の敵なら歓迎って話だよ」


 攻勢が少しでも緩めばそれだけで結構。敵の敵は味方と言ったものだ。そのうえ潰し合ってくれれば何の文句もないだろう。


 横陣を丘の頂点に敷き終えると、防御陣を構築し始める。足元に溝を掘り、草を結んで罠を仕掛けてか。まあ短時間で出来ることなんてそんなものだ。


「銚華、羌族のあれは?」


 五十センチ程度の小さな弓を指して問う。複数の武器を携えている、代わりに重量軽減の為に鉄鎧は身に着けていないか。


「半弓ですわ。騎射用を歩兵が使うと速射性が高く、接近戦で強みを発揮致します」


 木製ではないようだが鉄でもない、あの白いのは一体。少し見ていればわかるか。


 ようやく賊が千の単位で丘に向かって動き始めた。綺麗な陣形を保って、ではない。それぞれが雑多に歩んで距離を詰めて来る。


 弩があればそろそろ射程だが、一切こちらからの攻撃は無しか。かといってあちらもそんな武器が無いので接近してくれだけだな。


 あと五十歩、走ればあっという間に零距離だぞ!


 麻良はそれでも撃てとは言わない。あと三十歩、互いの顔がはっきりと見えるところまで詰めて来る。まだか!


 残り二十歩、石を投げても当たるだろう距離になりついに命令が下る。


「始め!」


 二列目、三列目の兵士が半弓につがえた矢を放つ、速やかに次、次と連続で射続けた。


 バタバタと賊が倒れ、死体に躓き転倒する者が多数現れる。一斉射撃の副次的効果だ。


「速い!」


 二秒に一射の速度か!


 白兵戦をするまでに十秒、その間に千の兵が五回射撃出来る計算になる。千の歩兵が半数以下に撃ち減らされた結果を見るまでは、横陣で多数を支えることは無理だろうと考えていたが、これならばいけるぞ!


 丘の頂上に辿り着いた賊も剣と盾で前列が防御に徹する。その間に後列からの狙撃でみるみる数を減らしていった。


 矛で交戦すると防御が疎かになり、後列からの攻撃もし辛い。だが至近距離限定、それも防御に絞るならばこれは強力だ!


 今までに無い戦い方、目を見開いて動きを追う。


「旦那様、焼良が到達しますわ」


 崖の上に騎兵が姿を現す。義経が馬で崖を降りて奇襲を成功させたって話があったよな。


 西羌騎兵が防備が薄い崖を疾走する、気づいた賊が指をさして叫んでいるが驚きが先行して動きが取れない。


 間隔が広い部隊の間を縫って半弓で攻撃を仕掛けていく。こちらは射撃出来てもあちらは同士討ちを懸念して反撃出来なかった。


 陣を乱すように自由に駆け回る騎兵を止められる者はいない。


「騎馬を手足の様に操る奴らだな!」


「西羌族は産まれて直ぐに馬上に在る者が多いのです。地上と同様の動きが可能ですわ」


 白兵戦をしている奴の中に後ろ向きで騎馬してるのも混ざってるぞ!


 俺があっけにとられている暇はない、後備を引き戻して攻めにまわる。


「伝令だ、李信、李封の伏兵を前に出す。作戦を変更するぞ」


 つい先ほど決めたばかりのことをいともあっさりと翻す。戦場では朝令暮改も否定されるものではない。



2-22/23/24/25

 城が持たないかも知れん。城壁にかなりの数の賊が上がってしまっている、城門を開かれたら最後、陥落は時間の問題になる。


 必死の防戦、援軍が無い籠城ほど陰鬱なことはない。攻城兵器の類は梯子があるだけ、だというのに攻め込まれているのは砦としての機能が低いから。


「本陣が前に行ったか」


 このまま城を落とすつもりだな。目的を達成すれば俺がどうしようと無意味だ、戦略的に正しい判断だ。


 そう気づくまでに時間が掛かりはしたが、経験を積めば正解に早めにたどり着けるならば悪くない。逃げようとして伏兵に嵌るより百倍マシだよ。


 城への攻撃圧力が増大して、城壁の上で大乱戦が生じる。ここで競り負けたら城門が開放されてしまうぞ!


「ご領主様!」


 二つの部隊が速足で駆け付けて来る。状況が移り変わったのを自身の目でも確認し、どうすべきかを思案している。


「零陵城が陥落したらこの戦で得られるものはない」


 たとえ後備との小競り合いで完勝したとしてもだ。西羌騎兵が賊の陣立てを気ままに駆け抜けて攻撃を続けている、それも無になる。


 包囲している軍勢、決して強いわけではない。だとしても頭数は時として威力を発揮するものだ。


「正面の攻勢軍指揮官を討ち取ります、どうぞご命令を!」


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