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2

 身なりが整った装備をしているせいで、すれ違った雑兵などは頭を下げて行ってしまった位だ。


 見張りが居て屋根がある場所に物資はある。


 四人が立哨している場所を見つけると、長を探して目の前に立つ。


「ご苦労だ、交代するから休め」


 余計なことを言わずにそう命令した。


「交代は夜明けと聞いておりますが?」


 話と違うが大声を上げて警報をならすこともしない。油断大敵だぞ!


「そうか、では間違った」


 手にしている槍で不意に喉を貫く。残りの三人も訳が分からないうちに絶命する。


「布を被せて火をつけろ、油をまくのも忘れるな」


 持ち帰ろうとはせずに使用不能にすることで満足する。目的は継続戦闘能力の減少と、味方の士気の向上だ。


 着火を確認すると一団のまま悠然と歩いて離れる。急げば不審者だが、こうすれば見回りに見えるものだ。


 やがて燃え上がると闇を照らす。騒ぎは大きくなり火事が広がっていった。


 陣の外側にまで来るとついに誰何され「お前達どこの隊だ?」後続の足を止めて自身が応じる。


「我等は島隊だ。悪いが押通る」


 槍を突き出し歩哨を亡き者にする。もう一人の男が「敵襲!」叫んでから夜を去った。


「駆けるぞ!」


 警備の姿が薄くなった場所から突如駆け出す。姿を指差して追い掛けるよう命令が出るが、何せ同じ様な速さでは捕捉できようはずもない。

 のろのろと追跡する奴等を尻目にまんまと逃げ帰ってしまう。


「隊長こっちです!」


 保塁の上から縄を下ろして引き揚げるのを手助けする。頭数を確かめるときっちり全員が居た。


「敵の物資を焼き払ってきた、俺達の手柄だ!」


 夜襲部隊が歓声を上げた。なんだなんだと起きてくる兵らが、吉報だと知って唱和する。敵陣が明るくなっていた、炎は暫く消えることなく揺らめいていた。


 夜が明けて後に朱軍は梅城を再度囲んだ。先日とは違ってかなりぴりぴりとしている。


 やられっぱなしで頭にきてるんだろうな。今日は全力で攻めて来るだろう。


 ジャーンジャーンと金属音が鳴り響く。歩兵が四方から歩み寄り、後ろでは石弓が構えられて城の側面に集中射撃してくる。


 守っているのは正規兵、盾を持っていないので数人が矢を受けて城壁から転落する。倍の数が負傷して一気に戦力が失われた。

 

 これでは押し込まれる!


「二十長、側壁の増援に向かえ!」


 数さえいれば現場で何とかするだろう、予備を充てるぞ。うーん、足りるだろうか?


「もう一隊行け!」


 控えている予備をもう一つ走らせた、お陰であっという間に余裕なしだな。


 寄せて来る歩兵がハシゴを駆けて壁に攻撃を仕掛けて来る、防戦するも一部で城壁に乗り込まれる。


「隊長、こちらにも来ます!」


「砂を投げつけろ、熱湯をまけ! それでも来たら三人で一人と戦うんだ!」


 他所を気にかけているうちに数で圧倒された箇所が接近されてしまっていた。


 堡塁に侵入されるぞ!


 幾ら防御を固めていても、近接戦闘で絶対はない。


「必ず複数人であたれ!」


 繰り返して叫ぶ。ふとしたことで頭から抜け落ちることはある。何度でも何度でも呼びかけてやれば、いずれは馴染むだろう。


 だからと技量の差は決して埋まらんぞ。


 敵の生き残りが徐々に増えて、堡塁の半分程が占拠されてしまった。


 民兵の限界か、ここは俺がやるしかない!


「俺が出る!」


 護衛の正規兵四人を連れて、どこが敵の急所かを見定める。


 あいつが軸か。登ってきた奴らの中で一番階級が高そうなやつを見つけて駆けた。


「この位で勝たせはせんぞ!」


 巨体を活かして力任せに槍を振り回して敵兵を弾き飛ばした。文字通り吹き飛ばされて転落する兵士が注目を浴びる。


 そのせいで多くの敵がこっちに殺到して来る。


 この強烈な殺気、だからとむざむざとやられはせん。


「まとめて掛かってこい木っ端共!」


 腹の底から大声を上げて迎え撃つ。


 槍を振り回すと首に当たった男がその場に倒れた。隊長を守ろうと割り込んだ男が尻もちをつく。

 

 隙を逃さずに全身に力をみなぎらせて渾身の一撃を繰り出す。指揮官の胸を貫いた穂先が背中から覗いていた。


 即死だ、槍をくわえたままその隊長は転げ落ちていく。


「残敵を追い落とせ!」


 護衛から新しい槍を受け取り命じる。民兵が士気を回復して一気に攻めかかった。


 折角拠点を占拠していた敵だが、転げるようにして逃げ出していく。


「柵を建て直せ、死体から装備を剥ぎ取り下に捨てろ。負傷者は控えと交代しろ、態勢を整えるんだ!」


 辺りを伺うが城壁に上がった敵も数少なくなり勢いが弱まる。


 これならなんとかなるか?


 敵の被害が二倍なら城は簡単に陥落する。三倍でも対等といえるだろう。五倍の被害を与えることで、ようやく手出しを躊躇するようになるものだ。


「隊長、さっきのやつがこれを持っていました」


「黒い判子だな」


 印綬と呼ばれる判子と紐だ。色や刻印されている文字で立場を示す、命令を発する為のもので身分証明の類でもある。


 そのような品を身に着けるくらいに高位の人物だったらしい。


 太鼓の音が聞こえる、陽が沈んでまた撤退するようだ。流石に今晩は警戒するだろうな。


「見張りだけ残して城内に退け。今夜は休むんだ」


 劉県令から特別な恩賞として部隊に酒樽と肉が与えられた。部下が大喜びで飛びつく。


 功績をきっちりと評価してやれば兵は動く。


 時代を越えた真理に頷いて自らの後ろにある旗を見上げた。


 『梅』『島』の二種類を下賜された、これで一端の部隊だと公言することが出来る。


 それから二日。敵は動くことなく包囲を続けた。外で何が起きているかは全くの不明、そこへ白旗を掲げた軍使がやって来る。


「何用だろうか」


 前に出て用件を尋ねる。使者を粗略にしないという信義は持っていると示す。


「朱預章太守のお言葉を伝えに参りました。諸葛殿は預章を退き今や劉県令が殊更命をはる理由は無くなった次第。降伏の折りには忠義を全うした件を高く評価するとの仰せです」


 こっちの太守が破れたか!


 事実かどうかは解らない、しかし自身の権限範囲を越えていることははっきりとしていた。


「劉県令へ報告するゆ、その場で少々お待ちいただきたい」


 自身は劉校尉へと報告を上げた。それを聞いて県令へと注進する。


 暫しの時が流れ、仕方なしと開城の運びとなる。強い者に降るのは当然で、城を守り切ったなら名誉は守られた。


 戦いに勝った中で降伏と言われても釈然とせんが、これが戦争というやつだ。


 王従事が騎馬したまま入城する。門のところでこちらにやって来て馬上から声を掛けて来た。


「島佐司馬よ、中々の人物だ。どうだ朱太守に仕えんか?」


 父親は朱雋将軍――黄巾の乱の英雄で子息も高官に登るのは間違いない。そう背景を加えた。


「お誘い有り難く思いますが、我が主は劉県令。慎んで遠慮させて頂きます」


 裏切るような真似は出来ない、抗戦するならば最期までつき従うと返答し断ってしまう。


「その意気や良し! 忠こそ武人の誉れである。これを受け取れ」


 手にしていた槍を差し出して来る、ずっしりとしていて逸品なのが感じられた。


「有り難く頂きます」


 結果、太守が変わって勢力が駆逐された。阿葛はいつのまにか姿を消してしまう。


 意識が遠くなる! これは……


4/5/6


 見渡す限りの山河、自然が広がる景色と澄み渡る空気。気が付くとまた草むらに転がっていた。


 頭がクラクラする、ここはどこだ?


 どこを見ても大自然、自身は農民のようなボロの布を着ている。


 硬いものが懐にある、小さな布にくるまっていた。なんだこれは?


「貴様、そこで何をしているか!」


 革の鎧を着た小柄な男達が槍を向けて来る、記憶が急激に思い起こされる。


 ああ、そうだった。あの時代だったか。


「気絶していた、ここはどこだ?」


「怪しい奴め、捕えろ!」


 問答無用。抵抗するようなら叩きのめすくらいはするだろう。しかし大人しくしていると縄をかけて来た。


 置かれた立場がはっきりとしない。


「なあ、なんで武装してるんだ?」


 戦争装備のように見える、普通の警備兵ならこうも立派なものをつけてないはずだが。


「警備隊だからだ、お前はそんなことも解らんのか?」


「全然記憶が無くて。どうしてここに居るかも。名前は島介。元は梅県の佐司馬だったはずだが……」


 五人が訝しげにこちらを見ている。だったはずもないよな、でもそうなんだよ。


 体格が異様に大きい不審な男、警備隊が対象にするのはまさにこういう輩だろう。


「軍侯に取り次いでみよう」


 連れていかれた陣地で取り調べを受けた。どれもこれもはっきりと答えることが出来ずに、懐にあった布も取り上げられた。


 それっきり土牢に閉じ込められている。


 よくわからん、何かしら解るまでは黙っていよう。


 食事だけは与えられた。じっと待つこと三日。上役が様子をみにやってきた、髭を生やした利発そうな人物だ。


「島とやら、しおらしいな」


「待っておるゆえ」


「何をだね?」


「解りません。ですが必ず訪れます」


 それが人かモノかは俺も知らん。あぐらをかいたまま背筋を伸ばして正面を見る。


「ふむ。私は廖紹だ、少し歩かないか」


「そうさせて頂きます」


 扉が開くとゆっくり外に出る。性急な動きはしない。廖紹よりも頭二つは軽く大きい。


「良い体格よな」


「体格は生まれつきです。大切なのは心です」


「どのような心かね」


「己と仲間を信じ抜く心。つい最近再確認してきました」


 変なことを言うやつだなと感じさせた。少なくとも急に暴れだすことはしなさそうだ、廖紹は護衛を数人だけ連れて歩く。


「仲間などおらぬようだが」


 助けに来るような兆候はなかった。様子を見ていたのはそれらしい。


「そのようで。もし居たとしても、童一人しか浮かびません」


 あいつちゃんと生きてるかな。逃げのびてくれてれば良いが。


「そうか。……孤独な身ならば私に仕えんか?」


 護衛にするならばうってつけだなと持ち掛ける。


「私の最後の主君は梅県の劉県令、そしてその上の諸葛太守です。申し訳無い」


「そのような昔の者に忠義立てを! ふむ……だが、ならば問題はあるまい。私の主君はその諸葛太守の甥だ、義理は通る。これも天命ではないかね?」


「甥? そうですか。一言だけでもご挨拶させていただけないでしょうか」


 昔の話、か。するとあれから十年は経つんだろうな。


 鏡を見てもそこまで年老いた感じはない。三十代前半あたりか?


 空を見上げる、透き通るような晴が極端に少ない土地だった。



「ついて参れ」


 衣服を与えられた。身形を整え廖紹の後ろをついてゆく、剣は履いていない。頭を垂れて主座を待つ。


「廖主簿、良くきた。其奴が引き合わせたき者か」


「はい丞相。中々の好漢ゆえ麾下に加えたく。この者、諸葛太守、劉梅県令の忠義の士で御座います」


「双方面をあげよ」


 二人が格式張った感じで顔をあげる。豪奢な椅子に中年の男が座っていた。左右には護衛武官が侍っている。


「む!」


「丞相、いかがなされました?」


「そなた、名を何と申す」


 問いかけを無視してこちらに訊ねて来た。


「島介、東海島の生まれです」


 丞相と呼ばれた男が盆にあった布を手にして尋ねる。


「これはそなたの物か?」


 懐にあった布だ、中身は知らんよ。


「記憶がありませんが、それだけを携えてこの地で意識を取り戻しました。中身はなんでしょうか?」

 男が布をほどくと刀銭が一本だけ。

「ああ……それは私のものです。とある童と交換しました」


「記憶が無いと?」


 身を乗り出してこちらをまじまじと見詰めて来る。嘘じゃないがどこまでが本当かもわからん。


「ここ暫くですが。それ以前は覚えております、梅県は守りきりましたが、戦争には負けました」


 それだけは断言できた。悔しいがそれが事実だ。


 問われもしないのに幾つかの戦いを語ってみせる、それしか記憶が無いのだから他に言いようもないわけだが。


「そうか。貴方は変わらない外見だ、かの島には不老薬があると聞いたことがある、それやも知れぬな」


 不老不死、大きな命題らしい。寿命が短いのは衛生的な概念が薄いのと技術的な問題だがな。


「はあ?」

 

 こいつは何者なんだろう、俺のことを知っているような口ぶりだ。


「我はかつて全財産の刀銭を銀二枚と交換したことがある」


 その場の誰にも全く意味不明のことを宣言した。意味が解らない男たちが言葉を発しようも無い顔になった。


「……阿葛?」


 あの坊主の父親か? 似ているようなところがあるにはあるが。


「ようこそ我が同盟者よ! 探しておったのだぞ、あの時の恩を返そうと!」


 丞相と呼ばれた男が立ち上がると目の前にまでやって来て膝をつくと手を取る。


「身一つで倒れていて、記憶も無く不憫な思いをしているそうではないか」


「食事を与えられ、廖殿には良くしていただきました」


「うむ。廖主簿、すまぬが君の下には置けぬ、彼は我の大切な友人なのだ」


 廖主簿は全く繋がりがわからなかったが、ただただ畏まり頭を下げた。


「我が元へ来ると良い。遠慮は要らぬ、我と君とは友人なのだ」


「はい。そうさせて頂きます」

 えらいことになったぞ! だがはっきりした、俺はこいつを助けたらいいんだ。

「あなたの名前は?」


「そうか、そうだな。蜀の丞相諸葛孔明だ。介、君ならば我を亮と呼ぶのを許そう」


 避けるべき名を呼ばせる、全幅の信頼を寄せていることを意味した。


 この時代、名を口にして良いのは主君、或いは親や兄のみ。他人にそれを許すということは一大事なのだ。


 その場の皆が大いに驚愕するのであった。



 結局のところ俺は孔明先生と呼ぶことで落ち着いた。孔明さん、といった感じだ。一方で孔明は龍と呼ぶ、お似合いな響きだって気がするだろ。


 突然現れた人物を厚遇する、それもお友達を。そのせいで宿将の一部が反発してしまう。あまりに高すぎる地位を与えられたらしい。


「散護忠将軍仮節監丞相府諸軍事中郷侯か。ながったらしい名前だな」


 龍将軍ってのがしっくりくるよ、島将軍でもいいが。


 廖紹から説明を受けた。丞相府の軍事司令官たる将軍で指揮権があり、護忠という識別を与えられたそうだ。ついでに下馬して挨拶をしなくてもよいなどの、特権つきの待遇が別途付与されているそうな。


 丞相府の司令官、つまりは国軍司令官だ。国防大臣の幕僚に任命されてしまった。そのうえで領地まで宛がわれてしまった。


 これじゃ皆が穏やかじゃないさ。三国志の時代か、俺は一体何をしたものかね。


「なあ廖主簿、今国には何が足りない?」


 いきなり地位が逆転して廖が部下に配されていた。主簿とは事務次官、つまりは文官の長官にあたるらしい。俺がすべき事務を全て任せてしまっている。


「あらゆるものが足りませんが、最たるのは人でしょう」


「武将も人口も、か」


「左様です。食べていければ流民が集まりもするはずですが」


 空は曇りがちというか、鬱蒼とし過ぎていて農作物は収穫量が少ない。開墾するには人手が足らないわけか。


 ま、悪循環というのはどういうものにでもあるってことだ。


「地図はあるか?」


「用意いたします」


 毛皮に墨で掛かれた地図。中国のシルエットを思い浮かべ、左下あたりにあたるらしいのを確認した。


「蜀の領域がここで、東が呉、北が魏でございます」


「南や西は?」


「西は遥か先に大月氏、南は未開の南蛮でして」


 南蛮か、どうなんだろうな。地図では随分と近くに感じられるが、山あり谷ありで苦労するはずだ。


 図上では指で計れるような距離でも、歩いていけば数か月か。


「南蛮の民は居ないか?」


「府内に数名が」


「会うことは?」


「ご所望とあらば」


「では手配してくれ」


 いうだけで何でもこなしてくれる、ありがたくて涙が出るよ。


 願いは翌日に叶えられた。四人が並んでいる。皆がそうなのか、顔つきは似ていた。


「具芭苑が南蛮のものです」


「他は?」


「通訳でして。間に三人入らねば言葉が通じません」


「参ったな!」


 そんなに間に挟むと正確さに欠けるぞ。最悪全く違う内容になって来る。


 伝言ゲームというのと同じで、受け取り側と発信する側で解釈がずれていくものだ。


「具芭苑に南蛮の概要を説明させるんだ」


 端から順に隣に話しかけて行く。全く言葉が理解できない。


 最後までたどり着いて頷いている、そこで大きな驚きを得る。


「南蛮は士様の影響が大きく、纏まりを得かけている」




 あれはベトナム語だ! 通訳が反対へと繋げていくと最後に「南蛮は大王の支配下にあって、強固に団結してきた」違った内容が戻って来た。


 通じるものか?


「士様とやらが南蛮の大王なのか?」


「貴方は言葉を解る?」


 今度は具芭苑が驚いた。それはそうだろうさ、まさかだろう俺もな。


「通じているか? そうか、少しなら話せる。二番目の妻がそこの生まれだったからな」


 死んでしまった妻の言葉だ、女の癖が混ざっているかもしれんが。


「龍将軍、なんと南蛮の言葉をお話に!」


「一部だが理解している。普通の会話なら出来そうだな、廖主簿、通訳は正確さが低いようだぞ」


 誰がそうかは解らないが注意するように、そう指摘しておく。


「士様は我々の知的な指導者です。文字を与え、生活を与えてくださいました」


「そうか。では王は別に居るわけだな?」


「はい、部族の数だけ王が。幾つか纏めた者が大王で」


「具芭苑が知っている大王を報告しろ。正しければ褒美を、間違いならば少しの褒美を、偽の情報ならば死を与える」


 かくて情報は得られた、正しいかはこれから裏付けを必要とする。



 別の日に屋敷で今後を考える。なるほど、こいつは手が掛かりそうだな。しかし、あの阿葛が孔明だったとは、偉人は子供の頃から異彩を発揮するらしい。


 余計なことを考えながらも長期計画を組み上げていく。居ないはずのパーツが自分、そこが大きな強みだと信じて。


 かといって俺があれこれ直率するのは無理がある、将を配して貰わねば。出来れば友好的な奴がいいが、判別は不能だ。


 参ったな。腕組をして悩んでいると廖主簿がやってきた。


「島将軍、丞相がお呼びです」


「孔明先生が? 解った。ところで廖主簿、敵ばかりなのは知ってるが、俺に敵対心が少ない位の奴は居ないものかね」


 解らねば近くの者に聞くしかない。そいつが答えを知るとは限らないが。


「私には解りかねます。ですが一つの解決策ならば」


「それは?」


「妻をめとりなさいませ。さすれば一族がお味方になりましょう」


「うむ!」


 そいつは真理だ。しかし気が引ける、何せ三番目の妻はまだ生きているからな。こうやって意味不明の世界にやってきてはいても。心は繋がっている。


 道具のような扱いになる妻に抵抗を感じていた。そこは自身のみの問題と言えるわけだが、すっきりとしない。


「こんな俺に嫁ぎたいやつなんて居るものか? どこの馬の骨ともわからないやつにだ」


 天涯孤独、孔明が気紛れを起こせばあっという間に追放されてしまう。そんなあぶなかしい男に、誰が大切な娘をやるものか。


「将軍は自身の価値を誤って居られます。あなたは丞相の友人、即ち国家の柱で御座います」


「どうだろうな。孔明先生に相談してみよう」


 廖主簿を率いて丞相府に参内する。一行で俺だけが剣を履いたまま歩き回るのを許された。


 府の護衛武官らが拳とてのひらを当てて礼を交わす。


「島です。孔明先生、お呼びだとか」


「龍将軍来たか。近くに」


 隣に居る若い参謀らしき男が礼をしてくる。はてこいつは誰だ? とりあえず挨拶位はしておくとしよう。


「この者は我の教え子で馬謖と言うもの。覚えておいて欲しい」


「島将軍だ」

 

 こいつがか! 泣いて馬謖を斬る、だな。どこかスカしたような雰囲気があるのは、権力者の側仕えをしているからかね。


「馬謖で御座います」


 机の上を見てみる、拡げてあるのは地図だった。最近見たものよりも詳細な。


「周辺地図ですか」


「左様。少し計画があってな、知恵を借りたい」


「なんでしょうか」

 

 あの諸葛孔明に貸すだけの知恵があるかは疑問だ。何故かって、そりゃあの孔明だからな。


「うむ。蜀は全てが足りておらぬ、我はその一部を領域外からもたらそうと考えていてな」


「実は自分もでした。南蛮の地から人口も物資も遷せないかと、廖主簿と計画を話してました」


 折角なので途中ではあったが話を披露してみる。


「なんと! ふむ、龍将軍は戦術だけではなく政略も修めていたか」


「以前違う国で、流民を纏めていたのを思い出しました。様々な部族を糾合し、大敵に立ち向かう形を、諸部族が数十万人」

 

 二十一世紀のアフリカで、な。俺は一体何をしてきたんだか。


 それにしても夢の中でまで戦争をしたいなんてどうなんだ?


「数十万と! むむむ、して計画とは?」


 この時代、蜀は百万人を数えていたかどうか。いずれにせよ、太守どころか州をまとめるだけの経験があったとの話は半信半疑で聞いていた。


「南蛮の大王を糾合し、蜀の間接支配を任せます。彼等には文化という精神的な何かを与え、物質を見返りに求めます」


 文字を貰って喜んでいるんだ、何かしらあるだろうさ。


 欲しいものが何かを聞いてから解決でも遅くはない、そこまで行けたらの話だがね。


「文化か……なるほど。龍将軍、一つ君が南部に遠征してみないか?」


「それですが、どうにも幾つか問題が」


 最大の部分だけ頼るか。いくらでも問題はあるが、それを丸切り頼りきりでは俺の存在価値が無い。


「なんだろうか」


「自分には核となる味方が居りません。廖主簿に相談したところ、妻をめとれと勧められました」


 隠さずに述べた。孔明も納得したらしい。


「うむ、それだがな、馬氏を妻に迎える気はないかね?」


「馬氏?」


「馬超将軍の縁続きだ。実は君にと考えていたのだが」


「孔明先生の勧めならばありがたくお受け致します。もっとも相手にも選ぶ権利はあるでしょうが」


 孔明が扇子を揺らして愉快そうに笑う。


「心配するでない、馬一族より馬岱将軍を配下にする。それと王平将軍をつけよう」


「王平将軍とは?」


 両方とも全然聞いたことが無いぞ。いや、漫画には出ていたか?


「王将軍は、南蛮の種だ。漢に属してはいるが南の血が混ざっているゆえ、少しは明るいでな」


 現地の案内がてら軍を率いることもできる存在、確かに打ってつけだ。


「実は自分は直率出来るのは精々二万人まで。実務を任せられるならば問題の一部がやはり解決します」


「二万か。大軍になれば将軍を増やすだけ、そこは心配要らぬ」


 将軍を五人指揮したら五倍になるならば、それで言う通りになる計算ではある。不都合もまた五倍になるだろうが。


「後は自分の知恵次第でしょう」


「うむ。通訳は二組だけしか出せぬが」


「ああ、それですが、自分は南蛮の言葉を理解していたようで、意思の疎通が可能でした」


「なんと!」


 孔明が目に見えて驚いた。廖主簿が脇から説明を加える。


 それについては俺も驚きだったよ。


「島将軍は南蛮の中南部、越南地方あたりの言語を操られます」


「死別しましたが、妻がその出でした」


「それは惜しいことをした。だがそうか、龍は面白いやつだな。君に任せるとしよう、そうだ護南蛮校尉にも任命しておこう」


 廖主簿に視線をやる、すっと一歩進み出て補足してきた。


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