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「拝領致します!」


 個別に兵を指名して集団を形成すると城へ向かい林を抜けていく。やがてその姿が見えなくなった。


 俺は開門を待って攻撃出来るように兵を伏せておくか。近すぎても遠すぎても役目を果たせない。


 もし赫将軍が無実であっても罪を受け入れると言うなら、それを尊重しよう。そうでないならば、俺は全力であいつを支持する。



 陽も暮れて城外でかがり火が焚かれる。数はざっと見たところ五千は居るだろう、城兵は千も無いよくぞ持ちこたえているものだ。


 逆茂木でバリケードを作ってあり、内側からは簡単に乗り越えられない様に出来ている。


「鉄鎖を繋ぐ準備をさせておけよ」


「御意!」


 李封が李項の代理で侍っている、部隊への指揮はそれで全く問題なかった。騎馬の金具を点検し、十騎に特殊な装備を行う。


 戻ってこないってことは李項は城内へたどり着いたはずだ。赫将軍なら即断する、どちらを選ぶにしても。


 月は明るい、満月は明日か明後日だろう。こちらが見えているんだ、あっちだって同じだな。


「ご領主様、城壁の上に居る兵ですが違和感が」


「なに?」


 指摘されて暗闇の中で目を凝らしてみる。はっきりとしないが、何と無く小柄な気がするな?


 案山子でも置いたか、或いは住民が偽兵として協力したか。では兵士はどこへ行ったか、決まり切っているな。


「総員戦闘準備だ」


 今頃城門内側で機会を待っているに違いない。俺が動けるかどうか、そんな心配をしているかも知れん。


 城壁の四隅で松明がグルグルと回されるのを見つけた。


「始まるぞ、ここから先はもう止まらんから覚悟をしておけ」


 木が軋む音、城門がゆっくりと開かれた。近くに居た魏兵が異変に気付き声を上げる。


「や、夜襲だ!」


 満足に見えはしないが、人の姿形くらいははっきりと見える。


「血路を開いて突破するぞ!」


 城内から兵が繰り出してきて、包囲している軍へ切り掛かる。少数で籠城していてもいずれ食糧が尽きて敗北するのは解り切っている、それでも籠っていたのは赫将軍の身の振り方が決まっていなかったから。


 一族郎党全て処刑と言われたら、最早こうするしか道は残されていない。


 二重、三重に防壁を構えて逃がすまいと押さえ込む。少し頑張っていれば近隣から増援が見込める為、包囲軍は頑強に抵抗した。赫軍の勢いが弱まる。


「北へ抜けるつもりのようだな。俺は西から側面をぶち抜くとしよう」


 戦場への進路を確認する、これといった防備は無い。部隊が散見されるが、重騎兵を止められるような兵種は存在しない。


「李別部司馬、赫軍の左手から魏軍を蹴散らし合流だ。逆茂木も鎖で引っ掛けて除去するんだ。行くぞ!」


「はい、ご領主様!」


 騎馬を速歩で進め、林から城外の平地へと姿を現す。月明かりを反射する矛の輝きに気づいた兵が「な、何か居るぞ!」目を凝らして指さす。


 少数の部隊が振り返り警戒するが、それを無視して駒を進めた。


「押し通る!」


 重装騎兵が真正面から突撃をかける、歩兵が吹き飛ばされて転がった。まるで何事も無かったかのように直進し、右手の方へと馬首を向け、包囲軍の右側面を捉える。


「手槍投擲!」


 吊るされている短めの槍を取ると、一斉に放る。そのまま勢いを殺さずに騎馬で体当たりをした。李別部司馬の指揮で激戦区に参戦する。


「二列目、進め!」


 物凄い破壊力だな!

 一騎で五人を弾き飛ばす。恐怖している兵を矛でなぎ倒すと雄たけびを上げる。

 俄かに注目を集めた。


「友人の一大事に駆け付けた! 赫将軍はどこだ!」


 歩兵をなぎ倒して大声を張り上げる。熱したナイフでバターを切るかのように、ごっそりと防備を切り落とす。


「島将軍!」


 騎兵を従えて赫将軍が近づいてくる、傍には李項の姿もあった。


 五体満足無事のようでなにより。


「話は後だ、まずはこの場を切り抜けるぞ!」


「北の草原を抜ければ魏の影響が弱まります!」


「解った。赫将軍、包囲の突破は俺に任せろ。李項、敵陣を突き抜け!」


「御意!」


 半数を指揮して李項が歩兵の防壁を突き崩す。鉄騎兵の波状突撃、地鳴りがして、さながら人が抗えない天罰を下しているかのようだ。


「む、無理だ、逃げろ!」


「刃向かう奴を叩き潰せ! 今こそ我等親衛隊の存在を示せ!」


「応!」


 兵を激励し士気を向上させる。いつも以上の勇気を出すと、より以上の力を発揮させた。


「走れ! 止まるな!」


 赫将軍が歩兵に声をかける、全員が騎乗することは出きない、そのせいで魏軍を突き放すことが出来ない。


 少し距離を稼がせるか。


「赫将軍、追っ手を蹴散らして来る。直ぐに追いつくから先に行くんだ」


「恩に着ます島将軍、このお返しは必ずや……」


「気にするな、俺はこうしたいから今ここに在る。李項、ひと暴れするぞ!」


「はい、ご領主様!」


 親衛隊をまとめると後ろに向かい馬を駆ける、追撃してくる奴らと衝突した。騎馬同士がぶつかると流石に重騎兵も転倒する、落馬した兵を背に庇うと横陣を形成する。


「これより先には行かせん!」


 揃いの鉄鎧に鉄騎、一体どこから湧いて出た邪魔ものかと憎々し気に睨みつけてきた。


「貴様、何故邪魔をするか! 我等は皇帝陛下の命で罪人赫昭を捕えにきている、お前らも同罪とみなして処罰するぞ!」


 最大限高圧的に出て、抵抗する意思を削ごうとの腹積もりが透けて見えた。魏の臣民ならば大なり小なり効果はあっただろうな。


「俺は友人を助けに来ただけだ。やれるものならやってみろ!」


 大喝する。馬上から啖呵を切って矛を突きつけてやった。


「おのれこの逆賊めが! 一族皆殺しにしてくれるぞ!」


 わなわなと身を震わせて怒りを露わにする。歩兵が追いついてきてかなりの数になってきた。


「虎の威を借る狐が喚くな! そうまで言うならお前がやって見せろ!」


 偉そうにしている奴に矛の先を向ける。魏兵が大将をチラチラとみているが、憤るだけで掛かっては来ない。


「お前が来ないならこちらから行くぞ!」


 馬の腹を蹴って襲い掛かる。群がる歩兵に矛を付け、右に左に振り回して死体の山を築く。


「ええい、貴様一体何者だ!」


 じりじりと後ずさりながら負け台詞を吐く。ついおかしくて笑ってしまった。


「姓は島、名は介、字は伯龍、よく覚えておけ、お前を殺した男の名になるぞ!」


「な、島介だと!?」


 完全に戦う気持ちを失い背を向けて逃げ出していく。それを一直線追った。


「木っ端が、俺を舐めるな!」


 両手で矛の端を握ると頭上でぶんぶんと振り回し、近づく兵を全て吹き飛ばす。大将の近くにやって来ると、そっ首を跳ね飛ばした。


「まだ刃向かう奴が居るなら相手になるぞ!」


 大将を失った魏兵は散り散りになり逃げだしていった。鼻で笑うと「赫将軍を追いかける」短く方針を示す。


「後衛はお任せを」


 部隊を二つに分けると、李項が後方を警戒しながら戦場を離れた。知らない道を行ったので、どのあたりなのか全く解らなくなる。


 やがて一行の姿を認め合流した。


「暫く追っ手は掛からんはずだ」


「島将軍」


 赫将軍を始めとして、全員が下馬すると拳と手の平を合わせて礼をする。一族滅亡の危機を回避出来たと。


「もとはと言えば俺が赫将軍を無理矢理引き留めたせいだ。迷惑を掛けさせてしまった、すまない」


「何を仰いますか! 残念なことにはなりましたが、もう心残りは御座いません」


 魏への忠誠は完全に失われた。これからどうするかといったところだが、まずは安全な場所を確保して皆を休ませなければならない。


「そうか。腹が減っては戦は出来ん、どこかで早めの朝飯にしようじゃないか」


 東の空がうっすらと白み始めてくる。


 何とも言えん気持ちだ、だがこういうのは嫌いじゃないんだ。



 朝食を採り山間の細道で島・赫軍の兵らが出発の準備を整える。休んでいる時間は無い、少しでも早く動いて行方をくらませる必要があった。


 赫昭の兵は多かれ少なかれ負傷していて、疲労が色濃い。だがここは頑張ってもらうしかないぞ。


「どうするつもりだ」


 根拠地を捨てて糧食も僅か、このまま野盗にでもなり下がると言うならば残念だ。


「兵等にも家族があります。ここで解散し、それぞれが思う道を歩ませようと」


 武装を解いて帰郷するならば、流石に罪は問われない。部将ともなれば別だ、赫一族は皇帝から処刑の命令すらでている。


「そうか。ではまず兵の意志を確認すると良い」


 両腕を組んで目を閉じる。赫軍が集まり、赫昭の想いが吐き出された。涙を流して悔しがる者が居る、拳を握りしめて耐える者が居る、大声を出して膝をつく者が居る。


 養っていけるだけの何一つ残されていない赫昭にはどうすることも出来なかった。


 乱れはするが誰一人この場を立ち去ろうとする者は現れない。


 俺が全て引き受けても良いが、それは恩の押し売りだ。生き延びて行けるだけの術が得られる地はこの近くにないものだろうか。


「赫将軍」


 いつまでもここにとどまっているわけにも行かないので、結論を出させる。


「皆戻ることを拒み、かといって留まることも出来ず。ならば進むしかありません」


「ではどこへ?」


「ここより北へ行った場所は、魏の統治官が赴任すら出来ない蛮地。そこを攻め取ります」


 蛮地を切り取るか! それならばやりようはある。


「俺も共に戦おう」


「ですが島将軍」


「言ったろう、敵味方、切り合いになろうとも友であると。友人の苦難に共にあろうとするのは間違いだろうか?」


 そうすることで得るモノが極めて少なかろうと、それでも俺は助けてやりたい。


「ありがたく」


 じっと瞳を覗き込んで感謝を示す。三日も放っておけば空腹で朦朧としてくるだろう流浪の集団、全てを失い残すは己の命のみ。


 軍をまとめると、二人は轡を並べて先頭を行った。丸一日行軍をして、土壁で囲まれた街が目に入る。


「あれが武州の代城です」


 ボロボロの城壁、顔色が優れない住民、濁った空気。木陰から顔を出しているボサボサの髪の男がこちらを睨んでいる。


 治安は最悪、暮らすもやっとで価値は低いわけか。


「一気に乗り込んで頭目を切り伏せよう」


 盗賊のアジトだろうと断定して、頭目と表した。赫将軍も頷き兵に声をかける。


「城に巣くう賊を退治する! 者ども、我に続け!」


 矛を突き上げると馬を駆けさせる。千の歩騎が一直線進んでいった。


 伏兵があるはずもないが、何かしら罠がある可能性までは否定できん。


「俺達は西門から突入するぞ」


「はい、ご領主様!」


 鉄騎兵は左へと進路を変えて地響きをさせながら進む。


 これといった兵気は感じられん、戦闘ではなく制圧後の小細工に注意だ!


 毒を水源に投げ込まれたり、屋根裏に忍んでいて夜中に暴れられたりか。


 実戦指揮は李項に任せてしまい、不慮の事態についてのみ思案する。住民の動きに不審部分は無いか、周囲の林に変化は無いかを観察した。


「抵抗する者は切り捨てる! この城の主はどいつだ!」


 大声を出して城内を触れ回る、これで姿を見せなければ捨てたと同義。小一時間城内を探し回るが該当者は現れなかった。


 『赫』の軍旗を城壁に打ち立てて制圧したことを知らしめる。


 おかしい、この程度なら魏の県令が赴任していたはずだ。


「赫将軍、周辺に別の勢力があるのでは?」


「支城として扱われていたのなら、ここに将が居ないのも納得いきます。偵察を放ちます」


 城門を閉ざして防備を整える、戦闘物資を集めて交戦に備えさせた。住民は不安な表情を隠せずじっと赫軍を見ている。


 北の異民族、孔明先生が懐柔したというのと同族だろうか? ここで接触を試みれば、来る戦で警戒されて織り込まれてしまう。


 様子を見る為に一日城に滞在する。斥候が戻って来たと声を掛けられたので、李項と共に赫親子の幕に入る。


「島将軍、北東に蛮族の一団が見つかりました」


「やはり何か居たか。規模の程は」


「凡そ一万。こちらの侵入に感付いた頃でしょう」


 縄張りに踏み込んできた者が居たらどうするか、簡単だ、そいつらを排除する。全滅させて死体から全てをはぎ取る位はするだろうな。


「この城では支えきれんぞ」


 防備が整っていれば三倍、堅城と名高い城なら五倍を凌げる。暮らしを捨てて補給を度外視した要塞ならば、十倍を跳ねのけることも出来るかも知れない。


「守ることが出来ないなら攻めるのみ。こちらから乗り込んで、首領を切り伏せれば大人しくするでしょう」


「攻め込むか!」


 さすが赫将軍だ、わざわざ来るのを待っている必要はないからな!


 地理不案内、多勢に無勢、負傷者を多数抱え、糧食は残り僅か。こんな最悪の条件でも心を強く持ち、士気を失わないのは間違いなく赫将軍の人となりだな。


 無い物ねだりとは言え、隠し持っている奴もいるはずだ。


「李項、携行している銀銭を代価に、住民から糧食を集めろ。奪い取るような真似はするな、毒を混ぜられるぞ」


「御意」


 売り渡したいと思わせることが肝要だ。少量ずつ毒見をさせて、全て確認した後に収容するように詳細を付け加える。


「二日分位は出て来るだろう。赫将軍、短期戦で全てを整合させるぞ」


「敵将と一騎打ちで」


「本陣への突破口は俺が作る。勝利はその手で奪い取るんだ」


「前進か死か。己の生きざまを見届けて貰いたい」


 命がけ、その覚悟を受け二人が声を合わせて代城を出撃したのは翌朝一番だった。



 低地山脈、木々が生い茂りけ獣道が申し訳程度にある。蒸し暑さは草木が吐き出す水分のせいだろうか。


 空は雲が半分、青空が半分。濃い緑の匂いでむせ返りそうだ。


 一度離れたら連携はまず無理だなこれは。互いを見失わない様に戦うか、最悪先ほどの代城に戻るにしても敵が分散しては追い切れない。


「魏がこのあたりを制圧できなかった理由に、決戦場が少ないというのが御座います」


 赫将軍が同じことを考えていたのか、そのように敬意を説明してきた。


 軍同士の戦いは勝敗を決するのに少なからず場所と言うのが求められる。互いを認識してぶつかり合う広さが無ければ戦いにならない。


 後世のような隠密の戦いはあったにしても、情勢を決定的にするには未だ弱かった。情報の伝播が遅く細いので、対抗策を用意する時間差が出来るからだ。


「逆にいうなら本陣は薄い。見付けさえすれば勝機はある」


 異民族であって盗賊ではない。見た目は同じかもしれないが、扱いを間違えてはいけない。それに時代もだ。


「私は首領に勝負を挑もうと考えております」


「名乗りをあげてか……」


 決闘、殺し合い、頂点に立つ者が避けては通れない挑戦。無論それを受けずとも構わないが、異民族の性質からして弱者とみなされ今後統率していくことが困難になるだろう。


 少なくとも知らんふりは出来んわけだ。代理で側近が受けたとしてもな。


「それをするにしても本陣を探すのが前提になる。こんな場所で散開したらもう合流も難しい」


「こうやって解決しようかと」


 馬の背に積んである荷物から油の染み込んだ布を取り出した。


「山火事か。避ける為に動きを見せるな」


 延焼するほど枯れてない、煙は出るだろうが火の回りは悪くなる。だとしても傍で火事があれば離れるのが当たり前か。


「ここの火と次の火を目安に集合を。水辺があればそのあたりが戦場でしょう」


 平地の河ほど深さも幅も無い、小川くらいの話だ。鉄騎兵の突撃力が削がれるのは今回仕方なしだな。


「軍の統制力を見せつけてやるとしよう」


 百の部隊を複数造り森を進ませる。俺の隣は李従事か、役目は負っていないが目を配っておく必要はある。


 前に出過ぎないように作業時間を考えてゆっくりと動く。


「ご領主様、煙が上がっています!」


 一カ所二カ所と油を燃やした黒い煙が上がる。少しすると白いものにと変わり、あちこちで煙が上がり始めた。


 このあたりが中央か、前の方にも煙が上がったらそれが敵の位置だな。


 獣は人の気配を感じて姿を見せん、こちらのことは敵の密偵に見られていると考えるべきだろう。


 腕を組んだまま馬上で時機を待つ、慌てて動く必要はない。


「李封、もしお前が正体不明の敵に追われていたらどうする?」


 我が身を相手に置き換えて考える、これは時代が変わろうと使える思考回路だ。こいつらにはそういうことを覚えて貰いたい。


 少しだけ黙り考えを巡らせると「敵が何者で、何が目的かを調べます」核心を部分を射抜いてくる。


「そうだ、彼を知り己を知れば百戦殆うからず。自分のことだけを知っていても、相手を知らねば勝負は良くて半々でしかない」


 ということで今の俺も不完全極まりない。自身の手で相手が何かをしっかりと知る必要があるな。


 何を言わんとしているか、李封も命令を受ける前に部下を派遣して偵察を出す。戦いの主役は赫昭だが、俺達も直接刃を交える、手加減もなければ慢心もせん。


 じっと待機する時間が続く。やがて複数の煙が別の場所から立ち上って来る。


 ピーっと何かが木霊した、警笛の類。


「島将軍、目ぼしい者を探し当てた合図です」


「そうか、では行くとしよう」


 手前の煙と、遠くの煙を繋ぐようにして進路をとる。するとそこへ騎兵が駆けてきて、李封のところへと戻る。


 赫将軍には遅れたがきっちりと自分の仕事をしているようでなによりだ。


 部下の報告を受けて近づいてきた。


「ご領主様、敵は太原烏丸族を名乗る北の異民族、族長である単于は赫雷です」


「赫雷だって?」


 ここでまさかの同族疑惑だ。どれ一つ確認しておくとするか。


「赫将軍、烏丸族の長が赫雷と言うそうだが知っているか?」


「いえ。ですが我が家はかつて帰順した烏丸族の子孫と伝え聞いております」


 烏丸族の赫大人が二百年程前に漢に降り、長城の内側に暮らす場所を与えられた、それが赫一族の始まりらしい。


 決まった姓が無いので、その時の長の名前を姓にそのまま使った。単純な考えだが欧米でも日本でもそれは変わらんからな。


「世襲制か?」


「烏丸は違います。皆をまとめられる者が長となり、より大きな集団を率います」


 それは自然発生的な統率を示している。英雄が産まれれば巨大な部族へと発展する、チンギスハーンのような人物が現れれば、多くの国をひとつにするほどの力を持つ。


 前提条件として力が無ければならないが、その上で皆を率いるだけの人望がいるわけだ。


「武力だけでは上手くないが」


「全ては勝った後の懸念ゆえ」


「それはそうだ。まずは勝つ、その後のことはなってから考えよう」


 実際恐怖政治と呼ばれるようなことをしても短期間ならどうとでもなる。生き延びる準備をするだけの時間稼ぎ位は出来るだろう。


 煙が登っている場所が見渡せるところまで進んで来ると、散っていた兵が待機していた。


 未帰還の者を集めてから追いつくようにと少数だけ残し、全体は固まって移動したという集団を追う。


 互いの軍旗を掲げ、ついにはなだらかな丘と丘の間にある低地を挟んで対峙する。


 騎兵が多い。半数以上が騎馬している兵で、日常的に馬の上で過ごす者が多いのだろう、乗り慣れているのが遠くから見ても解る。


「これは手強いぞ」


 親衛隊の騎乗能力では大人と子供の差があるだろうな、俺だって怪しいものだ。こんな時のための秘密道具、精々活躍してもらう。


 味方から数騎が出る、赫昭に赫凱などの主将だ。烏丸からも同数が進み出て、互いを値踏みするかのように見る。


「私は太原郡の赫昭、代城をもらい受ける!」


 挑戦するように大声を出して簡単な名乗りを上げる。もう魏だとかなんだとかは口上に乗せる気はないらしい。


「太原烏丸単于赫雷だ。このあたりは我が住処、くれと言われて渡すわけにはゆかん!」


 当然拒否の返答をする。戦いをするための流れを作るのだ、ここでいいよと言われても困ってしまう。


 双方の兵が号令を待っている、もし待てずに動くようなら味方に引き倒されても文句は言えない。


「大将の赫昭が勝負を申し込む!」


 矛を片手に胸を張る。赫軍から威勢良い応援の声が上がった。正面からやって戦えば負けるわけが無い、兵らはそう信じてついてきていた。


 烏丸の視線が赫雷に集まる。年齢は三十歳あたりだろうか、若く巨躯は筋骨隆々とした武人だ。世襲でないならば自力で上り詰めた実力者ということになる。


 一方で赫昭は五十歳前後、この時代であっては老年域。食糧事情も相まって、普通に考えて著しく体力面での不利は避けられない。


「老いた弱将を切っても何の誉れも無い。その心意気を称賛し代理を認めてやる」


 おおっ、と烏丸がどよめいた。どういうことかと側近に尋ねてみると「烏丸では若者を尊び、老人を蔑むという風習が御座います」などと返答が得られた。


 うーむ、それではいつまでたっても一定の規模を出て成長しない組織にしかなれんぞ。


 経験こそ宝だ、若さは若さで一つの魅力なのは解るが、そいつはいただけない風習だ。


「父上、ここは某が!」


「凱、お前はこの私があのような小童に劣ると思っておるのか」


 険しい表情になり詰問する。そういわれては赫凱も言葉を返しづらい。


「あの程度の小物なら自分でも充分。父上のお手を煩わせるほどのことでは御座いません!」


 ここで見送って赫昭を失いでもしたら全てが終わる、赫凱の心づもりが痛い程わかるぞ。とはいえ赫昭が戦わなければならないのも解る。


「黙ってそこで見ておれ!」


 馬の腹を蹴ると単騎で中央にある窪みへと進んでいく。こうなっては無理に引き留める訳にもいかずに言葉を飲み込む。


 がちゃがちゃと武装をならして赫昭を送り出した赫軍、揃った掛け声が大将の背に届く。


「良かろう、この赫雷が直に刃をつけてやろう。覚悟しろ!」


 革の鎧に装飾品、胸板の厚さは遠目にもはっきりと赫雷の方が分厚いと解った。騎馬の歩みを速めると一合切り結ぶ、鉄が擦れ合う鋭い音が耳に入る。


 すれ違うこと数回、今度は同じ向きを走り突いては薙いでを繰り返した。


「荒い動きをしおって、それでは私には勝てんぞ!」


 紙一重でかわしては急所を狙って攻撃を繰り出す、かわせず守らなければならない角度や速さでの攻めが二度、三度と続く。すると今度は力任せに攻め、休みを与えない連撃で赫雷が押す。


「小手先の技で我を倒せるものか!」


 押しては退き、避けては詰める。息を飲む戦い、赫昭のスタミナが限界を迎えようとしていた。肩で息をして汗びっしょり、これ以上はもう続けられそうにない。


 ぐっとこらえていた赫凱が馬を駆けさせると、赫昭の目の前に割って入る。


「赫昭が一子、赫凱が相手だ! 父上はお下がりを!」


 馬廻りの者が二騎駆けてきて、半ば無理矢理に退場させる。


「雑魚がいくら出てこようと我に敵うはずもなかろう!」


 矛を操り連戦の疲れも見せずに赫雷は激しい攻めを見せる。あまりの攻勢に防戦一方、腕前の差がはっきりと見て取れた。


 気持ちだけでは戦いは勝てん。赫雷、見事な武将だ。


 烏丸族は己が戴く主の強さに沸いた。最強の名をほしいままにしている、あの巨大な魏ですら支配を進められないのはこの赫雷が居るからだと刻む。


「むむむ……」


「どうした赫凱とやら。その程度か?」


 大振り。あまりにも重い一撃に、矛を取り落としてしまい馬首を返す。歯を食いしばり悔しさで一杯の表情を浮かべて逃げ出してしまう。


「見ろ背を向けて逃げ帰ったぞ!」


 烏丸族が笑い声をあげる。赫軍は反対に意気消沈しそうになっていた。


 これが一騎打ちの効果と言うことだ、俺が出ても好いものかね。


「他に挑む者はいないか!」


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