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20

 赫雷が矛を突き上げて威圧する、赫昭が再度出ようとするのを側近が押さえつけて制している。


 ふーむ、誰も居ないか。


「その挑戦者、俺でも構わんか?」


 わざわざ伺いを立てるのも変だが、俄かに注意を集めた。烏丸に見知った者などおらず、何者かとの雰囲気が伝わって来る。


「何人来ても結果は変わらん、好きにしろ」


 馬をゆっくりと赫昭の隣にまで寄せ「でしゃばってすまん。だがここで退くわけにはいかんからな」少しだけ口の端を吊り上げて視線を合わせると中央まで進み出た。


「島介だ。俺は馬よりこっちが慣れていてね」


 下馬すると矛を側近に預けて、腕と同じくらいの長さの木製の棒を握りしめて赫雷を見上げる。


 挑戦者が戦い方を選ぶかどうかは知らんが、目を細めてこっちを見ているな。


「お前はあいつの部下か、それとも主か」


 名乗りを端折り過ぎたか、まあいいさ。


「どちらでもない。俺は赫将軍の友人、ただそれだけだ。それとも主従でなければダメか?」


 全てが上下一本で関係できれば、かなりの問題が消えてなくなる。


「友誼が死を招くか、それも好いだろう」


 矛を地に突き立てると、腰の剣を抜いて構える。あいつまで棒で戦えとも言えんからな、このあたりで我慢だ。


 妙な曲線を描いている木製の棒。なんのことはない、小銃のレプリカを作らせただけ。


「近接戦闘で俺に勝てたら褒めてやるよ」


「冗談が好きらしい、そんな棒きれでどうやって戦うつもりだ」


「すぐにわかるさ、行くぞ」


 黒の直垂をなびかせて距離を詰める。赫雷は牽制で突きを入れて来るが、肩の動きを見てそれを避けた。


 わざとなのかそういう意識が無いのか、予備動作が読みやすいな。


 直剣で突く、切る、叩く。鎧のせいで動きが少し鈍くなるが、充分反応出来るのを確かめると隙を伺う。


「避けてばかりは勝てんぞ?」


「勝負なんてのは一瞬でけりがつくものだろ」


 木製銃を扱いて目を覗き込む。良い覇気だ、自信と経験と未知への探求心がバランスよく保たれている!


 腰が少し下がるのを見ると、呼吸半分のそのまた半分だけ先に動く。木製銃の先を赫雷の目の前に軽く突き出す。


 剣を横に薙いで弾こうとするのを無視して、右足で赫雷の左膝を踏み抜こうとした。


「ぬっ!」


 寸前で気づいて体全体で左後ろへ倒れ込むことで、膝を割られるのを回避。


 体勢を崩したが追い打ちは緩くないぞ!


 寄ってきたら剣を突き上げようと狙っている。それ自体はどうとでもなるが右手が前に来るような形で攻めたのは俺の失策だ、長いこと白兵戦をしなかったせいで鈍ったか!


「立て赫雷」


 どうせ攻められないならばと度量を示してやる。


「くそっ!」


 険しい顔つきで睨んで来る、屈辱を与えられたのが気に入らない。感情が揺れる、それは動きが揺れるのと同義だ。


 重要な場面だからこそ冷静にならねばいかん。視界を広く保ち、正面だけを見ないようにだ。


「俺の攻めを耐えたか、褒めてやるよ」


「いるか!」


 勢いに任せて剣を斜めに振り下ろして来る。ここだ!


 銃床に当たる部分で真正面受け止めると、剣が半ばから折れて飛んだ。


「なまくらが!」


 一歩踏み込み持ち上げている銃床を赫雷の腿に振り下ろそうとする。左足を引いて体を斜めにして打撃を避けた。


 俺は左肘を赫雷の右わき腹に叩きつける。腹を庇い頭が少しさがったところ、銃床を水平にしてフックでコンパクトに振り抜く。兜の端にぶつかり脱げると地面に転がった。


 戦意は失っていないな。


「来い、戦い方を教えてやる」


 手に持っていた木製銃を足元に捨てると拳を握って構える。赫雷も折れた剣を捨てて両こぶしを握ると攻めかかってきた。


「うおぉぉぉ!」


 攻めても攻めても予備動作のせいで簡単に見切られてしまう。右こぶしで斜めから振り下ろし気味に繰り出す打撃に合わせ、右足を半歩前に出して膝を折る。


 右こぶしを自身の腹に抱えるようにして、右腕を同じ方向に引き寄せるようにして巻く。赫雷の腕の下から肘を折って挟み、腕を斜め下に引き寄せながら自身の肩を入れる。


 曲げていた膝を一気に伸ばして赫雷の重心を動かし、共に右斜め前に倒れ込むように体重をかけた。


 変形の背負い投げ。仰向けに倒れた赫雷のマウントを取る。


「泥臭い戦い方ですまんが、ここから逆転出来るか?」


 恥ずかしい一騎打ちになったもんだ。綺麗も汚いもないがな。


「こ、こんなもので負けを認められるか!」


「そりゃそうだ、お互いにな。俺が得意なのはこんなことではなく、戦争だからな」


 立ち上がると赫雷から離れる。赫軍は消沈していた士気を盛り返した。


「なら軍での戦で勝負だ!」


「ああ、そうしよう」


2-14/15/16/17

 お互いが陣営に戻っていく。赫昭の隣に行き「これで奴らは逃げ隠れして戦うことが出来なくなった」懸念されていた戦い方を封じられたことを確認する。


「何からなにまでかたじけなく」


「気にするなと言ったろ。それと赫凱」


 視線を移して隣で小さくなっている息子に声をかけてやる。


「はい」


「お前が割って入ってくれたおかげで友を助けることが出きた。感謝する」


「そんな、自分は勝負を汚しただけでなく、おめおめと――」


「恥じるな! 赫凱、お前の勇気を俺が認める。軍指揮で死力を尽くせ」


 こいつがやったことに間違いは無い。単純な個人の戦闘力など重要なことではないぞ!


「はい!」


 顔色が元に戻り、目に闘志が宿ったのを確認すると自らの居場所へと戻る。李項が「お見事です」短く労をねぎらってくれた。


「見事なものか。自らの失敗に猛省だ」


 体力維持だけでなく緊張感もきっちり保てるように訓練時間の増加をしよう。やれやれと小さくため息をつく。


 目を瞑り数秒で心を落ち着けて目を開く。


「千五百対一万、さてどう出るか」


 単純に数の勝負にはならない、何故なら機動戦が主になるからだ。とはいえ野戦は数がものをいうのも事実。


 唯一計算できることは、赫雷が本陣を後退させて逃げの手をうつことはないだろう状況になったことだ。


 互いに退き陣を張ると日の出を待つ。赫昭と赫凱、それに数人の部将が俺の陣幕へと連れ立ってやってきた。


「島将軍、明日の件についてお話が」


「おお、そこに座ってくれ」


 赫昭だけが座して残りは後ろに並んで起立する。一方でこちらも李家の三人と、陸司馬らが控えていた。


「敵陣を探らせたところ、三方を囲まれた場所に本陣を置いております」


 簡単な図を描いた布を拡げる。断崖絶壁の囲地に防備を敷いたわけか、これは完全に誘っているな。


 正面に多重の防備を置いて、恐らくは半数程度でこちらを攻め立てるわけだ。


「最初に言っておこう。明日の戦、俺は赫将軍の指揮に従おう」


 これはあいつの戦だ。自由にならない兵など邪魔でしかないだろうからな。


「島将軍に感謝を。一つお聞かせ願いたい、なぜここまで私を?」


 それは疑問だろうな。だが答えは決まってるんだ。


「俺がそうだと感じたから。赫将軍が気持ちの良い友だと認めた、それが理由だ」


 居並ぶ部将らが皆唸る。黙って見殺しにしたところで誰も何も言いはしない。むしろここまで肩入れしたことを称賛するはずだ、義理を果たしたと。


「……これ以上は言いますまい。日の出と共に決死隊を率いて敵の本陣を急襲致します、島将軍はここで本陣防衛の指揮をして頂きたく」


「引き受けた。何が来ようと『赫』『島』の軍旗を守り通してみせる」


 これが倒れた時が俺達の敗北だ。そうと決まれば夜通し陣地の構築だな。


「子の凱を残してゆきます。もし私が目的を成し遂げることが出来ねば、国元へお戻りを」


 一族の血を残す、それを以て負けを認めると方針を策定する。


 俺はそれを受け入れる、赫昭が望んだ道をな。


「解った、俺から武装を供与する。必要なものがあれば好きなだけ持っていけ、李項手配を」


「はい、ご領主様」


 大雑把ではあるが作戦が決まり準備に全力を注ぐ。岩山の頂上、要塞の類にほど近い場所、それが決戦の地になった。



 突貫工事で何とか形は出来たか。長安の防衛で大分守り方がわかったようだな。


 部将らを眼前に並べて防衛方針を定める、赫昭将軍が連れて行ったのは二百の騎兵、残る千余は俺の麾下だ。


「前衛は赫凱、お前が正面防衛を仕切れ」


「ははっ! 必ずや敵を食い止めてみせます!」

 

 寝不足もなんのその、残された赫軍の半数を指揮して前面防衛を任せられる。ここが崩れたら全ての計算が狂ってしまう。


「李項、お前には裏手の防衛一切を任せる。俺は中央で前しか見んぞ」


「お任せ下さい、遅れは取りませぬ」


 赫軍の部将三人を指揮下に置いて主将の座に就いた。反発は驚くほど無い、これは李項の良い経験になるな。


「李信、李封は本陣で予備だ。待ったなしでの救援になる、兵種や規模の把握をしておけ」


「はっ、ご領主様!」


 兄弟そろって声を張る。親衛隊の指揮を預けるのはいつものことで、これ以上の適任は無い。


 そして俺の役目は全体を観察して戦力を動かすことだ、失策は一切許されん。


「よし。各自所定の位置に就け!」


 床几に腰を下ろすと腕を組んで目を瞑る、すぐ下の岩場には親衛隊の司馬が控えていた。


 思えばあいつらとは結構長い付き合いだ、よくぞついてきてくれたものだな。中郷の侯になった時に配属された百人の生き残りなわけだ。


 皆がそれぞれ部下を持つ指揮官に成長した、俺はあいつらに何をしてやれただろう?


 それにしても長い夢だ、覚めずともこうも納得のこともないがな。


「狼煙が上がったぞ、戦闘準備だ!」


 離しておいてある斥候の監視所から狼煙が複数上がる、火をつけたらすぐに撤退するようにしてあった。


 岩場だ、水攻めにあえば二日で干上がるのは目に見えている。だが半日持てば充分だ、それ以上時間が掛かることはない。


 やがて戦闘の喧騒が耳に入って来る。小一時間も経った辺り、ようやく目を開く。


 赫凱の危なげない防戦見事だ。後方も乱れた声が届かん、きっとうまくやっているだろう。


「信、封、手本になる防衛指揮だ、しかと目に焼き付けておけよ」


「ははっ!」


 多勢に無勢で体力の尽きる時が命が尽きる時になる、赫凱の隊が次第に一杯になってきた。


 あと半刻はきついか、そろそろだな。


「李信! 手勢二百を率い赫隊の休息時間を確保してやれ、一時間だ」


「承知致しました! 陸司馬、行くぞ!」


 それぞれ百を直卒して岩場を下っていく。自信漲る背中だな、あいつも大きくなったものだ。


「伝令! 伝令! 防衛の隙間を抜けて敵の一隊が迫っております!」


 赤い旗指物を腰に立てた者が本陣に駆けこんで来る。見ていないようで伝令の顔色を見ている、兵も内容が気になるだろうさ。


「李封! 百を率い撃退してこい!」


「御意! 鉄騎兵出るぞ!」


 重武装の騎兵百だ、上手く使えば千の歩兵と同等の戦闘力を発揮できる。ここが岩場で疾走出来る充分条件がなくても、五倍の歩兵位ならばどうということはない。


 中央に馬が集められ矢を防ぐための囲いで守られている。こんな場所で失うには惜しい軍馬だからな。


 控えていた武将が居なくなったので、親衛隊の劉司馬以下、二人の佐司馬が繰り上がって隣に侍る。百の防御兵、これ以上はおいそれと派遣できないぞ。


 赫凱らは肩で息をして水を飲んで体力の回復に集中しているな。李信の奴ら、数倍の相手をしてギリギリ防戦中か。


 大したしないうちに防衛線の縮小は間違いないな。何せ数が違う。一度反撃する間に三度、四度は打撃を受けた。


 李信の部隊がじりじりと退き始める、元より守り通せるとは思ってないが早い。


「前衛防衛線を二十歩後退させろ!」


 崩れる前に自発的に引き下げる。丁度よい岩場が盾になるように事前に用意してある場所へと兵を集中させる。血の匂いが漂ってくる、武器を振るっている奴らはむせ返りそうになりながら戦っているに違いないぞ。


 そうすることで守りやすいだけでなく、斜めに射線がつけやすいように狙撃手を配備させあるからな。


 赫凱が戦線に復帰すると李信が引き揚げて来る。


「ご苦労だ、敵の練度はどうだ」


「精強ではありますが、陣地を攻めることに慣れていない感じがしました」


「そうか。少し休んでいろ」


 野戦では相手に分があるだろうが、構築された戦いでは出血が多いわけだ。民族的な連帯感は、個が弱い漢人の方が大きい。何せ群れて統率されることでしか生き延びることが許されない者の宿命。


 感想を耳にしてから注意深く見ていると、狭い場所に集まり過ぎて肩がぶつかる奴らが確かに多いな。


 小一時間防戦を続ける、太陽は高い位置にあり、周りはぐるりと囲まれていた。


「飯の準備をさせるんだ、戦っていても腹は減る。握り飯を作り配布しろ」


 誰かに言われなければ空腹のまま戦いを続ける、ある時激しい脱力感があり、そのまま動きが鈍るものだ。


 李封が数を減らした鉄騎兵を率いて戻ってきた。当初の想定より被害がかなり多い。


「手こずったな」


「申し訳ございません。思いのほか頑強な抵抗がありました」


「無事ならそれで良い、休め」


 米が炊けたら親衛隊に握り飯を二つ食わせて赫凱隊と交代させた。腹半分にも満たないが、槍傷でも受けたら死亡する率が上がるので、腹には最低限のものしか入れさせないのが良い。


 地べたに座って握り飯を水で飲み下している赫凱隊の兵を見て回る。どこかしら傷を負っているが士気は高い。目が死んでいない、目的意識を充分に感じている証拠だ。


 ここで生き延びて戦い続けることが、赫将軍への絶好の手になるとな。


「赫凱、日が暮れるまで防衛してもきっとあいつらは手を休めはせんだろうな」


「だとしても私は戦います」


「その意気だ。赫昭将軍が戻るまで軍旗を守り通すぞ」


「ははっ!」


 胃袋にものを入れるだけ入れてさっさと最前線に戻てしまう。


 若い奴は良いな、勢いがある。李項のやつはどうだ? 何も言ってこないんだから上手くやっているんだろうが、一応確かめておくか。


「李封、李項のところへ行って夜戦を継続すると伝えてこい」


「はい、ご領主様」


 言外に含めている、厳しそうなら増援に残れというのもきっと理解している。五十に減った鉄騎兵を率いて様子見に向かった。


 さて、第二戦線も既にきつい。この先は木柵を設置させてあるから簡単に捨てることが出来なくなるが仕方あるまい。


「合図があり次第撤退援護だ。赫凱に後退の時機を合わせるようにと伝令を出せ」


 後列から投石を連続で行わせると、最前線の赫凱隊が一斉に退く。第三防衛ライン、外壁に当たるこの場所が抜かれたら残るは本陣の防備しか残されない。


 簡単には乗り越えることが出来ない防壁、それでぐるりと囲まれた陣地。これを抜くには斧でぶち壊すか、攻城兵器を当てるか、鉄騎兵で体当たりをするかだ。


 燃えるのを待っているようでは眠たい攻めとしか言えん。


「李項にも後退するよう命令を出せ、ここから先は一時間交代で死傷率を減らしながらの防戦に切り替える」


 防御を厚くさせて、スタミナ切れを抑止する。攻め手よりも高い場所で急所を攻撃出来るようにし、しゃがむことで柵を盾に出来るのでかなり個別の戦闘は有利になる。


 陽が傾いてきた、赫将軍はまだか。李封が戻り同じ場所で控える、李項の方は問題ないらしい。


 敵の本陣がある方向を見る、煙も何も上がっていない。二百で奇襲する為にはこちらに兵力を誘引する必要がある。意地悪く籠っているだけではそうはならん。


 こちらへの攻撃隊指揮官はどこにいる、そいつを討ち取って増援を引かせる位は俺のノルマだろうな。


「敵の指揮所はどこかわかるか?」


 部下に探させる、伝令が多く出入りしている場所を皆で特定するのにはさほど時間は掛からなかった。


「あの林のあたりで御座います」


 目を細めて様子を窺う。あれか……近いな、五百メートルくらいだろうな。騎兵で突撃をしたら届くかどうかだが、迂回しても始まらん。


 助攻で敵の意識を傾けることが必要か。


「島将軍」


「どうした」


 赫凱が戦闘を預けてこちらへとやって来た。何か意見がありそうな顔をしているな、怖気づいて弱音を吐きに来たわけではなさそうだ。


「私が左手に向けて打って出るので、島将軍が右より攻勢をかけるというのではいかがでしょうか」


「うむ!」


 こいつも見えているな! 腕力だけが強さではない、攻めるポイントも目的も、タイミングも充分だ。


「俺もそう考えていたところだ。だが甘くは無いぞ?」


 守るので精一杯だというのに逆撃を加える、そこには大きな、それはおおきな負担が圧し掛かって来る。


「我等、赫軍兵にどうぞここ一番を押せとご命令下さい!」


 赫将軍が俺にこちらの指揮を預けたのを丸呑みしての言だ、不足はないし不満もない。


「赫凱、手勢二百で五十歩戦線を戻せ」


「承知致しました!」


 拳に手のひらを当てて拝命すると、側近を伴い左方最前線に居場所を移す。


「李信、本陣を任せる。俺は鉄騎兵二百を率い右手より敵指揮所を急襲する、李封ついて来い」


「はい、ご領主様!」


 空いた床几に李信が腰を掛けて本陣の主将を務める。長安城の防衛でこういう場面が何度かあり、全体指揮の経験もある、心配はない。


 左手から一隊が進出し敵を押し出していくのが見える。


「こちらも行くぞ、重装騎兵の本領を発揮しろ、続け!」


 右手防衛戦を担う部隊が進撃路を空けるために左右に移動する。出来た隙間を速足の騎兵が素早く通り抜けると、攻め寄せる烏丸兵に体当たりをかけた。


「ぐわっ!」


 数百キロの質量を備えるものが時速数十キロでヒトを跳ね飛ばす。馬の足が止まると脇から後続が現れ次々と体当たりを行う、すると死を恐れる敵兵が左右に散ってかわそうとする。


「道が出来るぞ、進め!」


 先頭で矛を振るいながら次々と歩兵を突き倒していく。


 敵意に殺意、ぎらついたその瞳、戦場に在って俺の首を狙う奴らの多いこと。だが決して譲りはせん!


 左右から親衛隊がせり出し、いつしか人垣の中心へと居場所を移す。


 首をひねり周囲を軽く見回すと、敵の指揮所まであと百メートルちょっとにまで迫っていた。


 逃げる気は無いようだな、この位の防備なら突き抜けるぞ!


「李封、三角陣で残りを突き抜けるぞ!」


「御意!」


 部隊で腕がたつ兵を先端に集めるとグイグイと進ませる。左右から押しつぶしてやろうとの圧力が凄いな!


 足が止まれば騎馬の優位が薄まる、これだけの接近戦だ、あいつを使うぞ!


「短弩で奇襲だ! 合わせろ、五、四、三、二、一、てぇ!」


 親衛隊が腰から小さな箱を取り出すと、同時に目の前の相手に向けて出っ張りを押す。すると短い鉄製の矢が飛び出し、烏丸兵の腹に突き刺さった。


 使い終わった箱を捨てて乱れる防備に突撃を仕掛ける。短いが再度駆け足が出来るだけの隙間が出来たので、騎馬で体当たりをかけた。


 残りの距離をあっという間に縮めると、攻撃隊指揮官に矛を向ける。


「ここまでだ! 逃がしはせんぞ!」


 烏丸武将へと切り掛かる、流石の腕前で二度三度俺の攻撃を受け止めてきた。


 やるな、だがその位のヤツに負けるほど俺は弱くない!


「うぉぉぉぉ!」


 右に左に矛を振り回して穂先に体重を乗せて強撃を繰り返す、基礎体力である体格が遥かに違うせいで力負けして矛を取り落としたが最後、横一閃した刃が武将の首を跳ね飛ばした。


「赫軍が島、烏丸の将を討ち取った!」


 あらん限りの声を上げる。親衛隊も時を同じくして勝鬨を上げると、烏丸兵に動揺が走った。


 これ以上は不要だ、陣に引き返すぞ。


「撤退だ!」


 馬首を返してきた道を駆け上る、邪魔立てする敵は殆ど無く、岩場の斜面を登ってゆく。右手を見ると赫凱らも引き返していた。


 これだけやれば増援を送らざるを得まいな。今夜が山だ。


 本陣に入ると下馬して床几にと戻る、李信が脇に立ち負傷者の手当てをするようにと指示を下す。


「篝火を焚け、飯を食わせるんだ、塩を一緒になめさせるのを忘れるなよ」


 これだけ動き回れば汗で塩分が流れる、意識的に塩を摂取させなばな!



 指揮官を失った烏丸軍は勢いを完全に削がれた、攻撃の圧力が弱まっている。陣営は警戒半分、寝ないで戦う状態が保たれている。


 仮眠を取らせて眠気を払ったらすぐに最前線、俺達に交代は居ない。


「寝不足は慣れています」


「ふん、言うようになったな李封」


 床几に腰かけているすぐ隣で矛を片手に立っている李封が冷静に戦場を見守る。焦っても恐れても、それに驕っても上手く行くことは無いだろう。


 傷だらけで何とか戦線を保っている、敵の増援が現れるのは払暁といったところだな。ではそこが赫将軍の出番と言うわけだ。


 目を閉じて少しでも体の負担を減らす。覚醒はしていてもこうすることで疲労は抑えられる。


「陸司馬、二十で劣勢を支えてこい」


「御意!」


 主将である俺が言わずとも維持は出来るか。あたりを見る、親衛隊が百程が総予備になっている。動かす時は最後の最後、勝負の分かれ目。


 推移を見守り数時間、そろそろ夜が明けるころ。


 すっと立ち上がると遠くを見つめた。


「ご領主様?」


「これが最後の攻撃支援だ、親衛隊百は俺について来い」


 矛を取ると騎馬してぐるりと囲まれた陣地を見て回る。


 南の攻勢が弱い、各方面に次席の指揮官が居る感じだろうか? バラバラに戦っている、この頭脳をもう一度失えばそこの兵は退くしかなくなる。


 太陽が昇るまで一時間程、敵の本陣から距離を隔てた戦場で俺が出来ることは、増援を可能な限りこちらへ引き付けることだ。


「どうしてお前がここに居る」


 百の親衛隊を率いる将が李項なことに気づく。後方は李信が代わりに臨時で指揮を執り、こいつは休んでいたはずだが。


「赫将軍ならばこの機に必ずや勝利をもぎ取りましょう。ならば自分が一番お役に立てるのはあと数時間、休んでなど居られませんので」


 どいつもこいつも成長が早い、若いうちの経験は人を大きく育てるわけだ。


「……南陣の武将を切り取る、時間制限は朝が来るまでだ」


「では朝飯前に済ませてしまいましょう。親衛隊、出るぞ!」


「応!」


 有無を言わせずに李項が先頭に立つ。将軍としての身の振り様が板についてきた、それが嬉しいようでもあり、無理やりに戦場に立たせてしまったという、考えてしまう部分でもあった。


 俺が引っ張り出さなければ、普通の民として幸せな家庭を築いていけただろうに。いつ死ぬのかはわからないが、せめて家族と側に居られた方がどれだけ良かったか。


「さっさと終わらせるとしよう」


 鉄騎兵の一団が篝火と篝火の間に姿を浮かべる。外を向いて踏ん張っていた歩兵が振り向いて一瞬驚くが、鉄騎兵の視線が敵へ向いているのを見て安心した。


 五騎が横に並んで矛を構えた。中央に身を置く李項が「俺に続け!」駆けだすのを待ち前へと踏み出した。


 下り坂を巨体の鉄騎が下る、それを止める手立ては存在しない。馬にはねられて仰向けにひっくり返ると、運が良い者は蹄で体を踏み抜かれて即死する。そうでない者は悲鳴を上げてあと数秒の命を恐怖で染める。


 五騎十列の破滅的な突撃であっさりと烏丸兵の群れが貫かれる。ここに大将がいるぞと示している大きな幕が程なく見つかる、そこへと馬首を向けるころにはあたりはすっかり敵に囲まれていた。


「こうもお膳立てをされて抜けないようでは俺も木偶の仲間入りだな。李項の隊を囲んでいる奴らの背を抜けていくぞ!」


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