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 何かしらの型を身につけているようなら素性が知れる。隠れた武闘家って感じじゃない、負けはしないさ。


 李項がもしもの時は割り込もうと神経を研ぎ澄ませているのが感じられる。


「おっさんが随分とやる気だな。いいさ相手になってやる、俺は強いぞ?」


 ぐるぐると腕を回して肩を温める。殺すつもりでやるつもりは皆無か、こいつは一体こんなところで何をしてるんだか。


「一対一の戦いは技量の差がモロに出る。伯龍だ、小僧手加減してやるから掛かってこい!」


「仲容だ。俺は今まで引き分けたことはあっても負けたことはない。行くぞおっさん!」


 右拳を真っすぐに突き出して来る、それはもう真っすぐに。やってることに似合わず素直な動きだ。


 拳を軽く払って右脇を斜め下から押し出してやる。すると態勢を崩してよろめいた。


「見え見えの動きでよく今まで無敗でいられたな。女子供でも相手にしてきたのか?」


「くそっ!」


 腰を落として小さな振りで拳を繰り出す。賊たちも騒ぎながらヤジを飛ばしていた。


 寸前でかわしながらじっと仲容の目を見続ける。


 力を持て余しているわけか、認められずに腐ってこんなことをしてるんだろうな。


「動きが雑だ、荒い攻撃で隙だらけだぞ!」


 踏み込みが大きい一撃、腕を抱えて投げ飛ばしてやる。腕を決めて背中から地面に叩きつけてやっても良かったが、放ることで衝撃を緩和してやる。


「ぐぁ! な、なんだこのおっさん!」


「さっさと立ち上がれ! 次だ!」


「ふざけやがって!」


 憤ると立ち上がり、掴みかかろうとしてくる。両手でがっちりと捕えた、その直後に自ら体重を支えるのをやめると仲容が前のめりになる。


 慌てて足を踏ん張り腰を落とそうとするところ、襟首を前に引かれて転がされてしまう。


「なんだ、地面に這いつくばるのがそんなに好きか?」


「どうなってやがる!」


 すっくと立ち上がると冷静に左拳を牽制で繰り出して来る。それを無視して思い切りカウンターで殴り返してやった。


 自分の右頬が少し痛いが、あいつの左頬は腫れ上がったぞ。


「痛ってぇ!」


「口だけか仲容とやら。何をすねているのか知らんが、こんなところで他人に迷惑を掛けて満足か?」


 地面に腰を下ろして頬をさすっている仲容の目の前に行くと視線を下げて指摘する。


「こうでもして武将をつらないと雑魚しか出てこないんだよ」


「どういう意味だ」


 目を細めて詰問する。何かの一環と言うか、準備段階の動きと言うわけのようだが。


「俺は大将をひっ捕らえて功績を上げないと、まともな仕事も回して貰えねぇんだよ。あいつは野山を測量して上手い事気にいられたみたいだけどな」


 同僚に先を越されてのことか。考えが未熟だ、才能の程は粗削りだが見込みありか。


「仕官先を探しているのか?」


「そういうわけじゃねぇよ。俺は南郷典農部民の石包だ」


 ……典農部民? なんだそれは。


「典農……なんだって?」


 賊が俺の言葉に大笑いする、石包は恥ずかしさなのか怒りなのか顔が少し赤くなる。


「畑の状態を見回る仕事だよ!」


「そ、そうか。それは何石位の職なんだ?」


 石というのは単位だ、二十七キロの穀物が半銭半物で与えられる。右将軍の一万石は年間で二百七十トン分の給与ということになる。


「二十石だよ、悪いか!」


「いや、その、なんだ、食っていけるのか?」


 だって月に食糧二十二キロと半銭じゃ足らんだろう。俺の兵士と同じくらいだが、少なくても衣食住は保証してやってるからな。


 ちなみに中県の李の次男坊は二百石の俸給がある。これじゃつまらんことをしたくもなるわけだ。


 再度賊が爆笑する。悪気はないんだ、ただそう感じたからな。非正規雇用の若者が所帯を持てないようでは国が潤うことが無い。


「だから仕事を貰う為にこうやって蜀に出張ってんだろうが!」


 ふむ、このあたりは蜀だと認識しているわけか。一つ先へ進んだな。


 やる気を買ってやりたいが、さて能力のほどはどうだろう?


「お前の腕前が今一つなのは解った。頭の方はどうか試してやる。千石の倉が千あり、半数を輸送するのに十石積みの荷馬車で何台必要になる」


 これは算数だな。唸りながら視線を泳がせるのを見ると、こちらも不得手か。


「んなものは運んでみりゃわかるだろ」


 腕を組んでそっぽを向いてしまった。延べ五万台を運んでみて解った頃には破綻してるだろうに。


「文官では出世できなさそうだな。何なら得意なんだ?」


 にやにやしている賊が多い、二度も三度も笑いを誘ったがこいつらも従っていたんだから何かしら才能があるんだろうが。


「戦争だ、俺が軍を持てば大暴れしてやるよ!」


 今までとは違い目に力が籠っているな。どれ。


「少数で包囲されて、敵は大軍だ。比して兵は強壮だとして、どう窮地を脱する」


「敵の将軍を狙って一点突破だ。包囲している以上は陣容は薄い、司令官さえ獲れば逆転できる」


 即答。それも赫将軍と同じ選択肢を取れるか、次だな。


「では大軍同士が遠征の末接近、国を揺るがす大戦。お前ならどうする」


「共通の敵を作って遠征を終結させる。討つべきは遠くの敵ではなく近くの敵だ」


 うむ! もしかしてもしかするぞこいつは。


「最後だ。右も左も錯綜し、情報が入り乱れている。疑心暗鬼に捕らわれるような状況で、石苞なら」


「自分の信念を信じて迷わずに前に進む! 味方がそれについてくりゃいいだけのことよ!」


 爽やかに大言荘厳を吐いた。ところが嫌な感じは何一つなく、若者特有の向こう見ずな部分が気持ち良い。磨けば間違いなく光るぞ。


「魏に仕えているようだが用いられないそうだな。俺のところへ来るか?」


「将軍にでもしてくれるんなら良いぜ」


 馬鹿にするかのような挑発、だが年季が違う。


「良かろう、今から石苞を牙門将軍にする。男に二言は無いだろうな」


 将軍といっても単独で動かない本陣の守将だ。詐欺と言われたら言い訳も出来ん。


「は? あんた一体何者なんだ?」


 否定も肯定もしない。賊は表情が変わる。賊なのかどうかは解らないが。


「活きの良い若造を拾って帰ろうとしてる最中の右将軍だ。ただし、蜀国のだがな」


 一瞬、ほんの一瞬だけ殺気を放つ。本気を出せばいつでも簡単に命を奪える位の技量差はあるからな。


 石苞の目が見開かれると冷や汗がにじみ出て来る。


「本気で言ってるのか、さっきそこであっただけだぞ。それを将軍にって」


「俺は産まれや育ちで差別をしない。才能があるようならそれを採り上げ、経験が足らないならば積ませ、道を知らねば導く。石苞が志すならば応援する、だが切り開き歩むのはお前自身だ」


 平等公平などとは言いはしない。それでも未来へ駆けることすらできない奴を、スタートラインに置いてやる位はしてやる。


「俺は石苞、字を仲容。 冀州勃海郡南皮県の住民だ」


「島介、字を伯龍。東海島の出身で蜀の右将軍中侯だ。ついて来い、後ろの奴らも橋を直したら長安へ来るように石から言っておけ。李項、戻るぞ」


「はい、ご領主様」


 どこまで伸びるか楽しみだ、感覚で指揮するようなタイプだな。乱戦になると強みを発揮するぞきっと!



 長安城執務室、北伐が興る前の一時期に戻ったかのように側近の数が増えてきた。賑やかになったなと言うのが印象的だ。


 呂軍師だけでなく、董軍師にも同席させてまずは石苞を紹介する。


「近所で拾ってきた、中々見どころがありそうだと思ってね」


 おちゃらけて部屋のど真ん中に立たせて、俺はいつもの席に腰を下ろす。流石に上級者が居ると解ってか石苞も大人しい。


 李項が部屋の隅に控えるのをみて不思議がってる。そりゃそうだろう、偉いと思い込んでいた将軍があんな隅っこで警備をしているなんて普通は思わん。


「石苞殿、島将軍の陣営警護、よろしく頼みますよ」


 丁寧に呂凱が自己紹介した後にお願いする。そんなものは命令しておけば死んでも知らんというのが現在の常だ、驚きっぱなしなのが面白いなあいつは。


「算術が出来ねば軍事でも不利になる、石将軍は私の学府へとお通いなされ」


 董遇に言われ、ぐうの音も出ないのかしぶしぶ頷く。人生の足しになればそれでいいさ。


「今日は他にもやって来るからな。茶でも飲んで待つとしようじゃないか。そう言えば留守中に報告はあったか?」


 平時の執務で急ぎなんて無い、時間は思いのほか緩やかに流れるものだ。


「呉国と魏国で交戦が起こったようですが、魏軍が早々に退いて終結しました」


「どういうことだ」


 電撃的に攻め込んで失敗ではないだろうが。


「魏帝曹丕の親征とのでしたが、呉の最前線を守る徐盛安東将軍の防備を見て、戦わずに引き返したとのこと」


「呉国にそこまで兵力があったのか」


 あれば苦労しないはずだから、計略の類で追い返したんだろうな。結果だけ知っていても経緯はとんと不明だ。


「呉にそこまで国力は御座いませんでしょう。蜀のように士燮あたりから南越勢力の大軍をひいているならば別でしょうが」


 董遇も石苞も話題に全く入り込めずに黙って聞いている。特殊事情が大きい、誰もが協力できるなら戦争は起きないよ。


「派手に防備を見せびらかしてお引き取り願ったってことか。偽兵の類か、呉軍が追撃していないならそういうことなんだろ」


 報告に続きがあり追撃戦が起こっていたなら読みははずれだが、にこやかに「左様で」肯定して呂凱は引き下がった。


「報告します、姜維と名乗る方がお越しですがいかがいたしましょうか?」


「おお来たか! 通せ」


 つい声が大きくなる。それが何者なのか、今のところ誰も知らないはずだ。少しすると文官服に身を包んだ若者、石苞と同じ歳位の男が入室してくる。


 室内の面々を見ても何一つ驚きも委縮もしないか、流石だな。


「申し上げます、君命により中相を辞して罷りこしました。天水の住民姜維、字を伯約と発します」


「良く来てくれた、俺が島右将軍だ。中県での手腕は届いている、あのような場所に留め置くのは国家の損失と考え引き寄せた。急で済まんな」


 絶賛とはこれだろう、どんな奴だろうかと皆の熱い視線が集中する。一つ二つ質問してからだな。


「何なりと」


「うむ。国を満ちさせるためにはどうすべきだと思う」


 曖昧で漠然、これといった解答はない。思想の向きを知る為の問答だよ。


「大きな争いごとを無くし、内政に努めることでしょう」


「だが外に大国があり蜀を虎視眈々たんと狙っているぞ」


 軍費を削り国内に投資する、そうすることで安定を見る。これだけで二十年も保てれば思い通りになるが世の中そうはいかん。


「敵対するものを討ち滅ぼし、その後の平和をもってして解決したします」


 武装した平和、大国の覇権主義。姜維が魏国の中枢にいるようならそれでも上手くいったんだろうな。


「話題を変えよう。魏との国境を競り合うに函谷関と巴東の二カ所がせり出しているが、今後はどうすれば良いと考えるか」


 今までは漢中と、もっと西の山中にあった城を繋ぎ合わせて、防衛線を多重に構築する手法がとられてきていた。安定して防衛可能だからな。


 今も函谷関と巴東の間を結ぶ各所に支城を置いて防衛網を構築している。大崩れしないのが特徴だ。


「函谷関、巴東の防御を極めて厚くし、主要な関所に兵を置いて遊撃軍を集中し、退く魏軍を追撃してこれに大被害を与える策を勧めます」


「戦線の整理に戦力の集中、兵站の縮小にもなるな。半面で隙が生まれるから遊撃軍の負担が極めて大きいか」


 逆に言えば自発的に動ける遊撃軍の存在さえあれば効率も大勝利も望めるわけだ。どちらかといえば俺の好みではあるが。


「蜀の国力よりも大きく勝る相手に勝つつもりなのであれば、安定だけでは望めませんゆえ」


 物おじせずに言い切ったか。こいつもやはり面白い人材だ。


「そうか、気が変わった。姜維を奉義将軍雍州治中従事都亭侯にするつもりだったがやめだ」


 姜維の眉がピクリと動く、気に入らない回答のせいで遠ざけられるものだと思ったかもしれんな。だが位置づけは変わっても位は同じだぞ。


「中県へ帰還いたしましょうか?」


「いいやここに居て貰う。姜維を奉義将軍右将軍右軍師都亭侯に任じる、俺の側に在って軍事を助言するんだ。呂軍師、悪いが州の仕事を補佐させるつもりだったが国の仕事の方があっているようだ」


 にこやかに一礼して呂軍師は判断を認めてくれる。元より何一つ反対などしないと解ってはいたが。


「この姜維、謹んで拝命致します」


 膝を折って礼をする。降伏した地方の若造が、こうも重用されることの意味が解らない。


「石苞、俺は能力主義だ。お前だって頭角を示せば必ず採り上げる」


「応!」


 目の前で成功例を見せつけられ、手を伸ばせば届くかもしれない地位に興奮しているのが伝わって来た。心なしか董軍師が力ない笑みを浮かべているように見えた。


 そしてもう一人来ることになってるんだな。


 前触れがあり最後の人物が部屋にやって来る。


「馬謖ただ今戻りました。これより島右将軍の麾下でお勤めさせて頂きます」


 二人よりは少しだけ年上ってところか、三十歳は過ぎているものな。ま、兄貴って感じか。


 立派な文官服、生まれの良さがにじみ出ているので石苞は毛嫌いするかもしれん。何せどれだけ言い聞かせても自分より下は激しく見下すような性格らしいからな。


「おう来たな。この二人、馬謖より数時間だけ先任だ」


 軽い牽制に動じる様子もない。姜維のことは孔明先生から聞いているだろうが、石苞のことは全くの未知か。


「左様ですか。我は馬謖、丞相府参軍」


 その職位じゃここで働かせづらいから、やることは先にやっておこう。


「馬謖、姜維、石苞の三名は歳も近く赴任も同日。互いに手を取り切磋琢磨して欲しい。俺からしてみれば息子ののようなものだ、こっちの李項もな」


 李項は馬謖と同じ歳あたりだな。なんだ石苞のやつ変な顔して。


「いや、島将軍の息子って俺らより下じゃないかと思って」


「ああ……実は俺は五十歳を超えてる」


「ええ!?」


 いいぞ石苞、なんて期待通りの反応をしてくれるんだ。他のやつらはすました顔してるのにな。


「東海島の不老長寿薬とやらで、二十年ほど衰えが遅くてな。初陣からかれこれ三十年は経っているんだ」


 実際に軍人をやって二十五年とこっちで数年での合算だがね。人生五十年ってのがこの時代の目安だったか?


「島将軍は丞相のご友人。幼少の身時分に助けられ、大層感謝しておられると聞き及んでおります」


 さすがに孔明先生の最側近だ、そのあたりのことも知っていたか。信頼を得て有頂天になっている部分があるが、それを自制出来るようになれば逸材なんだろうな。


「それはそうと馬謖、お前がこちらで働くにあたって丞相参軍ではうまくない。右将軍左軍師に任じるから改めろ」


「畏まりまして」


 思いがけない昇格にご満悦か。聞こえも違うからな実際の階級も。軍師は中千石だったな。


 姜維が上席で、李項、馬謖、李信、石苞、李封の順かこいつは今後が楽しみだ。


2-10/11/12/13


 午前の執務を終えた。中国の慣例と言うやつで一日の仕事を終えたことにもなる。


 実際は官吏の公務として終えるだけで、家業を持っていたり、より下位の職務を得ている公僕は午後だって普通に働く。


 会議の時間と言う感じで、朝方に集まり一日の方針を話し合うようなものだ。


 それが朝に会議をする場所で、朝廷となったとかどうとか。まあ俺にはあまり関係がないが。


「煤の味がする野戦食に比べたら何でもおいしいものだ」


 小麦を練って中に豚肉を味付けしたものを埋め込み蒸し上げる。肉まんというやつだ。


 一度作っているのを見たことがあるが、案外簡単な作業だった。上手に出来るかどうかの差はあるが、それだけ? と思うほどシンプルな工程。


 昼間は果汁を絞ったものを飲み、夜は酒。朝は夏場でも肌寒いことがあるから茶を飲むようにしている。


 足音、随分と急いでいるな。開け放たれている扉の方を見て、耳を澄ませる。


「伝令! 伝令!」


 赤い旗か、どこからの急報だ? 地域の識別をつけていないな。


「どうした」


「太原郡陽曲県が曹軍に包囲されております!」


「詳細を」


 そこは赫将軍の出生地だったな。謹慎中になにが起きたんだ。


「魏皇帝より反逆を問われ取り調べ中の赫将軍に、斬罪が申し付けられました。子の赫凱が県城の門を閉ざし、国軍の入城を拒んで交戦中であります!」


「なんだと! 赫昭将軍はどうしているんだ」


 俺のせいで疑いを掛けられ死罪を得るとは! あの時、屋敷に呼ばずに魏へすぐに放逐しておけばこうはならなかった。


「それが屋敷で謹慎を続けているとの噂です」


 はっきりとしたことは城内に入れないので解らないが、指揮を執っている様子はないか。


「伝令!」


 別の者が駆けつけて来る、やはり赤い旗を腰に指していた。


「申し上げます! 魏宮廷内部で魏帝の子、曹叡が赫昭将軍の無罪を擁護しましたが、曹霖など他の皇子らに猛反発され罪を認められました!」


 政治的な結末と言うわけか。次代の皇帝が誰になるかのつばぜり合い、将軍を排除出来なければ曹叡の手駒が増えるが、逆ならば曹叡の見識が疑われる。


 そこで軍を出して反撃を煽り、交戦すると反逆だと騒ぐわけか。かといって大人しく罪を得ても死罪では話にならん。


 子の赫凱としては居城を固守して裁可の変更を求めるしかない。


 呉との戦で退き曹丕とらやも周囲に強気に出られんのかも知れん。あの性格だ、赫昭は黙って罪を受け入れる可能性が高い。だが子が国に反抗した今、全てを飲み込んだとしても一族もろとも抹殺されるだけだ。


「曹丕が考えを撤回する可能性は低いか?」


 聞いて解るはずもないだろうが、目の前の伝令が一番詳しいのでダメ元で尋ねてみる。


「魏帝は神経質で、過去にも于禁将軍が忠誠を疑われ憤死、丁儀、鮑?、楊俊、曹洪などの功臣ですら過去の罪を指摘され処断されております。道徳や誠意が欠けている面がありますれば」


「むむむ」


 目は無しか。では俺の答えも一つだ、全ては行動でのみ示す。


「李項!」


「ははっ!」

 

 いつものように部屋の隅に立っていた彼が、呼ばれて目の前に進み出る。


「親衛隊五百を鉄騎武装にして東門に待機させろ」


「御意。護衛隊にも武装待機を命じます」


「いらん。俺は島個人としてのみ動くつもりだ、蜀の軍兵は全て置いていく」


 友人の危機に駆け付けるのに蜀の軍旗を翻していては更なる迷惑を掛ける。これは俺個人のわがままだ、だが譲るつもりはない!


「ご領主様のお言葉通りに」


 一足早く部屋を出ていく李項とは反対、私室に行くと鎧兜を身に着ける。


 正気を疑われるような行動は厳に慎むべきなのは解っている、だがこれを捨ておくことが出来ない性分なのは死んでも変わらんぞ。


 東門手間に行くと、武装した親衛隊がしっかりと揃っていた。


「ご領主様、親衛隊五百、準備整いまして」


「うむ、行くぞ」


 完全武装の騎馬隊、日中にそんなものが現れたらすぐに噂に登る。全てを無視して一団は長安から東へと進み、夕方には函谷関西へと到着した。


「そこな兵団、止まられよ! 何者か!」


 城壁の上から声を掛けられる。当然警戒されて、城壁の上には多数の守備兵が姿を現した。


 馬を進ませて「島右将軍だ、開門!」余計なことを言わずに声を張って先頭で西門へと寄っていく。


 『島』『李』掲げている旗はこれのみ、とはいえ顔を見知っている上官の姿が有ったので門が開かれる。


 門の内側には鐙冠軍将軍を先頭に、将軍らが揃って出迎えた。


「島右将軍の急なお越し、なにぞ一大事でも御座いましたでしょうか」


 その割には小勢、不思議には思っても国内情報には疎い。何せ場所が場所だ。


「替え馬と糧食を用意しろ」


 質問にも一切取り合わず、頭ごなしに命じる。様子がおかしいとは思っても、微々たる要求だったのですぐに揃えられた。


「東門を開けろ」


「どちらへおいででしょうか」


「友人を助けに行く。ここを一歩出れば俺は蜀の将軍でも何でもない、一個人として戦うのみ」


 昔もこういうのあったな。あの時はあいつが背を押してくれたんだっけ、やらずに後悔するより無茶をごり押したほうが百倍マシだ!


「ですが」


「これは命令だ。右都督として督函谷関に命じる、東門を開門せよ」


「……承知いたしました」


 ガチャガチャと鎖が巻かれる音が聞こえ、落とし扉が上にと動く。中ほどまで上がったところで馬を進ませた。


 全てが外に出ると体半分だけ振り返り「鐙将軍済まんな、どうしても放っておけない性質なんだ。貴卿になんら落ち度が無いのは俺が認める。行くぞ!」速足で北へ向けて集団が動きはじめる、空は徐々に暗くなり、あたりは闇に包まれるのであった。


 

 替え馬ありの騎兵、輜重は引き連れずに少数。統率や警戒に負担があったが、朝から晩まで進むことで、函谷関から太原郡まで三日でやって来ることが出来た。


 これが歩兵混ざりで万の軍ならば二十数日掛はかったことだろう。地理不案内、密偵に先導させてようやくだった。


「ご領主様、城と軍勢が見えます!」


 山林の間を縫って遠くに城郭が見え隠れする。煙が登っていないということは、攻め込まれて焼き討ちにあっていない証拠でもある。


 開城して降伏するつもりがないならば、落城すれば火の手が上がるのが常と言えた。


「李項、偵察を出せ。可能ならば城内の様子も調べさせろ」


「御意!」


 大休止をさせる。持ちこたえていると解った、一旦ここで兵馬を休ませてだな。


 陥落寸前だったら寸暇を惜しんで突撃をかけていたが、堅城なのかも知れん。何せあの赫将軍の根拠地だ。


 鎧は脱がずに手ごろな石に腰を下ろす。河から水を汲んできて沸かし、干し肉を浸して口にする。馬は勝手にそこいらの草を食べていた。


 睡眠時間を三時間に抑えて急いできた、交代で少し眠らせておこう。空を見上げる、まだ午後二時あたりだろうか。


「李項、一時間交代で兵を眠らせろ。お前も先に休むんだ」


「先にご領主様が」


 ふむ、流石に李項は休みづらいか。逆の立場なら俺でもそういうだろう。


「ではそうする。時間になったら起こせ」


 言うが早いか地べたに居りて、座っていた石に背を預けて目を閉じる。強行軍をしたのなどいつぶりだったろうか。


 一瞬だけ意識が途切れた気がすると「ご領主様、時間です」肩をゆすられ起こされた。


「そうか。ではお前も休め」


 あっという間だったな、だが頭がすっきりとしている。城を望むと攻防戦は未だに続いていた。


 偵察が戻るころには李項も目を覚まして隣に侍っていた。


「申し上げます! 曲城は赫凱の指揮で何とか防戦中。周辺に避難している者を見つけたので話を聞くと、曹丕が一族郎党の処刑を求めたそうです」


 大人しく籠っていたのを一方的に攻めて、防戦したことを理由に一族の処刑とは、正常な判断が出来なくなっているようだな曹丕は。


「赫将軍と連絡を取るぞ。あいつがどうしたいかを知る必要がある」


 曲城をじっと睨んでいると李項が「自分が会って確認してきます。ご命令を」困難な任務を志願した。


 こんなところでこいつを失うわけにはいかん。だが李項でなければ赫将軍も何とも漏らすことが出来まい。


「自分はご領主様のお役に立つために側に在ります。ここで動かずにいつ、何の役にたつのでしょうか」


 強くなったな、これを引き留めるようでは信頼していないことになる。


「精兵二十を選りすぐれ。俺の軍旗を与える」


 『島』を刺繍された特別な旗を持たせる、李項の行動が誰の指示によるものかを端的に解釈できるように。


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